断章2-〖腐敗〗の転生者
――ここはどこだ。
気付けば森の中、俺は横たわっていた。
「アタマ痛……」
身体を起こし、周囲を見回す――と、掌が触れていた部分の草が腐っていることに気付く。
「おいおいなんだこれ……もしかして、異世界転生ってやつ!?そしてこのなんか草が枯れてんのが俺の能力的な!?テンション上がって来たーー!!」
辺りに響き渡る大声で歓喜の雄叫びをあげる。直後、草むらからガサガサという音。
「ん?……そこにいるのは誰だ!チュートリアル的な魔物とかか!?それとも俺にいずれ惚れるメインヒロイン的な美少女か!?」
一際大きな音を立てて現れたのは、明らかにチュートリアルでは出てこないようなモンスター。それを知らない者からすれば、現れたそれは血濡れた大熊として映るだろう。
――《曉熊》ドーアである。
ただのクマでさえ生身の人間では勝ち目がないというのに、ドーアは個体差こそあれど基本的に4Mは下らない。
姿を認識した瞬間、転生者は現代日本人とは思えない程の速度で逃げ出した。
「無理無理無理無理!!!!なんだよあれ勝てるわけねえじゃん!!何がチュートリアルだよリアルは甘くねえってか!?クソクソクソこんなとこで死ねっかよ俺は美少女とイチャイチャしてえんだよーーーっ!!!!」
情けなく喚き散らし、走る。
「嫌だーーーーッ!!誰かーーーーー!!誰か助けてーーーー!!!!男の人ーーーーー!!!!」
直後、空から突然雷が落ちてくる。雷は正確にドーアの頭を捉え、絶命した。
「…はっはっ……たす、かった……?」
転生者は情けなくも腰を抜かし、尻もちをついた体勢のまま呆然としている。
「大丈夫でしたか!?」
聞こえてきたのは、年若い女性の声。
「――っ!ありがとうございます!」
腰を抜かしたまま礼を言う。
「……貴方、変な格好ですね。……まあいいです。立てますか?」
「……すまねえけど、情けないことに腰が抜けちまってんだ。立たせてくれるか?」
「……はぁ、仕方ないですね。」
そう言い、女性は手を差し伸べる。
「ああ、ありがとうな。」
そう言って、転生者は女性の手を掴んだ。――――その瞬間だった。
「――――ぇ?」
「――ぁ。」
女性の困惑する声と、転生者の何かに気付いた声は、ほぼ同時だった。
――見れば、女性の手が、腕が、腐り始めていた。
「――ぇ、嫌!なに!?やだ!離してっ!!」
女性はすぐさま、転生者を振り払う。しかしそれで腐敗が止まるわけではない。
転生者はただ呆然と、見つめていた。
「イヤ!なん、なんで!?私の、腕……!」
やがて右腕が腐り果て、肉が剥がれ落ち、骨が剥き出しになる。
「嫌っ……!嫌っ……!なんで……なんで……!私、助けただけなのに……!」
腐敗はやがて胴体に、腰に、首に、脚に、浸食するように拡がっていく。
「……いや……!い゛や゛……!」
皮膚が、筋肉が腐り、剥がれ落ち、そして顔、内臓と浸食してゆく。腐敗により声帯も破壊され、女性はもはや声を上げることすら叶わない。
「…………!」
やがて肺が、気道が腐り、顎や頬の肉が腐り落ちた口からはごぽごぽと不快な水音が立つ。音だけでなく、実際に泡も出てきている。
少しの間続き、鼻も目も頭皮も腐り落ち、跡には女性の骨と、異様な腐臭だけが残された。
そこから数十分、転生者は呆然と、女性だった骨を眺め続けていた。
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「――――ぅ゛、オ゛エ゛ェ゛ッ!」
余りの臭いと、自分がしでかしたこと。罪の意識。人が生きたまま腐りゆく異常な光景。それらをひっくるめて、転生者は胃の中の物を全て吐き出した。
「――ハァ、ハァ、俺、が、やった、のか……?」
「こんな、こんなこと、人を、死なせて……」
罪の意識に苛まれ、転生者は自死しようと両手で首に触れる。
――しかし、何も起きない。
「…………せめて、せめてどっかに、埋葬してやらねえと。」
この世界にそういった文化があるのかはわからないが、弔ってやらねば、という意識だけで、女性だった骨を、手の甲で持ち上げる。
「……この人が使ってた装備とかも、持ってってやろう。……俺にそんな資格はねえかもしれねえけど、この人が報われねえ。」
そう言い、腐肉の汁が染みた布のような装備と、杖。そして骨を、女性の付けていた金属のような装備に載せ、運ぶ。幸いにも、この金属のようなものは腐らなかった。
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森を抜け、街に着く。簡素な柵と、ちょっとした門で囲われた、小さな街。
門はあるが門番のような者はおらず、荷物を引き摺り中に入る。
「……教会?」
よくあるパブリックイメージそっくりな教会を見つける。軽くノックし、声を掛ける。
「すいません。森で遺体を発見しました。」
すぐに扉が開かれ、シスターと思しき女性が出てくる。
「あらあら……大変だったでしょう。どうぞ中へ。」
「俺はいいです。引き渡したらどっか行くんで。」
「あら……」
女性の骨と荷物一式を、シスターに触れないよう気を付けて引き渡し、すぐに離れる。
「……こんな人間、生きてたってしゃあねえよな。」
その後、街を出てからの転生者を見た者は居ないという。
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「……目覚めましたか?調子はどうです?」
「……うっ……教会……?……っそうだ!私……!あの男に……!」
「記憶ははっきりしてるようで何よりです。一旦落ち着ける香りの香水、持ってきますね。」
「……ッあ、ありがとう、ございます。」
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「お姉さん、初めましてですね。一応お名前訊いても?」
「――私は、エリカ・ライトニングです。冒険者です。」
「そうなんですね。あ、さっき男性の方が貴女を運んできたんですが……お知り合いで?」
「……森の中で曉熊に襲われていたところを、助けました。……そしたら、触った途端に私の腕が腐って……ぅっ」
「無理しないでくださいね。……魔法で出来る事ではないですし、恐らく転生者でしょう。それも、転生したばかりで、自分の能力を把握していなかった状態の。」
「転生者……?」
「いるんですよ。たまに。魔法じゃない変なちからを持った方が。……悪気はなく、本当に事故だったと思いますよ。」
「…………」
納得しきってはいないものの、先程までの殺意にも似た憎悪は霧散した。もう大丈夫だろう。
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「それじゃ、お元気で。」
「ありがとう、ございました。」
エリカは深々と頭を下げて去っていった。
「……さて、掃除でもしましょうかね。」
こうしてまた、日常に戻る。何事もなかったかのように。
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