第6話 不条理
御愛読ありがとうごさまいます。
私事ですがX(旧Twitter)を始めたので共有させていただきます。
よしなに。
@sazaseze4
「………何故だ。何故こんなぁぁぁぁあああ゛ッ!?」」
D区の北方。C区に面したバラック街。
その一角、ひと際大きな廃墟を前に、男は絶叫していた。
厳めしい面構えと筋骨隆々とした肉体。
長年戦場に身を置いていた歴戦の魔導士は、膝から崩れ、滂沱の涙を流し、目の前の現実に慟哭していた。
その廃墟は1週間前まで、彼の率いる組織のアジトだった。
外法魔導士集団『カラミティ・ゲイル』。
50人以上の団員から成る大規模な犯罪者組織。
窃盗、殺人、違法薬物の売買。その罪状は多岐にわたる。
D区北方のスラム街を根城に各地で魔術犯罪を企て、政府やギルドからも警戒されていた。
そんな『カラミティ・ゲイル』は、2日前、壊滅した。
ギルドが派遣した魔導士の急襲により、38人が死亡、7人が拘束。残りの団員の行方は今も分かっていない。
アジトは既に焼失していた。
炭になるまで焼かれた団員の遺体は、アジトの焼痕と混ざり、誰が誰なのか判別もできない。
「我らが……何をしたというのだぁッ! 富む者から奪うことがッ! 死を以て贖うべき罪だとでも言うのかぁぁあ゛ッ!?」
D区は貧困地域だ。
各地に点在する犯罪組織がその地域を支配し、独自の治世を布いている。
『カラミティ・ゲイル』はその中でも有数の巨大組織であり、D区北方の広範囲を縄張りに持っていた。
しかし、大勢の団員と広範囲の縄張りから、食料や財産は常に逼迫していた。
それゆえにC区や中央区で犯罪行為に手を染めたことも幾度もあった。
慈善団体を襲撃して寄付金を略奪したこともある。
富裕層の私生児を攫って臓器を売り払ったこともある。
中央区に違法薬物を流したこともある。
しかし、全ては団員と住民を生き残らせるための行動。
このような凄惨な仕打ちを受ける謂れは無い。
「ヴェンダー様。犯人は『マグナゲート』の一級魔導士、〈煉獄〉のフレンでしょう」
傍らに佇む男が口を開く。
『カラミティ・ゲイル』急襲時、団長───ヴェンダー=アリウスは不在だった。
とある団体との交渉のために、1週間ほどアジトを留守にしていたのだ。
『カラミティ・ゲイル』壊滅の報道を見たヴェンダーは急いで帰還し、そして今に至る。
「貴重な取引先への蛮行、我々としても看過するわけにはいきません。お望みとあらば支援は惜しみませぬゆえ……」
傍らの男は交渉団体の一員。
急遽帰還したヴェンダーに同行し、D区まで付いてきたのだ。
黒いスーツとハットに身を包み、丁重な言葉を操る彼は、上品な雰囲気をまとっている。
しかしその赤い瞳は、常人に無い狂気を湛えている。
「フレン……〈煉獄〉のフレン……ッ!」
うわ言のように呟き、ヨロヨロと立ち上がるヴェンダー。
男は「お望みとあらば」と言った。
愚問だ。覚悟は既に、決まっている。
「その者を八つ裂きにしなければ…我が部下の魂は鎮まるまいッ!」
消失したアジトの灰を掴み、口に含んだ。
咽かえりそうな気道を無理やり沈め、強引に飲み込む。
仲間たちの遺灰を、彼らの無念ごと嚥下した。
スラム街に風が吹き荒れる
バラック小屋の群れが激しく揺れる。
怒りに目を血走らせるヴェンダー。
ハットを抑える男は、傍らで静かにほくそ笑んでいた。
◇ ◆ ◇
「……来たか。死に損ない」
夜の中央区、居住区。
両端を住居が埋め尽くす表通り。
不気味な夜風が赤髪を揺らす。
遠くの喧騒にサイレンが混ざり始めていることに気づいた。
ようやく救護活動が始まったらしい。
「多少は回復したらしいが…果たして何時までもつ?」
表通りで対峙する2つの影。
フレンは10m先に立つヴェンダーを見つめる。
