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耽溺せよ──世界を!

作者: 六羽海千悠

5月19日に文学フリマに出品します。

「ネット小説最強1話集」というタイトルです。よければカタログを覗いてみてください。

https://c.bunfree.net/p/tokyo38/37845

この小説はそのうちの小説の一本でVRMMO物です。面白いと思っていただけたら続きも少し載っているのでよければお買い求めていただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。



「もっと生まれを選べたら、と。生きていて思ったことはないだろうか」

 電気がついていないリビング。

 その中で唯一、ぼんやり周囲を照らすモニターから声が放たれる。

 顔を見せない怪しげな男は、モニターの向こう側からこちらへ、語りかけるように話を続ける。

「私たち人類はどうしたとて『生まれ』という問題を解決ができない。これだけ科学が発展しようとも」


「……馬鹿馬鹿しい。負け犬の常套句だ」


 ソファに座り、テレビの明かりに照らされながら、男が言ったことに返事をするように呟いた。

 どうあがこうと生まれ直すことはできないなら、言葉にするだけ時間の無駄だ。一体なんの意味がある。誰かが同情して、急にお金を渡してくれるわけでもないのに。どれだけ現状に不満や苛立ちがあろうと、そのとき出来ることをできる限りやれるだけやるしかない。

 そう言うと決まって「お金持ちに生まれたお前にはわからないし、口を出さないでくれ」と言葉が返ってきた。確かに分からないだろうが、ならそう言うお前たちは、逆に金持ちの家に生まれる人間の苦労をどれだけ知っているというのだろう。


「なんだ? 勉強がまだノルマ分終わっていないだろう。さっさと勉強に戻りなさい」

 子供のころ、勉強部屋に戻る途中で立ち止まって妹と弟がやっているテレビゲームの画面を見ていると決まってすぐさま父から注意を受けた。

「お前は長男、家族の顔だ。家族に恥ずかしい思いをさせるな」

 それが口癖の父は、長男だからと優遇し、幼少から金をかけて私立へ通わせた。弟と妹は公立な一方でだ。だから事実として金も時間も手間もかけられたと思う。家族が帰省するときも父と一緒に残り、勉強づけの毎日。兄妹二人と母は、同じ家で暮らしているのに、時間も価値も共有しない赤の他人のようだった。本当にこの人物たちが自分の家族なのか、常に疑問に思う日々だ。

 だがそんな中で父だけは違う。毎日声をかけられ、顔をつきあわせて、そばにいる。その理由が周囲への見栄や将来を見据えた、教育のためだけのもので、勉強と成績が会話の大半をしめていたとしても。そばにいたのが父だけなのは確かだ。

 だから父の望むすべてを手に入れてやった。最高の経歴を辿ったし、誰もが知る企業を立ち上げ、あらゆる羨望と莫大な金を手に入れてやった。欲しいものはなんでも買ってやったし、会いたい人間にはどんな力を使っても会わせてやった。

 これで父も満足だろう。あんたの思う通り完璧に俺は育った。ちんたら遊んで生きていた弟や妹には到底こんなことできやしないはずだ。

「……すまなかった。私のやり方が間違っていた」

 ……は?

 弟夫婦と妹夫婦の家族に囲まれ、孫を抱いた父は、昔より増えた白髪とどこか柔らかくなった顔つきでそう言った。あまりの暴言に呆然とした。

 ……間違っていた? なんだそれは。ふざけるな。

 あんたがそれを言い出したら、俺の人生の何かが間違っていたみたいだろうが! 俺は、俺の人生において、間違っていることも後悔も何一つありはしない! すべてを手に入れた!

 それに間違っていたところで、今更謝って何がどうなる? 時間が巻き戻せるわけでも責任をとれるわけでもない。馬鹿馬鹿しい。どこまでも無責任で自己満足著しい、吐き気を催すほど相手のことを考えていない謝罪だ。どれだけ罪悪感を抱こうが、最後まで抱えて貫け……お前だけは! 何が何でも!!


 ガシャンと──。

 叩きつけられた拳でテーブルが揺れる。

 すでに絶縁した関係のない他人のことを思い出し、苛立ちをぶつける。


「これは自らの『生』を選べるゲームだ」


 モニターの男が、唆すように囁く。 

「……映画、ドラマ、ゲーム、アニメ、漫画。わたしたちが架空のエンターテイメントを求めるのは、養殖された人生を多く味わいたいがためだ。自分自身の人生が、天然物の素晴らしい人生ならばそれが一番いい。だが残念ながら、世界にはそうでない人生がたくさんある」

 ……違う。俺の人生を、そんな負け犬の人生なんかと一緒にするな。

「人生には、計り知れない素晴らしいポテンシャルが多いにある。しかし我々が味わえるのは、たった一つ、たった一度だけ。それはあまりにもったいない話ではないだろうか。だから我々はこれまでゲームにかけていたアクセスの制限を完全に無くし、全ての人へゲームを届ける決断を下した。あなたが望む人生を、完璧にあなた自身に合った形で用意してみせよう。諸君らプレイヤーが、このゲームですべきことはたった一つだけだ」

 顔を上げて、モニターに目を向ける。

 首より下だけしか映していない怪しげな男は仰々しく腕を大きく広げて、長い演説を締めくくるように告げた。


「耽溺せよ──世界を」


 偉そうな物言いに、舌打ちを一度鳴らす。

「三重世界のリンカーネーション。ワールド・ワールド・ワールド! ログイン申し込み受付中! 世界は、君が生まれてくるのを待っている──」

 派手派手しいゲームの広告をバックに、先ほどとはうってかわって可愛らしい女の声が媚びるようにそう言った。偉そうなことをいいつつ、このへんはゲームはゲームだ。ところでこの馬鹿馬鹿しい、長々としたタイトルはどうにかならないのか?

「1週間プレイをしてゲームが楽しめなかった場合、ゲームの返品と共に当社はかかった費用の全額を返金いたします!」

 ……この謳い文句だけは、少し、目を見張るものがあるが。

 さすがYD社というところか。世界より二十年先の技術を持ち合わせると評判の唐突に降ってわいた一大企業は、最近では企業でありながら電脳王国と称して領土を持たない国を独立宣言するなど、営利からかけ離れてぶっ飛んでいる話題がつきない会社だ。当然どこの国も独立なんて認めちゃいないが、完全意識没入型テクノロジーの一切合切を独占しており、独自の仮想通貨も流通させ始め、無視できない影響力をじわじわと持ち始めている。

 米国の巨大IT企業にまで並んだ我が社でさえ、この企業の実態はついぞつかめなかった。かなりの費用をかけて調査をしたにもかかわらず。それどころか今では一ユーザーにあまんじているのだから、落ちるとこまで落ちたというところだろうか。


「……今更関係のない話か」

「CM明けて、引き続きニュースの特集です。ここ数年で急成長し国内最大にまで上り詰めた巨大IT企業、空中分解か。社長が突如辞任の発表。記者会見もなく唐突に発表された事実に、経済界は騒然としています。中には裏金、パワハラといった憶測が飛び交っていますが、コメンテーターはこちらの──」

「…………チッ」

 騒がしくなったモニターを見て、舌打ちを漏らす。

 ソファを立って窓へ向かう。タワーマンションの上階であるこの場所から、地上を見下ろすと、足元には蠢く虫のようなマスコミ共が未だに張り付いていた。毎日毎日ご苦労なことだ。人のことを嗅ぎ回るような職業が成り立っているなんて世も末だな。その上言ってることがてんで見当違いともなれば、こんなにも馬鹿馬鹿しいことはない。

「仕方ない……」

 ろくに外も出られず、見聞きできる情報も出鱈目ばかりとくれば、やれることはそう多くない。

 仕方がなく、ベッドに横になり、くだらないゲームに渋々再ログインをした。




「くだらないなんてひどいわ」

 ゲームに没入するなり、口を尖らせたログインAIが言った。いや実際本当に尖らせているかはわからない。このAIは見た目がぼんやりした女性像をしていて、特に顔がぼやけていて見辛い。だからはっきりと聞こえる音声で、推察しただけの話だ。

「……事実だろうが。世界での同時接続数も最高記録になったんだったか? はっ……。こけおどしもいいところだな。あの詐欺めいたcmもだ。ろくなもんじゃない」

「またそんなことを言って。詐欺じゃないわ」

「だったらさっさとゲームを返品するから金を返せ」

「まだ1週間プレイしていないのだから、それは無理よ」

 このゲームはどういうわけか、体感時間が現実の三倍早く感じられる。つまり現実の8時間で、ゲーム内では1日の24時間を過ごせるわけだ。理解の及ばない意味不明な技術だし、本当に体に悪影響がないかも疑問はあるがそこは一旦今はいい。

 問題なのは『1週間プレイして合わなければ返品』の部分に当てはめると、現実の7日分、ゲーム内で言えば『21日』を体感で過ごさなければならない。ゲームが合わないと判断した人間にとっては、苦行でしかない話だ。

「……やっぱり詐欺でしかないだろ」

「そうはいうけど、ゲーム内でも一日と過ごしていないじゃない」

「…………」

 図星なため、言葉が出ずに押し黙る。そしてくるりと体を一回転させた。この場所は電子の海のような光景をしている個人のログイン空間で、水中のようにぷかぷかと浮いているためにこんなこともできる。


「……あいつらが、つまらない提案をしてくるからだ」


 ようやく出た言葉に、ログインAIはため息をついた。ずいぶん人間らしいAIだな。他の企業でも見られる技術でこの辺りは別段珍しくもなくなってきたが。ずいぶん高品質なのは間違いなかった。

「もう……ちょっとログ覗くわよ。いいわね」

「勝手にしろ」

 そうしてログインAIはウィンドウを空中に出現させて操作しはじめる。そこにはログアウトする前にしていたゲームプレイが映し出されていた。

「あら、同じように始めた子たちに声をかけたの? 偉いじゃない」

 ……こいつは母親か何かなのか? 黙ってログを見ていることはできないのか。

「一緒に街を一通り見て回ったあと街の外に出て……ゴブリンを見つけたのね。このまま戦闘かしら? 幸先がいいんじゃない。いきなり仲間を見つけてパーティーで初めての戦闘なんて。順調よ」

「…………」

「って……えぇ……ちょっと……。どうして急にこうなるの?」

 ログインAIが困惑しながら、喧嘩をし始めた画面を指差して言った。みるみると喧嘩はエスカレーションしていき、キレた相手にキルされたところでログは途切れた。ゲームとはいえ感情に任せて人に攻撃できるヤバいやつなんかと一緒にならずにこっちが清々したところだ。

