二章8話-ヴォラニア村へ
山で迷子になりかけてから約十日。ニコはゲイン・ゴーラン支部長に呼ばれ、冒険者ギルドの支部長室に来ていた。呼び出された理由は明白。ニコが自我を失っていた期間に、《厄災の魔女》が放出していた魔力の影響を受けて生まれたヴァルガリア森林の魔物。それを討伐する件についてである。
「しばらく曉熊を狩っていたようだが……慣れたか?」
「はい。……それなりには。」
「そうか。…………貴殿には、ヴァルガニア森林にて発生した、森の集落を滅ぼした魔物、通称――《森の悪魔》を討伐してもらう。それについては以前、話していたと思うが……覚えているな?」
――忘れるはずがない。それの為に、毎日依頼に出向いては魔法を練習してきたのだから。
「はい。」
「――いい返事だ。……こちらとしても《森の悪魔》は早めに討伐しておきたい。ニコ殿が戻って来なければ、各地の冒険者に召集をかけ、《嵐の魔女》の時の様に討伐作戦を実行するつもりだった。過去の強力な魔物たちと違い、あれは既に人へ大きな被害を出している……が、危険度にして70にもなる存在故に、今まで受注する者は居なかった。……位階70を超える冒険者は、各地のギルドを探し回ってもそう多くはない。エランを拠点にする冒険者の中で、現在の位階が70以上の者は、アレス殿ただ一人だけだ。そこで、」
ゲインは一度言葉を区切り、一息入れる。少し間を置き、続きの言葉を紡ぐ。
「貴殿には三日後の明朝、アレス殿と共に、竜車でヴァルガニア森林の近隣にあるヴォラニア村に向かってもらう。到着は昼頃の予定だ。」
そこまで告げると、ゲインは机に置かれた香水を口へと運ぶ。
「何か、訊いておきたいことはあるか?」
「……いえ。ありません。」
「そうか。話は以上だ。……貴殿が死なぬとしても、万が一仕留め損なって森の外に逃げられれば、場所次第では惨事は免れない。準備は、怠るな。」
「……はい。肝に銘じておきます。」
話が終わり、支部長室を出る。扉を開けると、目の前には、10年前と変わらぬ壮健さの、かつて共闘した男性。
「そういうことだ。10年振りの共同依頼、共に頑張るとしよう!改めて、アレス・ベルジュだ。よろしくな!」
「……ニコ・ツノイアです。よろしくお願いします。アレスさん。」
そう軽く言葉を交わし、各々3日後に向けて動き始めるのだった。
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少し遡り、場所も変わって、ここはヴォルカランド平原。ニコが教会で目覚めたのと同じ日に、平原の中心に一人の青年が現れた。黒い短髪に、目の下には薄っすらと隈まである、中肉中背のいかにも「一般日本人です」と言わんばかりの出で立ちは、周囲の景色には馴染んでおらず、非常に浮いている。
「…………は?どこ?ここ。」
青年の周囲には、見渡す限りの平原。点在する木と、所々に居る野生動物。悲しいことに半ばニートだった青年は、不慣れな長距離歩行を突然強要されていた。
「動物……シルエットからしてオオカミか?あの感じは。……襲われたらやべえよな。どっか人いるとこ見つけねえと……てか何?異世界転生?転移?みたいな感じ?俺メシ買おうと思って外出たとこだよな?なんで?」
青年は目が良かった。遠くのものもそれなりによく見える彼の目は、現代社会でこそ活きなかったが、遠方の危険を事前に見つけることで彼の命を救った。そしてその目が見つけたのは、危険だけではなかった。
「……お?あれは……家か?俺の家、ではなさそうだけど……異世界、ってんなら、村とか町とか?待てよ、異世界てことはアレか!?魔法とかチートスキルとかある感じ!?うおおおおおおファイヤー!!!!」
改めて口にしたことで何かに気付いた青年は、思いつくままに手を前に翳しそれっぽく叫ぶ。が、何も起きることは無い。
「……ま、そう都合よくはいかんわな。異世界かどうかもわかんねえし。とりあえずあそこの建物まで行ってみるか。何かしらはわかるだろきっと。」
楽観的なのかどうなのやら。青年は呑気に村へと歩いていくのだった。
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「おはようニコくん!いや、もうニコ殿と呼んだ方がいいかな?」
