2話-冒険者登録
―暖かな日差しが差し込む石造りの簡素な部屋。教会の一室で目を覚ます。
ふかふかのベッドから身を起こす。慣れない身体の感覚に、昨晩の行動を思い出す。
――ああ、そういえば、変身したんだった。女の子に……
なぜか一緒に変化していた服を整え、教会の広間に向かう。シスター……レアルファさんは、もうそこに居た。顔を出せば、彼女はすぐにこちらに気付き、話しかけてきた。
「おはようございます。昨晩はよくお休みになられたでしょうか?」
どうやらこの姿でも昨日の冴えないおじさんだとすぐに見抜かれてしまったようだ。
「おはようございます。…はい、おかげさまで、ぐっすりと。」
「ふふ、それは良かったです。ところで…随分と可愛らしい御姿になられましたね。早速能力をお使いになられたようですが……お名前も変えられたのですか?」
「はい。今の俺……私は、ニコ・ツノイアと名乗らせて頂きます。」
そう言って軽くお辞儀をする。と、彼女は微笑みを浮かべ、口を開く。
「ニコ・ツノイア……いい名前ですね。では、ニコさん、とお呼びしても?」
「大丈夫ですよ。…改めて、よろしくお願いします。レアルファさん。」
「えぇ。…それで、これからはどうされるのですか?」
「ええと……まずは、とりあえず冒険者というものになろうと思うのですが……ギルドの場所って…案内していただくことって出来ないですかね…?」
「案内…は、申し訳ないのですが私は普段ここを離れられないので、見習いのシスターに案内させますね。出発は…もう行かれるのですか?」
「はい。そろそろ行こうかな、と。」
「そうですか。では、シスターを呼んできますので、少しだけお待ちいただけますか?」
「わかりました。」
そうして、レアルファさんは別の部屋へと向かい……数分後、小柄なシスターを連れて戻ってきた。
「お待たせしてすみません、ニコさん。彼女に、ギルドまでの道を案内してもらいます。」
そう言って、横の少女が一歩前に出る。
「フェノスです。……冒険者ギルドまで案内させていただきます。私についてきてください。チビ。」
「こらフェノス!そういう言葉はダメって教えたじゃないですか!」
チビ……?あ、俺か。目線そんなに変わらなくない?
そんな言葉を抑え、大人として言葉を返す。
「よろしくお願いします。フェノスさん。」
「…置いていかれないようについて来なさいよ。」
苦笑いしつつ、歩き出す。
「じゃあ、行ってきますね、レアルファさん。」
「はい。お気をつけて。」
教会の外に出れば、昨日はじっくり見れなかった街並みが、道行く人々が目に入ってきた。
石やレンガのようなものがメインの建造物、舗装された道。西洋風でありながら、どこか古さを感じるこれは中世風、というやつだろうか。
道行く人々を見れば、日本では見なかった様々な人…人と呼んでいいものか迷う者まで多くいる。耳の長い人、背の低いひげ面のおじさん、動物の特徴を持つ、いわゆる獣人のような人、全身鎧に身を包んだ騎士風の人もいる。流石は異世界、といったところか。見ていて飽きないし、少年心が刺激されてワクワクする。
そんなことを考えつつ、フェノスとは特に会話も無いまま、気付けばギルドと思しき建物の前に居た。
「ここが冒険者ギルドよ。…受付にいけば、あとはなるようになるわ。」
「へぇ……」
思わず感嘆の声が漏れる。
大きな扉、木で補強された石造りの大きな建物。教会よりも大きい。
フェノスに礼を言い、扉を開けると、中には多くの人が居た。いかにも冒険者、といった風体で武装している人も多く居る。こういった景色は日本では…ゲームの中とかでしか見たことなかったからすごく新鮮だ。俺がこのテの景色で知ってるのは…某ハンティングゲーぐらいだな…いや懐かし……
などといらぬ感傷に浸っていると、スキンヘッドの厳つい男が声を掛けてきた。
「おいおい嬢ちゃん、ここはガキの来る場所じゃねえぜ?ケガする前に帰った方がいいんじゃねえか?」
ニヤつきながらそう言った男からは、濃いアルコールの臭いがする。テンプレなチンピラだなぁと思いつつも、あしらうように言葉を返す。
「いえ、大丈夫です。私は冒険者になりに来たので。」
「ほぉ~……そうかいそうかい。ま、それなら止めやしねえけどよ。…しかしアレだな。ガキにしちゃあ随分とイイ眼をしてやがる。………ハハ!!気に入った!精々死なねぇように頑張りな!!オトナになるまで生きてたら俺が嫁に貰ってやるぜ!」
などとのたまいつつ酒のような物を一気飲みして去っていった。なんなんだまったく……
気を取り直して、受付に向かう。
