13話-《嵐の魔女》
当初の予定から雨の対策が外れ、予定以上の速さで魔女のもとへ辿り着く。最初に攻撃を仕掛けたのは、《陽剣》のアレス。素早く近づき、火を纏ったその剣で肩口から脇腹にかけてを深々と切り裂く。《嵐の魔女》の小柄なその体躯に見るも痛々しい傷が刻まれ、討伐作戦は戦いとも呼べぬほどあっさりと終わりを迎え――
――なかった。確かに切り裂かれたその身体は、瞬く間に再生したのだ。
「だろうね!皆!魔女はこの再生にも魔力を使っている!殺し続ければいつかは死ぬ!全力で攻撃しろ!」
アレスの猛々しい声に押され、バマダが槍で、リミエラが光魔法で、ニコが水魔法で魔女を貫く。
貫かれ、焼かれ、斬られ、人ならば致命傷になるそれらを意にも介さず、魔女は散ってしまった雲を集めなおそうと試みる。しかし光が輝き、その斥力で雲が集まらない。それがしばらく続いた後、魔女はようやくそれを諦め――
――轟音と共に雷を放ち、手頃な位置にいたバマダ・ファラガイアを貫いた。
「バマダ殿!!」
アレスの叫びが響き渡る。雷に貫かれたバマダはその巨躯の所々を焦がし、白目を向いて倒れ込んだ。
「ああもう!まだマスターポーション間に合うわよね!?」
リミエラがバマダに駆け寄り、ポーションを飲ませようとする。
「リミエラ殿!危険だ!」
アレスがすぐさま声を上げる。直後、リミエラに向かって雷が飛ぶ――が、それがリミエラに当たることは無かった。
「――『光壁』。常時展開してるからアタシに魔法は効かないわ。大体全部弾くんだから!」
魔女の表情は変わらない。虚ろな顔のまま、数発、リミエラに向かって雷を放つ。しかしその全てが弾かれる。
「――すまない。リミエラ殿、助かった。吾はもう大丈夫だ。」
「今度はちゃんと防ぎなさいよ!」
そう言い、復活したバマダは土で盾を形成する。リミエラは距離をとり、詠唱を始める。アレスはこの間も魔女を斬り続け、ニコは水魔法で何度も急所を貫いていた。
「『混ざれ、混ざれ。』」
――《嵐の魔女》は考えた。雲が集まらないのは誰かの魔法のせいではないか、と。ではその魔法を使ったのは?先程から光魔法を使ってくる後ろの女が最有力。しかしあれを殺すにはあの防御を貫かなければならない。その為には少々溜めが要る。溜める為には、邪魔をしてくるものを排除しなければならない。ならばまずは――
「『相反する二つの相。』」
《嵐の魔女》が杖を掲げる。その先に、水が集まっていき、それは瞬く間に巨大な水塊へと成長した。そしてその水塊を、土の盾を持つバマダと、燃える剣で斬りかかってくるアレスにぶつける。高速で迫ってくる巨大な物体を避けることはできない。土で盾を補強し耐えようとするバマダ。咄嗟に剣の火を強め一か八か蒸発させつつ斬ろうとするアレス。しかしそのどちらもが全く意味を成さず、盾は崩れ、火は消え、水塊に呑み込まれる。その水塊に、《嵐の魔女》は雷を放つ。水塊は高電圧により爆ぜ、中にいた2人は致命傷を負い、遠くへ吹き飛ばされてしまった。
「…『眩く、暗く、熱く、冷たく、』」
ニコはマスターポーションは持っていないし、もしリミエラのを取って2人を助けに行く、となれば、防御手段を持たないニコはその隙に雷に撃たれて死んでしまう。大技の詠唱を始めてしまったリミエラはその場から動けない。今のニコに出来ることは、《嵐の魔女》の意識をこちらに向けさせ、リミエラを狙わせない。それだけである。
「『弾き、引き寄せる、異なる塊。』」
空は晴れ渡っている。この空なら――!「『水眼鏡』!」
《嵐の魔女》の頭上に水の膜が何層にも展開される。陽光が収束し、収束し、収束し――、
《嵐の魔女》の全身を包み込む光の柱となって、魔女を灼き焦がす。
「『重なり、混ざり、相殺さず、』」
灼かれながらも、魔女は動き出す。――狙わせない!
「――『写し水』!」
観察は十分にした。水で魔女を含むこの場にいる全員の映し身を作り、《嵐の魔女》を攻撃させる。魔女は歩を止め、斬り、突き刺してくる二体を放置し、遠距離攻撃をしてくる三体の水を雷で破壊する。
「――『爆水』!」
二体の水が炸裂し、魔女の身体に無数の穴を開ける。衝撃で姿勢が崩れ、完全に足が止まる。
「『無限の力にて圧し潰せ――!』」
魔女が灼かれ続ける全身の再生に手こずり、動きが鈍い。
「『大轟壊滅』!!」
リミエラ・ディネスの杖の先から何かが射出される。それは地面を抉りながら直進し、《嵐の魔女》に直撃し、轟音と共に爆ぜ、周囲の地面ごと消し飛ばす。
「――はぁ、はぁ、どうよ!流石に死んでてくれないと困るわよ!?」
しかし、その期待は叶わず、《嵐の魔女》らしき姿が見える。
「――■■■、■■――――」
「っ!?こいつ、まだ生きて――っ!?」
「――■■■、■■■■――――■」
「…………?」
何か、言ってる……?言葉は聞き取れないけど、うわ言みたいな……けど!
