明けの明星、あるいは……⑥
「まあ……! これが桜吹雪ですか。見て下さい、レイト。綺麗ですよ!!」
カァが興奮したように言ってレイトさんを振り返る。
レイトさんはカァの手を取り、はい、と答えていた。
二人は互いに、優しげな笑顔を向けている。
あれは……どこかで見たような。
ちょっと考え、すぐに思い到る。
そうだ。あれはパパとママ、そしておじいちゃんとおばあちゃんが、お互いに向けるような笑顔だ。
そういえば、カァは好きな人がいるって言ってたけど……ひょっとして、その相手って。
「もー、姫様ぁ。お兄様にくっつきすぎです! いくら姫様とはいえ、お兄様はノセのお兄様なんですからー!」
ノセちゃんが二人の間に割り込んで、手を引き剥がしてる。
その光景に、悪いとは思いながらも、笑みが零れた。
「どうかしたのか? ツキハ」
そんなわたしを見て、イルが不思議そうに聞いてくる。
「ううん。ちょっと、ね。カァも大変だなぁって、そう思って」
わたしの言葉に、イルはますます不思議そうな顔をした。
「よくわからんが……まあ、あれだ」
イルは桜を見上げ、呟いた。
「御祖父母様の御宅で見た、月も美しかったが……桜も美しいな。ツキハ」
「うん。わたしも、どっちも大好き。ねえイル。桜の夜の月はね、桜月夜って言うんだって。昼間もきれいだけど、夜もすっごくきれいなの! だから」
わたしは握ったままのイルの手に力を込め、言った。
「だから、また見に来ようね! イル!!」
「あ、ああ。そうだな、ツキハと見る月と桜ならば……美しいだろうな」
「うん! 絶対、来ようね。みんなで!!」
「…………みんな?」
「わたしと琥珀とママ。そしてレイトさんにノセちゃんと、カァとイル! パパがお仕事でいないのは残念だけど、みんな見る月と夜桜は、すごくきれいで楽しいと思うよ! 絶対!!」
「そ……そうであるな。皆と一緒のほうが楽しいであろうな、うむ」
何だか自分に言い聞かせるかのように、イルは小声で呟く。
そのとき、ポケットに入れてたケータイがぶるっと震えた。
取り出して見てみると、メッセージが来ていた。ママからだ。
『月花、イルくんたちとはエンカウント出来た? ご飯が出来たから、みんなで食べに帰ってらっしゃい。レイトくんの料理には敵わないけど、カレーなら得意なんだからね!』
「どうかしたか? ツキハ」
イルがわたしの顔を、覗き込んでくる。
わたしはケータイをしまいながら、答えた。
「うん、ママからの連絡。ご飯が出来たから、みんなで食べに来てって。あ。でも、イルんちでは、レイトさんがごちそうを用意してたりするのかな?」
「いえ。本日は新居の片づけと、殿下たちがお召しになる服の買い出しや、学校への挨拶など色々とありましてね。お食事の支度は、これからでした」
イルに聞くと、さっきまでノセちゃんに抱きつかれていたはずのレイトさんがいつの間にか隣にいて、答えてくれた。
イルたちの服装はそういうことか、と納得しながらも、レイトさんが口にした言葉が気にかかった。
「学校?」
「ええ。留学という形でお二人は地球に赴いたと、申し上げたでしょう。ですのでツキハ様と同じように、学校に通っていただかないと。アルルミッテレというナノマシンからではなく、生の知識を身に付けられる良い機会ですからね。しっかり学んでいただきます。地球に対する知識不足ゆえ、学校ではご迷惑をお掛けするやもですが……どうか、イルヴァイタス王子殿下と、カァミッカ王女殿下をお願い致します。ツキハ様」
「え? 学校ではって……二人ともわたしの一つ上だから、中学生なんじゃ?」
「年齢としてはそうなのですが、やはり、知人が一人もいない場所では不安ですし。私たちがアルズ=アルムから来たということを知っているのも、ツキハの御家族だけですしね」
琥珀を連れたカァとノセちゃんも、再び近くに来ていた。カァが続ける。
「まして学校という閉鎖された場では、何かあったときに頼れる地球人の方はツキハ、あなただけなのです。確かに迷惑をかけることもあるでしょうが、宜しくお願い致します」
「迷惑なんて、あるわけないよ! あ。でも、同じクラスになるとは限らないんじゃ……」
「ご心配なさらず。御二人ともツキハ様と同じクラスにしていただけるよう、既に話は付いております。残念ながら、始業式には間に合いませんでしたが」
「ついでにノセも、同じクラスなんだよー! 学校での、御二人の護衛役でね。お兄様は十八だから、さすがに小学校には通えないからね~」
レイトさんは十八歳なんだ。落ち着いてるから、もっと上かと思っていた。
……でもカァとは六歳違いなら、そこまですごい年の差ってわけじゃないんだ。
そんなことを考えていると、レイトさんにどうかなさいましたか? と聞かれた。
慌てて、別の話題を持ち出す。
「あ、えと、そう! アルズ=アルムから来たことは、内緒なんですよね? それって、どうやるのかなって。書類とか住民票? とか、色々必要なんじゃないんですか?」
「そこは抜かりなく。お二人は北欧にある小国の、貴族の御子息と御息女ということになっております。書類もまあ……そういうことです」
つまり……書類はニセモノ?
