二章6話-依頼達成
「もう一回言う?今のは私が作った模造品。素体はちゃんと曉熊だけどね。」
二度言われたところでよくわからないことに変わりは無いのだけども。
「作った……加工した、ってどういうことですか?」
「いい質問だね。……魔物や、私たち魔女、魔人は、魔力で生きている。それは知ってるね?」
「……はい。」
「外から魔力を取り込むことで、それを食事や睡眠で得るものの代わりに活動している。それが魔とつくものの特徴だ。……魔獣はちょっと違うけれどね。」
「なる、ほど?」
「そして、どんなものでも、常に魔力を垂れ流しているんだ。鍛えれば制御出来るし、そもそも魔力が無いものは例外だけどね。」
「そうなんですか……」
「で、それは魔力量が多いほど増える。つまり魔物や魔人、魔女はこの垂れ流す魔力の量も多いわけで……」
「はい」
「……キミが《厄災の魔女》だった時に、恐らくキミが撒き散らしてた魔力が原因でモンスターが変異し生まれた魔物。それを再現するために、森の曉熊に私の魔力を大量に与えて、意図的に変異させた、というわけだ。」
「え、と……森の、他のモンスターたちは……?」
「私の『水転門』で全員避難済みだよ。今から戻すつもりだ。」
「成程……」
「まあ、『森の悪魔』なんて呼び名がつけられたあの魔物に比べれば、今のなんて精々『ドーア変異体』程度のものだったね。危険度70も付けられてる『森の悪魔』に比べれば天と地程の差があるよ。それどころかアレじゃ『壊鳥』にも及ばない。危険度なら精々8ぐらいが妥当かな。」
あれで?
「『森の悪魔』はキミが責任をもって討つことになってるんだろう?ならもっと訓練しないとだ。私はいつでも待ってるから、特訓が必要なら私のところに来るといい。」
「……はい。」
「それじゃ、またね。」
そう言い、リアンさんは『水転門』で去っていった。程なくして、あちらこちらからモンスターの気配がするようになる。
「……普通の曉熊狩らないと、依頼達成にはならないよね……」
依頼は《曉熊》の討伐。曉熊討伐の証拠として剥ぎ取るのは耳。先程のアレは、その耳の状態が通常の曉熊と違い過ぎる。ギルドに持って行っても、曉熊の耳だと思って貰えないかもしれない。
「……曉熊は、光に弱いはず。なら、光魔法で目を眩ませればあとは簡単、かな?」
生態を調べて楽な狩り方を考えるのは、一人前の冒険者なら当たり前のこと。自分が、冒険者として一人前という驕りは無い。以前のような失敗をしないためにも、依頼の間はそれに集中。余計なことは極力考えない。油断もしない。下調べと対策はしっかり練る。自分は、皆よりも弱いのだから。
「……よし。」
すっかりかつての賑やかさを取り戻した森で、曉熊を探す。曉熊は、薄暗く、鬱蒼とした空間に居ることが多い。餌を得る為に鋭牙獣シャンガや纏狼マルヴを狩ることが多いらしく、探す際は、遭遇したモンスターが出てきた方向や、木々に付いた傷を辿ると見つけやすい……らしい。
懸念があるとすれば、一度リアンさんが全部移動させたことで、それらの探し方が一時的に意味の無いものになってはいないか、というぐらいだ。
木々を観察しながら、探索を進める。奇襲されないよう、周囲への警戒も怠らない。
「……切り傷。」
木の幹に、傷跡。周囲を見回せば、近くの大半の木々にも、それぞれ形状は異なるものの、同じように傷が刻まれている。傷跡は、大きく分けて二種類。鋭利なもので切り裂かれた傷と、鋭利ながらも大質量のもので抉り砕かれたような傷。……恐らくは纏狼と曉熊の戦闘跡だろう。
と、いうことは、この空間から続いている足跡を追えば、自ずと目当てのものに出遭える、というわけだ。
一歩、二歩――、と、足音を抑えつつ慎重に進む。藪に続く大きな足跡。それを追う。草を掻き分けて進めば、見えてきたのは食い荒らされた鋭牙獣――シャンガの死体。内臓の一部が散乱し、血の臭いが辺りに漂っている。
