第十八話 勝敗は戦う前に決まるもの
中央ギルドへの返信は、簡潔だった。
『特別指名依頼、受諾する。』
それだけ。
だが、その一文の裏に込められた意味を、セリーヌは理解していた。
「……本当に、やるんですね」
書類を読み終えたセリーヌが、静かに言う。
「ええ」
カイは否定しない。
「断れば被害は拡大します」
「地下水脈の異常は、農地と街の両方に影響する」
「このまま放置すれば、大飢饉。多くの人が飢え死にします」
セリーヌは唇を噛んだ。
「……分かっています。でもこれは――」
「陰謀です」
「内部政治に明け暮れる中央らしい仕事です」
「ええ」
カイは淡々と頷いた。
「それでも、誰かがやらねばならない」
セリーヌは一度だけ深く息を吐き、顔を上げた。
「分かりました」
「では、準備期間は?」
「一週間ください」
「……一週間?」
「彼らはまだBランクですよ?」
「中央のAランクパーティが失敗した依頼です」
「たった一週間で大丈夫ですか?」
だが、カイは迷いなく言った。
「その間に、やれることはすべてやります」
「それに、遅くなればなるほど、事態は悪化しますから」
それからの一週間。
辺境ギルドの訓練場は、かつてないほどに荒れた。
天衝のレゾナンスの面々は、毎朝集められた。
「筋力強化じゃありません」
初日、カイはそう前置きした。
「新しい技を覚える必要もない」
「やるのは、“自分の魔力を正確に知ること”です」
カイは、メンバーそれぞれの魔力の流れを見極め、各人に指示を出す。
マックスが眉をひそめる。
「それ、戦いに役立つのか?」
「最も役立ちます」
即答だった。
「自分の限界を知らない者は、必ず無理をします」
「無理は、今回の相手に対しては――致命的です」
訓練は地味だった。
全力で戦うことは、ほとんどない。
代わりに、
一定出力を保ったまま動き続ける訓練。
魔力を流したまま、意識的に止める訓練。
他人の魔力に合わせて、自分の流れを変える訓練。
そんな、退屈にも見える練習が続いた。
「……くそ、地味だな」
三日目、マックスがぼやく。
「だが、効いてる」
グレンが短く言った。
「動きが、軽い」
ヴァレリアも、黙って頷く。
彼女は誰よりも早く気づいていた。
斬るための力が、温存できるようになっていることに。
リリアは、詠唱の安定度が目に見えて変わった。
「……噛まない」
それだけで、彼女の声は弾んでいた。
エルナは、自分の魔力残量を正確に言い当てられるようになっていた。
「……あと、六割です」
「正確です」
カイは頷く。
「それが分かれば、恐怖は減ります」
恐怖が減れば、判断が早くなる。
判断が早くなれば、命が守られる。
誰も派手に強くなったわけではない。
だが。
全員が、確実に“戦える形”になっていった。
出発前日。
ギルドの前に、荷が並べられていた。
水路調査用具、簡易測量器具、土嚢、封印札。
討伐依頼とは思えない装備だ。
「……本当に、倒しに行くんだよな?」
マックスが、ぽつりと呟く。
「ええ」
カイは答えた。
「それだけの準備を積んで来ました」
「大丈夫、あなたたちは間違いなく強くなりました」
半信半疑ながら、全員が、自然と頷いた。
そして、出発の朝。
天衝のレゾナンスは、静かに門を出た。
歓声はない。
見送りも、最小限。
だが、その背中には――
この一週間で積み上げた、確かな準備があった。
誰にも見えない。
誰にも評価されない。
それでも。
現場では、それがすべてになる。
やっかいな依頼は、もうすぐ始まる。




