7話-《魔女》
女性――リアンは、ニコの手を握ったまま、話を続ける。
「あ、それで、この場所なんだけどね、ほら空!夜みたいでしょ?」
確かに、寝起きに見た通り、星が輝く綺麗な夜空……に見える。が、よく見てみれば、なんとなく、教会の窓から見慣れた夜空とは違うような感じもする。
「実はね、まだ夜じゃないんだ。さっき魔猪を仕留めてからまだ30分ぐらいしか経ってないよ。」
……?なら何故、夜になっているのか。そう訊こうとするが――その前にリアンは勝手に喋る。
「これはね、私が魔法でやってるんだ。独自に編み出した技でね。水で囲って、内側を外側から完全に切り離す技。星のように見えるのは小さい光魔法なんだ。水の中で光らせて、熱や光量を丁度良くしてるだけで、制御なんて全くできてないけどね。」
「っと、ちょっと話しすぎたかな?ごめんねニコちゃん。外もいいけど一回お家入ろっか。」
そう言ってリアンはニコの手を引き、湖の畔にある小さな一軒家へと案内する。
「ようこそ!私の家へ!今飲み物用意するから、そこ座って待っててね!」
「お、おじゃまします……」
リアンはこなれた様子で客を座らせ、器に液体を注ぎ持ってくる。ニコはどこか落ち着かない様子ながらも、示された椅子に腰掛け、リアンが戻ってくるのを待つ。
「お待たせ!……それで、きみは何の目的で森に来たのかな?見たところ、冒険者としては駆け出し……って感じだけど。」
飲み物――香草を水で煮だした液体――教会でもたまに飲む、香水を二人分、リアン自身とニコの分を机に置き、自らも椅子に座って軽く飲みながら、そう訊ねてくる。
「私にその気はないけど……ギルドから私に何か用件がある時は、必ずそれなり以上の冒険者、もしくは元冒険者のギルド職員がこの森に訪ねてくる。私は魔女だからね。一応の警戒、ではあるんだろうね。しかしニコちゃん。きみはどう見ても駆け出しだ。この森ではよく見かける魔猪……まあ、さっきの個体は大きめではあったけど、あれに対処出来ない冒険者が来る場所じゃない。」
「そ、そんなはずは!だって、わたしが受けた依頼は、森で仙薬草とジメシメジを採取するもので……地図も、街の門を出て森にまっすぐ……」
そう言いながら、依頼書を取り出し、記載されている簡易地図を見せる。
「…………ニコちゃん。」
「はい」
「これ、反対側の森じゃないかい?」
「………………えっ」
そんなはずはない。街の門が描かれてて、門から出て、森にまっすぐ進む。森の中に、仙薬草と、ジメシメジがある、と描かれている。それだけが描かれた地図を睨みながら首を傾げる。
「……ニコちゃん、まさか、地図買ってない?」
「買っ……て、ない、ですね……」
「………………」
リアンは絶句した。まさか地図も買わずに依頼を受けて外に出る冒険者がいるなどと思わなかったのだ。
「……まあ、特に何かあって来たわけじゃないなら、いっか。気を付けて帰……いや、街の近くまで送るよ。……せっかくだし、何か喋ってく?あ、帰ったらちゃんと地図買いなよ?」
一気に色々言われて何が何やら。とりあえず香水を飲み、少しお喋りすることにした。
~~~~~
話の流れで地図の話に戻って来た。
「あのね?地図っていうのは、冒険者にとっては必ずと言っていいほど必要な物でね?依頼書に描いてあるのはあくまでも解り易くするためにあるものでね?それだけあればいいってものじゃないんだよ。これは私が冒険者だった頃からそうだからね?今回ニコちゃんが迷い込んだのが私がいるこの森だからまだよかったけど、これが別の森とかだったらそこにいる魔獣とか魔物とかに殺されちゃって下手したら食べられておしまいだったかもしれないんだよ?ここの魔猪にすら負けたのに他の所の…例えば群れる魔狼とかやたら大きい魔鳥とかになんてもうそれはもう見るも無残な姿にされちゃうかもしれないんだよ?だからね?帰ったらちゃんと地図買って、明日からの活動に備えなきゃだめだからね?」
