第1話 魔導士
A区。旧市街地。
かつて栄華を極めた街並みの面影は最早ない。
魔獣に蹂躙された街は錆びて朽ち果て、残骸が鉄骨を剥き出してそびえ立っている。
ギャゴァアァアアァァアッッ!!!
夜の廃墟に人ならざる咆哮が響き渡る。
超重量の闊歩に滅びた街が揺れる。
月明かりに照らされた八つ目の怪物が、旧市街地に巨大な影を落としていた。
「八つ目の陸生巨獣…。これが討伐対象の魔獣か」
魔獣。
魔力を宿し、人類に仇なす超常生物。
鋼を凌駕する肉体と、魔術による圧倒的な攻撃力。
そして、躊躇なく人類を殺戮する闘争本能。
幾度となく人類を滅亡の危機に追いやった、恐るべき天敵だ。
「あの視野だと、普通に側面から攻撃しても意味なさそうね」
そんな怪物に対峙する影が2つ。
金髪の女は、切れ長な目で魔獣を見つめながら獰猛に笑う。
「ライラの範囲攻撃で牽制、私が直接攻撃。…いつも通りのパターンか」
傍らに佇む赤髪の女は無表情のまま、目の前の巨大な魔獣を睨む。
陸生巨獣は陸生の巨大魔獣だ。
加えて今回の陸生巨獣は全長30mを超える大物だった。
四足歩行の巨大な爬虫類のような見た目をしているが、頭部には四対、合計八つの目が蠢いている。
それらが全方向の視野を捉えており、死角がない。
「なら、手筈通り。死なないで頂戴? フレン」
金髪の女、ライラは相棒に笑いかけた。
赤髪の女、フレンは頷きもせず、無言のまま近くの廃ビルに飛び移った。
「……さてと。どうしてくれようかしら♪」
ヘラヘラと笑うライラ。
紫色の瞳に陸生巨獣が映る。
前脚が、その巨大からは想像もできない速度で振りかぶられ、ライラに迫る。
「金剛雷鳴衝」
神速の詠唱。
刹那、凄まじい衝撃が陸生巨獣の前脚に叩きつけられた。
巨大な前脚はライラの眼前の地面に突き刺さった。
グギャルルルルァァァッッ!?
魔獣の八つの瞳に動揺が走った。
標的である金髪の女は健在のまま。
自分の攻撃が未知の衝撃に押し負けた。
その巨体と攻撃力ゆえ、天敵など存在しなかった陸生巨獣。
それにとってライラの攻撃は、攻撃による痛覚は、未知の出来事だった。
「もう一発! 金剛雷鳴衝」
再びの詠唱。
ライラの紫の瞳が光り、眼前に黄色の魔法陣が開いた。
次の瞬間、魔法陣から凄まじい電圧の雷が放出された。
陸生巨獣に反応するタイミングはない。
雷が魔獣の顔面に直撃した。
ギャゴァアァァァアアァァアァァ゛ッッ!?
絶叫する陸生巨獣。
顔の全面が焼き尽くされ、八つ目は残らず潰された。
「チッ…詠唱省略じゃ吹き飛ばせないかぁ…」
ライラは不満げに呟く。
焼き切れた魔獣の顔面は、しかし、既に再生を始めていた。
筋繊維と血管が蛇のように伸び、骨格に沿って広がり、元の凶相を形作っていく。
魔獣の恐るべき再生能力。
彼らを人類の天敵たらしめる異能の一つだ。
「じゃ、あとはよろしくねー!フレンー!」
相棒に叫び、ライラは踵を返した。
背中を見せた標的を、魔獣の顎が追う。
半ば崩れた陸生巨獣が、ライラを食い千切ろうと大口を開けて迫っていた。
「───解放・焔・百首の龍」
廃墟に響く詠唱。
西方の廃ビルの12階。地上40m。
窓から飛び、陸生巨獣との距離を詰める影。
赤髪が夜風になびく。
「我、フレン=ゲヘナ=バーネリアスが命ず・其の魔性は紅」
フレンは両掌を陸生巨獣に向ける。
両腕の血管が紫色に発光。
同時に空中に出現する、巨大な赤い魔法陣。
「我より生じ・万象を喰らえ!」
魔法陣の赤い光が廃墟を照らす。
魔獣の反応が一瞬遅れた。
目の修復が追いついていないのだ。
陸生巨獣の頭上。
フレンは、最後の一節を唱えた。
「炎龍百齧破!」
刹那、無数の炎の奔流が、魔法陣より放出。
陸生巨獣の巨体に殺到した。
轟音。灼熱。爆風。
魔獣の装甲を突き破り、その巨躯を、絶叫ごと焼き尽くす。
完全詠唱によるフレンの火炎魔術。
その威力を前に、魔獣の強固な体表など無意味。
圧倒的な火力の爆撃が、人類の天敵を呑み込んだ。
「ハハッ! 相変わらずの威力ね」
超重量の遺骸が崩れ落ち、廃墟を揺らす。
強烈な熱波と熱風が一帯に充満していた。
背後の惨状にライラは笑う。
女狐のような怪しい笑顔が炎に照る。
「……雑魚相手にやりすぎた」
上空40mから危なげなく着地したフレン。
焦げた匂いと土煙の味に顔を顰めるなから息を吐く。
背後には陸生巨獣の遺骸。
炭化した肉片は、抉られた地面の上で未だに燃え続けている。
「これ、火が消えるまで暫くかかりそうねー」
ケタケタ笑うライラ。
それを苛立たしげに睨むフレン。
A区。旧市街地。
人類の天敵を焼き尽くす炎が、夜空に立ち昇る。
炎に照らされた廃墟の片隅で、魔導士二人は夜を明かすのだった。