第二十一話 変わらない日常、変わり始めた評価
天衝のレゾナンスが辺境ギルドに戻ってきたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
土埃を落とし、装備を預け、いつも通り受付に依頼達成の報告書を提出する。
それだけ。
拍手はない。
歓声もない。
誰かが駆け寄ってくることもない。
いつもと同じ、辺境ギルドの光景だった。
「……終わったな」
マックスが、肩を回しながら呟く。
「終わったな」
グレンも同じ言葉を返す。
厄介な相手だった。
地下水脈を食い荒らす魔物。
攻撃が効かない。
一歩間違えれば、撤退どころか犠牲が出ていてもおかしくなかった。
だが今、周囲はあまりに静かだった。
「……静かすぎて、逆に拍子抜けだな」
リリアが、小さく笑う。
「依頼、達成しましたよね……?」
エルナが不安そうに確認する。
「した。間違いなく」
ヴァレリアは短く言った。
その様子を、少し離れた場所からカイが見ている。
満足そうでも、誇らしげでもない。
ただ、「無事に終わった」という表情だった。
それで十分だ、と言わんばかりに。
――その時だった。
「おおっ! いましたいました!」
聞き覚えのある、少し甲高い声。
振り向くと、見慣れた旅装の青年が、ギルドの入口で手を振っていた。
「ハンス?」
マックスが目を丸くする。
「お久しぶりです! 天衝のレゾナンスの皆さん!」
ハンス・ヴォルフは、息を切らしながら駆け寄ってきた。
以前よりも身なりが良い。
荷も多く、表情にも余裕がある。
「どうしたんだ、こんなところまで」
「中央からの帰りなんですけどね」
ハンスは嬉しそうに言った。
「いやあ、すごいですよ。皆さんの話」
「……俺たち?」
マックスが眉をひそめる。
「ええ!」
ハンスは大きく頷く。
「道中の宿場町で、何度も聞きました」
「『辺境ギルドに、とんでもないパーティがいる』って」
一瞬、沈黙。
「……とんでもない、は余計だろ」
グレンがぼそりと突っ込む。
だがハンスは止まらない。
「地下水脈の件、もう広まってますよ」
「『あれを片付けたのは、天衝のレゾナンスだ』って」
「農家の人は『これで畑が助かる』って泣いてましたし」
「商人は『今年は作物が流通する』って大喜びで」
「水運業者は、『もう廃業かと思った』って……」
次々と語られる声。
感謝。
安堵。
そして、尊敬。
天衝のレゾナンスの面々は、だんだんと居心地が悪くなってきた。
「……そんな大層なこと、してねえよ」
マックスが、照れ隠しのように言う。
「仕事をしただけだ」
ヴァレリアも同意する。
「でも、それが一番すごいんですよ」
ハンスは真顔で言った。
「皆さん、特別なことをしたつもりがない」
「それでいて、困っていた人たちを救った」
「そういうの、いちばん広まりますから」
その言葉に、リリアが少しだけ胸を張った。
エルナは、はにかむように笑う。
グレンは、ふっと鼻を鳴らした。
カイは、静かに一歩前に出た。
「……噂は、必要以上に膨らみます」
「実態と乖離しすぎないよう、お願いします」
「ははっ、さすがです」
ハンスは苦笑しながら頷く。
「でも、もう止まらないと思いますよ」
「だって、“助かった”って声は、本物ですから」
その言葉は、確かに重かった。
天衝のレゾナンスが、何気ない日常の中で積み重ねてきた結果。
それが、静かに外へと広がり始めていた。
――場面は変わる。
中央ギルド。
総務局長室。
机の上には、数枚の報告書が並んでいた。
「……片付いた、だと?」
総務局長の声は低い。
「はい。辺境ギルドに押し付けた特別指名依頼ですが」
「地下水脈の異常が、完全に解消されたとのことです」
報告をする側近は、慎重に言葉を選んでいる。
「死者、なし。追加被害も、なし」
書類が、机に叩きつけられた。
「……ふざけるな」
局長の顔は、明らかに不機嫌だった。
「Aランクが撤退した案件だぞ」
「なぜ、辺境なんぞが……」
その横で、レオンハルトは黙って立っている。
表情は硬い。
「噂も、広がっています」
側近が続ける。
「辺境ギルドの依頼達成率」
「冒険者の定着率」
「住民からの評価」
「すべて、上昇傾向です」
「……まずいな」
局長が、低く唸る。
「辺境が調子づくのは困る」
「中央の統制に、影響が出る」
視線が、レオンハルトに向けられた。
「……行け」
短い命令。
「一度、現地を見てこい」
「定期視察ということにしろ」
レオンハルトは、ゆっくりと息を吐いた。
「……承知しました」
胸中は、穏やかではない。
だが、もはや無視できない。
数字が、結果が、噂が。
すべてが、辺境ギルドを指し示していた。
その中心にいる人物の名も。
――カイ。
中央は、ようやく動き出そうとしていた。




