幕間1 チンチロ
「はい、ピンゾロ」
「クソが!」
1 1 1
器のサイコロは、全て1の目を上にして並んでいる。
もう10回目のその光景に、思わずフレンは立ち上がり、吐き捨てた。
机を隔てて座るライラは、相変わらずニヤニヤ笑って悔しがるフレンを面白がっている。
魔導士ギルド『マグナゲート』。
中央区でも最大規模の魔導士派遣組織の大広間で、2人は賭け事に勤しんでいた。
周りでは掲示板に貼られた依頼書を眺める者や、仕事に向けて道具の手入れをする者が大勢いる。
今日は依頼が多いらしく、依頼書でいっぱいの掲示板の前には軽く人だかりができていた。
彼らは魔導士。魔術を駆使して治安維持を行う戦闘者集団だ。
先程から賭け事のことで言い争っているこの2人も。
「おーほっほっほ! チンチロで私に勝とうなんて百億万年早いのよ!」
「ライラ…アンタ雷魔術でイカサマしたでしょ」
高らかに笑うライラを睨むフレン。
フレンの勝利条件は『フレンが1回でもライラより良い目を出すこと』。
現在の戦績はフレンの10戦10敗。
その全てで、ライラはピンゾロを出して勝利している。
「んー? 証拠は?」
腕を組み、椅子にふんぞり返るライラ。
パチパチとこれ見よがしに静電気を纏っている。
その舐め腐った態度に、フレンは青筋を立てる。
「……わかった。もう1回だけ」
「何回やっても同じだと思うけどなー」
器に並ぶサイコロを鷲掴み、手の中で転がすフレン。
ライラの戦術、もといイカサマは分かっている。
それなら、フレンにも考えがある。
「……いくよ」
器を鋭く睨む2人の魔導士。
「はいっ」
フレンがサイコロを振った。
カラン、カラン、カラン……
「…………」
6 6 6
「………チッ」
「あら? アラシなのに不服そうね?」
「……お次どうぞ」
3倍勝ちにも関わらず、フレンの顔は晴れない。
余裕の表情のライラ。再び睨み合う両者。
「6 6 6」なら引き分け。
「1 1 1」なら5倍勝ちで逆転勝利。
戦場さながらの緊張感が走る。
「よっ」
ライラがサイコロを振った。
カラン、カラン、カラン……
器の中で滑る3つのサイコロ。
硬質な音が緊張感を高める。
「フッ………」
ピリッ……
ライラがほくそ笑んだ。
その瞬間、サイコロの勢いが弱まった。
「……!」
僅かな異音をフレンは聞き逃さない。
静電気のような音。間違いなくライラの雷魔術だ。
ここから出る目は『1 1 1』。
ライラがサイコロを振った瞬間、小さな電気が器の中で走ったのを、フレンは見逃さなかった。
ライラのことだ。精密な魔術操作で微弱な電気を生み出し、見逃すほど僅かに出目を操作していたのだろう。
そっちがその気なら、こっちだって。
「………」
「へぇ?」
カラカラカラン
勢いを失っていたサイコロが、再び激しく転がり出した。
あまりの勢いで器の縁まで跳ねるサイコロ。
このままサイコロが器から零れれば、無条件でライラが負ける。
真剣な表情で器を見つめるフレンに、ライラは口角を吊り上げる。
ピリピリッ……
再度、異音。
「チッ……!?」
サイコロがフレンの意図せぬ軌道で動き始めた。
縁まで跳ねていたサイコロが器の中央に集まっていく。
目の前にはしたり顔のライラ。
上等だ。とことん付き合ってやる。
「ッ………」
「ふん………」
カラカラカラカラッ
サイコロが激しく転がりぶつかり合う。
熱い空気と静電気が交差する器。
もはやそれは自然な挙動ではない。
効果を極限まで抑えた魔術によるイカサマの応酬。
無駄に高い技術を駆使した無駄な戦い。
「ふっ!」
突然、フレンが二本の指を高速で突き出した。
炎魔術で強化した身体能力による目つぶし。
長く続くチンチロ、もとい魔術戦に痺れを切らし、ライラの集中力を直接奪いにいったのだ。
「はっ!」
凄まじい速さで反応するライラ。
フレンの指を帯電した掌で迎え撃つ。
バチリッ!
「ションベン狙いなんて、狡い真似するわね? フレン」
「……ライラ、大人しく運に任せたら?」
「先に攻撃したのはアンタよ? 殺される覚悟はあるわよね?」
獰猛に笑う2人の一級魔導士。
カラカラと鳴り続けるサイコロ。
「「ぶっ潰すっ!」」
次の瞬間、赤と金の魔法陣が、同時に出現した。
「魔人炎──────」
「金剛雷──────」
「やめなさぁぁぁぁあああああいッッ!」
怒号。衝撃。
否、衝撃を伴った怒号。
吹き飛ぶ2人の一級魔導士。
椅子を飛ばし、窓を割り、壁を突き破り、中央区繁華街の大通りへ叩きつけられた。
「いったぁ……」
「……」
突然の攻撃をまともに受けて呻くフレンとライラ。
2人が開けた壁の大穴を通り、幼い少女が出てきた。
「アンタたちっ! またギルドの中で魔術発動しようとしたでしょ!」
桃色の髪を揺らし、顔を真っ赤にして激怒する少女。
その声色は、一級魔導士2人に何も言わせないほどの剣幕だ。
「だってフレンが先に…」
「ライラがイカサマするから…」
「ガキかっ!? てか賭け事くらいで何熱くなってんの!?」
道行く人が何事かと振り向き、何も言わず去っていく。
魔導士どうしの諍いに介入しようとする民間人はいない。
「壁の修理代払うまでギルドへ来るの禁止! あと賭け事は今後禁止! 分かったら帰れぇぇぇぇええええええええええッ!」
再びの衝撃を伴う怒号。
短い悲鳴を上げてライラとフレンは吹き飛んだ。
ドサドサッ
道端に叩きつけられた2人は、呆然と空を見上げる。眩しい太陽と雲一つない青空。
通行人が哀れな人を見るような目で見降ろしながら通り過ぎていく。
なんとも惨めな気落ちだ。
「……壁壊したのって、マスターよね」
「……うん」
『マグナゲート』ギルドマスターの理不尽な要求を反芻し、2人は途方に暮れるのだった。