「そいつらが『ゴブリンを倒すなんて普通のことだ』とかなんとか、言ってくるからだ」

「そうよ。別にゲームならよくある普通のことよ。あなた博愛心が強いの?」

「…………」


 ──『勉強をできるなんて、人間として当たり前。普通のことだ。そんなことをできなくてどうする』。

 ──『すまない……私が間違っていた』。


 くだらない男の顔が蘇り、くだらない記憶が再生される。

「ゲームの普通なんて、知るか。そんな誰にでも通じる共通の話みたいに言ってくるな。それに博愛心だと? バカを言うな。ただもううんざりなんだよ。当たり前だとか、普通のことだとか。人を都合よくいい包めるだけの方便に操られるのは」

「もう、そんなこと言って。せっかく会社をやめて、時間もできたのだからもっと楽しめばいいじゃない。楽しそうにしてる妹さんや弟さんを羨ましく思っていたのでしょう? その憧れだったゲームがようやく今できているじゃない。もったいないわよ」

「マスコミが鬱陶しいから、仕方がなくやってるだけだ」

「本当に強情な人……」

 ログインAIが困ったように考え込んでいる。

「……わかったわ。次はゲームの開始位置やアバターの造形は、全てあなたに合うよう私が設計する。それでいい?」

「勝手にしろ。どうせ、さっさとやめるからな」

 と、いいつつ内心では対応に感心するものがあった。個々に完璧に合わせたものを提供する。それはサービスの極致だ。だが言うは易し行うは難しとはこのことで、実際にやるとなると手も足りなければ時間も金も足りない。人間は想像以上に多種多様すぎるからだ。

 だからこそ世の中には規格やパッケージ、マニュアルといったものが溢れて画一化されている。大部分を優先し小部分を切り捨てるのはビジネスの現実であり、基本だ。

 その基本が、このAI一つで簡単に覆っているのはある意味で衝撃的なことだろう。仮想世界への没入テクノロジーだけでなく、こんな些細なところに革新的な事実が転がっているのがYD社の恐ろしいところだ。cmで仰々しく一人一人に合った人生を、などとのたまっていたが、本人たちはそれを少なくともはったりのつまりなんてことはさらさら思ってないことだけは伝わってくる。

 果たして全てを手に入れたこの男に、YD社はどんなものを提供できる? お手なみのほどを見せてもらおうじゃないか。

「……できたわ。新規作成の自己ユニットを出現させるわね」

 目の前にログインAIが作成した自己ユニットが出現する。魂が抜けたように眠った体勢をしたその体は、現在動かしているこのアバターの代わりに操作することになるかもしれない新しいアバター。

 それが……これだと……?

「おい……なんだこれは……」

「あなたに足りないのはきっと健全な幼少期。無垢なあなたに戻れるように、工夫して作ってみたわ」

「バカをいうな。何が工夫だ、まんまだろうが。却下だ。もっとちゃんとしたものに──」

「じゃあ、いってらっしゃい。ポップ地点も少し変わった所にしておいたから。どうか新しい人生を楽しんで。できればチュートリアルモードくらいは抜け出してから戻ってきてね」

「あ、おい!」

 視界が白い光に包まれ、ログイン空間が消えていく。

 半ば強引にゲームが始まった。


▣エリアに進入しました。

▣第二世界 青の王国 ディニホリッグ地方

▣ミームワール森林地帯:ボグヘッドの探検拠点(-40/-32) レストエリア


 白い光が消えて、視界に景色が戻っていく。

 同時に現在の居場所だと思わしきマップ情報が空中にずらずらと視界UIに表示される。ただ表示されたところでわかりっこないが。

 なのでまず最初に自己ユニットのアバターを確認すると、ものの見事に変わっていた。やられた。あれだけ拒否したのに。

「くそぉ……やりやがったな!」

「急にどうしたんじゃ。いきなり現れてからに。唐突な童じゃの」

「だれが童だ!」

「どうみてもお前さんだろ」

「くっ……」

 小さい手、低い視点、高い声。UIに表示された自己ユニットの確認ページも、せいぜい中学生にしか見えない男キャラが写っている。耳が妙に大きく、童顔で神経質そうな顔は元のクールフェイスとは似ても似つかない。これが自分自身のアバターだなんて。

 身長も本来なら、地団駄を踏んでるときに歩いてきて声をかけてきた、この背が低いくせに妙に分厚いちんちくりんなじいさんなんぞ容易く見下せるのだ。高身長、高学歴、高収入。結婚優良物件でもあるのに、こんなじいさんにすら見下されるなぞ許されるわけがない、人生でも味わったことのない屈辱だ。

 ……しかしよくみたら妙に威圧感があるじいさんだな。ひげもすごいし体がごつい。つるはしも担いでいる。戦ったら負けそうだ。そう思うと少し頭が冷静になってきた。

「……誰なんだ、あんた」

「おまえさんこそ誰じゃ。何もかもが唐突の童。まぁ元気がいいのは、童には悪いことではないがの。……っと、よく見ればおまえさんプレイヤーの雛か。こんなところで現れるなぞ珍しい」

「…………」

 不躾に尋ねると、むっとした様子でごついじいさんが言葉を返してきた。少し空気がピリッとした感じが一瞬したが、勝手に納得して態度を軟化させていた。何だかよくわからないが、今更謝ったり態度の機動を修正するにはプライドが許さなかったのでちょうどよかった。

 しかしこんな唐突に知らないところへ放り出されるなんて、これがゲームというやつで本当にあってるのか? 不親切すぎやしないか? 

「そういうことであるなら、多少喚くのも無理はない。全く、設備の整った大きな街や王都で素直に出現すればよいものを。さすれば騎士団が手取り足取り支援の用意をしておるというのに。相当の偏屈者か、変わり者か。童」

 そういえば、最初にゲームを始めたときは大きな街で始まり、初心者の教習っぽいことを色々やらされていたな。そのクエストの途中で言い合いになり、キルされたのだ。

「童よ、名はなんという」

「……『無彩』」

「ふむ。そうか。わしはボグヘッド。ドワーフ族の響人で探検家じゃ」

 ……響人?

 そう思ったと同時に、視界に「言語ヘルプ」という表示が現れたので、指でタッチするとずらずらと文字が出てきた。


▣言語ヘルプ

▣響人-ゆらびと-:この世界の住人であり、人。多様な種族に分かれ、中には人外のようなものもいる。人外の善き者がいれば、普人の悪しき者もいるだろう。当然、逆も然りだ。彼らとどう関わっていくかはあなたの裁量に任されている。


 要するにゲーム内キャラクターということか。随分人っぽく振る舞うものだな。プレイヤーと言われても違和感はない。

 ログインAIがあれなのだから、今更驚くべきことでもないが。

「よろしく頼む、ボグヘッド。喧しくして悪かったな」

「ほう。謝れるとは、殊勝な童じゃ。まぁ虫の居所が悪いときも人にはあるものよ。気にするな」

「助かる」

 ログインAIのキャラメイクにムカついていたが、よく考えたらボグヘッドは何も悪いことをしていないし、むしろ親切にしてくれているのでさすがに態度を改める。童扱いは未だに納得はいっていないが……。

「童無彩。お前さんは何がなんだか、わからんだろうから説明しておこう。まずここは小規模レストエリアのボグヘッド探検拠点じゃ。まぁ文字通りわしの拠点でな。大した場所じゃないが、居着くなら好きに使うといい」

 そう言われたので、改めてこの場所のことを確認する。

 荒い雑木林の一部を切り開いて、そこに建てられた一軒の家。山奥で道沿いを進むと唐突に現れるぽつんとした家のような雰囲気だ。

「最低限の設備くらいならある。キッチン、休憩室、響玉コンソール。寝床や荷物の置き場が必要なら離れを使っていい。ただ文句は言うで無いぞ。もしここに無いものが必要になったならば出ていくか、自分で調達をしてこい。わかったな」

「わかった」

「よろしい」

 なんかよくわからないのがあった気がするが、ひとまず頷くと、視界にメッセージが現れた。


▣響人:ボグヘッドより、クエストの受注申請があります

達成条件:拠点エリアの周辺の緩衝エリアのマップを埋める。

基本報酬:アクション響玉【土魔法-ディギング-】 使用することで穴を掘る魔法。

条件報酬:10000DC


「わしはこれから出かけなきゃならん。珍しい遺跡が出現したようでの。少ししたら戻ってくるが、クエストを出しておく。暇ならやっておけ。右も左もわからんだろうが、座学から先に入ったところでつまらんだろ。適当に動いて、疑問や引っ掛かりを作っておけ」

「ほう」

 意外と教え方がうまそうなじいさんだな。座学よりもフィールドワークを先にやらせるとは。確かに先にあれこれと知識を詰め込まれるよりそっちのほうがいい。なんせこれはゲーム。要するに遊びなんだろ?

「わかった。やっておく」

「拠点の周りを一周するだけでもマップ自体は埋まる。しかしより詳細なマップの書き込むか、発見や挑戦をなんらかの形で感じられるようならば追加報酬で小遣いもやろう。積極的な姿勢でやるようにの、童」

 小遣いか。この『DC』ってやつは、この世界の通貨の単位のようだな。

 そうしてクエストを受注すると、ボグヘッドは荷物を持ってどこかへいってしまった。

「……とりあえず俺もクエストをやるか」

 そのまますぐ歩き出そうと思ったが、手ぶらなのもどうかと思ったので、ボグヘッドの家を漁って軽く装備を整えてでかけることにした。


▣レストエリアから離れます。響玉の操作が制限されます。

▣個人響玉の状態 プレイヤー名:無彩 レベル:1

種族:ハーフフット 職業:初心者 称号:なし 評判:流浪の者 思考:なし


「ん?」

 道沿いに歩いて外へ向かっていると、視界にシステムメッセージが表示された。今の自分自身の状態みたいだが、ここから先に進むとそれが操作できなくなるらしい。

「ハーフ……?」

 なんだか今見たことがない単語が目についたな。

 気になったが、メッセージは徐々に透明となり消えてしまう。まぁいいか。あとでボグヘッドにでも聞いてみれば。気にせず進むことにした。


▣エリアに進入しました。

▣ミームワール森林地帯(-40/-31)緩衝エリア 安定度:100% 推奨レベル:1〜100


 この世界のマップは、すべて正六角形のマスによってエリアが分けられている。ボグヘッドの探検拠点もそうだ。なのでクエストの達成には六つの辺に隣接する六つのエリアを巡る必要がある。

 まず右隣のマスに移動すると、エリア変更の表記が現れた。それと同時にマップの黒塗りだったマップの部分が、明るくなって中が見えるようになる。

「……なんてことない原っぱだな」

 特別牧歌的でもない。程々に荒れつつ道沿いは割と整ってる田舎みたいな景色。ひとまずそこを道沿いに歩いた。気まぐれに道からそれてみたりなんかもして、歩きにくい雑木林の中も進んだ。