合間合間で「はい……」と相槌を打ちつつ、大事そうなところだけ頭に入れる。……と、ふと気になることがあった。
「あの……」
「?どうしたんだい?何か気になることでもあった?」
「その……前に読んだ本に書いてあった名前なんですけど……『《水流》のリアン』って、リアンさんのことですか……?」
その瞬間、リアンさんが固まってしまった。香水の入った器を口に付けた姿勢のまま。
「――――――――その名前はどこで?」
「え、っと、魔法初心者向けの教本に、すごい魔法使い、って感じの紹介で、『《雷雨》のティアナ』って方と一緒に……」
「………………………………………そっ、かぁ……まあ、あの娘も、結構強い子だったからなぁ……魔法使いとしてなら、私に次ぐぐらい、だったし。」
懐かしむような、噛み締めるような、若々しいその姿からは想像もつかないほど、老人のような遠い目をしている。
「……お知り合い、だったんですか……?」
「まあ、一応ね。……私が魔女になる前に最後に会ったのは……何日か前に一緒に依頼を受けた時かな。懐かしいなぁ……目を閉じれば、今でもその時の光景が目に浮かんでくるようだよ。」
「そう、ですか…」
わたしにはまだその感覚はわからない。いつかわかる日は来るのだろうか。
「っと、質問の答えがまだだったね。うん。《水流》は、確かに私が魔女になる前――冒険者だった時の二つ名だ。」
「やっぱり!」
有名人と出会った時の気持ちとはこういうものなのだろう。よく知らない相手でもなんとなく嬉しくなってしまう。
「……それで、それを聞いた上で、何かあるかい?」
「えーっ、と、その、ティアナさん?は、いまどうしてるかとかって……」
「今、って……はは、私はもう1000年前に魔女になって、それから老いず死なず、ってだけで元はただの人間だよ?ティアナが人間のままなら間違いなく死んでるさ。」
その言葉に、言い方に、妙な引っ掛かりを覚える。
「人間の、ままなら……?」
「――ふふ、そこに気付くとは。なかなか才能あるねきみ。」
「あ、いえ、それほどでも」
「……お察しの通り、ティアナも魔女になっているよ。私より少しだけ後にね。」
「少し、昔の話をしよっか。香水おかわりいる?」
「あ、ください。」
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「これは私の視点で、一部は人伝に聞いた話。
今から1000年ほど前、『魔の王』と名付けられた一体の魔物がいた。
彼はここからそう遠くない岩山――『ヴェスガリア山』にいつの間にかいた魔物だった。
彼は魔力を、魔法による攻撃に含まれる魔力すらも分解し、吸収して傷を再生し、その上どんな属性の魔法もありえない出力で放ってくる、まさに『魔』の『王』だった。
そんな彼の討伐部隊として、私と、当時よく行動を共にしていた仲間――《星剣》、《剛腕》、《盾守》の4人が派遣された。
――結果は敗走。私の魔法はロクに通じず、剣は折れ、腕は壊され、盾は砕かれた。戦う力を失った3人を逃がすため、私が残り、戦い続けた。
でも、どれだけ魔法を放っても、彼には通じない。もっと、もっと、もっと、この空間の魔力を、彼の放つ魔力も、全て、全て私に――!
戦いの中で皮膚が、肉が裂け、骨すら覗かせ、臓腑をぶら下げながらも、そう念じた。魔法は想像。なら、この一帯の魔力全てを取り込んで、分解も吸収も追いつかないほどの量と密度でぶつける!
