第15話 魔眼
投稿が遅くなり申し訳ありません。
明日は18:00頃投稿に戻せるよう努めます。
谷底で対峙する魔導士と魔獣の群れ。
囲まれたライラは余裕の笑みを崩さない。
しかし、その紫の瞳は油断なく周囲を見渡している。
「んー? みんな死ぬのが怖いのかな?」
陸生走獣は唸り声を上げ続けている。
しかし、まるでライラを恐れるように後ずさっている。
それらの主たる従獣士も同様。
両者とも攻撃のタイミングを伺い、睨み合ってるのだ。
「炎衝砲ッ!」
その均衡はフレンによって崩された。
7つの魔法陣が同時に出現。
低位魔術の七重行使。
炎の砲弾の連射が陸生走獣の群れを襲う。
ビァァアアアァァアッ!
陸生走獣たちはその俊敏性を活かして炎を搔い潜る。
しかし、これはあくまで牽制。
動乱の隙をついてフレンが接近する。
同時に、敵の注意が薄れたライラの瞳に魔力が宿った。
視線の先には、従獣士。
「金剛雷────」
紫に光る瞳。眼前に広がる金色の魔法陣。
そして迸る高電圧の雷撃。
この間、僅か0.002秒。
生物の反応など追い付くはずもない。
ギャグァ゛ッ
「──鳴衝…ちっ…」
しかし、雷撃は従獣士に当たらなかった。
ライラの視線を遮るように飛んだ陸生走獣が、穴の開いた遺骸と化して転がっている。
「……その陸生走獣、私たちの運転手の子ね。他人の魔獣を奪うなんて、従獣士の風上にも置けないわね」
「人聞きの悪い…あの殿方より私に懐いたから飼って差し上げただけですのよ。それに…死人を労わっている場合ですの? 」
「……」
「…お前」
その言葉に2人の表情が曇る。
同行した獣動車の運転手が巻き添えを喰らって死ぬことは決して珍しくない。
それでも、依頼を手伝わせたばかりに、彼は死んだ。
一方のゴスロリ姿の従獣士は嘲笑を崩さない。
陸生走獣のうち5体がライラを囲み、2体がフレンを威嚇している。
その陣形の外で、岩石と化した空生翼獣の遺骨に座って2人を眺める従獣士。
令嬢然とした可憐な佇まいだが、その全てを見下すような残忍な笑みからは、外法魔導師特有の濃い悪意が張り付いている。
「さて、どのようにいたぶって差し上げましょうか?」
とは言え、戦況は依然膠着状態にある。
多対一、それも高い瞬発力を持つ魔獣の群れが相手では、一級魔導士たる2人でも確実に攻撃を当てられるとは限らない。魔力の消費を抑えるために最適な攻撃の機会を伺っているのだ。
一方の魔獣は、ライラの高速雷魔術を警戒している。下手に動いて餌食にならぬよう、そして全方位から攻撃を仕掛けられるよう、こちらも機会を伺っているのだ。
「…まぁ魔眼持ち、魔眼術士が相手なら当然の反応か」
魔術行使の基点となる魔導器官。
ほとんどの魔導師はそれを腕に宿している。
そのため一般の魔導師は魔術を発動するまでに、『対象を見る』『腕を出して構える』『対象に意識を集中させる』『腕に魔力を流す』という4つの作業を同時に行う必要がある。
しかし、ライラは例外中の例外。
彼女の魔導器官は魔眼、即ち、その紫の両目。
その瞳には常に魔力が流れているため、ライラは『対象を見る』だけで魔術を発動できる。
それによって生じるアドバンテージは絶大。
工程が少ない分、通常2秒近くかかる魔術行使を、0.002秒という通常では有り得ない超高速で行えるのだ。
その理不尽な強さ故、魔眼を有する魔導士は魔眼術士と呼ばれ、戦場で恐れられている。
「…うふふ。魔眼が怖くて攻撃できない…と、言うとでもッ!?」
その刹那、従獣士の黒い瞳に強烈な悪意が浮かんだ。
同時にフレンへ飛び掛かる2体の陸生走獣。
フレンとライラを分断することが狙いらしい。
「ちっ!」
短い前脚から繰り出される無数の斬撃。
しかもそれらは絶妙な連携で放たれている。
強化された肉体でそれを迎え撃つが、やはり陸生走獣は速い。
ライラの援護に向かう隙を与えないほどの超連撃。
「ッ!」
その鉤爪の上で開いていた山吹色の魔法陣を、フレンは見逃さなかった。
「獣爪か!」
魔獣による魔術攻撃の一種。
鋭利な爪に魔力を流して切り裂く技だ。
山吹色の魔法陣は土魔術の前兆。
それによる強化された斬撃を予測し、フレンは半歩後方に下がった。
しかし、
「ぐぅッ!?」
腹部に灼熱。
獣爪の圏外にも関わらずの負傷。
見下ろすと、異様に伸びた陸生走獣の爪が魔導着を破り、腹を掠めていた。
どうやら魔術は、斬撃の強化ではなく、爪の形状変化だったらしい。
「……お?」
負傷したフレンに注意が向いたライラ。
その一瞬にも満たない隙を魔獣たちは逃さない。
ギュラァッ!
