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第16話 従屍術士

投稿が不定期になり申し訳ありません。

実生活の都合で投稿頻度は変化しますが、なるべく毎日18:00投稿を目標に頑張ります。

今後もご愛読よろしくお願いいたします。


※嘔吐の描写があります。苦手な方は注意してください。

ガタン…ゴトン……


「うぷっ……」


 悪路を進む電車に揺られながら、アロンは吐気を我慢していた。

 それは乗り物酔いのせいだけではない。

 先の戦闘で蓄積した劣化魔力による魔力滞留。

 それによる嘔吐感が、彼女を苦しめていた。


「はぁ…はぁ…はぁ……」


 腹部を抑えて苦しそうに息を吐く。

 ボロボロの電車には誰も乗っていない。

 B区と中央区を繋ぐ電車。

 魔獣の強襲で廃墟と化した旧自然公園駅で降りる者は殆どいない。

 月に数度利用する政府関係者、研究者、魔導士、そんな限られた者のためだけに存在する路線だ。


「うっぷっ!? ……はぁっ…はぁ…はぁ……」


 吐気は悪化の一途をたどる。

 フレンに促されて川辺を歩くこと10分、ようやく駅に到着した。

 道中は生きた心地がしなかった。

 突如襲ってきた魔獣と刺客の追撃、B区を闊歩する魔獣の強襲。

 それらの恐怖に苛まれながら、息を殺して走り続けた。


「私、こんなことばっかり……」


 しかし今、彼女を苛んでいるのは吐気や恐怖だけではない。

『早く行って! アンタを守りながらじゃ戦えない!』

 胸につかえる、別れ際にフレンが言い放った言葉。

 実質的な戦力外通告。


 依頼では防御しかできず、それでも一級魔導士の2人に庇われてばかり。

 攻撃魔術は碌に使えないため、攻撃では貢献もできず。

 そのうえ魔力滞留で動けなくなり、フレンに逃がされた。

 最初から最後まで足手纏い。それが現実だった。


「私…魔導士としてやっていけるでしょうか……」


 それは心の底からにじみ出た言葉だった。

 魔導士など、正直なりたくはなかった。

 しかし貧乏な家族を養う手段は、魔導士か売春婦しか残されていなかった。

 病弱な父、働きづめの母、2人の弟。

 魔導士を辞めようと思うたびに家族の顔が浮かび、どうしようもないもどかしさが喉まで込み上げる。

 度胸もない。才能もない。辞めたい。でも辞められない。

 沈んだ思考が空回る。まるで環状線のように。


ガタンッ


「うぶぅッ!」


 ひときわ強い揺れが電車を襲った。

 それに耐えられず、ついにアロンはその場で嘔吐してしまった。


 喉と鼻を抜ける酸っぱい風味が不快だった。

 鼻水と涙が吐瀉物に混ざっていく。

 他に乗客がいなくてよかった。そんな安堵も浮かばない。


「うっ…うぅっ……」


 やってしまった。18歳になったのに。二級魔導士になったのに。 

 仕事では活躍できず足手纏い。

 挙句の果てにこんな失敗までして。

 不快感。解放感。罪悪感。憂鬱感。

 様々な感情が渦巻いて、


「ぅう……ぅわぁぁぁあぁぁん!」

 

