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第12話 二級魔導士

 B区の荒野。

 地理的要因から人間の開発が及ばず、魔獣の根城と化した区域だ。

 赤土に覆われた不毛の大地には、人工物どころか人影もない。

 そう、普段なら。


「びゃぁぁぁあああああぁああああああッ!?」


 荒野に悲鳴が響き渡る。

 赤土をまき散らし、凄まじい速度で駆ける四足歩行の獣。

 それに引かれた木製のキャビンが、悪路によって揺れながら進んでいく。

 閑散としていた荒野は、けたたましい轟音で騒然としていた。


「アロンー。魔導士なら陸生走獣(ビークル)に乗るくらいなれなよー」


「……うるさい」


「無理無理無理無理ぃぃぃぃいッ! 無理ですぅぅぅううッ!」


 屋根のないキャビンには4つの人影。

 前席には運転手と、涼しい顔で頬杖を突く金髪の女。

 後席には煩わしそうに顔をしかめる赤髪の女。

 そして、キャビンの縁を握りながら絶叫する三つ編みの少女。


 アロン=ティターナ。

 先日二級魔導士の昇格したばかりの新米魔導士だ。

 フレンとライラ。一級魔導士2人の依頼に同行し、現場に向かう途中である。


「これならあと10分で着きそうね。やっぱ早いなー陸生走獣(ビークル)。お金ケチらなくてよかったわ」


「遅い。もっと早くして」


「はいよー!」


 フレンの無慈悲な要望に、運転手が勢いよく手綱を捌いた。

 3人(と、運転手)を引く魔獣が嘶き、速度をあげる。

 アロンの絶叫がより激しくなり、隣のフレンは思わず耳を塞いだ。


「びゃぁあぁぁぁあああぁあぁああぁああああぁああああああッ!?」


 陸生走獣(ビークル)は体長2.5mほどの比較的小型な魔獣だ。

 凄まじい俊敏性と引き換えに装甲が薄いため、よく捕獲されて人間の移動手段に用いられている。

 3人が乗る調教済みの陸生走獣(ビークル)、いわゆる獣動車がその典型例だ。


 ただし、3人が乗っているのはあくまで最低料金の獣動車。

 キャビンに風避けはなく、乗り心地も悪い。

 既に時速100kmに達したそれに乗って、涼しい顔をしている2人の方がおかしいのだ。


「お客さん! 見えてきましたよー!」


「お、ほんとだ。高い山ねー」


 無限に広がっていた道の先に青空が広がった。

 切り立った崖の向こうに無数の山々が見える。

 刺々しい造形のそれらはまるで要塞。

 人の手が加わっていない自然の荘厳さを嫌でも感じる。


「さーて、空生翼獣(エアレイド)はどこかしら?」


 キャビンの縁から身を乗り出して舌なめずりするライラ。

 アロンは到着寸前とも知らずに泣き叫び続けている。

 フレンは隣からの騒音に苛立ちながら、獣動車の進行方向を眺めていた。


 突き立った山々の先、霧に覆われて薄っすらと見える人工物。

 東京を囲う巨大な壁。

 見慣れたその光景を、何故か意識せずにはいられなかった。


◇ ◆ ◇

 

