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第10話 炎の記憶

「きゃぁあぁぁぁっ!?」


 現実離れした光景に絶叫する。

 血溜まりに沈む父親は左下腹部が抉られていた。

 空いた穴から露出した内臓。

 そこから溢れ続ける流血。

 殺されたのだ。一目で分かる


「な…ど、どうして…そんな…」


 ありえない、あってはならない光景に混乱するフレンはの思考。

 父親が死ぬなど、まして殺されるなど、考えられない。

 宮廷魔導士として中央政府に仕え、数々の武勲を立ててきた父親。

 それが、こんな無惨な姿で敗北するなど。


「あぁ…ぁぁあ……」


 奥の廊下を見る。

 引きずられて伸びた大量の血。

 扉には血色の手形。

 恐らくバーネリアス邸のどこかで腹を抉られ、逃げた先であるフレンの部屋の前で息絶えたのだろう。


 この家の何処かに殺戮者がいる。

 それも、宮廷魔導士を殺せるほどの。


「ぁ……」


 『宮廷魔導士として立身出世し、東京を支える』。

 バーネリアス家の掲げる正義を体現するために今日まで生きてきた。

 それに従うならば、父親の仇を討つべきだろう。

 未曽有の災害を起こしうる脅威を除くべきだろう。

 しかし、その正義の心は、勇気は、覚悟は。

 非情な現実を前に、バラバラに砕け散った。


「ぁぁぁぁぁあぁああぁあああッ!」


 絶叫しながら廊下を駆けるフレン。

 バーネリアス邸の外へ。できるだけ遠くへ。

 死にたくない。死にたくない。死にたくない。

 父の遺体を見捨てる親不孝者、敵を前に逃亡する臆病者、そう言われようが関係ない。

 15歳の少女が受け止めるには重すぎる現実。

 それから逃れるように走り、階段を下り1階へ。


「ぇ───」


 階段を下りきって一回の廊下へ出たその瞬間。

 フレンは、視界が上下逆さまになっていることに気づいた。


「ぁ───きゃぁぁあッ!?」


 凄まじい衝撃が襲う。

 勢いのまま吹き飛ぶフレン。

 廊下の景色が後方へ流れていく。

 何か強い力に投げ飛ばされたことに遅れて気づく。


「きゃッ! あ゛ぁぁッ!? …うぅぅ……」


 床に叩きつけられ、呻きながら転がる。

 受け身を取れなかった左肩に強い痛みが走る。

 ようやく静止した。


「はぁ…はぁ………ッ」


 床に伏しながら荒く息を吐く。

 思考がまとまらない。状況を整理できない。

 自分は吹き飛ばされたのか。

 ここは1階なのか。

 自分は吹き飛ばされたのか。

 そもそも、父親は死んだのか。


 振動した脳が空回り、ついに現実逃避を始めた。

 しかし、フレンは目の前に広がった光景を見て、全てが現実だったと思い知らされた。


 炎上するバーネリアス邸の大広間。

 そして、壁に貼り付けられた無数の遺体に。


「ひッ!? ぎゃぁあぁぁあぁぁぁぁああッ!?」


 頭上の巨大なシャンデリアが熱で揺れている。

 火は床や壁の至る所に燃え広がり、開け放たれた扉越しの熱波が肌を焼く。


 祖父。祖母。親戚連中。師範。使用人たち。

 皆、体の一部を抉られ、または首を撥ねられ。

 ドーム状の大広間の壁に十字架のように貼り付けられている。

 さながらそれは、処刑場。


「ぎゃぁぁぁぁぁあぁぁあっ!?」


 稽古で悲鳴をあげていたフレンを叱る声は、もう聞こえてこない。

 戦闘訓練で怖気ずき震えるフレンを殴る者も、誰もいない。

 もう叱られたくない。殴られたくない。

 彼女の希望は叶った。最悪な形で。


「ぁぁぁぁああぁああ───きゃッ!?」


 膝をついて絶叫していたフレンは、しかし背後から、髪を掴まれる強い感触に悲鳴を上げた。

 人ならざる腕力。先ほど自分を吹き飛ばした犯人か。

 父親たちを殺した犯人か。

 そのまま床を引きずられながら大広間に入れられていく。


「離してっ!離してぇッ! 」


 泣き叫びながら抵抗するが、犯人は意に介さない。

 熱波が強くなっていく。

 引きずられたながら、シャンデリの下、大広間の中央へ。


「嫌ぁ…嫌ぁぁぁぁあああがッ!?」


 このまま自分も十字架のように貼り付けられるのか。

 最悪の未来を想像して泣き叫んでいたフレンは、突然髪を離され、床に頭から叩きつけられた。

 鼻柱が痛む。血の匂いがする。

 床に伏したまま起き上がれない。


「ぁぁぁ…嫌…もう、嫌ぁ……」


 痛い。怖い。もう嫌だ。現実を見たくない。

 数秒後、自分も殺される。

 今まで頑張ってきたのに。まだ何もしてないのに。

 魔術を行使することすら忘れて、閉じた視界のなか、フレンはすすり泣くことすらできなかった。



「来たか」



コツン…コツン…コツン…


 大広間の奥からの声。

 床を鳴らす靴の音。

 誰かが近づいてくる。


「……へぇ?」


 間抜けな声を漏らすフレン。

 思わず顔を上げる。

 奥の廊下の闇に紛れる人影。

 どこかで聞いたことのある声。

 影が炎に照らされて輪郭を帯びていく。

 その様子を呆然と見つめていたフレンは、



「シリウス…兄…さん…?」



 姿を現した男に、目を丸くした。


 シリウス=バーネリアス。

 それは、数年前から会っていない実兄だった。

 魔術の才能に恵まれなかった彼は、5年前からバーネリアス家の私兵として活動していたはずだ。