 堰を切ったようにアロンは泣き出した。

 泣いても泣いても、涙は止まらない。

 滲んだ視界の先、床の上の吐瀉物は消えない。

 恥晒しな自分という揺るがない現実は、木製の床に染みて広がっていくのだった。



◇ ◆ ◇


「…従屍術士(ネクロマンサー)討伐の定石は、魔導士本体を叩くこと」


「ゾンビ魔獣は殺しても死なないからねー。正直、私らの攻撃魔術と相性悪くない?」


「再生までの隙を狙えばいい」


「それはアイツまでたどり着けたらの話でしょ?」


 この世の終わりのような光景を前にしたフレンとライラ。

 動揺は隠したまま、あくまで冷静に作戦を練る。


 B区荒野の谷底は、この世の終わりのような光景と化していた。

 巨大な魔法陣から放たれる赤黒い光。

 その上で不気味に唸る魔獣の屍たち。

 深淵の闇を湛えた眼孔は、2人の魔導士に向けられている。

 今しがた自分たちを葬った魔導士たち。


陸生走獣(ビークル)が9体、空生翼獣(エアレイド)が6体…これを掻い潜るのはさすがに骨が折れるか…」


「屍だけに?」


「…アンタもゾンビになりたいわけ?」


 圧倒的な質量差、数の差を前にしても魔導士は動じない。

 それどころか軽口を叩き合っている。

 死地に立った程度で怖気ずくようでは魔導士など勤まらない。


「フレン、あとどれくらい戦える?」


「…高位魔術4回が限界。指向性の操作は1回きり」


「貧弱ねー。魔力変換効率どうにかならないの?」


「…アンタこそ、雷魔術じゃ屍魔獣倒せないくせに」


「あちゃー、バレてたか」


 フレンは先の魔獣との戦闘から疲弊が蓄積しており、戦闘が長引けば魔力滞留を起こす危険がある。

 一方、ライラの雷魔術は絶縁体への効果が薄い。全身が骨の屍魔獣相手に有効打は期待できない。

 今の2人と屍魔獣の群れの相性は最悪。

 にも関わらず、屍魔獣は屍魔術の中断、即ち従屍術士(ネクロマンサー)の死亡を以てしか活動を停止しない。

 つまり、最低限の魔術で不死身の屍魔獣を掻い潜らなければならない状況にある。

 

「しゃーないか。一緒に従屍術士(ネクロマンサー)を攻撃するのが手っ取り早そうね」


 紫の瞳が目の前の屍魔獣を見つめる。

 計15体の骨と肉が絡み合った不気味な怪物たち。

 陸生走獣(ビークル)は老犬のように覚束ない足取りで徘徊している。

 空生翼獣(エアレイド)は飛行能力を失い、大蛇のように地面を這っている。

 不死身の肉体と引き換えに魔術を失った屍魔獣は、魔力を持つ者を反射的に攻撃することしかできない。

 魔力で仮初の生を与えられた骨人形に過ぎないのだ。


「放流・雷・生ける稲光──」


「解放・焔・神炎の加護──」


 立ち上る魔力に屍魔獣が反応する。

 屍魔術の赤黒い魔法陣と拮抗するように、紅と金の魔法陣が華開いた。


「我、ライラ=イナヅミが命ず・其の魔性は金・我より生じ・常闇を切り裂け」


「我、フレン=ゲヘナ=バーネリアスが命ず・其の魔性は紅・我より生じ・我が身に宿れ」


 ライラの肉体を流れる電気シナプスが加速。

 フレンの筋肉の熱量が上昇。


雷鵺駆飛天(キマイル・エール)


炎神焔蔓祝(プロメ・ブレステス)ッ!」


 詠唱完了。同時に2人の影が消失。

 雷魔術と炎魔術による身体能力の強化。

 加速したライラとフレンは従屍術士(ネクロマンサー)との距離を一気に詰める。


「…まじか」


「チッ!?」


 しかし、想定外。

 愚鈍なはずの屍魔獣たちが2人の速度に着いてきたのだ。

 陸生走獣(ビークル)の牙と空生翼獣(エアレイド)の顎が迫る。

 通常、魔力に操られる屍魔獣は動きが遅い。

 その前提を踏まえていたが故の想定外。


「解放・焔・炎獣の咆哮・炎獣咆衝砲(サラマンド・カノン)ッ!」


 未完全な詠唱による炎魔術の行使。 

 フレンによる火球。その数3つ。

 眼前の屍魔獣の群れに炸裂。

 骨の体躯を抉り飛ばす。


「行けっ! ライラ!」


 欠損によって一時的に機能停止する屍魔獣。

 開かれた僅かな隙間を加速したライラが駆け抜ける。

 しかし、その先にはもう1体の空生翼獣(エアレイド)

 さらに後方から、数体の陸生走獣(ビークル)が迫る。


「遅いねっ!」


 その時、ライラがさらに加速した。

 先ほどまでの俊足すら前座。

 本気の速度であれば、瞬間的に時速150kmにも迫る。

 屍魔獣にはライラが消えたようにしか見えない。

 牙と爪を紙一重で掻い潜り、狙うは従屍術士(ネクロマンサー)


「はぁあッ!」

 

 赤黒い魔法陣の中心へ。

 彼我の距離数m。

 項垂れて佇む従屍術士(ネクロマンサー)の顔へ、雷速の拳を振りかぶった。


「ぁ」


「は…っ!?」


 空を切る剛腕。

 ふわりと拳を避ける従屍術士(ネクロマンサー)

 動けないはずの屍魔術の使い手が、回避行動を取った。


「ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あぁ゛ぁあ゛ぁ゛ッ!!」


 くぐもった絶叫。

 ライラの攻撃を躱した従屍術士(ネクロマンサー)が走り出した。 

 その先には、フレン。


「うそっ!?」


 人ならざる速度でフレンへ迫る従屍術士(ネクロマンサー)

