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哲人と刑事

〈闇鍋や垣間見たるは闇世界 涙次〉



【ⅰ】


テオはコンピュータで何事かを調べてゐた。そして、「これで良し、と」と云ふ。調べ事は終はつた。で、出來る劃りにやりとした顔を作つてみた。出來なかつた。それは彼が猫だからである。天才猫とは云へど、笑ふ事は出來ぬ。現實は嚴しい。で、何故にやり? と問はれゝば、それに値ひするだけの面白いデータを抽き出せたから、と答へるしかない。



【ⅱ】


「兄貴、知りたくはありませんか? 兄貴とあの* シロイヌ、白山犬儒郎には或る繋がりがあつたんですよ」-カンテラ、こゝで少々ずつこけた。「何で今さら白山なんだ?」-「いや、犬儒郎つて名前、珍しいでせう? それで暇な時その脊景を調べやうと思つてたんですが、こゝ迄ずるずると延びてしまつて。そしたら思ひがけなく兄貴の若かりし頃との関係まで、データに付いて來て...」



* 前シリーズ第143話參照。



【ⅲ】


で、以下テオの述べた事である。多分にテオの推測も含まれてゐるので、完全に史實、と云ふ譯には行かないが...

白山の父とカンテラの* 造り主・鞍田文造とは、密接な関係があつた、と云ふ。因みに白山の父は房滿(ふさみつ)と云ふ名で、銀行家であつた。カンテラ「割りといゝとこの坊つちやんなんだな、シロイヌは」。それは兎も角、鞍田は折角造つたカンテラなので、闇の世界にデビューさせたくて仕方がなかつた。だが、それには莫大なカネが掛かる。何故なら黑社會に認められる為には、それなりの人士を呼び集めたパーティを開かなければならない。鞍田にはその方面のコネはなかつた。勢ひカネ頼りになるのである。闇融資と云ふカタチで白山房滿から資金援助を受けたのは、そのせゐであつた。



* 前シリーズ第10話參照。



※※※※


〈我が賭ける根拠と云へば人生が100年時代を迎へし事か 平手みき〉



【ⅳ】


房滿の一人息子- それが犬儒郎である。子供時代の犬儒郎は、その珍しい名前のお蔭で虐めを受け、然も長じてからも、かの古代ギリシア犬儒學派の哲人・ディオゲネスを彷彿とさせるその名は、犬儒郎の人生に暗い影を落とした。* ディオゲネスは生涯空き樽の中で暮らし、樽のディオゲネスと呼ばれた變人である。話ではディオゲネスの父も兩替商、當時の銀行家であつたと云ふ。房滿は息子に、自分のやうなカネまみれの人生は送つて貰ひたくなかつた。ディオゲネスの如く、浮世を輕蔑して生きる哲人であれかし、と願つてゐた。その親ごゝろを犬儒郎は知らなかつた。父親とは早く離別したくてたまらなかつた。それで、父の手を離れ、國費で賄はれる警察學校に入り、刑事への道程をスタートさせた、と云ふ譯だ。



* アレクサンドロス大王から、「何なりと望みを申すがよい」と云はれて、「其処をどいてくれませんか? 日蔭になるから」と答へたエピソオドは、つとに有名である。



【ⅴ】


實を云ふと鞍田には、借金返濟の意志はなかつた。彼の商つてゐた骨董品が担保として入れられてゐた譯だが、鞍田にはさう容易に明け渡す積もりは、さらさらなかつた。白山房滿が邪魔になつたら、若かりしカンテラ、まだ鞍田の云ひなりの殺人マシーンだつたカンテラに斬らせやうとしてゐたのだ。乱暴な話であるが、時代はバブルの兆候を示してをり、鞍田もイケイケ精神で事に臨んでゐたのである。その頃、まだカンテラには自我の芽生えは訪れてゐなかつた。



【ⅵ】


變死體- 結局その無慘な姿を晒した白山房滿。犯行は、彼が融資を拒んだと或る右翼團體に拠るもの、とされ、鞍田の許には警察の手は伸びなかつた、と云ふ。「ざまあみろ」と犬儒郎は思つたらしい。それ程までに父を憎んでゐたのである。出來ればこの名は棄てたい、と思つてゐたが、それなら自由に名前を變へられる作家にでもなれば良かつたのだ。そこ迄の知惠は回らぬ犬儒郎、どの道藝術の道とは縁遠かつた-



【ⅶ】


と、そこ迄がテオの話である。「兄貴、もう忘れちやひましたか?」-「ちつとも覺えてゐない。それつて現實の話なのかい? きみの空想ぢやなくて」-「空想なんて飛んでもない。鞍田の書きかけの自敍傳のデータにハッキングしたんですよ」-「そんなもの迄データ化されてゐるのか...」テオ、再度にやりとしやうとするが、敢へなくまたしてもその笑ひは不發に終はつた。



【ⅷ】


今は冥府で、* カンテラや怪盗もぐら國王と對立した事をすつかり改悛してゐると云ふ白山犬儒郎。父親への憎しみも薄れたゞらうか。テオの笑ひではないが、現實は嚴しいのである。改悛なくば彼には行くべき處がない。かつての** 幽冥界での、落ち着かぬ亡靈生活からは、逃れたいシロイヌであつた。

それにしても、叛仲本派などに與して、父親の死の眞實をなほざりにしたのは、間違ひではなかつたのか。闇から闇へ生命は移動する。産まれる前も闇なら、死後も闇である。このシロイヌの思想は、カンテラに染まつた譯ではないが、*** アンドロイドならぬ白山には、實際には死後の世界がある。白山は今その有難みをじつくり嚙み締めてゐるところだらう。お仕舞ひ。



* 前シリーズ第164話參照。

** 前シリーズ第189話參照。

*** カンテラはアンドロイド。これを忘れて貰つては困る。



※※※※


〈餅巾着なかなか冷めぬ饂飩かな 涙次〉


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