――まだ、新しい。腐臭が漂っていない。新鮮な死体。つまり、まだ近くに、曉熊が居る可能性が高い。
突如、草叢から何かが飛び出してくる。所々に赤を散らしたそれは、傷を負った纏狼。血を流し、弱りながらも、命辛々逃げてきた、といった様子だ。それが意味することは――、
現れた纏狼はこちらに襲い掛かりもせず、表情からその感情は読み取れないものの、明らかに何かに怯え、助けを求めるかのようにこちらを見つめている。
ちょっと、助けてあげたいかも。なんて思った瞬間、纏狼の姿が横薙ぎに吹き飛ぶ。木に叩きつけられ、纏狼の命が潰えた音がした。
助けを求めた纏狼が出てきたその場所から、大きな影が姿を現す。紅い眼を携えた朱い影――曉熊、ドーア。
「……ッ!」
出会い頭に大口を開けて噛み付こうとしてくるのを、寸でのところで躱す。……躱しきれず、少し掠った。
ほっとしている暇も、痛がっている暇も無い。そもそも、今更掠り傷程度で痛がれるほど、もう痛みに弱くはない。痛いものは痛いけど、我慢できる。
……さっきの『悪魔』――リアンさんが作った、あの実験体よりは弱い。これなら、問題は無いはず。
「――『水穿』」
狙いは頭。折れたままの杖の先端で狙いを付け、放つ。水は正確に曉熊の眉間に当たり――毛皮を裂いたものの、骨で滑り軌道が狂う。
「――!っなんで……!」
直線に放つ『水穿』は、例えるのなら銃弾。銃の無いこの世界に於いて、『弾が滑る条件』など、余程の頭脳か経験が無ければ解りえない。そして、ニコが自力でそれに辿り着くには、まだまだ経験が足りない。故にこういった咄嗟の事態に際した彼女の行動は、力技での強行突破の一択。
「……ッ『裂水』!」
空に向かって逸れた『水穿』を、上下に引き延ばし、無理やり曉熊の全身を縦に引き裂く。その狙いは見事成功し、両断された曉熊はバランスが崩れ、右半身、左半身それぞれが異なる方向に倒れることとなった。
「……っはぁ、上手くいってよかった。……耳、剥ぎ取らないと。」
報告用の剥ぎ取りを済ませ、街へ帰る為、歩き出す。気付けば空は朱くなり始めており、夜が近いことを示していた。
「……あ、服!」
服がボロボロで、隠すべき場所までもが見えそうになっているのをローブで覆い隠し、歩き出す。見てる人が居なくて、本当によかった。
**********
ニコが街への帰路に就いた夕暮れ頃、冒険者ギルド、エラン支部、その一階にある酒場では、一人の大柄な男が、中肉中背の男に向かって声を荒げていた。
「何言ってんだテメェ!あの時のガキに会っただ?しかもガキは当時の姿のまま?寝惚けたこと言ってんじゃねえぞ!10年経ってんだぞ!」
「騒ぐなよガラン。お前が信じられないって言うのもわかるが、事実なんだ。」
ガランと呼ばれた男は椅子に座り直し、酒を煽る。撒き散らすアルコール臭を強めながら、再度、口を開く。
「……成長してねえ、ってことか?有り得るのか?そんなことが。……人間のハズだろ?」
「前に話したろ。遠くで新しい《魔女》が生まれた、って話。それがあの子供だったってことだ。」
「……あァ?《魔女》だの《魔人》だのってのは基本会話出来ねえんだろ?話せるようになるってのかよ。」
「現《雷雨の魔女》の話は回ってきただろ?あれと同じだよ。方法は不明だが、正気を失っていた《魔人》《魔女》が元の人間のように戻れる方法があるってことだ。《魔女》になってたあの子供がそれで戻って来た、そういうことだろ。」
「……おいおい待てよ。てことは俺が最近ギルドで見たあのガキは……」
「本人だろうな。似た子供とかじゃなく。」
「…………」
ガランは再度、酒を口に運び、飲み干した。そしてそのまま、器を机に置き、席を立つ。
「おいガラン、酒代は」
「代わりに払っといてくれ。そのうち返す。」
「自分で払え。どこに行くつもりだ。」
「帰って寝る。じゃあな。」