「じゃ、終わったらまた呼ぶから」


「はいよ! 毎度あり!」


 運転手は威勢よく応え、ライラから前料金を受け取った。

 彼と獣動車を残して、3人の魔導士は崖の方へ歩き出した。


「うぅ…緊張します……」


 フレンとライラの後を追うアロンは弱気に呟く。

 それもそのはず。

 今回の依頼は、彼女が今まで請け負ってきたものより数段高い難易度なのだ。


「大丈夫よ。うっかりしなければ死なないから」


「死っ!?」


 あっけらかんとしたライラの笑顔にアロンは震えあがる。

 そんな有様の二級魔導士にフレンは溜息をつく。


「…なんで私たちがコイツの世話しなきゃいけないわけ?」


「育成依頼なんだからしょうがないでしょ? 私たち以外に任せられる一級魔導士いないし」


 育成依頼は、二級に昇格したばかりの魔導士が一級魔導士の依頼に同行する機会を指す。

 二級魔導士は実戦力を育成するために、一級魔導士の援護を受けながら対象の討伐を目指す。

 ただ、二級魔導士を守りながら戦う必要があるため、担当する一級魔導士には相応の戦闘力と指揮力が求められる。


「アロン、鉄の魔導士でしょ。なんで同じ属性のテツギリに師事しないわけ?」


「だって…テツギリさんの鉄魔術は特殊すぎますし…な、なにより怖すぎます…」


「〈武神〉に育成依頼は無理でしょー。アロンの魔術とは仕様が違いすぎるし。ていうか、鉄魔術で血液を操って白兵戦するあの狂人が人にもの教えられるわけないじゃない」


 テツギリ=タタラ。〈武神〉の異名を持つ『マグナゲート』の一級魔導士だ。

 血中の鉄分を操った身体強化で魔獣を屠ってきた歴戦の猛者だ。

 しかし彼は、常識はずれの魔術行使、重度の戦闘狂という教育者として破綻した面を持つ。

 そんな恐ろしさを思い出し、アロンはまた震え、フレンとライラは遠い目をするのだった。


「マスターは忙しすぎて無理だし、唯一会話の通じそうな〈雪華〉は不在。ね? 私たちしかいないでしょ?」


空生翼獣(エアレイド)の討伐なんて私たちでも一苦労なのに、コイツ庇いながら戦わなきゃいけないわけ?」


「うぅ…」


 実質的な戦力外通告を受け、アロンは項垂れる。

 つい最近二級魔導士になったばかりの彼女にとって、一級魔導士の2人は雲の上の存在だ。

 戦力、実戦経験、全てにおいて最高峰。それが一級魔導士だ。

 その手を煩わせてしまう罪悪感と無力感に胃が痛くなる。


「なに? ビビってんの?」


 思わず立ち止まる3人。

 ニヤニヤと笑って煽るライラを、フレンが睨み返す。

 剣呑な空気が漂い始めた。


「……どういう意味?」


「『二級魔導士の1人や2人守りながら戦うくらい、一級魔導士なら当然』。マスターがよく言ってるじゃない? それができないアンタは、その程度の魔導士ってことかしら?」


「屁理屈を…。その程度かどうか、アンタの身体に刻み込む」


 煽り顔で電気を帯びるライラ。

 怒り顔で淡い炎を纏うフレン。


「あわわわわ…」


 今にも殺し合いが始まりそうな空気に、アロンは右往左往する。

 2人の連携は随一だと聞いていた。

 だが、ここまで不仲とは知らなかった。

 …というか、なぜこんなに仲が悪いのにバディを組んでるのか。


「喧嘩を売ったのはフレンよ。後悔しないで頂戴?」


「黙れ。そのムカつく目ん玉から潰してやる」


 魔力が立ち上り、周囲に風が吹き荒れる。

 2人の構えに躊躇いはない。

 このままでは殺し合いが始まってしまう。

 依頼の前なのに。しかも同行依頼。


「け、けけ、喧嘩はだめで───」



 その瞬間、巨大な影が3人を覆った。



「ッ!」


「来たわね…」


「ひぅぅっ!?」


 凄まじい速度で駆け抜けていく巨影。

 崖を抜け、巨大な翼をはためかせ、上空へ消えていく。

 その影に、フレンとライラは停戦を余儀なくされた。


「来たわね。空生翼獣(エアレイド)


 唐突な討伐対象の出現に、ライラはにやりと笑う。

 突き立った山々の上空を駆ける赤い魔獣。

 まるで魔導士たちを挑発しているようだ。


「手筈どおり、私が牽制、フレンが直接攻撃、アロンが盾。これでいきましょう」


「じ、自分にできるでしょうか…」


 不安げにたたずむアロン。

 その横で、フレンは静かに空生翼獣(エアレイド)を睨んでいた。


「…妙ね。あの大きさ、あの魔力量であの報酬? ¥123000に相当するとは思えない」


 3人が担当する依頼──B区に出現した空生翼獣(エアレイド)討伐の報酬は、¥123000という異例の高額報酬だった。

 この手の依頼には何かある。

 今までの実戦経験からそれを学んでいたフレンは魔獣の警戒を怠らない。


「来る!」


 突如、空生翼獣(エアレイド)が急旋回、3人に向けて飛来してきた。

 全身から魔力が立ち上り、開かれた口に赤い魔法陣が展開している。

 魔獣の魔術攻撃──咆哮(ブレス)の前兆だ。


「アロン、落ち着いて防御魔術を展開しなさい。アンタの得意分野でしょ?」


「ひぅ…っ!?」


 落ち着き払ったライラの言葉に、アロンはビクッと震える。

 たしかにアロンは防御魔術が得意だ。

 しかし、それが空生翼獣(エアレイド)の、それも¥123000級の討伐対象にどれだけ通用するのか。


ギュラァァァアアアァァアアアッ!!