「先程は災難でしたね…彼はああして容姿の整った女性に絡むクセがあるんですよ……あれでもこの街ではトップクラスの実力派冒険者なのでどうしようもないのが質の悪いのなんの……」
受付嬢の方から話しかけてきた。気にかけてくれているようだが…後半はほぼ愚痴だな。
「あの、冒険者として登録したいのですが…」
「はい、かしこまりました。それでは…こちらの用紙に記入をお願いします。…あ、代筆が必要であれば仰ってください。」
そう言って差し出された紙を見ると、案の定、と言うべきか、全く読めない謎の記号が並んでいた。
音声でのやりとりは問題ないのに、文字だけは別物というのも不思議なものだ。
「すいません…私、文字が読めなくて……代筆、お願いしてもいいですか?」
「はい、構いませんよ。ではまずお名前からお伺いいたしますね。お名前は?」
「ニコ・ツノイア、です。」
「ニコ・ツノイアさん、ですね。種族と年齢は?」
うわっ…当然のように種族まで訊かれた…これが異世界……
「えと…人間の、13歳です。」
「13!お若いのに凄いですね…」
ごめんなさい…中身はおじさんです……
「では次は性別ですね。男性、女性、両性、無性からお選びください。」
四種類もあるのか…能力のせいで無性とも両性ともとれるけど……この姿は女の子だし…
「女性で。」
「女性ですね。次は…記入欄は以上ですね。では次は冒険者証に貼る写真を撮りますので、あちらの扉までどうぞ。」
写真!これで姿を記録できる!というか写真あるんだ!?という喜びと驚きを隠しつつ、案内に従って扉に向かう。
中に入れば、そこには1人の青年がいた。カメラマンだろうか?
「お!来ましたね!!では撮りますよ!!姿勢は好きにしていただいて構いませんよ!!!準備はよろしいですかー!!!!」
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……やたらテンションの高いカメラマンだった。つられてテンションが上がって少しかっこつけたポーズも撮ってしまった……
元の受付カウンターに戻れば、すぐさま「次はあちらに行ってください」と促される。
次は諸々の適性を調べるらしい。
扉を開くと、今度は今の俺の倍はありそうな大男が立っていた。
「ン‶ン‶(咳払い)……では検査を始めますぞ。この球に手を添えて深呼吸してくだされ。」
ありえないぐらい低い声だが不思議と聞き取れる。特徴的な口調は無視して指示に従う。
すー、は~、と二度、三度ほど繰り返したところで、球が淡く発光しだした。
「ふむふむ…成程成程……近接適性は小型武器特化……まあこれは体格の問題でしょうな。魔法は…水に特化しつつも適性自体は全属性…成程これは中々……」
大男が何やらぶつぶつ言っているが重低音すぎて聞き取れない。
「…あの、検査はもう終わりですか…?」
「ええ、もう戻っていただいて構いませんぞ。」
正直見た目の圧が半端なかったのでさっさと部屋を出た。受付に戻るとすぐに声をかけられた。
「お疲れ様でした!明日の朝には冒険者証が出来上がります!冒険者になるにあたっての様々な説明などはお渡しする時に行いますので、今日はゆっくりしていてください!」
「はい。ありがとうございました。」
そうして背を向けて歩き出そうとした時、ここまで忘れていたものに襲われる。
―そう、尿意だ。思えば昨日自宅を出てから一度もしていない。水分補給も昨日教会内でしたのが最初で、それまでも今日ここまでも色々ありすぎてそれどころじゃなかったのだ。
――ああ、美少女でもやっぱトイレはあるんだなあ……
などと考えつつも、身体はそれどころではない。急がねば。
受付嬢に耳を寄せるようジェスチャーをし、小声で尋ねる。
「あ、あの…トイレってどこにありますか…?」
「あー…あちらの、紙が沢山貼られた壁が見えますね?その壁の、向かって左側にあります。」
そう言って小さく左手で示した。
「ありがとうございます!」
振動で漏らさないように気を付けつつ、急いで向かう。
入口前に立てば、そこは見慣れないながらも確かに女子トイレであることを示すマーク。
「女子トイレ、か…」
この見た目で、しかも受付でしっかり自身を女性と言ったことが、まさかこんなところで自分を苦しめることになるとは。見当たらない男子トイレは、恐らく反対側にあるのだろう。
当然ながらいままで女子トイレに入った経験などない。しかし今の身体はこっちを使うのが当たり前。勿論こんなところで迂闊に姿を変えるわけにもいかないし、姿が変わってしまったら明日冒険者証を受け取れないかもしれない。仕方ない。そうこれは仕方ないことなんだ!男は度胸!いざ参る!