 不思議だ。匂いや肌に感じる空気や草の感触は妙にリアル。なのに体力は減らないし、足取りも地形に左右されずに軽やかだ。もし現実が完全されてるなら、すでに息があがっており、道なき道を進むのは至難だろう。リアルとゲームの塩梅は絶妙だ。

「意外に大変だぞ。これは……」

 マップには自分の位置も表示されているため、動くたびにマップに表示された自分の位置も移動する。これなら迷うことはなさそうだが、歩くペースとマップの自分の位置が動く感じをみていると、この六角形のエリアは一つが結構広い。おそらく一辺が1kmくらいだ。クエストをクリアするのに、最短距離でボグヘッドの拠点を外周沿いに6kmは歩かなくてはならない計算になる。

 面倒だな。まぁいい。ゆっくりいくか……。それにしても敵が全くでてこないな。

 ──ボトボトボト。

「うぉ!? 敵……!?」

 言ってる側から、頭上の木から大量に何かが落ちてきた。一瞬驚いてしまったが、視線を向けると敵でなくて拍子抜けする。だがよく見てみると、別の意味で驚いた。

「は? なんだこれ」

 降ってきたものの所へかけよって、手に取る。

 間違いない。大量のアイテムと金、財宝だ。それが急に空から降ってきて軽く山積みとなっている


▣アイテム名:超絶怒涛砲 ★6 持ち運びで打てる超絶怒涛な威力の炎撃砲。

▣装備名:環染美濃叉刀 ★10 環境により刀の効果を変える名刀。

▣アクション響玉Ⅳ【奥義・山均し】 多くの敵を薙ぎ払う一太刀は、まさに山を切り均すが如く。


 ……なんかどれもすごそうなものばかりなのだ。始めたばかりの初心者が手に入れていいものなのか? バランスがおかしくなるだろう。

 そう思いつつ、内心は結構浮かれているものだ。早く次のやつをみよう。そう思って手を伸ばすが、空を切った。おかしいな、まだアイテムの山は残ってたはずなのに。視線を向けてみると、そこにアイテムはない。辺りを見回すようにアイテムを探す。

「キュッ?」

 すると辺な生き物がいて、目があった。大きなイタチのような生き物だ。首元にだるだるのマフラーをしているが、毛並みと同じ模様をしているため、実際はマフラーではなく生き物自身の脂肪か伸びた皮のようだ。その首との間部分に隙間があり、そこにアイテムやら何やらを挟み込んでいる。なるほど。そうやってアイテムを蓄えて取っていくモンスターなんだな。


「っておい! 何盗ってんだ!」

「キュー」

「待て!」


 泥棒が背を向けて逃げていく。絶対に逃すか。あれは全て俺のものだぞ!


▣モンスター名:モノタチ レベル:120


 見失った……。

 物陰で見えなくなるギリギリに表示したヘルプが虚しく視界に表示されている。

 あれだけあったアイテムが……最初にみていた三つだけしかなくなってしまった。虚しい。もともと棚ぼたで手に入れたものだったから損はしていないはずのに。一旦目の前にあって自分のものと思った矢先になくなると、途端に損した気分になるのはなぜなのだろう。

 

「ここらへんにいるはずなんだがな……」

 

 環染美濃叉刀を振り回しながらモノタチを探し歩く。めちゃくちゃ切れ味がいいな、この刀。触れるだけでファサファサと草や木の枝が切れる。レアリティ★9がどれくらいかわからないが、相当いいものな気がする。

 そういえば環境によって効果が変わるなんて説明があったが、今はどんな効果なんだ? いまいち使い方がわからないが。

 そう思って少し観察していると、すでに効果を発動していることに気づいた。周囲に起きている変化を目に入れて、頭にある考えが浮かぶ。まだ命運はつきていないみたいだ。待っていろ、モノタチ……。勝負は終わりじゃあない。

 アイテムは全て、俺のものだ!



 …………。

 環染美濃叉刀を地面に放置し、息を潜めながら身を隠す。

 結構な時間そのままでいると、ようやくお目当ての姿が現れた。

「キュッ!」

 モノタチは地面に落ちていた刀見つけると、嬉しそうに駆け寄り、マフラーっぽいところに柄の部分をさして器用に仕舞う。刀身の大部分がはみ出てるので大分バランスが悪そうにブラブラ揺れているが、しっかり柄が突き刺さっているのか、落ちることはなさそうだ。

「キュー」

 満足げなモノタチは、周囲を一度見回したあと草薮の中へ姿を消した。

 そこでようやく木から降りる。モノタチが去っていった草薮を急いでかきわけて先へ進む。

 だがその先にモノタチの姿は既になかった。逃げられてしまったのだ。


「……今のところ順調だな」

 地面をみると、ぽつぽつと白い小さな花が咲いている。それも一輪だけでなく、線を描くようにいくつも。まるで何かを表しているかのように。

「こっちか」

 その白い花をたどって先へと進んだ。エリアの端っこの方まで歩かされたところで、地面に掘られた穴を見つける。その穴へ白い花は続いていて、暗闇に消えている。

「よし……!」

 思わず強く手を握り締める。想像以上に事がうまく運んだ。モノタチがアイテムを持っていく習性があるなら、狙うのはモノタチ自身を倒すよりアイテムを持ち帰る巣穴だ。

 環染美濃叉刀は、このエリアでは種を振り撒いて花を咲かせる効果があった。いったいこんな効果で何にどう役にたつのかわからないが、少なくとも今回はとても役に立った。まんまと刀を持って行ったモノタチが種がまきながら巣に戻り、咲いた花が巣穴までの道標となったからだ。素晴らしい。これがレアリティ★9か!

「さてと……」

 ここまでこれたなら、後はやることはシンプルだ。

 アイテムを肩に担ぎ、巣穴に向けて砲口を向ける。


「──超絶怒涛砲!」


 レアリティ★5のアイテム。超絶怒涛砲を巣穴に向けて使用すると炎撃が砲口から放たれる。わざわざ相手のテリトリーである巣穴の中にはいるまでもない。レベルとやらの差も120倍もある。遠くから最強の攻撃。それでいい。

 尋常じゃないほど眩しい、もはや光線とも思える攻撃は、巣穴の中に吸われて消えていく。

 一瞬、静まり返り、首を出して穴を覗き込む。

 その次の瞬間、地面が急激に膨れ上がり、爆発するように轟音を響かせて弾け飛んだ。


「うおぉぉぉぉ!?」


 相当穴が張り巡らされていたのか。あちこちで地面が崩れ、別の穴から火柱が上がったりしていた。巣穴から少し離れたこの場所でも、地面が少し浮き上がったような感覚があり、思わずひっくり返ってしまう。

「……びっくりした。威力強すぎだろ」

 これでレアリティ★5なのか?

「キュ、キュウ〜」

「あっ」

 怯えたモノタチが逃げていく。これだけして倒しきれていなかったのか?

 くそ……また逃がしてしまったか。いや、臆病そうだし、当分ここに近づいてこれないはずだ。

 とりあえず今は巣穴のアイテムを確認しよう……おっ!

「おぉ……っ!」

 土埃が晴れると、一番地面が吹っ飛んでえぐれた場所に、土に混じって大量のアイテムが積まれていた。

 大量だ。相当溜め込んでいたのか、最初に盗られた量よりも明らかに多い。

「よし。やはり俺は全てを手にいれる運命にあるな」

 アイテムを手に取ってみていく。


▣装備名:ニリヒム金鎧装 ★7 高純度な金に覆われた鎧。性能の高さもさることながら金品としての価値も併せ持つ。

▣装備名:獄斧鑊 ★9 地獄の業火を内に秘める斧。エムリット作。響玉スロット空き1。

▣装備名:ミラージュシールド ★4 一定の確率で攻撃を跳ね返す盾。

▣装備名:カエルの手袋 ★4 装備して壁や天井にさわると、そのまま張り付くことができる。

▣アイテム名:吸着矢 ★6 アイテムをつけて飛ばすことができる矢。飛んだ先にもくっつく。

▣アイテム名:武装万倍薬 ★11-OVER!- 武器に使うと発揮する効果を百万倍に引き上げる。代わりに使い終えると必ず武器が壊れる。

▣アイテム名:泥魚の生け簀 ★4 雌雄の泥魚が入れられた誰かの生簀。泥魚は泥で泳ぐ魚でなく、泳ぐ場所こそが泥なのだ。

▣アイテム名:物乞いのてるてるくん ★6 設置をすると一番近くで死んだプレイヤーのドロップ雨が設置した場所で発生する。

▣アイテム名:びっくり箱(虫) ★2 いたずらで作られた箱。

▣アイテム名:守物の御守り ★9 インベントリにいれるとアイテムを保護する。

▣アイテム名:ニジカの石板 ★2 ビリス文明に生きる稀代の錬金術師、ニジカが残した石板

▣アイテム名:ポリジミス鋼 ★4 鉱物の一種。

▣アクション響玉【跳躍】 発動することで5mの距離を跳躍する

▣アクション響玉Ⅳ【成長育成Ⅳ】 未成熟の物、植物、モンスターなどを成体へ成長させる。成長させた対象が効果を持つ場合30%の向上ボーナスを得る。

▣バフ響玉Ⅵ【種族軍団指揮Ⅵ】-OVER!- 種族を選択して設定することで、その種族を完全に統制下におき、制御することができる。登録は三つの種族まで可能。また指揮された種族は指示をしている間30%の能力上昇がおきる。

▣バフ響玉Ⅱ【望遠眼Ⅱ】 30秒間、30m先まで見通すことができる。

▣ステータス響玉Ⅲ【mp値Ⅲ】 mpを+50000する。


 結構見たが、まだあるな……。流石に少し量が多い。

 インベントリというアイテムを保存して持ち運ぶ機能があるが、枠が15個しかない。全部はいれられない。手放したくはないが、よくみると結構いらなさそうなのも混じっている……どれか捨てておいておけないか?