 懊悩するアロン。

 しかしその瞬間、空生翼獣(エアレイド)が大きく嘶いた。

 空気を引き裂く轟音と共に、赤い魔法陣から灼熱の炎が解き放たれた。

 数十m離れた距離からも熱波が伝わる威力。

 すぐに防御しなければ3人とも焼き尽くされる。


「や、やるしかないです……!」


 自信が無かろうと盾役を任されたのだ。

 一級魔導士2人の胸を借りているのだ。

 やらないという選択肢はない。

 自分がやらなければならない。


 意を決し、地面に右手を突ける。

 魔力を流れた右腕の血管が紫色に発光。

 灰色の魔法陣が地面に展開した。


青鉄城塞宮(クノッソス・ウォール)ッ!」


 一節の詠唱。

 同時に地面が隆起し、空を覆うほど巨大な要塞が顕現した。

 灰色の魔法陣から顕現し、3人と空生翼獣(エアレイド)を隔てる鉄の城砦。

 凹凸のある特徴的な構造のそれは、アロンの鉄魔術の産物だ。


「……」


 次の瞬間、咆哮(ブレス)と鋼鉄の城砦が衝突した。

 飛散する炎が岩壁を削り、高温が肌を焼く。


「うぐぅぅぅぅううッ!?」


 熱を帯びた風圧に押されながらアロンは悲鳴を上げる。

 咆哮(ブレス)の威力は予想以上に凄まじかった。

 爆炎に焼かれた鉄壁が徐々に赤熱し、高温を帯びていく。

 明らかな劣勢。このままでは、押し切られる。


「そ…そんな……ッ」


 アロンの顔が絶望の色を帯びていく。

 青鉄城塞宮(クノッソス・ウォール)は彼女が使用できる最高強度の防御魔術だ。

 戦いで傷つくことを何より怖がっていたアロンは、防御魔術を必死に鍛錬してきた。

 そんな自分の魔術が、鍛錬の成果が、いとも容易く破られるなんて。


「うぅっ……!? きゃぁあっ!」


 極限まで赤熱した鉄の壁が、ついに崩壊した。


 融解した壁から噴き出す咆哮(ブレス)の炎。

 仇なす魔導士たちを焼き尽くさんと迫る。


「ぁ…あ……」


 至近距離まで迫った炎の渦にアロンが呻く。

 あとは焼き尽くされるのを待つのみ。

 自分のせいで、3人とも死ぬ。

 自分のせいで……



炎獣咆衝砲(サラマンド・カノン)



 一節の詠唱。

 間髪入れず、爆炎の球弾が咆哮(ブレス)に炸裂。

 飛び散った炎と炎が青銅の壁と岩肌を粉砕していく。

 フレンの魔術が咆哮(ブレス)を打ち消したのだ。

 開かれた空の向こうで飛行する影。

 咆哮(ブレス)を防がれたことに驚いたのか、距離を取って警戒しているようだ。


「…ライラ、アロンをお願い」


 フレンは足元のアロンに目を落とす。

 咆哮(ブレス)の衝撃に怖気づいて気絶したらしい。


「私の魔術じゃ、空生翼獣(エアレイド)()()からアロンを守り切れない」


「はいよー」


 2人置いてフレンは移動を開始した。

 残されたライラは上空の影を見つめる。


「そっかー、たしかにこの報奨金も納得ね」


 飛翔する空生翼獣(エアレイド)

 しかし、その影は1つではない。

 赤い魔獣が1体と、緑の魔獣が2体。

 巨大な翼をはためかせる魔獣は、合計3体。

 交差するように上空を飛び回り、低く唸っている。


ギュラァァア……


グルゥゥウ……


グラァアア……


「群生魔獣。一級魔導士でも手こずる案件じゃない」


 脳裏にフレンの兄の顔が浮かぶ。

 彼もどこかで見ているのだろうか。



「相変わらず悪い男ね。シリウスくん」

アロン=ティターナ

・魔術適正:鉄

・魔導等級:二級魔導士

・魔導器官:右腕

・魔力滞留:???

・所属組織:マグナゲート

・異名:なし

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