左肩に火傷。胸の殴打跡。吐血の跡。
ここまで着実に与えてきたダメージは、決して軽傷ではない。
だが、それはフレンも同様だった。
陸生巨獣の魔獣石で、脇腹の銃創と背中の刺創は辛うじて塞がった。
失った血液もある程度補充され、魔力滞留の症状も緩和された。
しかし、あくまで応急処置。
1回分の戦闘を乗り切るための最低限の治療。
不測の事態に陥れば、また瀕死状態に逆戻りするかもしれない。
「丁度いいハンデでしょ?」
しかしそんな逆境を、フレンは皮肉で笑い飛ばす。
ヴェンダーの黒い瞳が鋭く光る。
「復讐だかなんだか知らないけど、これ以上私をつけ狙うなら…」
フレンの赤髪が揺れた。
刹那、石畳を踏み抜く音。
フレンが爆速でヴェンダーとの距離を詰めた。
「潰すッ!」
フレンとヴェンダーの鉄拳がぶつかる鈍い音。
魔力で強化されたフレンの腕力。
風魔術で推進力を得たヴェンダーの一撃。
轟音を伴ってぶつかり、拮抗する。
「……やはり、そう来るか」
右腕を突き出しながらヴェンダーはほくそ笑む。
フレンは先程の経験から、ヴェンダーの範囲攻撃を警戒していた。
これ以上住民から被害を出すことは、魔導士としてあってはならない。
故に、近接戦闘に持ち込もうとしているのだ。
「ふッ!」
ヴェンダーの蹴り。
フレンの想定内の攻撃。後方に飛んで距離を取る。
しかし、ヴェンダーはそれを逃がさない。
風魔術で加速し、フレンに迫る。
「チッ…!?」
「逃がさんッ!」
フレンの懐に入るヴェンダー。
繰り出される打撃と蹴撃。
左手が使えないにも関わらず、それらは雨のように降り注ぐ。
フレンは強化した肉体でそれを捌く。
しかし、ヴェンダーの連続攻撃は変幻自在。
顔、鳩尾、腹。急所を的確に突く。
後ろに引けば防戦一方になる。
ならば。
「ここだッ!」
前に出る。
ヴェンダーの拳が頬を掠めた。
空気のうねる音を無視してさらに踏み込む。
攻撃の終わり、最も隙の大きいタイミング。
フレンは右腕に魔力を流し、ヴェンダーの胸目掛けて打撃を放った。
「無駄だぁッ!」
ドガッ!
右脇腹に鈍い痛み。
フレンの拳がヴェンダーに触れた瞬間。
鋭い蹴りが命中していた。
「かはぁッ!?」
吐血。嘔吐感。
再び脇腹がジワリと熱くなる。
傷口が開いたらしい。
「死ねえッ!」
カチャリ
硬質な音。
ヴェンダーの左手に握られた拳銃が、フレンを捉えていた。
腕は上がらない。だが肘と指は動く。
ここまで左手を使用していなかったため、完全に虚を突かれた。
「迦爆球ッ!」
咄嗟の魔術行使。
両者を隔てる空間が爆ぜた。
「むうッ!?」
一瞬の隙を突き、フレンは距離を取った。
煙を突き破って飛来する3発の弾丸。
しかし、閉ざされた視界の中での銃撃は命中しなかった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
煙が晴れる。
20m先のヴェンダーは殆ど傷を負ってない。
一方のフレンは、早速弱点を突かれてしまった。
近接戦闘ではヴェンダーに軍配が上がるらしい。
風の推進力を利用した彼と格闘技術は卓越していた。
「さすが〈禍風〉、と言ったところか……」
これが風魔術の恐ろしさ。
炎魔術や雷魔術のような火力はないが、変幻自在に形を変えるため、いくらでも応用が効く。
風の弾丸、風の刃、風を利用した格闘。
術者の練度が加われば、どんな相手、どんな状況でも互角以上に戦えるのだ。
そこにヴェンダーの判断力と戦闘技術が加われば、もはや誰も逃れられない。
近づけば瞬足の四肢が、遠ざかれば風の凶器が、対象を逃がさず、確実に捉える。
故に、〈禍風〉。
彼の異名は、その執念深さを物語っている。
「観念しろ。貴様には黙って首を差し出す以外、道は無い」
