9話-〖短縮〗の能力者
お漏らし事件から約20日。あまりの気まずさにわたしはしばらくギルドに顔を出せないでいた。
幸いにしてあの日までの依頼の報酬金をあまり使わずに貯めておいたので、教会の子たちのお手伝いをしながら時々買い物に出て問題なく過ごしている。
レアルファさんは変わらず優しいし、フェノスは変わらず生意気だ。
今日は商店に食材の買い出しを頼まれた。
「じゃあ、行ってきます。」
「はい。お気をつけて。」
何度も交わしたやり取りに見送られ、外に出、お店に向かう。
目的のお店を探し、周りを見回すと――狭い路地の入口に、見覚えのある金髪の、怪しい恰好の人が立っていた。
怪しい人はこちらを見て、手招きしている。
……風貌だけならどう考えても危ない人だが、多分知ってる人だし完全無視はどうかと思い、少し近くを通って、あえて素通りする。
――通り過ぎた瞬間、怪しい人が、がしっと腕を掴んできた
「ちょ、ちょっと!無視しないでよ!」
そう言って狭い路地に引き込まれる。
「……久しぶりだね。ニコちゃん。」
「何してるんですか?リアンさん。」
怪しい恰好の人は、そのフードを脱ぎ、素顔を現した。予想通り、《湖の魔女》リアンさんだった。
「いやさ、どうしてるかなって気になって。来ちゃった。」
「来ちゃった、って……よく気付かれませんでしたね。有名人って前言ってませんでした?」
「ふふ……顔と身体を隠せばわからないものだよ……それより!」
リアンさんは両手でこちらの手を握り、いい笑顔で口を開く。
「ニコちゃん、強くなりたいとは思わないかい?」
「――えっ?」
突然の提案に、思わず素っ頓狂な声が出る。
「…………そりゃ、思いますけど……」
「ふっふっふ……そんなきみにうってつけの人を見つけてね……!『水転門』。」
そう言ってリアンさんは水の板を出し、微笑む。
「準備が出来たら声を掛けてね。私はここで待ってるよ。」
そう言ってくれたので、ありがたく買い物を終えて教会に戻った。
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「その恰好……ついにギルドへ?」
「あー……いえ、ちょっと、出掛けてきます……」
「そうですか……お気をつけて、いってらっしゃい。」
レアルファさんに見送られ、先程の路地へ。
「……随分かかったね。準備はいいかい?」
「はい。いつでも。」
わたしがそう答えれば、リアンさんはわたしの腕を引っ張り、『水転門』の中へと連れ込む。
水をくぐって着いたそこは、前と変わらず、偽物の星が煌めく夜空の中、湖とその畔に木造の家が佇む、自然豊かな場所。
そして、見覚えのない人物が、そこにいた。
「紹介しよう!彼は転生者の――」
「『ショート』ッス。〖短縮〗って能力持ってるッス。よろしくお願いしまッス。」
そう言いながら、ショートと名乗った男は上半身を傾ける。
「――――転生者……?」
「そう。転生者。ニコちゃんは初めて?たまに別の世界から人が突然現れるんだ。そしてそういった人たちはそれぞれ特別な力……『能力』を持ってる。で、彼の能力である〖短縮〗は……」
「自分とか他人のいろんなモノを短縮できるッス。移動時間とか、鍛える時間とか、睡眠時間とか、そういうのにかかる時間を短縮して、結果だけ貰えるって感じッス。」
「ま、移動に関しては私の『水転門』の方がなんの代償も無いしいいんだけどね。」
「そうッスね。今しれっと言われたんスけど、〖短縮〗は代償として、縮めた分の寿命が削れるッス。例えば一時間の移動を短縮すれば、一時間寿命が減るッス。10年分の修行を短縮すれば、寿命が10年縮むッス。見た目にはなんの影響も起きないんで、20年分短縮しても大人にはならねえッス。」
一気に説明されて頭がおかしくなりそうだけど、最後の説明で大体わかった。そしてさっきの提案とこの……ショートさんの能力。リアンさんが何をさせたいかがわかった気がする。
「さて……ニコちゃん。彼のチカラを使って強くなりたいかい?それともこのまま地道に冒険者やっていくのかい?」
「わたしは……」
正直なところ、答えは決まってる。でも、それで縮んだ寿命が、どれだけのものになるかが、わからない。それが、怖い。もしかしたら、わたしの寿命は長くなくて、使った後すぐに死んでしまうかも、って可能性が、怖い。
「あの……ショートさん。」
「どうしたんスか?」
