第1話:俺のことを好きでもない美人な同級生のパチスロ癖を治すために色々と奮闘した話
隣の客から放たれる負のオーラが凄まじかった。
初代スカガを浅いところから打ち始めているのだが、見事に天井コースまっしぐらである。
一方、どうやら手持ち資金が尽きそうなようで、その清楚で美しい顔には悲壮感が漂っていた。
俺は、この女性を知っていた。
大学の同じ学年の子であり、キャンパスで何回か見かけたことがあった。
あんな綺麗な子とお近づきになりたいなあ、と思っていたが、その機会に恵まれることはなかった。
なによりも、俺が所属する電子計算機同好会(通称、パチンカス同好会)のヤリチンの加藤先輩が彼女を喰ってしまったのだ。
彼女に散々悪い遊びを覚えさせた挙句、飽きたらポイ捨てをしたらしい。
おそらく、パチスロも先輩が彼女に教えたのだろう。
どう考えても、パチなんてやるような女性には見えないのだ。
しばらくすると、彼女はしきりに財布とゲーム数を気にするようになった。
天井まではあと300ゲームほどあるが、残金は1万円程度である。
俺の経験からすると、ギリギリ天井に足りないと感じられた。
ここで、俺の悪戯心に火がついた。
俺はスマホを取り出すと、誰かに電話を掛けるふりをして、
「今日、パチスロで勝ちそうだからピンサロ行こうぜ。ばあさんでよければ5000円もあれば十分だろ。俺が奢ってやるよ。」
と、隣に座っている彼女にだけ聞こえるようなボリュームで声を出した。
そして、
「ち、付き合いの悪いやつ。」
と言って、スマホをしまった。
それを聞いた彼女はしばらく迷ったようだが、しばらくして俺に話しかけてきた。
「同じ大学の山口くんだよね?私、同じ学年の福島です。さっきの話なんだけど……」
実際に話しかけてきたことにも驚きだったが、俺の名前を知っていることにも驚きだった。
彼女はその様子を見てか、
「ゆうじと同じサークルだよね。キャンパスを歩いている時に何度か話題になったんだ」
と告げた。
ゆうじというのは、加藤先輩の下の名前だ。
「で、さっきの話ってなに?」
俺はしらばっくれてわからないふりをした。
「……私でよければ口でするよ?5000円で」
清楚な福島さんからそのような言葉が出たことにショックだった。
加藤先輩はどんな教育をしてしまったんだ。
しかし、そもそも俺が仕込んだことである。
「福島さんなら1万円でいいよ」
彼女が頷くと、駐車場に停めてある俺の車に移動した。
彼女のテクニックは凄まじく、その美しく清楚な顔立ちと、小柄で柔らかそうな体つきという視覚的な刺激も相まって、俺は一瞬で果ててしまった。
席に戻ってしばらくすると、彼女の口から、
「……嘘」
という声が漏れた。
まさかの天井目前でのREG。
当然、ARTには突入せずにボーナスは終わった。
その後、未練打ちを続けた彼女は、俺の渡した1万円も使い切ってしまった。
その日は月初であり、バイトや奨学金のような収入源があっても、それを受け取るにはまだまだ期間があるだろう。
俺はさも親切な人のように心底心配した感じで、
「今月の生活費大丈夫?本番なら5万円で請け負うけど」
と彼女の耳元で伝えた。
彼女はちょっと考えた様子を見せたが、
「……うん」
と頷いた。
学生街のラブホなんて5000円程度が相場であったが、俺は奮発して15000円のホテルを選んだ。
この美しい女子大生に対し、安いホテルなんて失礼だし、なによりも高級料理を安皿に載せるようで嫌だったのだ。
彼女は高級ホテルの豪華さに驚いているようだった。どうやら加藤先輩は、場末のホテルや彼女の部屋、車内などで行為をしており、ホテル代などは相当ケチっていたようだった。
後輩思いの良い先輩ではあるものの、どうもあの人とは価値観が合わないようだ。
彼女との時間は至福のものであった。
見栄えの良い顔立ちはもちろんのこと、小柄なのにどこまでも柔らかい身体、おっとりした性格と口調、感度の良さ、甘ったるい鳴き声、どれをとっても完璧だった。
どうして加藤先輩は彼女を振ることができたのかが、不思議でしょうがなかった。
しかし、ピロートークで色々と話を聞いているうちに、なんとなく理由が分かってきた。
彼女は、加藤先輩はとても良い人で、自分に魅力がないから振られたのだと思っているらしい。
