第二十話 水脈喰らい(ヴェイン・イーター)
カイの言葉に、戦場の空気が変わった。
鼓舞でも、気合でもない。
それでも、その一言は折れかけた心を繋ぎ止めた。
「全員、攻撃を止めてください」
「あれは、スライムではありません」
即座に、天衝のレゾナンスの動きが止まる。
マックスは歯を食いしばりながらも剣を下げ、
リリアは詠唱を解き、
エルナは防護の出力を最低限まで落とす。
ヴァレリアだけが、じっと魔物を見つめていた。
「……スライムでは、ない」
ぽつりと、呟く。
カイは小さく頷いた。
「はい。似て非なるもの」
半透明の魔物が、じゅぶじゅぶと地面を這う。
水溜まりから染み出し、岩盤の隙間に溶け込む。
「これは――**水脈喰らい(ヴェイン・イーター)**です」
その名に、グレンが眉を上げた。
「聞いたことはある。だが……」
「ええ。古い記録でしか知ることの出来ない、希少種です」
カイは、岩壁に残る侵食跡を指差す。
「核がない。
正確には、“核が水脈そのもの”です」
理解が、遅れて追いつく。
「……斬って増えたのは」
「身体ではなく、“流れ”を切ったからです」
「水そのものが、あの魔物の正体です」
「魔法が効かなかったのは?」
「魔力が、水に吸収されています。
魔法は、奴のエネルギーに変えられるだけです」
つまり――
「倒せない……」
ヴァレリアが言った。
「はい」
カイは、静かに続ける。
「この魔物は“倒す”ものではありません」
「“流れを止める”のです」
彼は、地面に簡易測量器を置いた。
水脈の分岐。
魔物が集まっている場所。
そして、微妙に盛り上がった岩盤。
「……ここだ」
指し示す。
「地下水が集中する“喉”です」
「ここを封じれば、魔物は動きを失います」
マックスが、息を呑んだ。
「……じゃあ、俺たちが今までやってたのは」
「ええ、水脈全体を刺激していただけです」
だから増えた。
だから効かなかった。
「逆効果でした」
全てが、一本の線で繋がる。
「戦略を再構築します」
カイの声は、冷静だった。
「マックス。防御ではなく、“押さえ”です」
「ヴァレリア。斬るのは一度だけ。合図を待ってください」
「リリア。魔法は攻撃ではなく、乾燥」
「エルナ。魔力調整、今まで通りで」
「大丈夫、あなたたちなら出来ます」
全員が、短く頷く。
迷いはない。
「行きます」
マックスが前に出る。
酸性の波が襲うが、必要最低限の防護で受け止める。
削らせない。近づかせない。
「今だ」
リリアの魔法が、岩盤を包む。
炎ではない。
熱でもない。
湿気を奪う、極端な乾燥魔法。
水脈の“喉”が、悲鳴を上げるように軋んだ。
その瞬間。
「――ヴァレリア!」
一閃。
狙うのは魔物ではない。
乾き切った一点。
岩盤が砕け、水の流れが途切れる。
半透明の魔物が、一斉に動きを止めた。
じゅぶ、と音を立てて沈み、
やがて、ただの水へと戻っていく。
静寂。
水の音が――戻った。
「……終わった?」
マックスが、信じられないように言う。
「はい」
カイは頷いた。
「依頼、完了です」
誰も、歓声を上げなかった。
ただ、深く息を吐いた。
地下水は再び流れ、
農地は救われ、
街は、飢饉を免れる。
それだけだ。
帰路も、静かだった。
天衝のレゾナンス一行は、その足でギルドに戻り、依頼達成を報告した。
オスカーが、依頼報告を淡々と受理する。
「地下水脈正常化、確認できたぜ」
「被害……なし」
「はい、ご苦労さん」
それで終わり。
拍手も、称賛もない。
だが、受付から飛び出して来たセリーヌが満面の笑みで言った。
「おかえりなさい!」
その夜。
辺境の村では、水車が再び回り、
畑では、人々が安堵の息を吐いていた。
誰も知らない。
誰も騒がない。
それでいい。
評価されない成功が、
今日もまた、一つ積み重なった。
そして――
まだ誰も想像すらしていなかった。
この結果が届いた時、中央に大きな波紋を広げることを。




