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左遷された辺境ギルド長は、戦わないのに最強でした  作者: アズマユージ


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第二十三話 時期はずれの定期視察

 天衝のレゾナンスが地下水脈の依頼を達成してから、しばらくが経った。


 辺境ギルドは、すっかり“いつもの顔”を取り戻している。


 朝の広間では、掲示板の前で依頼票をにらみながら相談する冒険者たち。

 訓練場からは、金属音と掛け声が断続的に聞こえてくる。

 そして隅の卓では、朝だというのに酒をあおる、やさぐれた常連の姿もあった。


 変わらない。

 良くも悪くも、辺境ギルドの日常だ。


 ――ただ、その日だけは、少し空気が違っていた。


「中央から、定期視察です」


 事務机で書類をまとめながら、セリーヌが言った。


「……定期?」


 カイは、視線を落としたまま応じる。


「この時期でしたっけ?」


「いいえ。本来なら、まだだいぶ先のはずです」


 セリーヌは小さく首を傾げた。


「不自然ですね」


「でしょうね」


 カイは肩をすくめる。


「特別指名依頼を投げておいて、達成したら視察」


「敵情視察ってところでしょう」


「中央らしい」


 興味なさそうな口調だった。


 そのやり取りを、近くで聞いていたマックスが小声でヴァレリアに話しかける。


「なあ、なんか面倒くさそうなの来るな」


「今さら」


「だよな」


 ひそひそ声だったが、視線の先では、ちょうど到着した中央の一団がこちらを見ていた。


 先頭に立つのは、レオンハルト。


 マックスと目が合い、わずかに睨まれる。


「……やべ」


「声、大きい」


 ヴァレリアが淡々と注意した。


 そこへ、セリーヌがさらりと補足する。


「ちなみに、彼」


「中央時代のカイさんの後任ですよ」


「えっ、マジで?」


 思わず声が大きくなった。


「ぜんっぜん違うじゃん!」


 再び、鋭い視線が飛んでくる。


 マックスは、ゆっくりと口を閉じた。


 視察は、形式通りに始まった。


 帳簿の確認。

 依頼数と達成率。

 事故件数、死亡者数。


 どれも、数字だけ見れば“優良”と言って差し支えない。


 だが、それがかえって、中央の違和感を強めていた。


「直近三か月の達成率、確かに改善していますね」


 レオンハルトが淡々と確認する。


「はい」


 答えたのは、カイだった。


「ですが」


 紙をめくる音。


「新規Aランク相当戦力の流入は、確認できません」


「ありません」


「では、なぜ達成率が上がったのか」


 形式的な問い。

 だが、核心でもある。


 カイは少し考えてから答えた。


「無理をしなくなったからです」


 一瞬、ペンが止まる。


「……具体的には?」


「撤退条件を、事前に明示しています」


「危険度の再評価も行っています」


「撤退を、失敗として扱わなくなりました」


 視察官の一人が、眉をひそめた。


「それでは、数字が良くなるのは当然では?」


「失敗を減らしているだけで、本質的な解決とは――」


「失敗が減れば、人が死にません」


 セリーヌが、静かに言った。


「人が死ななければ、冒険者は辞めません」


「続けられれば、経験も、連携も、積み上がります」


「それが、底上げです」


 反論はなかった。


 別の視察官が話題を変える。


「しかし、Aランクでも撤退した案件を受けるのは危険では?」


「独断専行との報告もありますが」


「正式な特別指名依頼です」


 カイが即答した。


「危険性も、緊急性も、承知の上でした」


 一拍。


「受けなければ、地下水脈は枯れ、農地が死に、人が死ぬ」


「だから、受けました」


 それ以上でも、それ以下でもない。


 場が静まり返る。


 レオンハルトが、ゆっくりと口を開いた。


「……制度より、現場を優先したと?」


「いいえ」


 カイは首を振る。


「制度が守るべき現場を、制度が見失っていただけです」


 誰も言い返せなかった。


 形式質問は、そこで終わった。


 視察官たちは帳簿を閉じ、短い挨拶を残して去っていく。


 最後に残ったのは、レオンハルトだった。


「……相変わらずですね」


「そうでしょうね」


 カイは、あっさり返す。


 レオンハルトは、一瞬だけ言葉を探し、


「それでも俺は、あなたとは違う」


 そう告げた。


 カイは、少しだけ目を細める。


「……そうでしょうね」


 それ以上、何も言わなかった。


 中央の一団が去った後。


 ギルドの広間には、またいつものざわめきが戻ってくる。


「終わったな」


 マックスが伸びをする。


「めんどくさかった」


「だな」


 ヴァレリアが短く応じた。


視察団の馬車が角を曲がり、やがて見えなくなる。


それを見送った冒険者たちは、特に感想を口にすることもなく、

それぞれの持ち場へと戻っていった。


掲示板の前では依頼を選ぶ声が響き、

訓練場からは剣と盾の音が聞こえてくる。


受付では、いつものようにオスカーが眉をひそめていた。


「……やれやれだ」


誰もが、いつも通りだ。


カイは書類に目を落としながら、ふと息をついた。


変わらない。


それでいい。


辺境ギルドの日常は、今日も静かに続いていた。

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