鬼の形相でフレンを睨むヴェンダー。
「……そもそも、アンタらが各地で滅茶苦茶するから討伐依頼が来たんだ。逆恨みしないでよ」
「黙れッ!」
フレンの言葉を遮るように、ヴェンダーの叫ぶ。
「富を独占し、明日の命とも知らぬ飢えた民には与えないッ……そんな醜悪な豚共から奪い、家族を食わせていくことが、罪だとでも言うのかッ!」
たしかに、この世界は不条理だ。
『人獣都市』東京。
人と魔獣が入り乱れるこの都市では、物資が常に枯渇している。
持つ者と持たざる者、貧富の差は常に開き続けている。
『カラミティ・ゲイル』のような持たざる者が反乱を起こすことも、理解はできる。
「……それは、何の罪もない子どもたちの腹掻っ切って、臓器売り捌いていい理由にはならないのよ」
だが、彼らは踏み込んではいけない領域へ行き過ぎた。
富む者どころか、何の罪もない者まで、何百人もの人間を不幸に突き落とした。
そのような凶行は、いくら歪んだ世界でも許されてはならない。
そんな悪人を討伐するためにギルドが、魔導士が存在する。
「黙れ黙れ黙れッ! バーネリアス家の女ッ! 家柄、魔力量、魔術の才能、全てに恵まれた貴様に何が分かるッ!」
バーネリアス家。
この世で最も聞きたくない言葉。
ピキリと、頭痛がした。
「苦楽を共にした家族を殺し、死者を冒涜し、挙句の果てに住民を見捨てた……ッ! 残された者の苦しみなど、貴様には分かるまい!」
ピキピキと、頭痛が続く。
「………………あぁ、安心したよ」
目の前のヴェンダーに。
人の皮を被った鬼畜に。
「……責任転嫁もここまで来れば清々しいね。良かった。アンタらみたいなクズ、殺しても心が痛まなくて済む」
赤髪が沸き立つように揺れる。
灼熱色の瞳が炎のように震える。
フレンは氷のような冷酷な表情でヴェンダーを睥睨していた。
「負け惜しみを……そこで指を咥えて見ていろッ! 貴様のせいで、また大勢死ぬぞッ!」
そんなフレンを無視して、ヴェンダーは右腕を掲げた。
右手の先に、緑色の鮮やかな魔法陣が出現した。
「流動・嵐・旋風の刃ッ!」
その光景が、数刻前のヴェンダーと重なる。
無尽の風の刃による範囲攻撃。
表通りで放てば、先程の惨劇の二の舞となる。
極限の復讐心が、彼から人間らしい判断力を奪った。
狂気に満ちた黒い瞳が、魔法陣の光に照らされて怪しく輝く。
先手を打ったのはヴェンダー。
ここから彼の魔術を阻止する術など───
「迦爆球」
ボンッ!
フレンの呟き。
同時に、衝撃がヴェンダーの胸を襲った。
「がはァっ!?」
煙を上げる胸筋がズキリと痛む。
突然の攻撃で詠唱が中断され、魔法陣が消失した。
なぜ。
迦爆球は至近距離でしか発動しない爆発魔術だ。
20mも離れていれば、直撃など……。
「まさか、あの時の魔力を利用したのか……ッ!?」
あの時──数分前の格闘で、フレンの打撃はヴェンダーに直撃せず、軽く胸を小突いただけだった。
しかしその時、フレンの有り余る魔力の一部がヴェンダーの胸に付着した。
今、フレンはその魔力を変換して、小規模な爆発魔術を行使したのだ。
圧倒的な魔力量を持つフレンにしかできない、神業的な遠隔魔術行使。
「───解放・焔・百首の龍」
相手が怯んだ隙を逃さない。
高速で詠唱し、肉体に魔力を流す。
構えた両手から巨大な赤い魔法陣が展開。
凄まじい熱気が大気を揺らす。
「我、フレン=ゲヘナ=バーネリアスが命ず・其の魔性は紅・我より生じ・万象を喰らえ」
「なっ!? 血迷ったかッ!?」
再度困惑するヴェンダー。
この詠唱から始まる魔術は知っている。
同じ術を使う魔導士を屠ったことすらある。
だがそれは、鎌鼬斬刃嵐と同じ大規模破壊魔術だ。
行使すれば、周囲の住居すら巻き込む。
それなのに、この魔導士は───
「炎龍百齧破ッ!」