表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/29

第9話 因果

「おかしいと思わない? なんで〈禍風(まがつかぜ)〉はアンタが魔力滞留を発症していることを知ってたの? 」


「それは…あの魔導士2人がチクったからでしょ?」


「でも、アンタとの諍いはその日の朝よ? たった10時間くらいの間に偶然出会って意気投合してアンタを襲う…なんて、ちょっと無理ない?」


 言われてみれば…たしかにそうだ。

 密告者の存在が2人しか思いつかなかったためそう決めつけていたが、いざ指摘されると違和感を感じる。


「さっきの話に戻るけど、その2人、買収されたってゲロったわよ」


 予想外の事実にフレンが目を剥く。

 フレンとヴェンダーの戦闘中、ライラは気絶させた2人に尋問を行った。

 電流による拷問の結果、そう告発したのだ。

 

「あの日の少し前、ある男が取引を持ち掛けたみたい。金銭と引き換えにフレンの魔力滞留の時期を聞き出せ…ってね」


 無名の二級魔導士など、フレンの眼中にはない。

 しかも『マグナゲート』は149人もの魔導士が在籍している。

 多少尾行されたり、行動を見張られても、気づきようがない。


「そのことを知っていた〈禍風(まがつかぜ)〉が2人に接触してフレンの襲撃に同行させたのよ。まぁ買収されたとはいえ本当にアンタを刺したあたり、復讐心は本物だったと思うけど……」


 そう言い切り、コーヒーカップに口をつけるライラ。


「つまり、2人ともヴェンダーに買収されてたんだ…。どうりで、まんまと引っかかったわだ」


「違う」


カチャリ


 カップを皿に置く音。

 すべてが繋がった。

 そう思っていたフレンは、否定するライラの言葉に固まった。


「確かに2人は買収されてた。でも〈禍風(まがつかぜ)〉にじゃない。さすがに名前までは聞き出せなかったけど…」


 ライラは一瞬、口ごもるように机に目を落とした。

 やがてフレンの赤い瞳を見て、告げた。 

 


「曰く、『スーツを着た赤髪の男』に取引を持ち掛けられた、って」



 ピクリと、フレンが震えた。

 蘇る5年前の惨劇の記憶。

 炎を背景に立つ、スーツに身を包んだ『あの男』。


「これ、D区で押収された〈禍風(まがつかぜ)〉の日記。読んで」


 そう言いながら、ライラは2枚の写真を机に出した。

 そこには古びた手帳のページが映されている。

 日付に見覚えがある。

 フレンが『カラミティ・ゲイル』を壊滅させた日の前後だ。

 震える手を抑えて写真を手に取る。


『交渉開始。今のところ不備はない。

担当者の名前はシリウスというらしい。

バーネリアス家の生き残りというのは本当なのだろうか』


「………は?」


『煉獄のフレンは必ず殺す。煉獄のフレンは必ず殺す

シリウスはフレンの魔力滞留時を襲うことを提案した。

部下と同じ本調子でない状態で嬲り殺すのも悪くない。

煉獄のフレンは必ず殺す。そのために必要なのは密告者か』


 シリウス。


ガタンッ


「はっ……はっ……はぁ……」


 その名前を見た瞬間、フレンは思わず立ち上がった。

 青ざめた顔に汗を垂らし、荒く息を吐いている。

 何事かと振り返る周囲の客など目に入らない。

 

 燃え盛る記憶が強くフラッシュバックした。

 抉り出されたトラウマ。

 己の人生を徹底的に捻じ曲げた瞬間。

 その張本人である『あの男』の名前。



 シリウス=バーネリアス。

 フレン=ゲヘナ=バーネリアスの実兄。



「気になって調べたらね、『カラミティ・ゲイル』の討伐依頼、彼がしていたみたい」


 動揺に震える赤い瞳が、冷静に告げるライラに向けられた。

 その言葉が意味する真実。

 フレンに『カラミティ・ゲイル』を討伐させたのはシリウス。

 だが、復讐に燃えるヴェンダーに協力したのもシリウス。

 そして、魔導士2人を買収して密告させたのもシリウス。

 それは、つまり。

 

「………あの夜の戦いは…全部…あの男に…仕掛けられてたの……?」


 震える唇を必死に動かし、フレンは言葉を紡いだ。

 視界が歪む。窓の外の喧噪が遠い。

 フレンの目も耳も、目の前の現実を捉えていない。

 赤々とした炎が、呪いの言葉が、視覚と聴覚を覆い、魂を削る。


 記憶の底に消えた『あの男』が、自分を殺すためにヴェンダー達を操った。

 忘れようと努めた


「…それだけじゃない」


 震えるフレンに構わず、ライラはまた、数枚の書類を机に置いた。

 依頼明細書。

 討伐対象や理由、注意点、場所、そして依頼主など、ギルドへの依頼の詳細が書かれた書類だ。

 チンチロ中、掲示板に貼られた依頼書が異常に多かったことを思い出した。

 それらの依頼は全て、同じ日に出されている。

 ヴェンダーと戦った日の翌日。


 それらを机いっぱいに広げたライラは、ある箇所を指さした。

 依頼主の欄。


「……ぇ」


『シリウス』

『シリウス』

『シリウス』

『シリウス』

『シリウス』


 それらの依頼の主は、全て同一人物、シリウスだった。


「これだけじゃない。他の掲示板の依頼や貼りきれてない依頼もまだある。その依頼主も全員彼」


 紫の瞳に映る自分は酷く怯えた顔をしていた。

 そこに一級魔導士の面影はない。

 燃え盛る邸宅で絶望を味わった、哀れな少女の顔。



「断言できる。彼はアンタを誘き出そうとしてる。5年越しに動き出した理由は分からない。でも間違いなく、彼はアンタを狙っている」



◇ ◆ ◇


その日は国立魔術大学の卒業式。

 証書を受け取ったフレンは誰と会うこともなく、1人で帰宅した。

 珍しく家には誰もいなかった。

 書斎で仕事をしているはずの父も、私兵の稽古をつけているはずの祖父も、来客の対応をしているはずの祖母も、その他の親戚連中も。

 この家で唯一、いつも自分の帰りを迎えてくれていた母親さえも、誰もいなかった。



 異変を感じたのは20:00頃。

 自室のベッドで久方ぶりの熟睡についていたフレンは、異音と異臭に目を覚ました。

 何かが弾ける音。何かが焦げる匂い。

 そして誰もいない邸宅。

 異様のない不安を感じて飛び起きた。


ドンッ


 ドアを叩く音。

 いや、何かがドアぶつかった音と言うべきか。

 恐る恐るドアノブに手をかけて捻り、扉を開く。

 何かが扉の前にあるのか、上手く開けられない。

 フレンは扉に半身を寄せ、体重をかけて押した。

 ずずっと、何かが引きずられる音がする。


ドチャッ


「きゃ…っ!?」


 粘着質な音と共に、扉が一気に軽くなった。

 急にドアが開いたせいで、体重をかけていたフレンは部屋の外に放り出されてしまった。


ピチャリ


 足元で嫌な音がした。

 水溜まりを踏んだような音。しかしそれは粘性の液体だった。

 恐る恐る目線を下げる。



 血溜まり。

 横たわる、血塗れの実父。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