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天変の魔女  作者: 貝殻アックス
第二章-森の悪魔編

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二章3話-人は変わる

「では、明日にでも冒険者としての活動を再開出来るよう、こちらで手配しておく。……まずは肩慣らしも兼ねて、近くの森の依頼でも受けるといい。……今の貴殿なら、例え曉熊(ぎょうゆう)と遭遇しても、難なく……いや、曉熊に手こずってもらっては困るな。難なく狩れるようになるまで、曉熊を狩るのを勧める。」


 そう言われ、支部長室での話は終わり、教会に帰る。


 空は昏く、星が瞬いている。


 空を眺めながら、ぼんやりと歩くニコ。その背後に迫る影が、ひとつ。


「そこのお前、止まれ。」


 歩を進めていた小さな足が、止まる。すぐ背後に、人の気配を感じる。


「……何もするなよ。お前がどれだけ速く動こうが、その前に俺がお前の首を落とす。」


 ……恐らく死にはしないが、それでも痛いことには変わりない。出来れば避けたいので、大人しく止まっておく。


 数秒経った後、被っていたフードを外される。夜の冷たい外気が、急に首に触れて肌寒い。


「念の為、と思っての確認のつもりだったが……珍しいこの髪色……《厄災の魔女》だな?討伐されたと聞いたんだが……何故ここにいる?」


 聞き覚えのある声。けど、どこで聞いたのかはあまり覚えていない。


「答えろ。ただし余計なことをしたら、すぐに殺す。」


 どうやら話すことだけは許可されたらしい。


「……人違いです。」

「嘘だな。」


 一瞬で見破られた。流石に厳しいか……


「……わたしは間違いなく、《厄災の魔女》ではあります。……ですが、今は……人に、害をなす気は、ありません。」


「……ま、害意は無い、ってのは本当だろう。《魔女》が首を落とした程度じゃ死なないことぐらい知っている。害意があったなら脅しの意味もなく俺は殺されていただろうしな。……それで、何故ここにいる?」


「……《厄災の魔女》を討伐した誰かが、その死体……わたしの身体をこの街の教会に運び、蘇生されました。……《厄災の魔女》として動いていた間の記憶は、わたしにはありません。」


「…………かつての《嵐の魔女》……現《雷雨の魔女》と同じ事が起きた、ってとこか。まさか《嵐の魔女》が蘇生されたって噂が本当だった上に、同じ状態の2人目が現れるとはな。」


 そこまで言うと、背後の気配の主……声的に男性であろうその人は、わたしの首に宛がっていた鋭利なダガーを外し、警戒心と殺意に満ちていた声色から圧が抜ける。


「もう動いていい。何、危険じゃないなら俺も何もしないさ。」


 そう言われ、振り返る。と――、


「――ライさん?」


 そこに居たのは、一度わたしを教会まで運んでくれた、恩人だった。


「……?俺を知っているのか?悪いが俺は…………」


 わたしのことは忘れていたようで、困惑の表情を浮かべる。しかしその表情は、みるみるうちに驚きに変わっていき――、


「……まさか、洞窟で刃息竜に殺されてた、駆け出しの?」


 わたしの覚え方がそれであるということは、つまりアレは相当珍しい部類の死に方ということなのだろう。よくあることなら、絶対その印象で覚えているはずがない。


「……その顔……その通り、ってとこか。……はぁ……」


 余程表情に出てしまっていたのか、頭を掻きながら溜め息を吐かれる。


「……俺は魔法使いには詳しくないが、魔女、魔人に駆け出しがなるなんてのが普通はありえないらしい、ぐらいのことは知っている。書物で調べりゃ、今までの魔人、魔女は……少なくとも正体が判明してる連中は大体どいつも実力のある冒険者だったみたいだしな。……10年前のお前が、それほど強かったようには思えないが……お前、何をした?」


 ――先程とは少し方向性の違う警戒の声色。しかしそれも当然である。失踪前のニコは、《嵐の魔女》討伐作戦の一員だったとはいえ、まだ冒険者になって1ヶ月と少しの駆け出しだったのだから。


