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第2話 ギルド

 中央区。繁華街の一角。

 周囲の建物に比べて、一際大きなコンクリート造りの建造物がある。

筋骨隆々な男集団や剣を携えた女性、不安げな少年など、出入りする者たちの性別や年齢は様々。

 しかし、皆どこか殺気立っている。

 顔に巨大な傷を負った者。

 義手、義足を付けた者。

 ボロ切れ同然のローブを引き摺る者。

 その様子から凄惨な過去を想像せずにはいられない者たちばかり。


 ギルド『マグナゲート』。

 魔導士の派遣を生業とするギルド、その中でも最大手の事務所だ。

 在籍する魔導士は149人。

 最高戦力の一級魔導士は7人所属している。


「いやーさすがフレン!まさか陸生巨獣(タンク)を一発で仕留めちゃうなんて!」


 そんなギルドの食堂にて、陽気に話すライラ。

 スーツを脱ぎ、シャツを第3ボタンまで開けただらしない格好で椅子に腰かけている。

 仕事明けの発泡酒を既に3杯空けて出来上がっている。


「………」


 それを尻目に、フレンは報酬の明細を眺めていた。

 依頼内容は、「A区旧市街地に出没した八つ目の陸生巨獣(タンク)の討伐」。報酬は¥100000。

 二人で討伐したので、一人¥50000ずつの収入だ。

 そこからギルドの仲介料、各種税金を差し引いて、今回の手取りは¥38000。


「……手取りが減ってる。最近の増税のせい?」


 訝しみながら酒杯に口付ける。

 発泡酒の炭酸がフレンの喉を刺激する。

 記憶が確かなら、以前の手取りは報酬の8割を超えていたはずだ。


「それもあるけど、アンタが成人したからよ。一応、今まではギルド名義で扶養に入ってたけど、成人した今年からはそれが免除されるの。だから徴税額が増えるわけ」


「あぁ……」


 酔っていても彼女の説明は的確だった。

 どうやら今日から死ぬまで手取りは減るらしい。


 時刻は午前8:00。

 周囲には数人の魔導士がいたが、こんな時間帯から飲酒しているのは彼女たちしかいない。

 周りの魔導士たちの会話が聞こえてくる。

 今日の依頼の話や自身の将来の話、今夜抱く女の話。

 未来の話ばかり。

 フレンは耳を塞ぎたい衝動に駆られた。

 喧騒が鬱陶しかった。


「次の依頼は私1人で行くから。報酬を折半してたら私の返済が追い付かない」


「いいけどさー、さっきの陸生巨獣(タンク)みたいに報酬¥100000級の依頼は1人じゃ難しいんじゃない?」


 ライラは切れ長な目で、挑発するようにフレンを見つめる。

 フレンは依頼書から机越しのライラに視線を写した。

 赤い瞳に苛立ちを宿しながら。


「あんなザコ、私1人で倒せた」


 発泡酒を飲み干す。

 味が好きなわけではない。

 つい先月初めて飲み、いつからか任務後の一杯が習慣になってしまっていた。


「えー? 私の牽制のおかげで倒せたんでしょ? それに、持久戦になったらフレンの魔力量でも厳しかったんじゃない?」


「アンタが早く帰りたいって煩いから一発で終わらせただけ。私の魔術なら詠唱省略しても倒せた」


 フレンは懐から濃紫色の石を取り出し、目を落とした。

 八つ目の陸生巨獣(タンク)の遺骸から拾った魔獣石だ。

 色の濃さは魔獣の魔力量に比例する。

 魔獣石(コア)の濃紫色は、討伐した陸生巨獣(タンク)の脅威を示すように強く輝いている。


「あの程度のザコに負けるなんてありえない。あんなに弱いって分かってたなら1人で狩りに行ってた」


 頭痛がした。

 同時に、いつになく饒舌な自分に嫌悪感を感じる。

 発泡酒の酔いが舌を滑らせているらしい。


 一方、二人の買いを盗み聞きしていた魔導士たちは息を飲む。

 本来、濃紫色の石を落とす魔獣は、10人規模のパーティで挑まなければならない強敵だ。