 とりあえずわからないものから手を伸ばすことにした。泥魚の生簀だ。こんなのなんかの役にたつのか? 泥で濁ったきったない水槽の中に髭の生えたでかい魚がきつきつの状態で二匹いる。

「うーん……。お前たちはリリースで」

 いらないな……と思って呟くと、急に泥魚たちが水槽の中で暴れ出した。言葉がわかっているのか、いないのか。分からないが、狭い水槽で大きな図体をばたつかせている。

 急にどうしたんだ、こいつら……。そんなことをしたら……。あーあ。

 水槽が倒れる。言わんこっちゃない。溢れる泥水と一緒に、泥魚が図らずも地面へリリースされてしまった。こうなるともうどうしようもないな。水を与えようにも、そんな都合よく持ってなどいない。

「……えっ」

 そのまま干上がると思って見ていたが、予想に反してそのまま着水し、意気揚々と泥魚が泳ぎ出した。水分なんてなかったはずの地面をだ。試しに泥魚のいる地面を触ってみると、泥になっていた。しかもびちゃびちゃのほぼ水状態のだ。

「結構面白い効果だな……」

 泥魚は泥を泳ぐのではなく、どんな場所も泥にして泳ぐ。アイテムの説明に書いてあったのはそういうことのようだ。

 泥魚が触れずに一定の時間が経つと、また硬い元の地面に戻っている。決してそこまで広い範囲に効果があるわけでないが、離れて元に戻るまでの時間は結構ある。それに土の色と泥の色が同じだから、土に戻っているのか、泥になってるのか、見分けがつき辛い。

「うーん。リリースは撤回。持ち帰り決定」

 心なしかバシャバシャとはしゃぐように泳ぐ泥魚。本当に言葉がわかってるんじゃないのか。


「じゃあ今度はこれだ。さすがにいらないだろ……びっくり箱」

 目の前に箱を置く。両手に抱えて持てるくらいの宝箱だ。開けた瞬間、中から大量のいろんな虫が覗き込む顔部分をめがけ飛び出してきた。生きているのか、微妙に動いている。

「……くだらないな」

 随分低俗なイタズラだ。しかもヘルプに載っていてイタズラにもなっていない。虫が飛び出してくることも半ば予想ができたから、簡単に避けることができた。

「一応虫が出てくる以外はただの箱か。閉めてもう一度開けると……また出てくる」

 どうやら仕掛けは何度も動くものらしい。だからなんだという感じだが。

「やっぱりいらな……ん?」

 ばしゃばしゃと騒がしく地面で水が跳ねまわる。見てみると泥魚が箱から飛び散った虫に食いついているところだった。すべての虫を捕食しおえた満足げな二匹と目があう。その二匹の間に、唐突にハートのエフェクトが浮かび上がった。ぎょっとしてそのハートに目を向けると、パンッと弾けたハートから、小さな泥魚が現れて地面へちゃぽりと着水した。


「……増えた」


 確かに三匹の泥魚が地面を泳いでいる。虫を食べさせると増えるのか? さすがに生殖表現までリアルにできないとはいえ、なんて生まれ方だ。

 それにしても、まさかこんなくだらないびっくり箱にまで使用用途があるとは。もはや捨てるものなんて何もないんじゃないか。困ったな……。

「いや、そうか」

 開いたままのびっくり箱を見て思いつく。なんだ……簡単な話だったな。

 別にインベントリに入れなくても、普通に持ち帰ればいいんだ。箱に入れて。仕掛けさえ発動させなければびっくり箱もただの箱だ。

 そして持てない大きなものをインベントリに、そうでないものを箱に入れ、一度ボグヘッドの拠点へと戻った。泥魚は普通に後ろからついてきた。

「うーん……」

 拠点にアイテムをおき、泥魚も待機させてきたあと、そのまま次のエリアへとやって来た。最初のエリアは結構な大冒険だったな。2個目のエリアはどうだろうか。


▣エリアに進入しました。

▣ミームワール森林地帯(-39/-31)緩衝エリア 安定度:100% 推奨レベル:1〜100


 だがやってきたエリアは、特に面白味も何もない原っぱのエリアだ。いやイベントが濃いだけで、最初のエリアもただの雑木林エリアだったか。特に何も起きる様子はないが一つ問題がある。考えるまでもない当たり前の、大きな問題が。

「移動がめんどうだな」

 一つ一つのエリアが広すぎる。特に徒歩で移動すると強く思う。ウォーキングシミュレーションをやりにきたわけじゃないんだ。バーチャルだから実際の運動になるわけでもないし。どうにかならないのか。

「それに一応持ってきたこれは、どう使うんだ」

 野球ボールぐらいの色とりどりに輝く玉。『響玉』というやつだ。ちょいちょい見かけていたが放置していた謎のアイテム。モノタチの巣で手に入れたのもそうだが、ボグヘッドのクエスト報酬にも提示されていた。見かける頻度は高い。

 おそらくこの玉が、このゲームの重要な部分を占めている予感がするが、説明をまともにうけていないため使い方がわからない。

「たぶん嵌めればいいんだろうけど、嵌まらないんだよな」

 探してみると、自分の状態のページから、ずらりと窪みがたくさんあるページに飛べた。玉を嵌める窪みをスロットというらしく、このページもスロットページというまんまな名前だ。スロットはざっと見ただけでも30個ほどはあって、かなり余裕はあるはず。なのにだ。

「何か種類をあわせるんだろ? 他に条件があるのか……」

 スロットにはステータス、アクション、バフといった種類分けがされている。確か手に入れた響玉にも、名前に似たようなことが書かれていた。つまりアクション響玉はアクションスロットに入れろという話なのだろう。

 そう思ってアクションスロットにアクション響玉Ⅳ【奥義・山均し】を嵌めてみようとしてもうまくいかない。透明の何かに阻まれて、窪みに玉を入れるのができないのだ。わけがわからないな。

「……片っ端から挑戦してみるか」


 バフ響玉Ⅵ【種族軍団指揮Ⅵ】。嵌まらない。

 アクション響玉Ⅳ【成長育成Ⅳ】。嵌まらない

 アクション響玉【跳躍】……嵌った。


「おっ」

 カチリと、しっかり窪みに玉が嵌まる。気持ちがいい。

 他にもバフスロットにバフ響玉Ⅱ【望遠眼Ⅱ】を。ステータススロットにステータス響玉Ⅲ【mp値Ⅲ】をはめることができた。響玉の数字が高すぎてダメだったのか? これ以上はボグヘッドに聞いてみるしかないな。

「【跳躍】……おぉ!!」

 嵌めたところでどう使うのかわからないとまたつまずきそうになったが、試しに口に出してみると体が勝手に動いた。ぴょーんとジャンプして、5m先の地面で着地する。後ろを振り返って距離を実感した。すごい飛んだな。

「なるほど。別に口に出さなくてもいいんだな」

 普通にジャンプをしたときにも使うことができた。口に出したときと違って勝手に体が動くのではなく、自分でしたジャンプに効果がのる感じだ。かなり使い心地が違うが、それぞれに使い道がありそうだな。

「だいぶ移動が楽になったな!」

 ぴょーん、ぴょーんと跳ねながら、エリアを移動していく。スキップをする感じだと、一歩一歩に【跳躍】を発動できてかなりスムーズに移動できる。側から見たら間抜けそうな絵面なのが問題だが、楽すぎて病みつきになりそうだ。

「はっ……」

 いや、別に楽しんではいないが。返金のため、仕方なく1週間分のログイン状態を続けなければいけないだけだ。さっさとやめてやりたいね、こんなゲーム。

 ところで本当に何の見どころもないな。このエリアは。

 このまま次のマップにいくか? だが一つ、気になることがあるんだよな。


「なんだ、あの塔」


 北のエリアの遠くに、空高く伸びる細長い巨大な塔が見える。エリアの1つ2つ移動したくらいじゃきかないほど遠い。

 なんだか気になるし、見に行ってみたいところだ。だがクエストの最中だし、戦い方すらまだわからない状態だ。それなのに拠点からそんなに離れても大丈夫なものだろうか。

 見えてきた本来進む次のエリアへ視線を向けると、かなり木が密集した密林だ。一方で塔へ向かう北へのエリアは見晴らしがいい。おそらく今いるようなエリアが続くだろう。

「よし、見に行ってみるか」

 今は原っぱで【跳躍】をしながら進みたい気分だった。密林だとおそらく【跳躍】は使い辛いだろう。それにこの機動力があれば、仮に敵と出会っても逃げるくらいはできるだろうし。


▣エリアに進入しました。

▣ミームワール森林地帯(-38/-30)原生エリア 安定度:90% 推奨レベル:1〜100


▣エリアに進入しました。

▣ミームワール森林地帯(-37/-30)原生エリア 安定度:40% 推奨レベル:200〜1000

▣木漏れ日の小川 休憩小屋 名前のない墓標


▣エリアに進入しました。

▣ミームワール森林地帯:(-36/-29)原生エリア 安定度:70% 推奨レベル:1万

▣ディグザウルスの牧草地


 それから北へ向かってエリアを進んだ。

 そして三つ目のエリアに差し掛かった現在。必死になって【跳躍】を繰り返す。

「あああぁぁぁ! 【跳躍】【跳躍】【跳躍】!」

「ギャォォォォォ!」

 背後から凶暴なモンスターが凄まじい速さで追いかけてくる。明らかに強そうな、戦っても勝てなさそうなやつだ。足が速く【跳躍】で逃げても微妙に追いつかれそうになっている。

 くっ……完全に見立てが甘かった……! 何だよ、推奨レベル1万って! 200以上の時点でちょっと怪しかったが、急に桁が飛びすぎだ。数字の感覚が全然わからないんだよ!

 とりあえず目指していた場所は目前だ。間近でみるとその塔はかなり巨大で威圧的に聳え立っている。間違いなく例の塔があるのは隣のエリア。つまりそこまでいけばこのエリアから抜け出して窮地を脱出できるはず……。


▣エリアに進入しました。


「よしっ」

 待っていたシステムメッセージが表示される。


▣ミームワール森林地帯:(-35/-29)崩壊エリア 崩壊状態:停滞 推奨レベル:10万

▣苛虐練の塔


「んん? ……んんんっ!?」

 なんか思っていた表記と違う……。

 っていうか……。

「ギャァァァァア!」

「いっつまでついてくんだよ、こいつら!!」

 モンスターってエリアを跨いでも普通に追っかけてくるのか……!

 完全に誤算だ。どこまで逃げ続ければいいんだよ、これ!

