第5話 我儘
本日は豪華3話連続投稿です。
フレンの戦いの結末を見届けてあげてください。
「〈鳴神〉ライラ=イナヅミ……。貴様もギルドの犬か…。ならば同罪だ」
ヴェンダーの黒い瞳がライラを射殺さんばかりに捉える。
「まじかよ……。なんで〈鳴神〉が来るんだよ…ッ!」
「無理だ……。勝てねぇ…ッ!」
背後で弱気な男たちの声。
フレンへの復讐に燃えていた2人は、ライラの急襲で完全に怖気づいてしまった。
「寝てろ」
逃げる2人組。
しかし、ライラの雷魔術は逃がさない。
短い悲鳴を上げて石畳に倒れこむ男達。
極限まで威力を抑えた電流が意識を刈り取ったのだ。
「そうやって仲間も見捨てたくせに」
吐き捨てるライラ。
男たちには目もくれず、その視線はフレンに向いている。
「一旦引くよ。アイツ、私相手でもやる気みたい。さすがに庇いながらじゃ戦えないわ」
血まみれで倒れこむフレンを担ぎ、高速でその場を後にする。
残されたヴェンダーの瞳は、未だ殺意を湛えて燃えている。
「逃がさんぞ……ッ! ギルドの犬どもッ!」
◇ ◆ ◇
フレン=ゲヘナ=バーネリアスは魔術の才能に恵まれていた。
生まれ持った圧倒的な魔力量は、彼女の魔術を高い次元へ押し上げた。
同時にその才能は、彼女の半生を地獄へ導いた。
バーネリアス家は、中央政府発足時から多くの宮廷魔導士を排出してきた。
『人獣都市』東京の治安維持に貢献してきた由緒正しき名家、それが社会の認識だ。
しかし、その家訓は『魔導士至上主義』。
生まれつきの魔力量から跡継ぎとして見出されたフレンは、拷問紛いの英才教育を施された。
暴力と罵声の伴う座学、流血と失神を繰り返す実践稽古、薬物投与、果ては人体改造まで。
父も、祖父母も、親族も、彼女を『フレン』という一人の少女と見なす者は、その家にいなかった。
『バーネリアス家の跡取り』。それだけが、彼女の存在価値だった。
今思えば異常な環境。
しかし、外部から隔絶され、一族の教えのみを人生の指針として生きてきたフレンにとって、それは当然の日常だった。
『宮廷魔道士として立身出世し、東京を支える』。
それこそが唯一の正義と信じて疑わず、一族の期待に応えるため、血反吐を吐くような教育に耐え続けた。
14歳の時、フレンは最高峰の魔導士養成機関である国立魔術大学に入学し、3年飛び級して僅か1年で卒業した。
同期生は彼女を羨んだ。教授陣すら彼女を妬んだ。
嬉しかった。ようやく一族の期待に応えられると、正義の魔導士になれると、喜んだ。
しかしフレンの心は、喜び以上の虚無感に埋め尽くされていた。
それどころか、卒業証書を手にした時に悟ってしまったのだ。
『あぁ、私もう、正義の魔導士にしかなれないんだ』と。
◇ ◆ ◇
「あーあ。酷くやられたわね」
路地裏の一角が淡く白い光に包まれている。
ライラは魔力を譲渡し、フレンの傷を癒していた。
「……」
彼女の傷は深刻だった。
脇腹に銃創一か所。背中に刺創二か所。
出血が激しく失血死寸前。
今生きていることは奇跡としか言いようがない。
「当分、1人で任務は任せられないわね。陸生巨獣の討伐中に魔力滞留起こしてたらどうしてたの?」
「………」
何も言い返せない。
魔力滞留は敗北の言い訳にならない。
もしライラが来なければ、今頃自分は物言わぬ肉片と化していた。
「……はい、応急処置終わり。とりあえず傷は塞いだよ」
ポンッと背中をたたくライラ。
傷の痛みは和らいだ。
だが、頭痛と胸の痛みは消えない。
ドクドク、ズキズキと、蝕む痛み。
「じゃあ、アイツは私が何とかするから。ここで待ってなさい」
「待って」
路地裏から出ようとするライラ。
そのズボンの裾を掴み、引き留めるフレン。