 幼少期の兄との記憶はあまり多くない。

 だが、彼の優しい笑みや言葉は覚えている。

 自分と同じ赤髪と赤い瞳はそのままだ。


 しかし、今目の前に立つ彼は、兄と同じ見た目をした別人のようだった。

 赤い瞳に宿る、この世の全てを見下す冷たい光。

 実妹に対する、実験動物を見るような冷酷な表情。

 スーツに身を包んだその姿は、優しい兄ではない。

 地獄の悪魔が兄の姿を借りてこの世に顕現したような、そんな恐ろしさがあった。


「呪われた血脈は俺が絶った」


「……ぇ」


 兄の要領を得ない言葉を絡まった思考で反芻する。

 だが、どうしても意味が通らない。

 どう考えてもありえない。


 兄が父親を、祖父母を、バーネリアス家の人間を、皆殺しにしたなど。


「なん───がぁっ!?」


 『なんで』。

 言いかけたフレンは、突然の窒息感に襲われた。

 背後にいた何者かが、自分の首を絞めている。

 凄まじい腕力で引き上げられていく。

 足が床から離れた。

 軌道を絞められる苦しさに悶える。

 絞めている手を引っ搔いて抵抗するが、どうしても力では適わない。


「あ゛…ッ、がは……ッ、う゛ぁぁあ゛…ッ!?」


 フレンを上面から覗き込む顔。

 そしてようやく気付く。

 自分を吹き飛ばしたそれは、人ではない。

 異形の化け物だった。


 皮膚を剥がされて剥き出しになった筋組織に、鹿の頭蓋骨のような仮面が張り付き、一体化している。

 目や口にあたる部位はなく、感情らしいものは読み取れない。

 身体は人間のそれだが、両手足の先は骨のような装甲と化している。

 しかも全身に紫色の亀裂が入っており、脈動している。

 まるで魔術発動時の魔導器官のように。


ドパンッ!

ビシャッ


「やめろ」


 突然、異形の化け物の左脇腹が爆ぜた。

 体組織が飛び散り、漆黒の液体を零し、内臓を露出させ、崩れ落ちる異形の化け物。


「かはぁぁッ!?」


 急に首のの拘束が解かれたフレンは、そのまま床に倒れこんだ。 

 貪るように息を吸う。吐く。

 霞む視界の先に、異形の化け物が横たわっていた。

 黒い水たまりに沈む遺骸。

 その様子が、父親の死体と重なる。


「あとはお前だけだ」


 血色の赤い瞳がフレンに向けられる。

 下等生物を見るような冷たい表情。

 『あとはお前だけだ』その言葉を反芻する。

 『あとはお前だけだ』『あとはお前だけだ』『あとはお前だけだ』

 『あとはお前だけだ』『あとはお前だけだ』『あとはお前だけだ』

 

「お前を、殺す」


 実兄(シリウス)が、告げた。 


「…………なんで」


 うつむいたまま呟く。


「……なんで…父様を…殺したの…? なんで…お爺様を…お婆様を…皆を…殺したの…?」


 自分を見下す赤い瞳は揺るがない。


「 あの化け物はなに!? なんでこんな酷いことをするの!? なんで私は殺されなきゃいけないのッ!? 私たちが…私が何をしたって言うのッ!?なんでッ! なんでッ! なんでッ! なんでッ! 」


 なんで。なんで。なんで。なんで。

 無数に湧く『なんで』を、涙とともに言葉に出す。

 昨日までいつも通りの生活を送っていた。

 その生活がこれからも続くと信じていた。

 たった一夜。

 僅かな時間で、その未来は絶たれた。

 5年ぶりに再会し、豹変した実兄によって。


「……バーネリアス家は、許されざる罪を犯した」


 固く閉ざされた口が開いた。


「この血脈は…呪われた血脈は、存在してはならない。人類のために、東京のために、一人残らず殺す」


 実妹の嘆きを目の当たりにしても、シリウスの表情は変わらない。


「……フレン」


 初めて名前を呼ばれた。

 この期に及んでその事実にうれしさを感じている。

 しかし、続く言葉は、再びフレンを絶望の淵に叩き落とした。


「お前がいるから、バーネリアス家は滅ぼさなければならない」


「…………え?」  



「フレン、お前は罪そのものだ」



 炎が、一層強く猛った。

 兄妹を照らすように、責めるように、燃え盛る。


 ツミ。つみ。罪。

 ゆっくりと変換される言葉。

 罪。罪。罪。

 お前は。フレンは。罪。

 フレン、罪。


 フレンという罪が、バーネリアス家を滅ぼした。


「私がいるから…こんなことをしたの……?」


 分からない。

 自分が何の罪を犯したのか。

 正義の魔導士になるための努力の日々が、罪だったでも言うのだろうか。

 バーネリアス家の正義が間違っていたとでも言うのだろうか。


 だが、燃え盛る景色が、張り付けられた遺体が、父親の遺体が。

 その言葉が真実だと、否応なく突きつけてくる。

 否定したい。だができない。


「私のせいで……」


 力なく項垂れるフレン。

 もう抵抗する気力もない。

 一刻も早くこの悪夢から抜け出したかった。

 信じたくない。

 この現実も、目の前の景色も、実兄の言葉も。

 次に気づく頃にはベットの上で、またバーネリアス家の日々が続いていくはずだ。


「……」


 無言でフレンに手を突き出すシリウス。

 瞳が、赤く光った。



「■・■・■■・■■■■」


 

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