「あーもう! なるようになれ!!」


▣エリアに進入しました。

▣ダンジョン:苛虐練の塔


 もはやどうにでもなれとの思いで見えてきた塔の入り口の中へと逃げ込んだ。扉のない開放された巨大な入り口を通過し、【跳躍】しながら後ろを振り返る。背後の状況を把握して足をとめた。

「やった……さすがにこの塔にまでは入ってこなかったか……」

 ようやく一息をつく。

 塔の一階部分は大広間になっていて、作りは白を基調として綺麗で豪華だが人気がなく敵もいない。ここなら襲われる心配はないだろう。


▣エリアクエスト:『無機純忠な騎士王と試練の塔』に参加しました。

▣達成条件:塔を攻略し、騎士王に認められる 推奨レベル:15万

▣「硬質で無機な騎士は唯一抱く強い忠誠心を持て余し、主人として名乗りをあげるものに度を越した試練を課す。それはもはや苛虐として挑戦者に襲いかかる」


 端っこに座り込みながら、ずらずらと表示されるメッセージを目に入れる。

 さきほどエリア表示を見た時にも驚いたが、このレベルという数値は15万とか20万とか。どんだけインフレするつもりなんだ。勝手にクエストにも参加させられているし。

 どうやらこの場所にくると自動的に受けたことになってしまうらしいが、当然こんなのクリアできっこない。だからこの塔は登らずにさっさと退散するつもりだ。戻ってクエストを進めよう。

「……結局無駄足だったな。まぁいいけど……ん」


▣進化可能な響玉があります。


 メッセージに沿って内容を確認する。

 どうやらスロットにいれている【跳躍】の進化ができるらしい。確かに結構使ったからな。

 そのままメッセージを進めると進化ページとやらに飛ぶことができた。ズラズラと表示されるが、それらはすべて進化の選択肢のようだ。進化させるにはどれか一つ選ばなきゃいけない。


▣アクション響玉【跳躍】の進化が可能です。

▣上昇進化1:【跳躍Ⅰ】発動することで10mの距離を跳躍する。

▣上昇進化2:【二段跳躍Ⅰ】発動することで5mの距離を跳躍する。また1度目の跳躍中、もう一度跳躍を発動することができる。その場合、2度目の跳躍距離は半減する。

▣合成進化:×コンソール端末での操作が必要です

▣ユニーク進化:進化先は未確定です。まだ見ぬ可能性に変貌を遂げます。


「なるほど……。面白いな」

 こうして自分好みに進化させて、自分をカスタマイズできるわけか。上昇進化は文字通り、そのまま効果を上昇させた進化だろう。合成進化は今選ぶことはできないようだ。コンソールが必要……そういえばボグヘッドが拠点にあると言っていたな。あとで使ってみるとしよう。

 それはいいとして最後のユニーク進化は……なんなんだこれは? 要領を得ないな。

 とりあえず現状、進化先は「上昇進化2」一択だ。エリアの移動手段としてなら【跳躍Ⅰ】の10mという距離はとても有用だろう。しかし使ってて思ったが、跳躍は一度使うと隙だらけだ。敵がいるエリアだと、跳んだ先に敵がいるという事故がおこりうる。そのうえ一度飛んだら軌道を変えたり動作をキャンセルすることもできないとなると、柔軟性を持たせる【二段跳躍Ⅰ】は弱点に焦点をしっかりあてた非常に魅力的な進化だ。

 だが……。 

「まだ見ぬ可能性か……」

 なんだかとても惹かれる言葉だな……。

 よし、決めた。このユニーク進化を選んでみよう。


▣ユニーク進化を選択しました。


 ピカッと、スロットにいれている【跳躍】の響玉が光る。そのまま、心なしか玉の中の光が強くなった。

 

▣【跳躍】は【ホバリングⅠ】に進化しました。

▣アクション響玉Ⅰ【ホバリングⅠ】:滞空中に発動すると、10秒間風を起こしながらその場に停滞できる。リキャスト10秒。


「ホバリング……」

 小さい声で呟く。なんかびみょ……いや、まずは試してみよう。

 塔の2階へいく階段を少し登って、その途中からジャンプして飛び降りてから発動してみる。


 ──ブボバババババババババ。


 体の周りにすごく回転する風を感じながら宙に浮いた。少ししてストンと地面に着地する。

 なるほど……。

 …………。

「……これ帰り道どうすんだよッ!!!」

 あぁぁぁ…………。やってしまった。

 頭を抱える。すべてを手に入れたはずの人間が、こんなくだらない失敗をしてしまうなんて。なんて安易な選択をしてしまったんだ。くそぉぉ……。

「素直に【二段跳躍Ⅰ】を……」

 いや、言うな! 言ってはならない。それは負け犬の言葉だ。

 それよりも帰る手段を考えろ。それがいい。とても建設的だ。このままだと、あの恐竜モドキがわんさかいるエリアを越えられない。

 迂回? いやこの感じだと塔周辺のエリアは、すべて恐竜のエリアと同じかそれ以上のエリアばかりだ。拠点エリアから離れるほどレベルがあがっているのがその根拠だ。となると情報がある分、恐竜のエリアの方が都合がいい。

 ……何か手段があるはずだ。インベントリにだっていくつかアイテムを入れて持ってきた。

「……そうだ!」

 恐る恐る塔の入り口から、外に出る。

 さっき追いかけていたモンスターは見当たらない。すでに自分のエリアに帰ったのか。僥倖だ。ずっと入り口で張り付かれてたら、それだけで打つ手ないしな。

 外でロープを使って自分の体とアイテムをしっかり結ぶ。ロープはボグヘッドの拠点から最初に装備して持ってきた普通の道具だ。

 それからカエルの手袋を装備した両手で、塔の壁を触る。ぺたり、と両手は張り付いて結構力を入れるまで手が離れない。いいな、これ。便利だ。

 そのまま塔の外壁をぺたり、ぺたりと手を張り付けて少しだけ登った。大体2階か、3階くらいの高さだ。

 そこまできてから、意を決して両手を同時に壁から離し、宙に飛び出す!

「ホバリング!!」

 ブボボボと風を起こしながら、ホバリングする。

 ここからは非常にタイトな動きが必要だ。まず体を捻って、塔に体の正面を向ける。

 あとはロープに結びつけたアイテムを手繰り寄せ、お腹の前あたりに構え、全身で抱え込むように持ちながら発動する。


「──超絶怒涛砲!」


 壁に向かって、超絶怒涛砲の凄まじい炎撃が放たれる。

 同時に、反作用で体が後方に向かって加速していく。ぐんぐんと過ぎ去っていく、周囲の景色。だがそんな景色に意識を割く余裕もすぐになくなる、

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ! おおおおぉぉぉぉぉ」

 ヤバい! 水平に、水平に飛んでる! 人間ジェット機だろもう! 尋常じゃない圧力が腹にかかってるし、感覚カット機能がなかったら絶対やばかった! 死んでる! これ現実なら死んでるやつだ!

 カエルの手とロープでしっかり超絶怒涛砲をホールドし、離れないようにしている。しかしそれでも振り落とされそうになるのを、必死でしがみついた。

「あぁぁぁぁ……ぁぁ……へぶっ」

 やがて推進力を失い、へろへろと地面に落ちた。

 上に乗っかる超絶怒涛砲をインベントリにしまってマップで現在地を確認すると、塔から二つ分南のエリアにまで戻ってこれていた。すごいな。他のスキルじゃ再現できないくらい、早く移動できたんじゃないか?

 それでも【二段跳躍Ⅰ】の方が良かったけど……。



「クエストの続き、進めるか……」

 このまま右下に行けば元のエリアに戻れるが、そのまま左下に行けば、クエスト範囲の未踏エリアへそのまま行ける。なのでそちらにむけて歩き出した。【跳躍】がないので徒歩だ……。


▣エリアに進入しました。

▣ミームワール森林地帯:(-39/-32)緩衝エリア 安定度:100% 推奨レベル:1〜200

▣幼生シビヤチョウの森


「うぇ……」

 ボグヘッドの拠点から左上に当たるエリアにやってきた。そこはかなり木の密度が高い森のエリアであると同時に、芋虫型モンスターの生息地でもあるようだ。いたるところに人間大の芋虫がうろついている。一応モンスターの姿はデフォルメされてキャラクターっぽくなっているが、ダメだ。やっぱり気持ち悪いな。

「次いこ、次」

 その場所での探索はさっさと切り上げて、次のエリアに向かうことにした。

 これで三つのエリアを回ってクエストの半分を終えた。続く二つのエリアは、ただの森のエリアだったので割愛する。とにかく【跳躍】での移動を恋しく感じた。

 そして最後のエリアに足を踏み入れる。最後になったのは拠点の右下のエリアだ。


▣エリアに進入しました。

▣ミームワール森林地帯:(-41/-32)緩衝エリア 安定度:100% 推奨レベル:50〜300

▣ゴブリンの集落

▣達成したクエストがあります。


 これでボグヘッドの拠点周辺のエリアをすべて回り、六つのエリアについていたマップの暗転を解除してクエストを達成したわけだが。

「おっ」

 最後のエリアには、ゴブリンの集落があった。

 軽く奥を覗いてみると、森の中をゴブリンがうろついていて、ぽつぽつと小屋らしきものもたっている。

 ゴブリン……。

 初めのプレイのいざこざのせいで、妙に意識するモンスターになってしまった。

 そろそろ戦闘でも経験してみようかと思っていただけに、こうなると気分も少し複雑だ。

「ゴブリンを倒すのは……なぁ」


 ──ゴブリンを倒すのは普通のことだ。


 そんな言葉をきっかけに言い合って別れたのに、このまま平然とゴブリンを倒してしまったら結局あれはなんだったんだという気分になる。本来は「ゴブリンを倒す」とは別の部分で、勝手にムカついただけのことだとしても。ここで簡単にスタンスを替えるのは自分でなんだか納得がいかないし、スッキリもしない。

 ……よし、決めた。

 倒しはしないが、別のアプローチでゴブリンを相手に経験をしてみよう。

 一度拠点に戻り、準備をして戻ってきた。エリアの端っこでさらに色々と準備をして、待ち伏せをする。近くで単独のゴブリンが通りかかったとき、これ幸いと気づかれるように音を鳴らす。

 ゴブリンが音の方へ振り向くと、振り向いた視線の先には響玉や金銀、武器などが山積みになって置かれていた。それに気づいたゴブリンは、物欲しそうな様子になってふらふらと近寄ってくる。狙い通りに。


 チャポン。

 ゴブリンは歩いている途中で、地面に落ちる。そのあと何がなんだかわからないまま、溺れるように地面でもがくが、その手が硬い地面を掴むことはない。

「よし」

 木から降りて、離れた位置からロープを投げる。先に武器を取り上げて輪の形のロープで体を通すようにもう一度投げて手繰りよせると、ゴブリンの体に巻きつきながら体を引き寄せられた。ゴブリンが身動きできない状態なのを確認し、泥から引き上げる。

「この方法だと、簡単にゴブリンが捕まえられる。有用だな」

 新しく捕まえたゴブリンをロープで引っ張って連れていき、すでに捕まえているロープで巻かれたゴブリンの横に並べる。これで3体目のゴブリンをゲットだ。側にいる泥魚が喜んでいるのか、激しくバシャバシャと跳ねて泳ぎ回っている。拠点から連れてきたこの泥魚も、やっぱり結構面白い性能をしているな。

「しかしゲットして、どうするかだな」

 ただ倒すのが嫌だという理由で、ひとまず捕まえてみたのだが。ただの思いつきなので、もうこれ以上の目的はない。モンスターを捕まえてみる経験もできたし、用もないのでリリースをしてもいい。


▣導きの本より、クエストの提案があります。

▣導きの本を出現させますか?


