三番星 本当の冒険の始まり①
「王子……イル? 願いの名を持つ、惑星?」
「話はあとだと申したろう! ここでじっとしておれ。ケガをするぞ!」
ローブを手にした、イル王子が飛び上がって……違う。あれは。
「う、浮いて……飛んでる?」
イル王子は、空中に浮かんでいた。
さっきより月に近くなったその姿が、月明かりに照らし出される。
……やっぱりきれい。
金色の王子様を見ながら、そんなことを考えてしまう。
そんな場合じゃないのは、わかってるんだけど。
そういや、とイル王子を眺めていて、気がついた。
彼がはめている指輪の石が、さっきよりも強く光っている。
というより、そこから白い光が放たれて……イル王子の全身を、薄く覆っている。
あれ……何だろう。
そう考えた瞬間、また空がぴかぴか光った。思わず叫ぶ!
「イル王子!」
「わかっておる。……白きエィラよ、我が祈りの石よ。転じよ! 強き聖なる石、ヴァリマを御する力へと!」
イル王子の言葉と共に、石の光が一段と強くなった。王子の体を覆う、白い光も。
──そして。
音もなく、隕石が降ってくる!
あれ? そういえば、隕石って落ちるとき。
「……すごい音がするんじゃなかった、っけ……?」
呟いた瞬間。
──ばすううぅん!!
ものすごくいい音がして、隕石の姿が消えた。
いや、消えたというか……イル王子が両手で広げている白いローブ。
あの中に吸い込まれたような。少なくともわたしには、そう見えた。
「──は! 捕らえたぞ! どうだ、娘!」
得意そうな笑顔で、イル王子はわたしのほうへ振り向いた。
「……はい?」
わん! と、琥珀の嬉しそうな声が耳に届く。
でもわたしは、喜ぶどころじゃない。頭の中は、疑問でいっぱい。
捕らえた? 捕らえたって何? 落ちてくる隕石って、捕まられるの?
しかもローブ……服なんかで?
だいたい何で、音もしないで隕石が降ってくるんだろう?
聞こうとして口を開きかけ……また、空が光っているのに気づいた。
イル王子も同じらしい。空を見上げて、ため息をついた。
「しつこいのう。まあ良い。何個落ちてこようが同じことよ。全て当が捕らえてくれるわ!」
また降ってくる隕石。
イル王子は指輪から光を放ちながら宙を飛び回り、広げたローブで、その隕石をばすん、ばすん、とキャッチしていく。
野球のキャッチャーみたいと考えたけど、それよりも何かに似ている気がする。
白いローブを操り、軽やかに動き回る様子は……。
「……何だっけ。赤い布を持って牛から身をかわす人。確か、パパと見た映画に出てた……」
「マタドールか。赤い布……正式名称はムレータという布を使う、スペインという国に在りし稼業。勇士として称えられるとあるな。ふむ。悪くないではないか!」
空を飛びながらも、わたしの独り言を聞きつけたらしいイル王子が、疑問に答えてくれた。
ずい分物知りだ。マタドールなんて単語、わたしも映画で聞いただけだったのに。
しかも、当のわたしはすっかり忘れていたっていうのに。
ムレータ、なんて言葉も、初めて聞いたし。
何でそんなに、地球の言葉に詳しいんだろう。
それに、とくるくる飛び回りながら、軽々と隕石をキャッチし続けてるイル王子を見ながら思う。
星を捕まえられる王子様。
遠い星の、不思議な王子様。
絵本の中から抜け出てきたような、金色の王子様。
言いたいことがたくさんある。聞きたいこともたくさんある。
ねえ、イル王子?
あなたはどうして、わたしを助けてくれるの?
