第3話 〈禍風〉
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魔導士とは、魔術行使を生業とする者たちを指す。
魔力を身体の魔力器官から放出し、現象に変換する魔術。
人智を超えた強大な技術には、しかし、代償が存在する。
体内に取り込んだ魔力は、全てが魔術に使用される訳ではない。
堆積した古い魔力は徐々に劣化し、人体に悪影響を及ぼす。
激痛、体調不良、意識障害。症状は千差満別。
しかし、それらが与える苦痛は計り知れない。
故に魔導士は、定期的な休息でそれらを緩和する必要がある。
魔力滞留。
魔導士はその症状をそう呼ぶ。
◇ ◆ ◇
夜の中央区。
南西に位置する居住区の一角。
無人の街で、対峙する人影があった。
「あぁ…覚えてないだろう…ッ!」
震える声には凄まじい怒気が滲んでいる。
底知れない悪意と殺意が、言の葉に乗ってフレンを刺す。
当の本人には鬱陶しい程度の感想しかないのだが。
「無慈悲に手にかけた者の顔などッ! 覚えていないだろうッ!」
魔導士が何かを自分に向けた。
月明りに照る黒い拳銃だ。
刹那、4発の銃声が響いた。
「ふっ!」
フレンの警戒心は追撃を見抜いていた。
魔力で身体能力を増強して地面を蹴る。
石畳から壁へ、壁から路地裏へ。
三次元的な高速回避。
人間離れした挙動で距離をとり、遮蔽物を確保した。
回避行動は完璧だった。
完璧なはずだった。
「……やられた」
口から顎へ血が伝う。
久方ぶりの被弾による痛覚。
灼熱を帯びた右わき腹に軽く触れた。
「チッ……」
ドロリとした気味の悪い感触が魔導着越しに伝わる。
思わず漏れる舌打ち。
幸い急所ではない。
だが、先ほどのような回避はもうできないだろう。
「一発だけ風魔術で加速させるなんて、器用な犯罪者がいたものね」
「『カラミティ・ゲイル』団長、〈禍風〉ヴェンダー=アリウス。ギルドの犬に遅れは取らんぞ」
ヴェンダーと名乗った男の言葉に、フレンは思い出す。
『カラミティ・ゲイル』。
2カ月前、フレンが1人で壊滅させた外法魔導士の組織だ。
構成員は50人を超え、各地で魔術犯罪を企てていた。
ギルドの依頼を受けたフレンは本拠地を強襲し、38人を殺害、7人を警察に引き渡した。
しかしその中に、組織の長であるヴェンダーはいなかった。
「今更復讐とか、ずっと尻尾巻いて逃げてた癖に?」
素手で銃創に指を突っ込み、弾丸を取り出す。
気絶しそうな痛みに耐えながら皮肉を飛ばす。
「黙れ」
再び風が吹き始めた。
砂埃が不気味に吹き荒れる。
「貴様の襲撃は不在時だった…。部下たちは私がいないなか…懸命に抵抗し…苦しみながら死んでいった…ッ!」
壁から顔を覗く。
ヴェンダーは20mほど先の建物の屋根に立っていた。
彼の言葉を聞き流しなら、攻撃のパターンを構築する。
「そう、御愁傷様」
妙だ。
ヴェンダーの位置ならフレンがどこにいるか分かるはず。
にも関わらず、彼は動こうとしない。
そして、急に吹き荒れ始めた風。
何かがおかしい。
「彼らは万全ではなかったッ! それなのに嬲り殺しにされたのだッ! ならば同じ状況で貴様を殺すのが弔いの作法というものよッ!」
「まさか……!」
ヴェンダーの思惑に気づいたフレン。
血の気が引く悪寒。
自身の思慮の浅さにうんざりする。
『居住区で大規模破壊魔術を行使するはずがない』。
その思い込みが、フレンの判断を誤らせた。
「流動・嵐・旋風の刃───ッ! 」
詠唱の開始。
風がより強く吹き荒れる。
右手を突き出しているヴェンダー。
膨大な量の魔力が彼に吸い寄せられていく。
緑色の巨大な魔法陣の鮮やかな光。
刹那の懊悩。
しかし、時間がない。
選択肢は他にない。
「死して贖えぇッ!鎌鼬斬刃嵐ォォォオッッ!!」
次の瞬間、無数の風の刃が、居住区に降り注いだ。
◇ ◆ ◇
「ふん……」
眼下の惨状を見下し、ヴェンダーは満足げに鼻を鳴らす。
裁断された家屋に潰されて絶命した者たち。
下半身のない我が子を抱えて逃げる母親。
誰にでもなく助けを求める傷だらけの幼児。
平凡な日々を突如として奪われた人々の悲鳴が、怨嗟が、絶叫が、夜の居住区に響き渡っている。
『鎌鼬斬刃嵐』。
刃状の風により対象を切り裂く高位風魔術。
しかし、ヴェンダーが詠唱を伴って発動すれば、それは刃の嵐とでも形容すべき、恐るべき厄災となる。
表通りも路地裏も関係ない。
ヴェンダーの視界全域が攻撃圏内。
どこに逃げようとフレンを逃すまいという強烈な殺意が、無数の刃として現出したのだ。
詠唱完了と同時に、無数の鎌鼬が魔法陣より顕現し、遮るものすべてを破壊していった。
切り刻まれる家屋。崩壊する街並み。
建物が削れ、崩れる轟音。
遅れてあがる人々の悲鳴。
無尽に立ち上る血しぶきの混じった土煙。
夜の居住区は地獄と化した。
「あの女も生きてはいまい」
しかし、自ら生み出した地獄に対して、ヴェンダーは興味がなかった。
過程で何人死のうが、望む結果ならば問題ない。
人生の大半を外道魔導士として費やしてきた彼にとって、意図せず殺害を犯すことなど日常茶飯事。
絶望する市民など、彼の視界には映っていなかった。
「皆、仇は取ったぞ」
空に呟き、踵を返す。
フレンの死を以て、彼の復讐劇は幕を閉じた。
はずだった。
「炎衝砲ッ!!」
瓦礫の中から炎の砲弾が放たれた。
「なにッ!?」
意識外からの魔術攻撃にヴェンダーは目を剥く。
唸りを上げる炎の砲弾。
反射的に後方へ飛ぶ。
しかし、間に合わない。
「ぐぉぉぁあ゛ッ!?」
致命傷は避けたが、左肩に直撃した。
熱と激痛。左腕はもう動かない。
「低位魔術でこの威力…ッ! 馬鹿げた魔力量だ…ッ!」
血走った眼で睨む先。
瓦礫の中に佇む怨敵、フレン。
ヴェンダー=アリウス
・魔術適正:風
・魔導等級:一級魔導士(相当)
・魔導器官:右腕
・魔力滞留:???
・所属組織:外法魔導士集団『カラミティ・ゲイル』
・異名:〈禍風〉