「……導きの本?」

 表示されたシステムメッセージの意味が分からない。

 とりあえず出現させられるようなので、導きの本とやらを出現させてみると、大きな本が目の前に現れた。分厚いページの本なのに、中身は何もかかれていない。

 ……と思ったら急に本から筆記の音と共に、白紙の部分に文字が書かれ始めた。


▣好奇心の強いあなたは、初めてみたゴブリンを倒すことよりも捉えることを選んだ。

▣このゴブリンたちがあなたに出会ったことは、あるいは数奇な運命への誘いなのかもしれない。

▣もしそうならば……あなたはこのゴブリンの行く末を観測したいはずだ。


「……全然そんなことないけど」

 ツッコミを聞いていないかのように、ずらずらとクエストの詳細が、さらに書かれていく。


▣セルフクエスト:『数奇な三匹のゴブリン』

▣達成条件1:それぞれのゴブリンに名前をつける。

▣達成条件2:武器を装備させる。

▣達成条件3:ジョブを設定する

▣達成条件4:行動を指示する。

▣基本報酬:思考響玉【ゴブリンの心得】 1000レベル以下のゴブリンと意思疎通に感覚的な補正がかかる。友好イベントの発生率が5%上昇し、決裂イベントを5%の確率で回避する。


 なんだこれ。セルフクエスト?

 自分で自分にクエストを出して、それなのに報酬までもらえるのか? マッチポンプじゃないのか。

「……まぁでも受けてよさそうだな」

 もらえる報酬はもらいたいし。達成条件を見ても難しいことではない。

 とりあえずクエストを受注するが、ここでだらだらと続きをしていたくもないので、拠点に一度戻ることにした。普通に敵モンスターがうろつくエリアだし、悠長にもしていられないだろう。

 ロープを引いて、ゴブリンを引き連れて拠点へ向かっていると再びシステムメッセージが表示される。


▣ジョブが発生しました:罠士

▣ジョブが発生しました:土弄家

▣ジョブが発生しました:魚養殖家

▣ジョブが発生しました:ゴブリン指導者


 長々と表示されるメッセージ。ゴブリンを捕まえただけで随分急に色々と動き始めたな。

 ジョブについても気になるところがとりあえず一旦、クエストの達成を優先する。少し情報過多になってきたので、減らすことを優先させるためだ。メッセージも見ないふりをして拠点まで戻ってきた。

「まず名前か」

 ボグヘッドの家の中で、三匹のゴブリンを前に考えてみる。

 ゴブリンは全員、両手ごとロープで縛っているので自由じゃない。ただ面白いことに囚われ方は三者三様だ。

 一番左のやつはこちらを睨みつけてきて強気。真ん中は怯えたようにキョロキョロしていて、右のやつはぼーっとしている。特に案もないし、適当に名前でいいか。

「左から順番に一馬、龍二、丑三」


▣クエストの進行があります。


 セルフクエストの達成条件1が横線で消されていた。次は装備とジョブか。装備はともかくジョブはどうやって設定するんだ? 

 そうだ。まず一旦コンソールとやらを使ってみることにしよう。自分でも使ったことがないからまず自分からだな。

 どれがコンソールかわからないが、それっぽい機器とモニターが部屋にある。そこに行ってこれまた装置感がすごい椅子にすわると勝手に機器が動き出した。表示された画面を見ると、どうやら当たりみたいだ。

「まぁ、要するに響玉の操作に特化した装置ってことだろ」

 画面を読み込み、そう結論づける。

 真っ先に表示されているのが、自分自身のスロットだ。さっきみた時よりも表示されてるスロットの数が多い。種族とか、ジョブとか、ソウルとか。カテゴリが増えているようだ。

 メニューにも「プリセット操作」や「響玉の進化経路図の表示」、「響玉の購入」といった項目がなどがあり、操作が著しく多くなっている。ただまだ始めたばかりで入手した響玉も少ない人間はどれも無用の長物のようだ。コンソールでできることはあんまりなく、なんかがっかりだった。

 とりあえずこれでジョブ操作はできるがゴブリンをコンソールに座らせる必要がある。どのゴブリンから行くか。反抗心が強い一馬だと暴れられたら面倒だな。ぼーっとしている丑三からいこう。

「おおっ……」

 丑三をコンソールに座らせて、画面を操作する。ズラズラと情報が表示されるが、自分のものとは違って結構色々と玉が嵌まっていて面白い。というよりモンスターもプレイヤーと同じく響玉のシステムが適用されてるのだな。モンスター特有の響玉もあるようでモンスターも奥が深そうだ。

「思ってたとおり、操作もできるな……ジョブは……」

「こぉら、なぁにしとんじゃぁ!」

「うわっ、びっくりした!」

 急に声があがって振り向くと、怒ったボグヘッドがそばにいた。

「びっくりしたのはわしじゃい! モンスターを家に入れおって! 常識ってもんがないのか、最近の若いもんは! ほれ、早く外に出すんじゃ!」

「え、あ、いや。ジョブの操作だけでも」

「やかましい! 全く……近くのゴブリン共が襲撃しにきたのかと肝を冷やしたぞ!」

 ゴブリン共々、力づくで家から追い出される。三匹のゴブリンと一緒に地べたにへたりこんでいると、知らない男と目が合った。

 ……なんだ、他に人がいるのか。

 みっともない格好から立ち上がる。この男、名前が宙に表示されているな。同じプレイヤーのようだ。

「水を差して、すまんかったな。今日ここにプレイヤーの雛が現れたから、面倒を見ておるのだが、随分奇天烈な童での」

「こんなところに初心者プレイヤーがポップしたの? へぇ、珍しいね。普通はもっと大きな街から始めさせられるけど」

「随分偏屈な者のようだ。それに常識もない。今しがたも家の中でゴブリンをコンソールに座らせておった」

「え……本当? いや、でもありか。考えたこともなかったけど、面白いねそれ。ねぇ、君。ゴブリン、コンソールに座らせたんだって? どうだった?」

 ボグヘッドと話していたプレイヤーがこちらに話しかけてきた。

「どうだったって……別に。普通に操作できたが」

「普通に操作できた……? あ、ごめん、僕はリキアっていうんだ。よろしく、ムサイ。……読み方あってる?」

 頷きながら「合ってる」と返す。リキアは「良かった」と軽く答えた。

「普通に操作っていうのは、それしか言いようがないな。なんせ全部普通に操作できたんだから」

「え、全部……? 本当に? それ」

「本当だ」

 こんなところで嘘をついて何になるのか。それすらわからない初心者だ、こっちは。

「そうなんだ……。あ、ごめんごめん。本来モンスターって、最初からスロットに嵌まってる響玉は操作できないっていうのが通説なんだよね」

「……ゴブリンにも、最初からいくつかはまってたな」

「そう。種族響玉とか、モンスターが得意なアクション響玉とかが、最初から嵌まってる。そういったものは固定されて変えられないから、空いてるスロットに響玉をはめるか、ジョブを設定するくらいがモンスターのカスタマイズの幅だと思われてたんだよ」

「ふーん。でも動かせたけど」

「そうなんだよ。だからすごいんだ。もし固定された響玉を変えられるなら、より幅広く成長できるかもしれないからね。種族響玉を変えて、自由に進化先を選べるとかさ。結構すごいことだと思うんだけど、誰か気づいてるのかな? テイマー職は歓喜だよ。しかしコンソールに直接座らせてしまうのは盲点だったね。いや灯台下暗しかな?」

 なんとなく話の理屈はわかったが、やっぱり興奮している理由はよくわからないな。

 それに根本的な疑問がある。

「そもそもコンソール座らせる以外の、ゴブリンのジョブを変える方法がわからん」

「……あぁ、そっか。君って本当の本当に初心者なんだ」

「…………」

「ごめんごめん、たまに自己ユニットを作り変えて初心者のフリする人とかいるからさ。教えるからそんな拗ねないでよ。えっとね。モンスターのジョブの変え方はね。あれ、分かる? 導きの本ってやつなんだけど」

「分かるぞ、ほら」

 導きの本を出す。

「もしかしてもうセルフクエスト受けた?」

「受けた」

「どれどれ。あぁ、だからゴブリンを連れてたんだ」

「……なるほどの。どうあれ、積極的な姿勢であるのはよいことじゃ」

 二人が横から本を覗き込んできて、頷いている。

「いいシステムだよね。セルフクエスト。自分の行動でクエストを提案してくれるんだ。オープンワールドで自由にしていいって言われても、何やっていいかわからなくなる人も多い。日本人なんか特にね。そうじゃなくても近くのイベントの表示や響玉の発展のヒント、クエストのきっかけを少しだけ教えてくれるから、無彩も詰まったらとにかく本を開くといいよ」

「……確かに。聞く限りでは便利そうだな」

「自分にしか見えないはずのUIも、本に表示して人と共有できるしね。こう操作して……ほら。この響玉の操作ページ。無彩以外にタブで三匹分ふえてるでしょ。ここでゴブリンの響玉を操作するんだよ。名前をつけれたモンスターしか、操作できないから注意してね」

 他にも動画全般の機能とか、ゲーム内ウェブサイト、コミュニティ機能全般などがてんこもりらしい。マジか。ちょっと舐めてたな、導きの本。これもう本っていうよりタブレット端末だろ。

 あ、確かにこっちで操作するとモンスターの響玉が固定されているな。なるほど。

「お、やった。自分のジョブもこれで設定できる」

「それは普通のUIでもできるよ」

「え……あっ……」

 そう言われて探してみると、自分を表示するページに拡張マークがあり、それを押すとずらっとスロットが出てきた。普通に見逃していた。

「スロット多すぎだろ……」

 今新しく見つけたスロット枠が全部で15枠。ソウルスロット枠と呼ばれるこの枠には、5枠ずつに分けた「個人スロット」「種族スロット」「ジョブスロット」という3つのカテゴリを内包している。ちなみに【跳躍】を入れた枠はレギュラースロット枠という別の枠で30個もの枠がある。「アクション」「バフ」「ステータス」と10個ずつの3つのカテゴリにわかれているのだ。

 あと端っこのほうにちょこんと付け加えるように「フリースロット」というスロット枠が1個だけ空いている。全部で46個。ゲーム始めたてでこの数だ。さすがに多すぎると思うのも無理ないだろう。

「それでも全然足りなくなるんだよね。やっていくと分かると思うけど」

 そんなものだろうか。

 それより個人スロットと種族スロットに、既に1個ずつ嵌まってる響玉があるな。なんだろう。


▣個人響玉【人種族:ハーフフット】 背が小さい人種族。別の人種族から見れば子供のような見た目が特徴。感覚の強さや器用さが種族的な強み。それを活かした採取や諜報といったフィールドワークを生業としてきた者も多い。


▣種族響玉【探索の魂】 種族スロットに採取効果、移動効果、隠密効果、感覚強化に相当する響玉を設置することが可能となる。またこのとき設置した響玉には3%の成長補正がかかる。


「成長補正3%か……しょっぱ……」

「種族玉のこと? それも他の響玉のように、5段階まで進化させることができるから、あげきったら結構な補正になって便利だよ。ちなみに個人スロットの種族も進化するんだ。種族とジョブはかなり進化先が豊富で色々できるから、自分好みのものを見つけるといいよ。魔物種族ほど人種族の進化先はバラエティ豊かってわけじゃないけどね」

「ふーん」

 ……そもそも響玉って5段階まで進化するのがデフォなのか。あのローマ数字で表記されやつのことだよな。1回進化したら「Ⅰ」ってついてたし。

 あれ……? そういえば表記がⅥのやつを1個持ってなかったっけ? あれはなんなんだ?