また、俺に身体を許したのも、加藤先輩が可愛がっている後輩に悪い人がいるわけがない、という理由が根本にあるらしかった。
つまり、彼女はバカなのだ。学校の成績は良かったとしても、あまりにも世間知らずのお嬢様なのだ。
加藤先輩はシニカルな会話を好んだが、きっと彼女とは話が合わなかったのだろう。
しかし、俺は彼女の持つ危うさやアンバランスさに魅力を感じていた。
それから何回か、資金難に陥った彼女から連絡をもらい、身体を重ねる機会があった。
彼女からの提案で、1回2万円、ホテルは安宿で折半ということになった。
彼女はどうも、自分を過小評価する傾向があるようだった。
自分を安く売るという意味でもあるが、自分を大切にしないという意味でもある。
そんな彼女の危うさに触発されたのか、俺はとにかくパチスロで勝つための方法を彼女に教えた。
「バンクロールを意識して、余裕資金でパチスロに臨むこと」
「通常営業には手を出さず、イベント日だけ参加すること」
「常に期待値を追うこと」
など、俺が知りうる数々の手法を教えたが、彼女にはまったくの無駄であった。
資金に余裕がなければ生活費に手を出し、打ちたくなったら閉店間際でもお構いなし、設定なんてまったく気にしないといった様子であった。
典型的なパチスロ中毒者である。
そして、やはりパチスロ中毒者らしく、負けて俺に抱かれるたびに、パチスロに依存してしまっている自分に対する愚痴を漏らしていた。
俺としても、彼女がパチスロに嵌り続ける限り、この素晴らしい女を抱くことができる。
それは悪いことではないように思われた。
しかし、このような状況がいつまでも続く気もしなかった。
近い将来、彼女は破滅するだろう。それは、ギャンブル依存症によるものかもしれないし、悪い男に捕まってしまうというものかもしれない。
とにかく彼女は危ういのだ。
ある日、意を決した俺は、彼女にパチスロを辞めるように提案した。
彼女は少し考えるそぶりを見せたが、
「辞められるようなら、とっくに辞めてるよ」
と、皮肉そうな笑顔を見せた。
「俺も辞めるから、いっしょに頑張ろう」
俺は引かなかった。
俺の生活費の大半はスロットの勝ち分で賄われていたが、そんなことはどうでもよかった。
彼女もその状況を知っているため、俺の真剣さが伝わったようだ。
「……わたし、依存症だよ?どうやって辞めればいいの?」
彼女は申し訳なさそうにうつむいた。
「俺は、俺の時間と金を可能な限り君のために使う。君も、君の時間と金を俺のために使ってくれ。まず、そこから始めよう」
これが、彼女の性格から導きだした、俺の攻略法であった。
それから、俺たちは暇があれば可能な限り、一緒の時間を過ごすようになった。
デートは割り勘だったため、彼女の余裕資金の多くは俺との時間のために消えていった。
また、彼女がどうしてもパチスロを打ちたくなったときは、必ず俺がホールに同伴し、乗り打ちをした。
面白いもので、基本的に何も考えずに台を選んでいた彼女も、乗り打ちとなると俺に気を使って、それなりに真面目に台選びをするようになった。
その結果、勝つまでは行かないものの、以前と比べて負け額は飛躍的に少なくなっていった。
そしてなによりも、パチスロに行く機会がどんどんと減っていった。
結局のところ、彼女は寂しがり屋だったのだ。
元彼にパチスロ中毒にされたから打っていたわけではなく、元彼を失った孤独感をパチスロで埋めていたのである。
俺と長い時間を一緒に過ごすうちに、その孤独感は埋められていった。
そうなれば、それぞれが黙々と作業をするパチスロよりも、おしゃべりなどができる普通のデートの方が彼女にとっては魅力的になったのである。
俺としても、まともにバイトもせずにパチスロにのめり込んでいたのは、金銭的な理由だけでなく、なんとなく日常生活に足りない刺激をギャンブルに求めていたようだった。
しかし、この最高に魅力的な女性を前にして、俺の心は満たされ、自然とホールから足が遠のいていった。
なんとなく、俺たちのパチスロへの依存が、お互いへの依存に切り替わっただけのようにも感じられるが、俺は満足している。
彼女が俺を愛してくれていることは十分に感じているし、俺も身分不相応な美しい彼女と素晴らしい時間を過ごせるのだから。
彼女を振ってくれたヤリチンの加藤先輩には感謝しかない。