 沈黙。夜の冷たい風が、2人の間を通り抜ける。辺りは静寂に包まれ、僅かな間、風が鳴らす音だけが耳に届く。


「……話すつもりが無いのなら、いい。それを知ったところで、俺には何の得も無い。そう判断した。」


 ライはニコに背を向け、その場を去ろうとする。しかしニコは、それを阻止するように呼び止める。


「あの……ライ、さん?」


 名前を呼ばれ、不意に、歩き出していた脚が止まる。背を向けたまま、呼びかけに応じる。


「……なんだ。」


 ニコは、その背をじっと見つめながら、一つの疑問を投げかける。


「ライさんって……その、そんな感じでしたっけ……?話し方とか……雰囲気とか、全然違うような……」


 ライは、溜め息を吐き、言葉を発する。


「……10年もあれば、人は変わる。そういうことだ。」


 それだけを言い残し、そのまま立ち去っていったのだった。


「……行っちゃった…………」


 その場に一人、取り残されたニコは、困惑した表情を浮かべながらも、改めて教会への道を辿った。


 ~~~~~~~~~


 教会、図書室に寄り、モンスターの図鑑を探す。少しして手に取ったのは、様々なモンスターの写真や、観察して描かれた全身図、研究によって解析された弱点の位置や生態まで詳しく記載された、冒険者向けの、かなり専門的な内容の物。ここにある本の中でも特に読まれていないのか、新品同然の状態で少しだけ埃を被っていた。


 ――事前の情報収集という名の読書も欠かさないのは、わたしの長所。本はなんとなくで選んでるから、たまになんの役にも立たないものを選んじゃうこともあったけど。


 ⁅~《曉熊》ドーア~

 朱の体毛、紅い眼を持つ、大柄の肉食モンスター。各地の森など、薄暗い環境に生息しており、基本的には森での生態系の頂点に立っている。特徴的な朱の体毛は、森という環境に於いて保護色の逆を行く色であり、弱い個体は生き残れずに子供の時点で他のモンスターや魔獣に淘汰されてしまう為、強い個体のみが生き残り、子を生し、血を繋いでいく。故に時代の流れと共に強くなっており、100年前の依頼書では危険度4だったはずの『曉熊討伐依頼』は、現在危険度5に引き上げられている。

 紅い眼は暗闇の中でも明瞭に獲物を視認し、どこまでも追いかけてくる。しかしその分強い光や突然の明かりには弱く、日光の下では何も見えなくなるのか、日中は開けた場所までは追いかけてこない。夜間でも光魔法で目を眩ませれば、一時的に動きを制限することが出来る。

 毛皮が分厚い為、心臓よりは脳を狙って破壊する方が容易いだろう。

 危険度に限らずどのモンスターにも言える事だが、曉熊の攻撃は、容易く人の肉体を破壊してしまう為、狩る際は要注意。

 また、曉熊は肉食の為、殺した冒険者等の死体を喰らってしまうことがある。そうなると、状態次第では蘇生が難しい場合もある為、基本的には連携の取れる複数人で狩りに行く事を勧める。⁆


 綴られた解説文の隣に、正面と、真横からの全身図が描かれた、色付きの挿絵がある。――一度見た、朱い風貌と紅い双眸。これを、下手したら何度も狩らなければならない。


「……やらなきゃ、だよね。実戦での特訓だと思えば……大丈夫。」


 覚悟を決め、顔を上げた時には、窓の外からは陽光が差し込んでいた。


「もう朝……。そろそろギルドでの手続きも終わったかな?…………あ、そうだ。流石にそれなりにちゃんとした格好しないとだよね。」


 G(ギリア)は10年前に放置してったのが棚に残ってるはず――そう考え、棚を漁る。記憶にある、仕舞っていた場所。


「……あった。」


 入っていたのは、およそ30万G(ギリア)。そのうちの半分近くは、《嵐の魔女》討伐作戦時の報酬。残りは、シャンガを何度も狩ったり、納品依頼を何日もこなしていた時のもの。《嵐の魔女》の討伐報酬は、本来もっと高いものの、4人で分配した結果安めになってしまった。


「……これだけあれば、結構買えるよね。」


 10年前に、ティアナさんやリアンさんがしていた格好を思い出す。


「あそこまでのものじゃなくても、なんかこう、格好の付くような感じにしたいな。……でも普通の服だとボロボロにしちゃったら申し訳ないから、ちゃんとそれ前提の、冒険者向けのものを……」


 そう零しながら、G(ギリア)の入った小袋を持ち、部屋を出る。


 玄関広間に出ると、フェノスと目が合った。……早朝だというのに、眠そうな様子もなく軽い掃除をしている。


「あら、起きたの?随分早いわね。」


 フェノスは意外そうな顔で、ニコに声を掛ける。


「……魔女は基本睡眠不要なので。……フェノスさんこそ、随分早いですね。」


 ニコのその言葉に、フェノスは掃除の手を止め、応じる。


「シスター教育の賜物よ。……それで、どこか行くの?」


「冒険者に復帰するので、依頼の前に少し服を買いに。」


「そう。そのまま依頼に出るの?」


「そのつもりです。」


「そ。今度は前みたいなヘマしないように気をつけなさいよ。」


 フェノスのその言葉に、ニコは一瞬、言葉に詰まる。勿論そんなヘマをするつもりはない。が、不安ではある。が故に、返事に詰まった。


「……気を付けます。」


 その言葉を聞き、フェノスはまた掃除に戻る。ニコはそんな彼女を背に、教会を出るのだった。

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