「傷が治りきってません!畳み掛けます!」
「ごめん!アタシは2人を助けてくる!頑張って!」
「――っわかりました!時間は稼ぎます!」
「――■■、■■■■■■、■■■――――」
魔女はただ立ち尽くすのみで、何かをしてくる気配はない。もう攻撃に回す魔力も無い、ってことかもしれない。でも、少しずつ再生してる。これは……空気中の魔力を、取り込んでる――?
まずい。止めないと!
「『水眼鏡』!」
再び、魔女の頭上に水の膜が何層も展開される。しかし、直後、死に体の魔女から放たれた雷により、水の膜は破壊され、そのまま流れるように雷がニコのもとに迫る。ニコは、これを防ぐ手も、避ける手も無い。そのまま、胸を雷に貫かれる。
「■■■■、■■■■――――■」
「――――――」
いきがくるしい。こきゅうがうまくできない。このままじゃ、しぬ――、
――――それは、だめ。ここで、死ぬわけにはいかない!
死なない。耐える。魔女の魔力吸収も止めなくちゃ。どうすればいい?どうすれば――――
――わたしが、全部取り込めば、いい――――?
そうだ。それだ。魔女が取り込もうとしている空気中の魔力を全部、全部、わたしが奪えばいい。
**********
それは時間にして僅か5秒程度のことだった。なんとかマスターポーションが間に合ったアレスとバマダをより戦線から遠ざけようとした時、いつも空気中に満ちている魔力がごそっと無くなったような、そんな感覚に襲われる。
――妙な不安感に襲われる。何か、よくないことが起きているのではないか、という不安。
ニコちゃんは無事だろうか。あの子はあの年頃にしては強い。いや、大人と比べても、魔法だけならかなり強い方だ。きっと、きっと大丈夫。アタシも早く、この2人を移動させたら戻らないと!
**********
――身体に魔力が満ちる。許容量を超えても、身体に流れ込んでくるのがわかる。魔力が、満ちて、満たされて――――
気付いたら、雷に貫かれた胸の傷は消えてて、《嵐の魔女》は目を見開いて、こちらを見つめていた。
「■■■――■■■、■■■――■」
何かを言っているが、相変わらず言っていることはわからない。
「■■、■■■、■■■■、■■■――――」
杖を落とし、こちらに歩いてくる。敵意はないのがわかる。
「■■■■、■■■、■■■――――」
服も所々の皮膚もボロボロのまま、なんとなく、安心したような、安らかな顔をして、《嵐の魔女》はニコに抱き着く。
「■■■、■■■■、■■■■■――――」
「…………ごめんね。」
言っていることはわからなくても、今から自分がすることが、とても残酷な行いである、と嫌でもわかってしまう。この表情は、好きな人――意中の相手にするような表情だ。恐らくは何かを勘違いしているに過ぎないけど、それでも――
「……ごめんね。」
抱き締め返し、背に回した手から、静かに水の短剣を生成する。それを、《嵐の魔女》の背中から突き刺し、心臓を穿つ。
「――――■■■■、■■■■■■――ありがとう――」
最期の一言だけははっきりと聞き取れる声で喋り、《嵐の魔女》は地に倒れ伏した。
「ニコちゃん!戻ったわ!大丈――夫――え?」
リミエラさんが戻って来た。服や肌が汚れながらも無傷のわたしと、背に刺し傷のついた、所々が焼けた身体で倒れ伏す《嵐の魔女》を交互に見て困惑している。
「……ニコちゃん……やったの……?」
「……はい。」
――こうして、《嵐の魔女》討伐作戦は、無事成功した。
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《嵐の魔女》の遺体を抱え、離れた場所で僅かな時間の休息をとっていた2人を連れ、帰りの竜車に向かう。不思議と疲れがないのでわたしが遺体を抱えている。アレスさんとバマダさんはあまりの驚きにしばしの間固まってしまった。
わたしの使った技は『水穿』以外はリミエラさんしか見ていない。けど、この後の報告会で他2人とゲイン支部長にも話すって言っていた。「アンタのあれは、その位階の冒険者が持っていていいものじゃない。」って。……よくわからないけど、まあ確かに、そうだよねって感じ。纏狼1体の討伐が昇格試験になるような位階にこんな技はいらないもんね。
そうして、4人と遺体1つで、竜車に乗り込み、エランの街へと帰った。帰りの竜車は、重苦しい空気の沈黙に包まれていた。とても、作戦が成功した後とは思えないほどに。