何の取り柄もない、ただの女の子のわたしを──……。
夜空に輝く、光のダンス。
どれくらいか、続いたあと……空にあった隕石の光は、収まっていた。
それを確認したのか、イル王子は空から降りてきて、音もなく着地した。
「怪我はないか? 娘」
そう言って、イル王子がまっすぐわたしを見た。
「あ……はい」
頷きながらも、娘じゃないのにな、と思う。
月花って名乗ったんだから、名前で呼んで欲しい。
そう考えてると、イル王子はローブを広げ、中の石をどさどさと地面に落とした。
どの石も大体、野球ボールくらいの大きさ。
普通の石に見えるけど、隕石……なんだよね。
何で服なんかでキャッチ出来たり、落ちる音がしなかったりしたんだろう。
あの、と言いかけて……ローブを羽織り直したイル王子の付けてる指輪が、光ってないことに気づいた。それに、金色だった瞳も。
「イル王子。目が」
「ああ。これか」
王子が目に手を当てる。そしてふう、とため息をついた。
「エィラ……つまり、この指輪の石のことだがな。その力を使いすぎたのだ。だがそれなりに時間が経てば、力は戻るであろう。実際、力をちゃんと使ったのは初めてでな。まだ、加減がわからん。まあ先ほども、白光装置が創り出したドーム内で力を行使しようとしていたのだが……汝がドーム内に入って来たので中断した。だが一度は、エィラから力を受けたのは確かだからの。先ほどのまでの金の目は、エィラからの力を受けたからである。だから、力が尽きたあとは当本来の瞳の色に戻ったのだ。ほら。このように」
イル王子が目元から手をどけ、わたしを見た。その瞳の色は。
「目、青いんだ……」
透き通ったきれいな青色に、思わず呟く。
「うむ。偶然ではあるが、汝らの地球と同じ色であるな!」
ずいっと顔を近づけて、にっと笑うイル王子。
無邪気に笑うその顔に、何故かどきん、と、胸がはねた。
何だろ。これ。
思わず、どきどきが治まらない心臓に手を当てた。
「……やはり、それもエィラか」
「え?」
イル王子が呟いた。
胸に当てた、わたしの左手……じゃなく、手首に付けてるブレスレットを見ながら。
「エィラって……イル王子の指輪に付いてる石……だよね? わたしのブレスレットの石が、イル王子の石と同じってこと?」
「恐らくは、な。それをどこで手に入れたのだ?」
「……これは」
ママが、と言いかけたとき。琥珀のきゅーん、という鳴き声が、耳に届いた。
「あ。琥珀!」
いけない。琥珀を一人にしたままだった。慌てて、声のほうへ駆け出した。
「琥珀、ごめんね……!」
外灯にくくり付けていたリードを解き、膝立ちで琥珀を抱きしめた。
お座りをした琥珀は、しっぽをぶんぶん振りながら、されるがままになっている。
「ほほう。これがコハクか」
ついてきたイル王子も同じようにしゃがみこみ、コハクをまじまじ見る。
「あ、うん。わたしんちの子。琥珀っていう、一才の男の子だよ。えと、日本犬の一種で……甲斐犬っていう、犬種の子なんだけど」
紹介しながらも、日本犬とか甲斐犬とかわかるのかな、と考える。
「ふむ。カイケン、か」
そう言うとイル王子は、頭の左側に手を当て、目を閉じた。
何だろう。確かさっきも、そのポーズをしてたけど。
「なるほど。理解した」
目を開け、頭から手を離すと、
「この国、日本固有の犬種で中型犬。ぴんと立った耳と尾、いわゆる差し尾を持つ。いや、巻いた尾もあるのか。毛の色は赤茶の赤虎、黒色の黒虎、そしてその中間の中虎がある。そして丸い瞳。コハクは差し尾で、黒虎か。頭が良く、勇敢で運動神経も良い。忠義者だが、主人の前では甘えんぼの個体が多く、スーパーかわいい、とあるな。どうだ。当たりであろう?」
びしっと琥珀を指差し、イル王子は一気に言った。
琥珀はわん! と返事をすると、イル王子の指をぺろぺろなめ始めた。
あんまり家族以外には懐かない子なんだけど、イル王子のことは気に入ったのかな。
というより、褒められたのがわかったのかも。
「ははは、くすぐったいではないか! なるほど、確かにスーパーかわいいの!」
琥珀にのしかかられながらも嬉しそうに、琥珀の頭をわしゃわしゃと撫で回すイル王子。
顔をぺろぺろなめる琥珀に対し、イル王子はされるがままになっている。
そうしてたかと思ったら、琥珀はごろんとひっくり返って、イル王子にお腹を見せ始めた。
……そんなこと、わたしにもしたことないんだけど。
何となくむっとしながら、でも、と考える。
さっき、イル王子が琥珀に言ったのは何だろう。
琥珀を珍しそうに見てたし、甲斐犬のことは知らなかった、よね?
なのに頭の左側に手を当てたら、ものすごく詳しく説明してみせた。
甲斐犬なんて、犬好きでも知らない人もいる。
それだけ数が少ない犬種だってパパもママも言ってたし、実際、琥珀を連れてるときに会った犬連れの人も、何人かは甲斐犬を知らなかった。
そして毛の色の呼び方なんて知ってたのは、一人か二人くらい。
なのに、遠い星から来た王子様が知っているなんて。