「私が、ヴェンダーを殺す」
ライラを見上げる赤い瞳。
フレンを見下ろす紫の瞳。
「今のアンタに何ができるの? フレン」
ライラの言葉は、皮肉でも嫌味でもない。
「アンタの傷は治りきってない。今戦えば傷が開いて、今度こそ死ぬわよ」
無感情に、ライラは続ける。
「魔力滞留はどうするの? これ以上魔術を使えばまた悪化するわよ。魔力もない。魔導着のスーツもない。それでどうやって戦うの?」
「………関係ない」
ライラの指摘に、しかし、フレンは屈しない。
壁に手をかけて立ち上がり、正面からフレンを見つめる。
「私がやらないといけないんだ…。あの男は、私が壊滅させた組織の長だった…。私への復讐なら、私が戦わないと……」
目に宿る強い意志。
壁にかけた手は震えている。
正面のライラの輪郭が滲んでいる。
「馬鹿?」
ズプッ
閃光のごとき踏み込み。
ライラの親指が、フレンの脇腹の傷に突き刺さった。
「あ゛ぁぁぁ゛ッ!?」
灼熱。激痛。
倒れこむフレン。
開いた銃創から血が溢れ出す。
地に伏しながら、見下ろすライラを睨む。
「この程度で倒れるアンタに何ができるの? 弱い奴は責任を取る権利すらないのよ」
無表情のまま淡々と言い放つライラ。
容赦ない正論。
血の付いた親指を舐めながらフレンを見下している。
「いつもなら他人のことなんてお構いなしのくせに。人が大勢死んで、自分も殺されかけて、情に絆されたとでもいうの? 」
遠くで喧噪が聞こえる。
フレンに救えなかった人々の嘆きだ。
情に絆された。そうなのかもしれない。
自分が招いたこの世の地獄を目の当たりにして。
自分が生み出した復讐鬼を目の当たりにして。
情に絆された。本当にそうなのか。
フレンは。
◇ ◆ ◇
彼女を拘束するバーネリアス家の呪縛は、卒業式の夜、突如として砕かれた。
血溜まりに沈む父親。物言わぬ骸と化した親族たち。
あの夜。炎上するバーネリアス家で。
スーツに身を包んだ『あの男』は言った。
『お前がいるから、バーネリアス家は滅ぼさなければならない。フレン、お前は罪そのものだ』
その景色は。その男は。その言葉は。フレンの存在を根本から否定し、運命を捻じ曲げた。
その言葉の真意は未だに分からない。
だが、目の前の燃え盛る現実は、その言葉が真実だとフレンを責め立てている。
『宮廷魔道士として立身出世し、東京を支える』。
唯一の正義を信奉し、地獄のような日々を耐えてきた。
しかし、その末路がこの血塗られた惨劇なら、この15年間は何だったと言うのだ。
この悲劇の原因が自分だと言うのなら。
自分の罪だというのなら。
自分なんて、生まれて来なければよかった。
翌日、バーネリアス家壊滅の報道は全土に大々的に報道された。
『国家転覆を企てた叛逆一族、正義の炎に沈む』と。
後に『E区事変』と呼ばれる、惨劇の記憶。
◇ ◆ ◇
「違う………ッ!」
ヨロヨロと立ち上がる。
出血する銃創を炎魔術で焼き切った。
苦悶の声を噛み殺し、ライラを睨む。
「気に食わないだけっ!また勝手に罪人呼ばわりされて……勝手に恨まれたのが……っ!」
自分の行動がヴェンダーを復讐鬼に変えた。
自分の言動が同僚の復讐心を搔き立てた。
そのせいで、罪のない大勢の人が死んだ。
全て事実。だからこそ気に食わない。
「槍玉に挙げられて…謂れのない責任まで押し付けられて…挙句の果てに死にかけたんだっ! 文句の一つでも言わないと気が済まない!」
声を荒らげるフレン。
滅多に見せない彼女の激情に、それでもライラは無反応だった。
「フレン」
ライラは静かに自分を見つめている。
まるで、何かを試すように。
胸の中で何かが渦巻く。
言葉にできない何かが。