嘶きは全方向から。
既に獣爪を発動している5体の陸生走獣。
死の刃が全方位からライラに迫る。
どう避けても致命傷は免れない絶命の陣形。
「ははッ!」
しかし、それがライラの命を奪うことはなかった。
突然、ライラの姿が消えた。
空を掠める獣爪。突然消えた標的。
魔獣の表情が困惑したかのように歪んだ。
「武御雷───」
ギュララァ゛ッッ!?
その瞬間、5体の魔獣を襲う落雷。
視界の外、頭上から。
突然の攻撃に反応できず、次々と悲鳴のような叫びが上がる。
「──剣舞」
獣爪が到達する瞬間、ライラは上空に飛んだ。
雷魔術による身体能力の強化。
神経の電気信号を高速化することで、電光石火の回避を披露したのだ。
「結局、最後は身体能力よねー」
ギュルゥッ!?
背後の轟音に、フレンを襲っていた陸生走獣の意識が逸れた。
「迦火天爆球ッ!」
ギュルゥァ゛ッッ!?
その一瞬の隙に、フレンの高位魔術が炸裂。
血に染まった2体の陸生走獣の爪が、前脚が、顔面が、爆発した。
返り血に含まれる魔力を触媒とした魔術行使だ。
「炎龍百齧破ッ! 」
フレンの攻撃は止まらない。
二重術士のみ許された、異なる魔術の同時行使。
華開く2つの異なる魔法陣。
無数の炎の群れが、悶える2体の陸生走獣を呑み込む。
「百首の龍・我より生じし汝・我に従えっ!」
追加の詠唱。
主の言葉に従い、顕現した炎が不規則な軌道を描く。
フレンの絶技、魔術の指向性の操作。
雷に焼かれる5体の陸生走獣すら呑み混んでいく。
「わっ!」
いつの間にかその場に佇んでいたライラだけは避けながら。
「へぇぇ?」
その光景を俯瞰で見ていた従獣士の目が見開かれる。
自身の魔獣を余さず焼き尽くした炎が迫る。
「……っ! チッ……」
まるで羽ばたくような優雅な身のこなしの跳躍。
猛然と迫る無数の炎を、従獣士は軽やかに回避した。
後方の崖に衝突。轟音が谷底を揺らす。
フレンはもう一度炎龍百齧破を操ろうか考えたが、止めた。
既に陸生走獣は血液すら蒸発するほど焼き尽くした。
従獣士の無力化には成功したのだ。
「あららぁ、私の可愛い子たちを…」
ふわりと着地した従獣士の呟き。
それにフレンは両腕を、ライラは視線を向ける。
「…すぐには殺さない。聞きたいことがある」
降参、とばかりに両手を上げる従獣士に問いかける。
「…答えろ。誰の差し金? なぜ私たちを狙う? なぜ私たちの場所が分かった?」
矢継ぎ早に尋問するフレン。
「あの3体の空生翼獣もアンタの魔獣?」
先程の依頼の際、フレンは空生翼獣たちに違和感を覚えていた。
理由は単純。魔獣とは思えないほど知性が高く、連携がとれていたから。
従獣士の命令以外ありえない。
そして、
「その遺骸、もともとこの辺に居た魔獣の主でしょ。それを殺してあの空生翼獣たちを配置した。確実に私たちを…私を殺すために。違う?」
「私からももう一ついいかしら?」
睨みつけるフレンを遮るようにライラが手を上げる。