 それをたった2人で屠り、五体満足、これほどの余裕。

 これが一級魔導士。

 『マグナゲート』の最強戦力。


「はっ! さすが、言うことが違うわね」


 皮肉気なライラの言葉。

 フレンの視線がライラに戻る。


「……どういう意味?」


 怪しく笑うライラ。それを睨むフレン。

 机越しに火花が散り、険悪な空気が流れる。

 この2人が数時間前、絶妙な連携で陸生巨獣(タンク)を討伐したことなど、誰が想像できるのか。


「アンタの才能が羨ましいわ。僅か15歳で国立魔法大学を卒業、最年少で一級魔道士に昇格した〈煉獄〉の──」


「ライラ」


ガシャンッ


 酒杯の砕ける音。


「私の過去に踏み込むなら、アンタも燃やす」


 炎のような赤髪の少女の、しかし氷のように冷たい一言に、食堂の空気が、固まる。

 椅子から立ち上がったフレンは右手突き出していた。

 彼女が一言詠唱すれば、爆撃がライラを襲う。

 その事は、野次馬も、ライラも、そしてフレン自身も知っている。

 しかし、フレンの深紅の瞳に躊躇いはない。

 ここで同僚を殺すことも厭わない、強烈な殺意が滲んでいた。


 食堂の魔導士たちの意識は2人の少女に向けられていた。

 黙り込む者。ヒソヒソ話す者。溜息をつく者。睨む者。

 反応は千差万別。

 しかし全員の注目が、ライラの次の行動に注がれている。


「はいはい、そう熱くならないの。仕事以外で魔術を行使したら、()()お縄よ?」


 ライラはヘラヘラと笑ったままだった。

 しかし、降参、と言わんばかりに両手をあげているその佇まいは、どこにも隙がない。

 ライラの瞳にフレンが反射する。

 魔獣石(コア)と同じ深い紫色の瞳だった。


「アンタ…ッ!」


 キッと睨むフレン。

 突き出された腕が熱を帯びる。


「フレン」


 真横から声。

 いつ移動したのか、対面に座っていたライラは、フレンの傍らにいた。

 フレンが反応できないほどの速さで。


「……ッ!?」


 そして、そっと耳打ちをした。


「5日前、八つ目の陸生巨獣(タンク)の急襲で3人死んだ」


 語られる、魔導士の残酷な現実。


「今日までに15人殺されている。その引き継ぎを私たちがしたのよ」


 ライラの視線が、一瞬フレンから逸れた。

 その方向へ振り返ると、目を真っ赤に腫らした2人組の男が去っていくのが見えた。

 手には魔導具が握られている。


 そう言えば6日前まで、彼らは5人組だった。


「……借りを作ったつもり?」


 赤い瞳に映る、不遜な表情のライラ。

 彼女の紫の瞳には、眼光を光らせたフレンが映る。


「違う違う。フレンには社会性を学んで欲しいのよ。ギルドの外でも生きていける、社会性をね」


 おどけるようにライラは笑う。

 言い返せないフレンは、ただ睨むしかなかった。

 挑発されたフレンが臨戦態勢に入っていなければ、死んだ仲間を侮辱された2人の男は襲いかかっていただろう。

 良くて流血沙汰、最悪死人が出ていた。

 ライラの機転で面倒事が回避されたのだ。


 フレンは唇を噛む。

 その事実に遅れて気づいたからこそ悔しかった。


「……もう今日は寝る。報酬申請やっといて」


 魔獣石(コア)をライラに押し付けて、フレンは踵を返した。


「はいはい、ゆっくり休みなさい。そろそろ()()()()の症状が出てくるだろうしね」


 ギルドを後にしようとしたフレンは、その言葉に再びライラを睨んだ。


「本っ当に人の地雷を次々と……」


「今夜は安静にね〜」


 受け取った魔獣石(コア)を弄びながら、ライラはヘラヘラと笑っている。

 今度こそ魔術を放ってやろうかと思ったが、鈍い頭痛を感じ、やめた。

 逃げるように食堂を出る。


 宿舎までの道のりは、いつもより長く感じた。

 