わたしはレイトさんを見て、ホント抜け目のない人だなぁ、なんて感心してしまった。
レイトさんはわたしの視線に気付くと、にっこり笑い、またいつもの、きれいなおじぎをしてくれた。
思わず、わたしも笑ってしまう。
うん。この人やノセちゃんがいれば、イルもカァも大丈夫だ。
そして、アルズ=アルムの女王様の隣には、レイトさんたちのお義父さんがついてるんだ。
だったらそっちも、心配はいらないはず。
「じゃあ、明日から宜しく! イル。カァ。ノセちゃん。でも、今は」
カァから琥珀のリードを返してもらいながら、わたしは続ける。
「帰ってみんなでご飯だよ! ねえイル、家まで競争しない? ノセちゃんも。最近わたし、ちょっとだけ足が速くなったんだよ!」
わたしの言葉に、イルとノセちゃんは顔を見合わせ、
「うむ。受けて立とうではないか」
「ノセもいいよー! 最強メイドの、ノセちゃんの力。ツキハちゃんにも見せてあげる!」
と、それぞれ答えてくれた。
「うん。じゃあ行くよ? あ、もちろんカァは走らないで、レイトさんとゆっくり来てね?」
そう言うとカァは少し赤くなり、こくりと頷いた。
やっぱりそっか。
レイトさんの気持ちはわからないけど、カァに関しては、わたしの想像は合っていたらしい。
もじもじしてるカァに、心の中で頑張ってねと思いながら……わたしも、と胸の内で呟く。
わたしも大好きな人がいる。パパとママ、そして琥珀。
それから、おじいちゃんに、おばあちゃん。学校の友達。
それから、もちろん。
ここにいる、アルズ=アルムの人たちだ。
わたしはぐるっと、みんなを見渡した。
カァ。ノセちゃん。レイトさん。そして、イル。
みんな大切な人。けれどその中でも、特別な人がいる。
わたしはそっと、その人を見上げた。
少しだけ、見上げるくらいの身長。青い目。金の髪。
遠い遠い……アルズ=アルムからやってきた、王子様。
王子様だけど、すごく照れ屋で、意地っ張りな普通の男の子。
イルはわたしの、大切な友達。
そして、……大好きな男の子。
これから始まる日々には、何が待っているのかな。
考えると、どきどきする。わくわくする。うずうずする。
イルと初めてエンカウントした……ヴァリマが降ってきた、あの夜以上に!
「ではツキハ。始まりの合図をするぞ? ほら、ノセも」
イルとノセちゃんが走り出す位置を決め、わたしと琥珀もそこについた。
レイトさんとカァは、一歩後ろで見守ってくれている。
「レディー……」
三人で口を揃え、
「────ゴー!!」
わたしたちは、駆け出した!
走るわたしたちの体は揺れて、イルのブレスレットと、わたしのネックレスも揺れる。
エィラ。不思議な石。願いを叶えてくれる石。
けれど願いを思い描くのは、わたしたち人間。
願いを叶えて貰うには、強い心が必要なんだ。
イルを助けさせて欲しいと、エィラに願ったときのように。
だから、わたしたちが……わたしが、強くなくちゃいけない。
それは願いじゃない。
自分自身で、理想の自分に近づいていくんだ。
これからもずっと。
ずっと……ずうっと。
イル。あなたの、隣で。
走るわたしの胸元で、エィラは陽の光を受け、きらりと光る。
それはまるで、わたしたちの、これからを祝福するかのように。
まぶしく。
そして、強く。
きらきらと、光輝いていた。