「寿命を超える短縮をしようとすると、どうなるんですか……?」
「……寿命までの分の結果が出力されて、直後に死ぬッスね。1年かけて移動したいのを短縮して、でもそいつの寿命が例えば半年しか無かったら、半年かけて移動できる距離まで移動して、死ぬ。そんな感じッス。」
「そう、ですか……」
でも、怖がってちゃ進めない。わたしは、今のままギルドに行っても、きっとトラウマのようなあの圧と恥ずかしさですぐに逃げてしまう。だから、そうならないように、
「――お願いします。」
「うん。いい答えだ。じゃあその前に、ね。」
リアンさんがこほん、と咳払いをし、整える。
「彼の〖短縮〗を使うには土台が必要なんだ。短縮する対象となる行動を開始していないといけない。というわけで――」
「ニコちゃん。何の修行をしたい?私が教えられることならなんでも教えよう。」
「――ありがとうございます。じゃあ、水魔法の修行をお願いします。」
「何年やりたい?」
「…………30年分、お願いします。」
リアンはその端正な顔を嗜虐的に歪ませ、応える。
「――ああ!いいとも!私が魔女になる前から出来たことを全て!きみに教えよう!さあショートくん!30年分だ!ためらわずにいってくれ!」
「ッシャアやったりますかぁ!!『30年!彼の者の修練の時を省略し、その結果を与えよ!――〖短縮〗ッッ!!!!』」
ショートがそう唱えれば、ニコの全身が光り輝く。
「えっわっわぁっ……」
不思議な感覚。力がみなぎるような、魔力がよくわかるような、慣れない感覚。
光に包まれていた視界が戻る。視界にはこれといった変化はない。
「……さて、どうだい?調子は。」
「なんか……変な感じです。」
「ふふ、まあそうだろうね。……試しにちょっと魔法を使ってごらん。」
リアンさんにそう言われ、なんとなく思い浮かべたのは、前に見た、水の線。確か技名は――
「――『水穿』。」
途端、目の前にまっすぐ、水の線が現れる。線は一切のブレもなく、リアンさんの『水牢』の端に到達している。
「……おお、これは凄いね。現役の頃の私でもこの細さでこの精度のは出来なかったっていうのに……」
「あの、これ、できてます?」
「出来てるさ!それも今の私に並ぶ精度で!……いや、威力はともかく、速度なら私よりも……?」
よくはわからないが、多分大丈夫なのだろう。
「それよりも!私が教えるつもりのあった技は大体頭に入っていると思うんだ!意識してごらんよ!」
そう言われ、修行期間の存在しないはずの記憶を思い出す。
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「ニコちゃん!これが『水穿』だよ!」
「これがその派生の『裂水』と『爆水』!」
「これが『水眼鏡』。日光を集めて敵を焼くよ!」
「これが『写し水』。相手の技、力、行動を全て鏡のようにまねてくれるよ!」
「あ、『爆水』は『水穿』以外の水魔法からでも使えるから、多分一番使い勝手いいよ!」
「これは『大豪雨』。外で水魔法を利用して雲を集めて大雨を降らせる技だよ。……嵐の魔女がずっと雨を降らせているのと同じものだよ。」
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――――全部、覚えた。思い出した。
「うん。これで大丈夫そうだね。それじゃ、修行は終わりだよ。お疲れ様。」
「――あ、ありがとう、ございました。」
リアンさんにお礼を言い、横で見てたショートさんにもお礼を。
「ありがとうございました。」
「いいんスよ。オレもこれ言うの楽しいッスし。死なれたら流石に気まずいッスけど。」
ハハ、と笑いながら彼は言う。
「さて、ニコちゃん。きみは強くなった。かと言って冒険者としての強さ……位が上がったわけじゃない。そっちはどんどん依頼をこなして、自力で上げたまえよ。」
「はい!」
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その後、リアンさんの『水転門』で街に帰った。
空はもう薄暗くなり始めていて、空気も冷えてきていた。
教会に向かう足取りは、とても軽かった。
「ただいま帰りました~」
「おかえりなさい、ニコさん。……おや?何かありました?」
「はい。明日から、冒険者として、またやっていこうと思います。」
「そうですか……気を付けてくださいね。」
「はい!」
この日は、よく眠れた。