そうして、大量の魔力を、人の身には収まらない魔力を取り込んだ私の身体は、人ならざるモノへと変わった。だがまだ変化は少なかった。
今でこそ魔力全てが尽きないと死なないけど、この時はまだ『死』は普通の人間と変わらなかった。
それでも、私の中で『何か』が変わったのがわかってしまった。
私の魔法は、ここで進化した。
『水』は中に入った、触れたものを『歪ませる』もの。光は曲がり、深い水底では固形物すら歪ませる。それを、限界まで拡大解釈し、『空間を歪曲させるもの』として成立させた。
そこからはすぐだった。
彼――『魔の王』を、空間を歪ませ世界から隔離する『水牢』に閉じ込め、その空間を小さく、小さく圧縮する。
『魔の王』の魔法の魔力分解は、無効化できているわけじゃない。攻撃を受けて、その傷を触れた魔法の魔力を分解、吸収して治しているいるだけ。それには気付いていた。
だから、閉じ込めた。これで、二度と出てくることはない。
そうして私は、街に帰る為、歩き出した。
その途中で、気付いてしまったんだ。
裂けていた肉が、臓腑を零れさせていた腹が、治りつつあるということに。
当然、ポーションも無しに人間の身体で起こるはずのない現象だ。私は、『自分はもう人間ではない。皆と一緒には、居られない。』そう思って、森の中に『水牢』で空間を造って、自らを封印した。
今いるこの場所こそが、その空間さ。
さて、長い長い前置きはここまで。これが私が魔女になった経緯だ。そしてここからが――ティアナが、魔女になってしまった経緯だ。人伝に聞いた話しだから、正確性、及び詳細さには不安があるけどね。」
私はふう、と一息つき、目の前の香水を少し飲む。
「私が魔女になってから、約五年間、彼女は「私を捜すために」って言って森を、草原を、山を、あらゆる場所の依頼を受けては向かい、こなしていた。
ある日、当時の彼女では絶対に敵わない魔物の討伐依頼を受けてしまった。ギルドの人も、当時の冒険者たちも、「まあ、あのティアナなら大丈夫だろう」と、見送ってしまった。
その日受けたのは、【草原の魔龍討伐依頼】。あろうことかこれを、彼女は内容もよく見ないままに受けてしまった。
彼女がギルドに姿を見せたのは、この日の朝が最後だった。
数日後、様子を見に行ったギルドの兵士は、依頼場所に魔龍が居ないことを確認し、それと同時に、豪雨と落雷がすぐ近くで鳴り響いているのを聞いた。
遠方より観察、確認したところ、その嵐の中心には、《雷雨》のティアナ、と見られる人物がいた。しかし様子がおかしい。話を聞こうと、近づいた兵士の一人が――雨に触れた瞬間、雷に貫かれて死んだ。
ギルドは報告を受け、《雷雨》ティアナ・シュトゥルムは龍との戦いで共倒れになったとし、それと同時に新たな脅威として、自身を中心とした大嵐を従え、不気味に彷徨うその女を、《嵐の魔女》として指名手配――達成されるまで貼られ続ける、恒久的な超高難度依頼として発表した。
……この依頼は、1000年近く経った今でも達成されていないらしいね。
私が聞いたのはここまで。詳しい経緯はわからないけど……恐らく、私と同じで、相性の悪い、強い魔物との戦いで『魔女』になったんだと思う。……あんなにかわいかったあの娘が、私と違って人にも攻撃するようになっちゃった理由はわからないけど……そこはいつか解き明かしてみたいね。」
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凄い長い話を聞かされた……えっと、つまり?
「……ティアナさん、は、リアンさんが魔女になったから魔女になった……?」
「…………まあ、すっごいざっくり言うとそうなるね。私が失踪しなければ、彼女はこうはならなかっただろうし。」
「やっぱりあそこでちゃんと帰るべきだったかな~」などと伸びをしながら呟いているリアンさんの目には、確かな後悔の色が浮かんでいた。
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「それじゃ、元気でね。ニコちゃん。また遊びに来てもいいからね!」
「はい。……ありがとうございました。リアンさん。」
「うん。じゃ、《水転門》。」
リアンさんがそう言うと、目の前に水の扉型の板が生えた。
「出口はエランの街の近くにしといたよ。またね。」
小さく手を振り、お互いに別れの挨拶を交わす。
わたしは『水転門』に入り――
――抜ければ、そこは見慣れた街の壁が見える、森のすぐ外だった。日はもう夕暮れ。急いで帰ろう。
依頼はなにも一日で達成しなくちゃいけないものでもないらしいので、仙薬草は改めて明日採りに行こう。
……あ、地図買わなくちゃ!
そうして何事もなく、街に入り、道具屋さんで地図を買い、教会へ戻った。
レアルファさんは変わらず優しく迎えてくれて、わたしはいつもの部屋に戻った。
「魔女……魔女、かあ……」
リアンさんの口ぶり的に、なっていいものではないのだろう。だというのに、何故かその響きに心を奪われる。
「……なりたいな。」
すごく、自由で、楽しそう。
まだまだ弱いわたしでも、魔女になれたら…?
――そう、思ってしまった。