「アンタが、〈禍風〉の部下を殺したのよ」
「……そう」
「アンタが、2人の死んだ仲間を侮辱したのよ」
「……そう、かもしれない」
「アンタのせいで、3人は復讐に手を染めたのよ」
「そんなこと……ッ、分かってるッ!」
胸に渦巻く感情が、溢れ出した。
「分かってる! 全部私が招いたことだ! 私に、アンタの言う社会性があれば……こんなことにならなかったかも知れない……ッ! 魔導士以外の生き方だって、できたかも知れない……ッ。でも!」
バーネリアス家が滅亡し、フレンはギルドに入った。結局、魔導士以外の生き方を知らなかったのだ。
2度目の人生で、フレンは東京のためではなく、自分が生きるために魔導士になった。
自分を罰する『悪意』という感情から逃げるために、暴力と理論で全てが解決する戦場に逃げた。
魔獣を狩り、外法魔導士を手にかけ、日銭を稼ぎ、この歪んだ世界をギリギリで生き残る毎日。
だが、『悪意』は至る所に蔓延っていた。
戦いは暴力と理論だけで割り切れるほど甘くない。
そこにいるかぎり、ドス黒い悪意に触れ続けなければならない。
そんな日々の中で気づいたのだ。
罪と罰という因果など、クソ喰らえだと。
「……これが今の私だ。傲慢で強欲で、自分のことしか考えてない……。弱いくせに罪とか復讐とか喚く奴は嫌いだし、依頼の殺人なら躊躇しない。 罪も罰も関係ない! 私は、私のために戦う!」
その在り方は、人として、魔導士として、歪んでいるのかもしれない。
「……5年前のあの夜、私は罪人にされた。もしかすると、私は本当に、生まれた時から罪人なのかもしれない……」
自分は罪人だ。
あの日から、フレンはそう思って生きてきた。
人は過去の積み重ねで成り立っている。
過去を否定され、信じる正義を悪とされ、存在そのものを罪に問われたならば、その先の人生は地獄だ。
自分に押された罪人の烙印は死ぬまでに消えない。
『生まれてきたことが罪なら、いつか罰を受けるだろう』。
焼け落ちたバーネリアス邸で朝日を見た時、フレンはそう、自分の未来を悟り、それ以降、笑わなくなった。
それでも。いや、だからこそ。
「否定したいんだ! アイツらが言った罪も何もかも! 私が生きていくために、私が私を許すために! 私は……ヴェンダーを殺さなきゃいけないんだ……っ!」
殺した外道魔導士の仲間に襲撃されたことなど、今まで幾らでもある。
その度に胸が痛んだ。
自分は罪人だと、手にかけた者たちの瞳が、そう訴える。
それでも、その生き方でしか 、今は自分を肯定できない。
罰を力で捩じ伏せる。
それが、フレン=ゲヘナ=バーネリアスの、罪との向き合い方なのだ。
「だから……そこをどいて、ライラ」
頭痛は治まらない。傷跡は未だに痛む。
だが、胸につっかえていた蟠りは小さくなった。
その言葉が、フレンの本心なのだから。
「……破綻した道理ね」
ライラは相変わらず無表情。
月明かりに照らされた紫の瞳が冷たく光る。
「自分が罪を否定すれば、罰する者すら退ければ、自分の罪は無かったことになる。そう言いたの?」
「……………………」
「そんな生き方じゃ、敵を作り続けるだけよ。アンタの一生は殺し合いで終わる。それでもいいの?」
「分かってるっ! ……それでも、今はこの生き方でしか、自分を肯定できない。いつか、もっと正しい生き方が見つかるまで、私は死ねない……!」
その『いつか』を迎えるために戦う。
まずは、昨日までの自分を肯定するために。
明日の自分に、生きてもいいと言うために。
そのために、ヴェンダーを殺さなければならない。
「…………呆れた」
冷たい表情のライラ。
「……でも、気に入った!」
その口角が、吊り上がった。
ガシャンッ!
