二章4話-活動再開
服を買いにやってきたのは、商店通りの冒険者向けの服屋。どの服も、普通の服よりも頑丈に出来ており、その上で個性を出しやすいよう、様々な色、模様で作られている。どうやら靴も取り扱いを始めたらしい。
「いらっしゃい。ここは服屋だよ。ウチと母さんが作った服の数々、見て選んで買ってきな!」
……10年前にティアナさんとリミエラさんと来たこのお店、どうやら10年の間に店主が代替わりしたらしい。
良さげな服を探すこと、30分。悩みに悩んで選んだものを、会計に持っていく。
「……えーっと、6点で合計が……3万Gになります!あ、冒険者証はありますか?」
今は持っていない。ちょっと損だが仕方ない。
「今は持ってないです。……はい。」
1万G貨幣3枚を出し、間違いが無いことを店主の女性共々確かめる。
「……うん!間違いなく3万Gだね!丁度で頂くよ!毎度あり!また来てね!」
ぺこりと会釈をし、店を出る。そのまま依頼に、とフェノスには話したものの、買ったものを置いたり着替えなければいけないことを考えると、一度戻った方がいいだろう。……ちょっと気まずいけど。
――教会の扉を、静かに開く。フェノスの姿は無く、恐らくは別の場所に居ると思われる。
今のうちに、ささっと荷物置いて着替えて出よう……!
そう考え、様子を見つつ静かに素早く自室に向かう。広間を抜け、通路を抜け、何事も無く到着。
「……ふぅ…………」
ほっと一息、それぞれ2つの服、ローブ、靴の内1つづつを袋から取り出し、着ていたローブを脱ぐ。
「……そういえば、全然汚れないなぁ……髪も全然べたつかないし……そういえば、トイレにも……」
魔人・魔女の身体は、通常の生物に起きる代謝が起きなくなっている。それ故に、飲食も睡眠も、飲食に伴い排泄も不要。そして代謝が起きない故に、入浴による身体の洗浄も基本不要となっている。傷の治癒は代謝によるものではなく、魔力による形状の修復。そして代謝が止まっている故に、身体は成長せず、老いることもない。
「……ま、楽だしいっか。着替えよ。」
蘇生直後から付けっぱなしになっている下着を残し、裸同然の状態に。すぐさま服に頭と腕を通し、靴を履き替え、ローブを着用する。見た目のわりに単純な構造になっており、苦戦するようなものはない。
10年前はこういったひらひらした服は着ていなかったが、ここ数日の蘇生服生活でこの下半身の解放感に慣れてしまった。が、故に、この服。激しく動くと下着が見えてしまうが……まあ、別に、こわ~い魔女の下着なんて、むしろ見たくないだろうし。いいでしょ。
最後に鏡で全体を整え、髪を軽く整える。……いい感じ。
「……うん。よし。」
しっかり確認し、問題ないと確信する。そうして、うきうきで部屋を出――、
「……あら、似合ってるじゃないの。」
通路の掃除を始めるであろうフェノスと、しっかりめに目が合ったのだった。
「――で、何してんのよ。そのまま行くって言ってなかった?」
「そのつもりだったんですけど、よく考えたら買ったもの置いたりとか着替えたりとかしなきゃだな、って……」
「荷物置くのはそうだけど、着替えるのは別にお店の更衣室かなんか借りればよかったじゃないの?」
「う……で、でもわたしが《厄災の魔女》ってばれたら、きっとお店の人を怖がらせてしまうかもですし……」
「冒険者でもないのに見た目の特徴まで知ってる人なんていないわよどうせ。この街には何の被害も出ていないのだし。」
「そう……ですか……?」
被害が出ていないのは一安心だが、しかし前半の言葉に関しては信頼し切れないところがある。
「とにかく、着替えたのならさっさと行きなさいよ。」
「……はい。」
言われなくてもそのつもりだったので、すぐに教会を出、ギルドへと向かう。
先程までの、全身を覆い隠す不格好な布ではなく、冒険者らしく動きやすさに重きを置いた、丈の短いワンピースに、フード付きのローブ。動きやすさが重視された、黒のブーツ。小物を入れる、10年前に買っておいたポーチ。魔女らしく、防御を捨てた軽装。脚の一部と手、首から上を除けば肌の露出こそ無いものの、魔法での遠距離戦が主体の冒険者ですら多少は付けている鎧すらも無いが故に、ほとんどの冒険者が口を揃えて「軽装すぎる」と言ってしまうような格好に、少々の劣化は見られるものの、10年前に買った予備の杖を持ち、冒険者ギルドへと赴く。
扉を開き、中へ。新しい冒険者証は最初の発行時と同じく受付で渡されるそうなので、受付へ。
酒場も兼ねている一階の各所から、視線を感じる。多くの視線が向けられるのを感じる。冒険者達の視線が――、ニコ・ツノイアに集まっている。
周囲から、ざわざわと声が上がる。細かい内容は、聞き取れない。
それらを無視し、受付へと近づき――一人の男が声を掛けてきた。