その美貌が見にくく歪み、嘲笑の表情を形作った。
「アンタ、なんで男のくせに女の振りしてるのかしら?」
「…………」
突然、従獣士の顔から、表情が削げ落ちた。
「隠してたつもり? 女装しても、化粧しても、無理して高い声出しても、アンタから男くさい臭いがしてずっと不愉快だったのよ」
鼻を抑える素振りまでして煽るライラ。
性格の悪さに思わず頭を抱えるフレン。
しかし、従獣士の視界に彼女らは映っていない。
人形のように虚無的な無表情。
まるで、突然心が砕け散ったかのように。
「……屍獣狂宴災」
「ッはぁ!?」
「まじ…?」
谷底の静寂に混じる、囁きのような詠唱。
従獣士の足元に、赤黒い魔法陣が広がっていく。
ガタガタ…グチャ…グチャグチャ…ガタカタガタ
谷底に散らばる魔獣の骨が、肉片が、黒い血が、ひとりでに寄り集まり、形を成していく。
呻きのような不気味な風が谷底に響く。
赤黒い光が谷底を包む。
その冒涜的で背徳的な光景に、一級魔導士の2人も戦慄を禁じ得ない。
「炎獣咆衝砲ッ!」
「金剛雷鳴衝ッ!」
魔術の行使。狙いは赤黒い魔法陣の中心。
ゴスロリ姿の人影。
炎の弾丸が、雷の砲撃が、その身を消し飛ばんと迫り、
ギゅラ゛ぁ゛ア゛aァ゛あァ゛……
しかし、上空から飛来した巨大な骨の翼が、それらを遮った。
「…空生翼獣。まさかここまでなんて…」
眼前の地獄絵図に、フレンは思わず呟く。
2人を囲むように並ぶ、異形の化け物共。
ギュㇻ゛aァ゛Aアァ゛ぁァ……
グる゛ぅ゛ゥuう゛ゥ゛U゛ぅ゛ゥ……
ごギャ゛ぉ゛ァ゛あ゛ぁア゛ぁァ゛……
ビゃ゛あ゛ァア゛a゛ぁア゛ぁA゛ァ゛ァ……
陸生走獣9体。
空生翼獣6体。
そのすべてが、骨と肉で無理矢理繋がれたような醜悪な見た目をしている。
まるで何かに操られるように呻きながら、フレンとライラに落ち窪んだ眼孔を向けている。
「アイツを従獣士と勘違いした、それが今回のやらかしね」
「…アンタが余計に煽るから」
「フレンだって尋問のために攻撃やめちゃったじゃない」
「…なら、お互い様か」
眼前の地獄に、2人は呆然と呟く。
「そもそも『あの男』がそこらの従獣士を遣すわけがない。それに気づくべきだった」
父の、祖父母の、親族の遺体。
脳裏に蘇る炎の記憶。
そして、目の前で蠢く魔獣の遺骸。
この光景は、当てつけのつもりなのだろうか。
「屍属性…従屍術士か……」
◇ ◆ ◇
「愛してぇ…僕を見てぇ……」
悍ましい光景の中心で佇むゴスロリ姿の男。
その声は、可憐な容姿からは考えられないほど低く醜い声に変わっていた。
「女になるからぁ…もうオトモダチを作らないからぁ…メノスを見てぇ……」
その無表情の相貌を覆う、鳥の骨のような仮面。
その眼孔の奥の瞳は、静かに血の涙を流していた。
ライラ=イナヅミ
・魔術適正:雷
・魔導等級:一級魔導士
・魔導器官:魔眼(魔眼術士)
・魔力滞留:???
・所属組織:マグナゲート
・異名:〈鳴神〉