第十七話 特別指名依頼
中央ギルド、総務局。
重厚な扉の奥で、空気は張り詰めていた。
「――で?」
総務局長が、机を指で叩く。
「これは、どういうことだ?」
机の上に並べられているのは、同じ依頼書の写し。
地下水路に出現した変異型スライム討伐依頼
その横に、赤字で書かれた文字が並ぶ。
失敗。
失敗。
撤退。
「最初はCランクだと言ったな?」
低い声。
「はい……報告では、通常のスライムと同様の挙動でした」
レオンハルトは、苦し紛れに答える。
「物理攻撃で分裂。魔法耐性が高い。核が確認できず――」
「だからAランクを出したんだろう」
総務局長が遮る。
「そのAランクが、這う這うの体で逃げ帰った」
書類を叩きつける。
「どうするつもりだ?」
一瞬、沈黙。
レオンハルトの脳裏に、ある名前が浮かんだ。
(……辺境)
いや。
(カイだ)
「……辺境ギルドがあります」
絞り出すように言う。
「地盤が弱く、魔物の影響を受けやすい地域です。
現地対応の経験も豊富――」
「責任を押し付ける気か?」
鋭い視線。
「いえ!」
即座に否定する。
「特別指名依頼として、正式に――」
総務局長は、しばらくレオンハルトを見つめていた。
やがて、ふっと息を吐く。
「……いいだろう」
冷たい声。
「失敗すれば、辺境の問題だ」
「成功すれば――」
一拍。
「結果だけ報告しろ」
それ以上は、言わなかった。
こうして。
中央ギルドから、特別指名依頼が発令された。
辺境ギルド。
その依頼書を見た瞬間、セリーヌは顔色を変えた。
「……これは」
紙を握る手が、震える。
「完全に、罠です」
「ええ」
カイは否定しない。
「“変異型スライム”と書いてありますが、
失敗報告を見る限り、スライムではありません」
「それどころか――」
セリーヌは、怒りを隠さなかった。
「Aランクでも歯が立たない魔物を、
“辺境ギルド向け”として流してきた」
「失敗すれば、こちらの責任。
成功しても、中央の手柄」
「……あまりにも露骨です」
カイは、依頼書を机に置いた。
「放っておけば、どうなりますか」
セリーヌは、はっとする。
「……地下水脈です」
「ええ」
カイは静かに続ける。
「水が汚染される。
井戸が枯れる。
農業、家畜、商業――」
「最悪の場合、飢饉になります」
短い沈黙。
「つまり」
カイは結論を口にした。
「誰かが、受けなければならない依頼です」
セリーヌは、歯を食いしばる。
「……それが、私たちだと?」
「現時点では、そうなります」
「天衝のレゾナンスは、確かに強くなりました」
だが、とカイは続ける。
「それでも、この依頼は単純な戦闘ではありません」
「正面から殴って勝てる相手ではない」
セリーヌは、ゆっくりと息を吐いた。
「……条件は?」
「二つ」
カイは指を立てる。
「一つ。
私が、指示役として同行します」
「もう一つ」
「事前に、全員の魔力の流れを調整します」
セリーヌの目が、見開かれる。
「……本気ですね」
「ええ」
カイは、淡々と答えた。
「この依頼は、英雄に与えられた試練ではありません」
「多くの民衆を絶望から救うための依頼です」
しばらくして。
セリーヌは、ゆっくりと頷いた。
「……分かりました」
「辺境ギルドとして、受諾します」
その決断が、
中央の思惑を超える結果を生むことになると――
この時はまだ、誰にも知る由もなかった。
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