「おいおい嬢ちゃん。冒険者にしちゃあ随分と軽装だし、酒場にくるにゃあちょっと早えんじゃあねえか?ここはガキの来る場所じゃあねえぞ?それともアレか?今日登録しに来ました~ってクチか?ん?」
見覚えのある顔。覚えのある一言目。ありえないぐらい濃い酒臭さ。間違いなく以前にも絡んできた男……ガランだ。ガランは行く手を微妙に阻むように立っている。
「ん?…………お前どこかで…………いや、何年前だって話だ。ありえねえか。」
ニコ・ツノイアのことは思い出したようだけど、あれから10年。見た目が成長していないことを理由に「違う」と結論付けたようだ。
「……どいてください。」
「あん……?生意気なガキだな。いいじゃねぇか。前にもお前にそっくりなガキが居たが……腑抜けちまったソイツと違って、お前は良い目をしてる。」
「……」
「そう睨むな。何も取って食いやぁしねえよ。ま、お前がそのまま育ったら、俺が食っちまうかもしれねえけどな!!」
ガランはそう言うと、ガハハと豪快に笑い、器に残っていた液体を飲み干し、臭いをいっそう強くして去っていった。
「……その時は、来ないと思いますけどね。」
周りの人にも聞こえない程の小声で、そう呟く。彼の発言が何を意味するか、は、ある程度察せる。本当に、下品な人だ。
気を取り直して、受付へ。
「あの、すいません。冒険者証を――」
「!支部長からお話は伺っております!どうぞ!」
目にも留まらぬ速さで、冒険者証を取り出し、手渡される。
「……ありがとうございます。」
手渡された冒険者証をポーチに仕舞い、早速依頼掲示板を探す。危険度ごとに分かれているはずなので、《曉熊》のある掲示板――危険度5の掲示板を探さなければならない。
とはいえ間隔を置いて危険度順に並んでいるはずなので、受けたい内容の依頼がどの危険度なのかがわかっていれば、自ずとその場所は導き出せる。
「1、2、3、4、5――あそこかな。」
5つ目の依頼掲示板へと向かう。掲示板の上には、掲示される依頼書の危険度を表す『☆』が5つ。念の為自分の冒険者証を見れば、記載された位階は66。どうやら《厄災の魔女》としての期間の魔法の規模を考慮され、引き上げられたらしい。
「……あった。」
《曉熊》1体の討伐依頼書を引き剥がし、受付へ。
「すみません、これを。」
「はいぃ!えっと、判子、判子……ぁった!あお待たせ致しました!今押しますね!……はい!どうぞ!」
……本当に、ゲインさんがわたしのことを何と伝えたのかが気になる。それともこの人が、例えばまだ配属されたばっかりですごく緊張しているとか、そういうことなのだろうか?
「ありがとうございます。」
渡された依頼書の控えを仕舞い、今回の目的地――10年前、仙薬草を採りに行き、《曉熊》と遭遇した、エラニアの森へ。
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「――で、いざ依頼で来ると、会わないんだよね。」
こういうのはよくある。探してない時に限って発見もしくは遭遇しちゃう。探してる時に限って見つからない。かれこれ3時間は森を彷徨っているが、視界の悪さも手伝ってかモンスター1体にすら出遭わない。
「……?」
――おかしい。出遭わないとしても、静かすぎる。聞こえてくるのは、風に揺られた木々の枝はが鳴らす音だけ。纏狼の声も、シャンガの鼻音も、ブレイドスの足音も――曉熊の、足音も。どれも聞こえてこない。まさか、ゲインさんが言ってた、『魔物』がここに……?いやでも、聞いた話ではここから遠く離れたヴァルガニア森林に居る、って――、
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「しばらく大嵐は移動を続け、ヴァルガニア森林の手前で消滅した。……しかし今度は森の中で草木が異常成長。これにより生態系が狂い、比較的穏やかだった環境が大荒れした。……森に住んでいた民が、激変した環境で現れた魔物に滅ぼされたそうだ。」
「質が悪いのがこの魔物がまだ元気に活動している、というところだ。……冒険者を続けるにせよ辞めるにせよ、これの討伐は貴殿にしてもらう。」
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――ゲインさんは、『魔物』が『ヴァルガリア森林』に居る、なんて、一言も言ってない。最初に観測されたのがそこというだけで、移動していないとは、一言も――、
直後、正面の木々の隙間から、こちらを見つめる真紅の双眸。瞬きの間に、轟音と共に木々が薙ぎ倒され、その姿が露わになる。
全身を覆う、異様に発達し隆起した赤黒い筋肉。被り物のように頭の上半分を覆う赤黒い毛。異常に発達した顎と歪な爪と牙。――その姿は、まさしく『悪魔』と呼ぶべき醜悪な存在だった。