「ほら、これあげる」


▣種族響玉【思考の魂】 種族スロットに思考響玉を設置することが可能となる。またこのとき設置した響玉には3%の成長補正がかかる。


「これは?」

「僕の種族の種族玉だよ。普人っていう、まぁ普通に人間の種族のやつだね。人種族は魔物種族ほど進化にバリエーションがないっていったけど、この経験値アップつきの種族響玉が代わりにすごい魅力的なんだ。地味にスロット拡張にもなってるし。人種族なら別の人種族の種族玉もつけられるからハーフフットの君にもこれが使えるはずだよ」

「そうなのか。じゃあ、ありがたくもらっておくか。ありがとう」

「どういたしまして。思考響玉は本来個人スロットに1枠しかはめるところがないから、4枠拡張できる普人種族玉は貴重だからね。早く持っといたほうがいいんだ」

「ふーん。そっか」

 思考響玉か。確かセルフクエストの報酬がそれだったはずだな。ゴブリンと意思疎通できるとかいうやつだ。

 でも現状持つ予定の思考響玉はそれ1個だし、今のところ種族響玉を変える必要はなさそうだ。むしろ今の俺のプレイには、このハーフフットの種族響玉はピッタリの効果なんじゃないのか? 試しに【ホバリング】を種族スロットに入れてみたところ、ぴったりとはまった。ついでに【望遠眼Ⅱ】もつけることができた。 

「うーん……こうなるとさらに惜しいな……。【跳躍】……」

 きっとここにもはめることができただろうに……。

「どうしたの?」

「……実は」

 リキアにユニーク進化で失敗したことを話した。笑い話としてウケればいいくらいの気持ちだ。

「それならコンソールで同じのが買えると思うよ」

 何それ。そんなすごい機能があるのか?

「一度手に入れた響玉は、変なやつじゃなければ基本的にリストに載っていつでも買えるようになるんだ。さっき種族響玉渡したのもそういう意味だからね」

 マジかよ! ならば善は急げだ。

 そうして駆け出そうとして、気づく、

 買えるって言ったよな。それってもしかして、お金が必要なんじゃないか?

 リキアが頷く。

 くそ……お金がない……。まさか人生で金がないことを嘆くときがくるだなんて……。いや、まてよ。そうだ、ボグヘッドのクエストだ。あれを達成すればお金がもらえるなんて話があったじゃないか!

「ボグヘッド!! クエストをやったぞ!! 早く報酬をくれ!」

「まぁ、待て。童無彩」

 リキアと長々会話している間、腕を組んで黙ってみていたボグヘッドのところへ駆け寄ると即座に分厚い手で雑に押し除けられた。

「こっちの方が先約じゃ」

 そういってリキアの方へボグヘッドが歩いていく。

「悪いね。長く話こんじゃって」

「いや、構わん。プレイヤー同士でしか話し合えぬことがあるであろう。しかし今回の探索も素晴らしいものだったな、リキア。まさかリンダ王朝にも安寧の魔術団の影があったとは。また研究に進展があれば、お前さんにクエストを頼むとしよう」

「それは嬉しいね」

「クエストの達成おめでとう。これは報酬じゃ」

 そういうと、ボグヘッドが握った拳から光が溢れ出した。なんだ?

 気になってみていると、光が収束すると同時に光を閉じ込めたような響玉が握られていた。

 え? 今、響玉が明らかにボグヘッドの手から発生していたよな……。

「うん、素晴らしい効果の響玉だ。ありがたく受け取らせてもらうよ」

「お主の働きがあったからこそ、良い輝きの玉が生まれたのであろう」

 なんかしている会話もそんな感じだ。まるでボグヘッドが玉を生み出したかのように。

 その様子をガン見していると、視線に気づいたリキアが答えてくれた。

「この世界にいる響人の人々は、響玉を生み出すことができるんだ。それを報酬に、こうして僕らにクエストを頼んでくれる。結構一風変わった響玉をくれたりもするからおすすめだよ。モンスターのドロップじゃ手に入らないのも多いからね」

「ま、働き次第じゃがの。低いランクの響玉なら、選んでだしてやれるが、高いランクともなるとワシら自身も何が出てくるかもわかりゃせんからの。感情が高まるとなんだかすごいのを出せるきがするがの」

 そもそもモンスターからドロップすることも別に知らなかったが。

 ていうかよくここまで響玉を色々と手に入れているな。どうしてなのか、不思議になってきたな。いや巣を襲撃して手に入れたのはわかっているが、クエストもやらずモンスターも倒さずでここまでアイテムを手に入れられてる状況に疑問を感じてきた。

「さて、童無彩の番じゃ。どれ、マップをだしてみぃ」

 導きの本にマップを表示して、見せる。本を受け取ったボグヘッドは満足げに頷いた。

「ほー。ずいぶん積極的に動いたようじゃの。緩衝エリアも全て埋まっておるし。クエストは当然達成じゃ。ようやったの」

「条件報酬は……?」

「いいじゃろう。認めよう」

 やったぜ。


▣響人:ボグヘッドより、依頼されていたクエストの達成をしました。

▣基本報酬の受領:アクション響玉【土魔法-ディギング-】

▣条件報酬の受領:10000DC


 クエスト達成のメッセージが表示される。

 報酬はこのメッセージからそのまま受け取れるようだ。インベントリにお金と響玉が追加される。


▣響人:ボグヘッドより、特別報酬の提示があります。


 ん?

「それとこれもやろう」

 そういってボグヘッドは、リキアの時と同じように差し出した手を光らせて、響玉を出現させた。


▣特別報酬の受領:種族響玉【工作の魂】 種族スロットに工作効果、採掘効果、設置効果、効果付与に相当する響玉を設置することが可能となる。またこのとき設置した響玉には3%の成長補正がかかる。


「ドワーフの種族響玉か。ありがとう」

 ドワーフは工作全般に適正のある種族のようだ。始めたばかりだから今すぐ食指を動かす気はないが、今後一度くらい手をだすこともあるだろう。ありがたく受け取る。

「よし、ちょっと響玉買ってくる」

 ボグヘッドの拠点に向かう。待ちきれず、小走りだ。

 コンソールを操作して無事【跳躍】を購入して戻ってきた。種族スロットに嵌め込むことができて、ほくほくだ。

 しかし一つだけ気になることがある。コンソールで、響玉を購入した際のことだ。

「響玉って、進化するとべらぼうに高くなるんだな。Ⅳの玉でもかなり高かったぞ」

 【跳躍】の値段は、数千代DC。ボグヘッドの1万DCで買ってお釣りがあったくらいだが、進化した【ホバリング】は値段が数万DCとかで買えなかった。他にもざっくりとしか見ていないがⅢの玉が数十万、Ⅳの玉が数百万と進化を重ねるごとに桁が上がっている。

「1万でこれだけ労力がかかるとしたら、結構手軽に使える機能じゃないのか? このリスト購入ってやつは」


 そう尋ねると、ボグヘッドとリキアは言葉を探すように顔を見合わせていた。


「ふむ、童無彩よ。どうやらお前さんは、この世界の根本をそもそも理解していないように思える」

「なに? 根本って」

「……リキアよ。わしからクエストを出す。よければ童無彩に教えてやってはくれんか。やはりどうも人への指導が苦手じゃ、わしは」

「まぁプレイヤー同士の方が説明しやすいだろうしね。僕は全然構わないよ」

 そうして教師然とした立ち振る舞いをするリキアの前で、地面に座り込んだ。

「さて、無彩くん。君はそもそも根本的にこのゲームはどういうゲームなのか。あまり知らずに始めたんじゃないのかな」

「……まぁ、そうだな」

 偉そうなcmを打ってるくらいだ。事前に情報を知っていなければ面白くない、程度のゲームならすぐにやめるつもりだった。

「そうだな。一言で言えばこのゲームはね。従来のMMORPGというジャンルに、ローグライクの要素を取り入れた、すごい画期的なゲームなんだよ」

「…………」

 自慢げに話すリキア。しかし無反応の間が空くにつれ、表情がこわばり始めた。

「あ、あれ? 反応が薄くない?」

「そもそもMMORPGとかローグライクとかが、分からん」

「……もしかして無彩って、ゲームをしたことがなかったりする?」

「あぁ。これが初めてのゲームだ」

「うそでしょ……」

 それから焦った様子のリキアになんとか必死になって説明を受けた。

 他のプレイヤーと同じ世界を共有して同時に冒険する。それがMMORPG。そして1プレイごとに変わるマップをその回のプレイごとに戦闘スタイルを選び、強化を重ね、死んだらリセットする。そういうのがローグライクというものらしい。

「どこまでも強くなれるけど強くなるほど死んで失うものも多くなる。レベルも、装備も、インベントリに入ったアイテムもすべて。スロットにいれた響玉ですら、ロストしてしまうんだ。唯一残るのはソウルスロットに入った響玉だけだね」

「……それって、大変じゃないか?」

 コアゲーマーならそういう、苦労しつつ得るものが大きいのが好きなんだろうが。ライトなユーザーからしたら、そこそこ成長していちいちすべてを失ってたらやる気が削がれるんじゃないだろうか。

「トップ層は壮絶だって聞くね。でもライト層なら、むしろこのおかげで楽になっていると思うよ。いいかい、無彩。面白いのはね、死んだプレイヤーのロストしたものというのが、このゲームでは空から降り注ぐ仕組みになっていることなんだよ」

「……降り注ぐ?」

「そう。誰かがロストしたアイテムやら響玉といったものが、空から落ちてくる。『ドロップ雨』って呼ばれてるんだ。無彩は見かけなかったかい?」

「…………あ」

 そういえば、なんか上からアイテムが落ちてきたな。あれか。

「モンスターには落ちてきたアイテムを溜め込む習性があるのも結構いてね。死んでやり直しになった時なんかは、そうしたモンスターを巡るのも一つの常套手段なんだ。まぁ、他にも手段は色々あるんだけどね」

 なるほどな。最初はどうかと思ったが、聞いていくと結構バランスは取れているのか?