何かが砕ける音。
同時にライラの掌が、フレンの胸に伸びた。
「ッ……!?」
硬い感触。
次の瞬間、フレンの中で何かが流れた。
蛇のように。濁流のように。
無形の力が渦巻き、全身を駆け巡った。
「あ゛ぁッ!? がぁぁ……ッ!?」
再び地に伏すフレン。
全身を這いずり回る不快感に悶える。
ふと、何かが転がっているのが目についた。
濃紫色に輝く欠片。
「これ……さっきの魔獣石!?」
頭上のライラの掌に、砕かれた魔獣石が握られていた。
魔獣石は魔獣の魔導器官であり、死後も魔力が残留している。
そのため、砕いた石から生じる魔力を治癒に用いることも、理論上は可能だ。
「¥38000、パーになっちゃったね」
しかし、それは魔導士にとって最後の手段だ。
魔獣の遺骸から取れた魔獣石は、依頼達成を証明するために必要となる。
それが無ければ報酬は得られない。
八つ目の陸生巨獣討伐は水泡と化した。
ライラは自身の報酬を捨ててフレンを治療したのだ。
フレンの我儘を叶える。そのためだけに。
「なんで……」
ライラは煙草に火を付けながら笑っている。
紫の瞳にフレンが映る。
「安心したのよ。アンタ、初めて2人で仕事した時も同じこと言ってたよね」
『私は、自分を肯定するために戦う』。
『もっと正しい生き方が見つかるまで死ねない』。
記憶の底に埋もれた懐かしい場面が、フレンの脳裏を過ぎる。
「そして、その時私はこう返した! 」
煙草の先でフレンを指す。
「『アンタの我儘の先が見たくなった』ってね」
聞き覚えのある言葉に、フレンは思わず苦笑する。
あの日から、フレンは何も変わっていない。
他の生き方が見つからないまま、長い月日が経ってしまった。
それでも、変わらず隣にいる、憎らしくも頼れる相棒。
「見せて頂戴? アンタの我儘。今日まで私の気まぐれに付き合ってくれたアンタなら、余裕でしょ?」
2人で幾つもの危ない橋を渡ってきた。
フレンは自分を肯定するために。
ライラは自分の興味を満たすために。
奇妙な縁で結ばれた2人は、しかしいつしか、『マグナゲート』最強の2人組になっていた。
「……当たり前。誰に言ってんの?」
ライラの横を通り過ぎるフレン。
「いつか教えて。アンタが私とバディを組んだ、本当の理由」
「……いーよ。ま、生き残れたらの話だけどねー」
彼女の本性を知る者は、フレンも含めて存在しない。
なぜ彼女がフレンに拘るのかすら、まだ分からない。
それでも、そんな歪な関係が、今のフレンには心地よかった。
罪人の相方には変人がお似合いだ。
「あぁ、あと」
呼び止めるライラ。
「貰えなかった¥38000、今回の報奨金から3倍にして返してね♡」
「…………今それ言う?」
なんとも現金な要求。
わざわざ魔獣石の魔力でフレンを治療したのは、より多くの金を巻き上げるため、らしい。
「まぁ……考えとく」
ニヤつくライラに、フレンは呆れた笑みで返す。
無料で魔獣石を手放すほど彼女は善人ではない。
そんな変人ぶりを見て、呆れたような、救われたような、妙な感情が湧いた。
頭痛はもうしない。
胸の痛みもない。
路地裏を抜けて、月明りに照らされた表通りへ出る。
夜の街には、また風が吹き始めていた。
ライラ=イナヅミ
・魔術適正:雷
・魔導等級:一級魔導士
・魔導器官:???
・魔力滞留:???
・所属組織:ギルド『マグナゲート』
・異名:〈鳴神〉