 踏み込むたび、足元に赤黒い小さな魔法陣が展開。

 地面から異形の骨が生える。


「地中の魔獣の遺骸まで操るわけ……っ!?」


 後方へ下がるフレン。

 しかし、高位魔術を既に2回使用した彼女の動きは覚束ない。

 迫る従屍術士(ネクロマンサー)

 次々と地表へ現れ出る無数の屍魔獣。

 そして欠損から再生を始めた陸生走獣(ビークル)空生翼獣(エアレイド)の遺骸。

 数多の敵が、無防備なフレンに殺到している。


「やってやるっ…!炎龍百(ラドーナ)───」


 その刹那、フレンは見た。

 自分に迫る従屍術士(ネクロマンサー)

 揺れる豪奢なゴスロリ衣装と。



 顔に張り付いた鳥の骨のような仮面。

 漆黒の眼孔がフレンを捉えている。


「───なんで」


 蘇る5年前、炎の夜の記憶。

 自分の首を絞める、鹿の骨の仮面を被った、異形の化け物。


「かはぁッ!?」


 地面に倒された。

 その衝撃に、フレンの意識が過去から戻る。

 目の前には不気味な仮面。

 意思無きそれが、嘆いているかのように震えている。


「見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て」


 何かを訴える従屍術士(ネクロマンサー)

 自分の首にかけられた死人のように白い両手に、紫の亀裂。

 鼓動に合わせて不気味に脈動している。


「……なんなんだ」


 死の間合い。

 従屍術士(ネクロマンサー)が両手に力を入れるだけで。

 屍魔獣に殺せと命令するだけで、死ぬ。

 しかし、そんな状況などフレンには見えていない。


「お前らは……なんなんだッ!?」


 従屍術士(ネクロマンサー)に絶叫するフレン。

 自分からすべてを奪ったあの夜。

 自分が罪人の烙印を押されたあの夜。

 その真実に繋がっているはずの眼前の化け物に。

 シリウス(『あの男』)に繋がっているはずの従屍術士(ネクロマンサー)に。

 

「見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て」


 しかし、言葉は届かない。

 何かを訴え続ける従屍術士(ネクロマンサー)

 首への締め付けが徐々に強まる。

 そして、迫り来る屍魔獣の軍勢。

 フレンに抵抗する手段はない。


「くそ……ッ」


 真実に手が届きそうだったのに。

 真実に確実に迫っていたのに。

 届かない。自分の実力では、届かない。

 従屍術士(ネクロマンサー)の声。骨が地面を鳴らす騒音。屍魔獣の唸り声。

 聴覚を覆う地獄の音。



「フレンッ!」



 そこに混じる相棒の声。

 急速に覚醒する意識。


迦爆球(プロージョン)!」


 0距離の爆発魔術。

 炎と衝撃が従屍術士(ネクロマンサー)を襲う。


「ぉ゛ぁ゛ぁ゛ぁあ゛あ゛あぁ゛ぁあ゛ぁ゛ッ!?」


 仮面の右目部分が砕け散る。

 それを抑えて絶叫する従屍術士(ネクロマンサー)


「百首の龍・我より生じし汝・我に従えっ! 炎龍(ラドーナ)……百齧破(バーン)ッ!」


 拘束が解かれたフレンが魔術を行使。

 赤い魔法陣から生じる無数の炎の渦。

 指向性操作の詠唱により、フレンの周囲を渦巻いている。


「ライラ…任せる」

 

 ライラの一言で、フレンは彼女の意思を完全に汲んだ。

 ライラの眼前には従屍術士(ネクロマンサー)と無数の屍魔獣。

 この地獄のような光景を打ち砕く手段は1つしかない。

 炎龍百齧破(ラドーナ・バーン)で自分を覆うのはそのための布石。



荒神雷(ミョルニ)──」

 


 ライラの詠唱。

 無数の硬物が粉砕する音が谷底に反響する。


 そして、従屍術士(ネクロマンサー)の声が。

 骨が地面を叩く騒音が。

 屍魔獣の呻き声が。

 地獄のような音が。


 一瞬で止み、静寂が訪れた。

 

「──鎚砕(レイド)


 静謐とした谷底で、遅れてライラの詠唱が完了した。

アロン=ティターナ

・魔術適正:鉄

・魔導等級:二級魔導士

・魔導器官:右腕

・魔力滞留:嘔吐

・所属組織:マグナゲート

・異名:なし

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