 いやでもな……。

「こんなインベントリが少なければ、大したドロップ雨なんて起きないんじゃないか」

 今あるインベントリは15枠だけだ。モノタチの巣からアイテムを持ち帰るのにだって苦労したインベントリの枠で、ライト層が楽になると言えるほどのドロップ雨が起きると思えない。

「それはまだ、君が『チュートリアルモード』だからだよ、無彩。インベントリの枠なんて、際限なく増えるよ。二度と困ることがないくらいにね。トップ層の人は整理してもしきれないくらい、インベントリに物を抱え込んでいる。そんな人がロストでもしてみなよ。お祭り騒ぎさ」

 チュートリアルモードとは、ゲームを始めた初心者が、自己ユニットを初めて「500レベル」にするまでのモードだそうだ。普通のプレイ時と何が違うのかと言うと、さっき説明された死亡時のロストシステムが一時的に緩和されるらしい。つまり500レベルにあがるまでは死んでもレベルが減らないし、アイテムも響玉もロストしないということのようだ。

 その代わり「Ⅳ以上の響玉がつけられない」「インベントリの数が制限される」など制限もある……と。リキアの説明に耳を傾けた。

 というかログインAIが最初にそんな単語を使っていたような。あまり覚えちゃいないが。

「500レベルか……」

 とはいえ、いまいちこのレベルという数値の感覚が掴みきれない。そもそもなんなんだ、レベルって。

「どうすればレベルは上げられるんだ?」

「そりゃもうモンスターを倒したりとかだよ。他に定番どころといえば、クエストをしたり、イベントに参加したり、ダンジョンを攻略したり。チュートリアルモードの間ならこんなところかな」

「……そんなこつこつ頑張らないといけないのか? なんか面倒そうだな。500まで……いや、チュートリアルが終わったって。ずーっとモンスター討伐して、レベルをあげなきゃいけないんだろ? それって苦行じゃないか。10万レベルなんて、相当時間がかかるだろうし」

 一度10万レベル推奨のマップにいってるため、なまじ先を知ってる分、素直に面倒に感じることが強い。だってそうじゃないか? ずーっとモンスターを倒すだけなんて、何が面白いんだ。

 そういうと、どこかほくそ笑むような表情を浮かべてリキアは言った。

「10万レベル、20万レベル……そんなレベル、まだまだ序の口だよ、無彩。際限なくレベルを上げられる、このゲームではね。初心者から毛が生えたくらいさ」

「…………」

「でも皆、病みつきになってレベルをあげている。実際たまらないんだ。このゲームにおいてレベルは、他のRPGのようにステータスをあげるわけじゃない。その代わり一定のレベルに達するごとに、フリースロットが追加されていくんだ。これがどういうことかわかるかい? 新しい響玉が嵌められる……結局、それなんだよ。響玉こそがこの世界の基本で、面白さにおける中軸なんだ」

 どこか酔いしれるようにリキアは言った。共感できるかどうかはさておき、本当にこのゲームを愛してやまないことだけは伝わってきた。


「心配しなくても、チュートリアルさえ終わらせれば、レベルの上げ方だっていろいろと幅が広がってくるはずだよ。今の君には、言っても仕方がない理由があるんだ。だからまずは、しっかりチュートリアルモードを終わらせることだね。無彩」


 そういって、にっこりと笑いリキアは会話を切り上げた。

 まだまだ腑に落ちないことも多いが、これ以上は尋ねても答えてくれなさそうだ。

「ゲームのシステムのことはわかった。だが根本的な疑問はまだある。そもそも、このゲームの目的はなんなんだ? 何を目指して、何をすればいい?」

「それは各々が決めるべきことさ。無彩。現実と同じだよ。それが人生ってやつなんじゃないかな」

「……それ答えになってるのか?」

「でも本当の話さ。何をしたっていいんだ、この世界では。レベルの高さで1位を目指してもいいし、逆に制限されたレベルの中でやる競技戦闘で1位を目指してもいい。装備に似合うアクセサリーを作るのもよければ、街を一撃で壊滅させるアイテムを作って使ってもいい。響人と仲良くなってコミュニティに入れてもらうもよし、プレイヤーキルに勤しみまくって指名手配されるのよしだ。そういうゲームなんだよ。何でもできる、何でもしていいゲームなんだ」

 なんとなく分かったような、そうでないような。

 答えにつかみどころがなく、いまいち手応えを感じない質問の答えだな。

「リキアは何を目的にやってるんだ?」

 具体的なことを求めて、そう尋ねた。


「僕? 僕はストリーバーだよ」


「ストリーバー?」

 なんだそれ。初めて聞く言葉だな。

「僕は映画とか、日本のアニメや漫画が好きでね。響人のクエストって時折、すごい人間ドラマだったり、思いがけない真実や予想外な展開が巻き起こったりするんだ。こんな生きてるみたいなゲームでそんな状況、まさに映画に入ったかのようでしょ? もったいないからそれを動画にして本当の映画みたいに編集してアップして遊んでるんだ。最近ちょっと人気出てきたよ」

「へー面白いことやってるな、それは」

「無彩もやってみたら? それに目的がほしいなら、色々一通りやってみるべきだと思うね。いろんな場所にいってみてもいいし。こんな辺鄙なところにポップしたんだから街は合わないのかもしれないけど、探せばいいところだってあるかもしれないよ。ここの近くにも面白い街があるんだ。あとはそうだな。初心者ならスロットに一通り響玉をはめて埋めることを目標にしてみるといいかもしれないね」

 そんなこんなで一通りリキアからゲームのことを世間話しつつ教わった。何も知らずにゲームを始めたから、かなり有意義な時間だったな。初心者にこれだけの時間を割いてやるなんて、リキアも随分面倒見のいい青年だ。

「結構なアイテムの量だね」

「こんな短期間でようここまで溜め込んだの」

 話を戻し、セルフクエストの達成をするために、離れに置いていたアイテムをすべて持ってきた。暇なのかボグヘッドとリキアは面白そうに様子を見ていた。

「モノタチの巣から全部かっぱらってきた」

「へぇ、すごいね。モノタチはレベルは低いけど巣穴が見つけづらいから結構難易度が高いよ」

「やるのう、童無彩」

「まぁその前にドロップ雨でちょうどいいアイテム見つけたからな」

 そんな会話をしながらアイテムを箱から出していると、段々リキアとボグヘッドの顔色が変わってきた。

「……ちょっとまって。本当にこれモノタチの巣から手に入れたの? めちゃくちゃ当たりの巣だよ」

「そうなのか?」

「レアリティは10段階で10に近いほどレア度が高い。ぱっと見ただけでも、10寄りの物ばかりでしょこれ。響玉も結構進化したやつがでてるし。なかなかないよ、巣巡りでこんなにアイテムがゲットできるのは」

「ふーん。でもレアリティの一番高いのが10って変じゃないか。だってほら、これレアリティが11だぞ」

 そういって★11のアイテム、武装万倍薬を見せると、二人の顔色が変わった。

「じゅ、11!!? オーバレア!?」

「どれだけの強運じゃお前さんは……」

 レアリティにはさらに、限界を超えたオーバレアというものが存在するらしい。かなり希少性が高く、効果もゲームバランスを壊すほどぶっ飛んでいるものが多いみたいだ。まぁ確かにこの武装万倍薬も100万倍なんて冗談みたいな効果だからな。

「ギルド落としとか、街落としとか。シンプルに強いレイドボスとかに使われることが多いよ。死んだらロストしちゃうから、ラストエリクサー症候群もこのゲームには滅多にないんだ。本当に珍しいね」

「なんだそれ」

 わからない単語があり、意味を聞いて呆れる。若者ってやつは新しく言葉を生み出すのが好きだな、全く。というかもう一つ、響玉にもⅥまで進化したオーバーレアを持っているのだが……なんとなく長くなりそうなので言わずにいておいてしまった。

 それにしてもこのゴブリンのセルフクエスト。特に苦労もなく終わらせられると思ったが、レアリティについて理解してみると、装備を渡す部分で結構なコストがかかるな……。まぁいいけど。


「丑三はこれ」

 すっとろそうな丑三に★4の「ミラージュシールド」を渡して装備させる。

 そしてジョブに「騎士」を選択した。


「龍二はこれ」

 ビビりすぎてビクッと体を揺らす龍二に「環染美濃叉刀」を渡して装備させる。ジョブは「武士」を選択する。


「一馬はこれ」

 捕まえてからずっとこちらを睨むのをやめない一馬には「獄斧鑊」「ニリヒム金鎧装」を渡して装備させた。ジョブは「戦士」を選択した。

 ……ついでにアクション響玉Ⅳ【奥義・山均し】を一馬の空いてるスロットにつけちゃうか。


「全部装備渡しちゃって、無彩の分はいいの?」

「んー。それなぁー」

 このゲームは世界中で流行っているが、中でも若者に絶大な人気がある。

 そこまで歳を食ってるつもりはないが、さすがに反応速度が全盛期であるティーンエイジャーたちに比べれば衰えがあってもおかしくはないだろう。そんな一番になれない状況で正面からアクションばりばりのチャンバラで挑みにかかるというのは、なんだか気が進まなかった。

「ふーん。別に、そんなことないと思うけどね。無彩がそれでいいならいいけど。あと随分カズマだけ強くて比重が偏ってるように思うけど、それは?」

「あぁ、物騒なやつは全部こいつに押し付けちゃおうかと思って」

「押し付ける?」

「こんな反抗的なやつ、そばに置きたくないからな」

 そう、一馬は放逐だ。村のボスでも目指せと指示して、もう一回ゴブリンのエリアに戻す。強い装備や響玉を押し付けたのは、残り2体のゴブリンを強くしたくなかったことと、指示も指示だからなんとなく押し付けたら面白くなるんじゃないかという適当な理由だ。どうせ自分で使うつもりもないし。

「丑三は盾として俺のことを守れ。そんで龍二は……」

 視線を向けると、ビクリと龍二の体が揺れる。

「……身の回りのお世話でもしてくれ」

「あはは、なにそれ」

 見ていた二人がおかしそうに笑っている。

 しかし龍二は挙動不審におろおろしていた。大丈夫か? 何かできることはあるのだろうか。

 まぁいいか。結局一馬に色々押し付けたのはこういうことだ。側にいるやつが俺より強すぎるのは怖いからな。


▣セルフクエスト:『数奇な三匹のゴブリン』を達成しました。


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[気になる点] 自分は文学フリマには行けませんでしたし、投稿に気付いた時点で既に終わってた作品に感想書くのもどうかと思ったのですが、気に入った作品に一言も感想を残さないのもどうかと思い、今更ながら書き…
[良い点] よさげ
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