有無を言わさず、ガランはギルドの外へと出て行った。中肉中背の男――ライは、溜め息を吐きつつ、支払いをしてギルドを後にした。
**********
街に帰って来たニコは、ギルドから出てくる影の中に、見覚えのある姿を遠方に見つけた。
「あれは……ライさん?」
こちらとは逆方向に出て行ったようで、少しずつ遠ざかっていく。……特に用は無い。さっさとギルドに報告して、報酬を受け取ろう。
ギルドに入り、受付へ。朝とは別の人――あれ、この人は――、
「どうかしまし――――、ニコ、さん?」
10年前、冒険者登録の時も、最後に受付に行った時にも、その間にも沢山顔を合わせていた女性だった。
「……お久しぶり、です。」
「――!お久しぶりですね。お元気そうで何よりです。……本日はどうされましたか?」
「曉熊の、討伐依頼をこなしてきたので、達成報告と確認をお願いします。」
「はい!では証拠品と依頼書の控えをお願いします!」
包みに入れた曉熊の耳と、なんとか損傷を免れていた依頼書を差し出す。受付の女性は依頼書に間違いが無いこと、包みを開き、中が確かに証拠品である事を確かめ、口を開く。
「……はい。確認しました。曉熊の討伐、お疲れ様でした!」
女性は依頼書に判を押し、報酬を添えてニコに差し出す。
「ありがとうございます。では……また。」
「はい!お待ちしております!」
女性に見送られ、ニコはギルドを後にした。
空は暗く、空気は冷えている。ローブの下から入り込み身体を撫でる風が、やけに冷たく感じた。
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教会の自室にて、ニコは悩んでいた。
戦いですぐにボロボロになってしまう服についてである。
いくら魔法に長けているとはいえ、ニコの身体能力は並の少女よりは少し優れている程度で、特別動きが速いとか、特別硬いとかもない。そのくせ魔女として魔力による身体修復がある為、傷を負うことを度外視して戦いを続行してしまう。しかし身体の傷は治っても、服は自分の肉体ではない。身体が傷を負うごとに、服も同じように裂けていく。しかし身体の傷だけが治り服は裂けたまま。
今日はこの事実に気付けた。今後は気を付けたいが、かといって急に全部の攻撃を避け切るなんてことは不可能だ。しかし依頼の度に服をボロボロにしていては服屋さんにも申し訳ない。いっそのこと着ない――なんてのは論外だ。わたしにだって羞恥心はある。
さてどうしたものか……と頭を捻る。重い鎧は着たくない。前みたいな軽い……胸当てとかの小さい鎧もあんまり。だから攻撃される前に魔法で速攻で仕留めるのが一番なんだけど、弱いモンスターとかならともかく、今回の曉熊とか、そのぐらいからそれ以上になってくると、多分それも難しい。
はてさてどうしたらよいものか……やはりなんとかして攻撃を受けないようにするのが一番か……あ。
そこまで考え、思いだす。今までほとんど使ってなかった、リアンさんから教わった技。『写し水』。
自分を複製して一緒に戦えば、モンスターからの狙いも分散して攻撃されにくくなる……かも。
「今思いつくのは……これぐらいかなぁ……」
もっといい方法がないかな、と、考えながら、ニコは部屋のベッドで転がる。
肉体的な疲労こそないものの、精神的な疲労までは回復しない。だからこうやって横になる――休める姿勢になること自体は変わらず大事ではある。といっても、あくまでも気分的な問題であり、必ずしも必要なものではない……と思われる。
「……寝ようと思えば寝られたりしないかな。」
想像するのは、意識が途切れる感覚。疑似的なものでも、気分的に睡眠をとっておきたい。既に何度かそれを経験しているニコにとって、想像するのは容易かった。
――目を閉じて、思考が止まって、世界が消えていく。そんな――感覚を――――、
この日、ニコ・ツノイアの肉体は、約10年ぶりに、『死』ではない眠りに就いたのだった。