◇ ◆ ◇


「 ッ……………」


 頭痛でフレンは目を覚ました。


 ギルドから帰宅してすぐ、結んだ髪を解き、魔導着を脱ぎ、下着姿でベッドに飛び込んだ。

 机上の時計を見る。

 午後18:00。

 9時間近く寝ていたらしい。


「はぁ………」


 なんだか疲れた。この疲労感は、先の戦闘のせいだけではないだろう。

 部屋に差し込む夕日が無機質な室内を照らす。

 茜色の光が不愉快だった。

 再び視界を閉じる。

 目蓋の裏に様々なものが映る。


 減らされた手取り。

 掘り起こされた過去。

 ライラの顔面。


 そして、ギルドを去る2人組の顔。


「………私にどうしろって言うのよ」


 弱々しく呟く。

 ライラは社会性を学べと言った。

 それが『他人と仲良くする生き方』を指すなら、不可能だろう。

 他者を気にする余裕も優しさも、今のフレンは持ち合わせていない。

 自分の何気ない一言で傷ついた魔導士など、どうして気にかける必要がある。

 魔導士の世界は暴力と理論が全てだ。

 だからこそ自分は、この生き方を選んだのに。


「……バカバカしい」


 そのきっかけを思い出しかけて、フレンは頭を振った。

 無理やりベッドから起き上がる。

 頭痛と立ち眩みに顔をしかめた。

 酒は抜けきっていない。

 フラフラと食料箱の前まで向かう。


「うわっ……」


 食料は空だった。

 備蓄品もない。非常食には手を付けたくない。

 政府からの配給が削減されるニュースを思い出し、また憂鬱な気持ちになった。


「仕方ないか……」


 朝から発泡酒しか入れてないため、酷く空腹だった。

 ギルドの購買所なら夜も空いている。

 念のため魔導着を着て靴紐を結び、玄関から外に出た。


◇ ◆ ◇


「……ふぅ」

 

 夜風が身に染みる。

 酔い醒ましにちょうどいい。

 静かな夜の中央区。

 建物の群れが化け物のように夜空に伸びている。

 野良魔獣を恐れて外出する人間はいない。

 歩いているのはフレン1人だ。


「………」


 立ち止まるフレン。

 不気味な夜風が赤髪を揺らす。


「ッ!!」


 本能的に石畳を蹴る。



 次の瞬間、衝撃波が足場を抉った。



「……誰?」


 建造物の屋上の人影に問う。

 鋭い眼光がフレンを捉えていた。


角獣貫風弾(ユニコン・バレッド)ッ!!!」


 強烈な詠唱が夜の街に響く。

 風の弾丸が3発。

 高速でフレンに迫る。


「チィッ!」


 素早い身のこなしで弾丸を避ける。

 一撃一撃が石畳を削る威力だった。


「交渉の余地なし、か……」


 魔導士は仕事外での魔術行使が禁止されている。

 にも関わらず、しかも中央区でこの行動。

 外魔導士だろう。それも、それなりに手練の。


「解放・焔・百頭の龍」


 両手を頭上の人影に向ける。

 魔力を吸収して体中に流す。

 両腕に収束、魔力を現象に変換する。

 赤い魔法陣が展開。

 大気が熱を帯びた。


炎龍百(ラドーナ)ッ………!?」


 が、炎は発生しない。

 魔法陣が消滅した。

 ひと際強い頭痛に、フレンは顔を顰めた。


「クソッ……」


 視界が歪む。

 魔力操作に集中できない。指向性の決定すら難しい。

 まだ意識障害は発症していない。

 しかし、慢性的な痛みは悪化の一途を辿っている。

 今夜だけは戦闘を避けたかった。


()()()()。聞いたとおり今夜のようだな」


 男の声。

 頭上の魔導士の顔は宵闇に紛れてハッキリしない。


「貴様の肉片を以て、亡き部下たちの鎮魂としよう」


「……どの部下だよ」


 夜風はいつの間にか止んでいた。

 悪態をつきながらも、フレンは歯噛みする

 どうやら事態は、あまり芳しくないらしい。

フレン=ゲヘナ=バーネリアス

・魔術適正:炎

・魔導等級:一級魔導士

・魔導器官:???

・魔力滞留:???

・所属組織:ギルド『マグナゲート』

・異名:???

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