10年前と変わらず、否、10年前よりも大きな声での挨拶。そこに続く言葉は普通の声量にも関わらず、大音量に聞こえる錯覚を起こすほどよく通る声。アレス・ベルジュが、冒険者ギルドの前に立っていた。
「おはようございます。アレスさん。今回はよろしくお願いします。」
「ああ!とはいえ《森の悪魔》の情報は聞いている。ニコくん……いや、ニコ殿自身の……違うか。《厄災の魔女》の後始末ということもね。だから僕は万が一村の方に《森の悪魔》が逃げてきた時の為の村の護衛として留まるつもりだ。勿論一緒がいいと言うのであればそうするつもりだが……どうだ?」
「……いえ、大丈夫です。わたし一人で仕留め切ります。」
「うん!いい答えだ!君の健闘を祈るよ!」
会話に一区切り付き、時間もいいところ、ということで、2人で竜車に乗り込む。程なくして、窓の外の景色が動き始め、僅かに揺れを感じるようになる。
ニコは窓の外を眺め、アレスは愛剣を磨く。会話が交わされることもなく数時間が経ったところで、アレスが懐から携帯食を取り出した。
「……」
思えば食事などしばらく摂っていない。空腹感が無いだけで、自分はここまで食事に向ける意識が薄くなるのか、と、少しばかり驚く。しかし他者が食事をするところというのは、自分自身に食事が不要な状態だとしても、視界に入ればつい少しは目を向けてしまう。
「……?どうした?ニコ殿。気になるのかい?」
「あ、いえ、別に、気にしないでください。」
そう言い、ニコは再び窓の外に視線を向ける。室内には竜車特有の音に、アレスが携帯食を食べる音が混じる。景色は移ろい、やがて広い平原へ。
ヴォルカランド平原。ヴォルケニア火山の周囲に広がる大きな平原であり、基本的に温暖かつ平和な環境。開けているためか曉熊はおらず、鋭牙獣や纏狼が割合としては多い。稀に子供の飛竜が狩りの練習に来ている以外は、本当に穏やかな地域である。
ぼーっとニコが外を眺めていると、食事を終えたアレスが声を掛ける。
「ニコ殿。目的地のヴォラニア村まではあと少しだ。……着いたら、君は少し中で待っていてくれ。」
「……?わかりました。」
言われた内容に困惑する。が、すぐに1つの結論に到達する。目的地は《厄災の魔女》による災害の被害を大きく受けた村。もし姿を知られているのなら、住民に攻撃される恐れがある。
「……」
――自分の意思ではないにしても、沢山の人に被害を出したのは事実。ならばその償いは、しっかりしなければ。
「お二人さん!村に到着しましたぜ!」
御者から到着を報せる声が掛かる。アレスがニコに目配せをし、先程ニコに待つよう伝えた通りに一人で降りる。
――外から話し声が聞こえる。声からするに、アレスさんが御者さんと話しているようだ。内容までは、聞き取れないが。
「ニコ殿、今少し御者の方と話をしてきたのだが、どうやら先んじてゲイン支部長殿が使者を送って村に手紙を届けてくれていたらしい。⁅『厄災の魔女』と容姿の特徴が酷似している者がそちらに向かうが、別人でありギルドから正式な依頼を受けている冒険者なので、危害を加えることのないように。⁆とのことだ。……『厄災の魔女』の姿を見た、知っているという者にだけ伝えられているようだから、恐らく心配はないはずだ。というわけで降りてもらって構わない。」
「……そうですか。ありがとうございます。」
「礼を言うなら帰ってからゲイン支部長殿に、だ。さて、まずは軽く村の様子を見て、それからそれぞれの行動に移るとしよう。それで構わないかな?」
「はい。それで大丈夫です。」
ゲインへ心の中で感謝しつつ、ニコは竜車を降りる。足元に気を付けつつ降り、顔を上げれば、10年は経とうというのに未だ終わらない復興作業に追われる人々がこちらを見ていた。その人々の目は、明らかにこちらを警戒しているのが見て取れる。
「……っ」
「……まあ、いくら前以て伝えたとしても、そう簡単に不安ってのは拭えるものじゃない。この警戒は、現状仕方のないものだ。とはいえ一応、僕の方からも彼らに話しておこう。ニコ殿、君は……」
と、アレスがそこまで話したところで、ニコの頭に死角から小石が投げつけられる。痛みはほとんど無いが、意識を向けさせるには十分なもの。
「……?石?」
飛んできた方向に振り向けば、そこには、息を荒くしこちらを睨みつける少年が、短い木剣を構えて立っていた。