―ガチャ、とドアを開けば、幾つか並ぶ個室、端には鏡が置かれている。身だしなみを整えるためのものだろう。
物音がしないため、恐らく今は誰もいないはず。ならば他の人が来る前にさっさと済ませてしまおう。
今の自分が女性の身体…少女の身体だと解っていても、やはりトイレという空間で女性と顔を合わせるのはなんだか申し訳なくなる。
俺は意を決し、個室に入った。
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「……つるつる……………」
うわ言を呟きながら虚無の表情で個室から出、ぺちぺちと軽く頬を叩いて正気を取り戻す。鏡で服におかしなところがないか確かめ、トイレから出る。
「あ、ニコさん、大丈夫でしたか?随分と時間が掛かっていましたが……」
と、受付嬢が声を掛けてくる。
「すいません、ちょっと緊張してて……」
嘘は言ってない。
「そうですか…何かあったらいつでも仰ってくださいね!」
「はい。…ありがとうございます。」
礼を言いつつ、そそくさとギルドを後にする。
今日はもう特にすることは無い。教会に戻ってゆっくりさせてもらおう。
―はて、当たり前のように”帰る場所”として教会に戻ってきてしまったが、果たして大丈夫なのだろうか。迷惑だったりしないだろうか。いやしかし宿に泊まるお金も無いし…と入口前で右往左往していると、背後から少女に声をかけられた。
「何してんのよ、チビ。」
「あ…フェノスさん。」
「用が済んで帰ってきたんでしょ?何うろうろしてんのよ。さっさと入りなさい。」
「い、いやその…迷惑じゃないかなって…二日も、なんて…」
「…?迷惑、って何がよ?帰るとこ、無いんでしょ?」
その言葉に、思わず言葉に詰まる。反論は出来ない。事実だから。肯定はしたくない。俺はあんな生活でも日本のあの家に帰りたい。帰る場所が無いのは、この世界においては事実。でも元の世界だなんだと言ったところでこの子に伝わるとは思えない。故に、返す言葉を見失う。
「シスター・レアルファから聞いたわよ。記憶喪失な上ここに来たばっかりだから、困ってたら声かけてあげて、って。」
「記憶喪失…って、」
「いいから早く入りなさいよ。あんたがそこに居るとアタシが入れないじゃないの。」
そう言ってフェノスに無理やり背中を押され、教会の中に入らされた。
「おかえりなさい、フェノス。ニコさん。」
「ぁ…」
「ただいま帰りました。シスター・レアルファ。……なにボケッとしてんのよ。帰ってきたらただいま、でしょ。」
「あ、えと、ただいま…レアルファさん」
「おかえりなさい、ニコさん。」
「あの…お、私は、今日も泊まらせていただいても……」
「当然、いいですよ。」
あまりにもあっけなく、当然のように返された言葉に思わず面を食らってしまう。それもそうだ。教会という神聖な場所に、俺のような男が二日も寝泊まりすることが許されると思っていない。まさかOKが出るなんて思っていなかった。
「…伝え損ねていましたが、この教会は、シスター見習いでなくとも、帰る場所の無い子供、身寄りのない子供が泊まれるような部屋も多く備えています。どこかお仕事を見つけるまでは、教会の仕事を手伝ってもらうことにはなりますが。」
「そ、そうだったんですね…」
やけにすんなり受け入れられた理由がわかった。どうやら孤児院のような役割も担っているらしい。
「今日は慣れないことばかりでお疲れでしょう。部屋に戻ってお休みなさい。」
「ぁ、はい。ありがとうございます。」
昨日と同じ部屋に入り、ベッドに腰掛ける。
ふと、自分の身体を見下ろす。視界に入るのは、少女の身体。
元の自分の姿に、思いを馳せる。
…今の美少女の姿と、元の冴えないおじさん。どっちの方が人生楽しいか、なんて、自明の理、といったところだろう。
「………戻る必要、あるかなぁ……………」
なんて、暗い気持ちを抱えつつ、
「…寝るか………」
明日からは晴れて正式な冒険者だ。そんな期待に少し心を躍らせながら、静かに眠りにつくのだった。




