明けの明星、あるいは……⑤
「エィラとヴァリマは、元々同一のものですから。硬度も同じなのです。同じ硬度でしたら、傷をつけるのも可能なのですよ。もちろん、ヴァリマ側にも傷はつきますが。ですが流星群の中にヴァリマが含まれている確率自体、まれですからね」
レイトさんが説明してくれた。けど、他にも疑問はある。
なので、聞いてみることにした。
「でも、まれとは言っても、たまにはあるんですよね? それにヴァリマはエィラに引きつけられるって、イルも言ってたし。そうしたら、またヴァリマを落とさなきゃならないとか?」
「それは儀式時の話です。あのときは、陛下がヴァリマを操っておりましたから。ですが……例えば、数キロ離れた場所に存在するヴァリマがあなた方のエィラに接近してくることなど、普通は起こりません。よっぽど近ければ、話は別ですが」
「そう……ですか。でも、隕石のかけらなんて地球上にたくさんあるし、その中にヴァリマがあったとしたら。それらも時間が経てば、エィラになるんですか?」
「いや。おそらく、それはない」
イルがきっぱり、言い切った。
「ないって……何で、そう言えるの?」
現にわたしのエィラだって、ヴァリマだったものがエィラに変わったって。
レイトさんも、そう言ってたけど。
けれどそのレイトさんも、イルの言葉に頷く。
そして、これは推論ですが、と言って話し始めた。
「確かに地球の中の何らかの物質には、ヴァリマを変質させる成分があるのでしょう。ですが、エィラとしての力を持つほどには変質させられない。現に二十五年もの間、エィラはかすかに光ることはあったとのことですが、それだけだったのでしょう?」
「はい。流星群の夜には少し光るときもあったけど、それだけでした。だけど……だったら、何でわたしは、エィラとしての力が使えたんですか?」
「……ツキハ、覚えておるか? この丘で、初めて当と会ったときのことを」
「え? うん、もちろん」
忘れるわけがない。
あの夜があったから、今こうして、わたしたちは一緒にいるんだし。
「ではツキハのエィラが、一番初めに強く輝いたのは、いつだ?」
「いつ、って……」
あの流星群の夜。エィラはイルに出会う前から光っていた。
だからこそわたしは、その光の謎を確かめたくて、この宙見の丘に来た。
だけど……一番最初に、強く光ったのは。
ネックレスに通した指輪のエィラと、イルが左手首に付けているブレスレットのエィラを、順繰りに見る。
そうだ。あのとき、この二つのエィラが。
「──わたしのエィラと、イルのエィラが触れ合ったとき……?」
「うむ。その通りだ」
あのときの、強い光を思い出す。
でも、何でエィラ同士が触れ合っただけで、あんなに強く光ったんだろう。
「共鳴、という言葉がありましてね。共に強い力を持つエィラ同士が接触した際、生ずる現象のことで……互いに一際強く輝く、ということが起こるらしいのですが」
わたしの疑問に答えて、レイトさんが話し始めた。
「ですが共に強い力を持つはずのエィラ同士……例えば、殿下と王女殿下のエィラを触れ合わせたときには、何も起こりませんでした。陛下と殿下のエィラ同士の場合も、また然りです。なので共鳴という言葉自体、忘れ去られ、ごくまれに口の端に上る程度のものとなっていたのですよ。……ツキハ様と、殿下が出会うまでは」
「じゃあ今まで起こらなかった共鳴が何で、わたしたちのエィラには起こったんですか?」
そういうと、レイトさんはイルと顔を見合わせた。
「そう……ですね。ツキハ様のエィラが長年地球上にあったことなど、他のエィラとの違いはあるのですが……今のところ、これといった要因は不明です」
「……母上曰く、だがな」
今度はイルが、口を開いた。
「今は当が持つこのエィラは、二十五年前、母上が地球に持ち込んだものだ。精製こそされておらんかったらしいが……元は小さなヴァリマでなく、アルズ=アルムの大ヴァリマから採り出したものである。更に言うと、当の持っていたエィラもそうだ。つまり、元々は同一の物。それが二十五年のときを経て、元は同一のヴァリマだったものが、再び巡り合い……もとい、エンカウントしたのだと。だからこそ、その持ち主の汝と当がエンカウントするのも必然で、共鳴したのも……言うなれば、運命だったのでは、と」
「元が大ヴァリマという点では陛下のエィラも、王女殿下のエィラも同じなのです。なのに、ツキハ様と殿下のエィラだけが共鳴したというのは、真に不思議な……まるで、魔法のような事象でございます。確かにそれこそが、運命、といったものなのかも知れません」
「……運命」
太陽の光を受けて、わたしとイルのエィラが、それぞれ光る。
運命、か。
そんなものが本当にあるのかは、わからない。
けれど、イルと出会って──エンカウントして。
わたしは変わったと……変わりたいと思い、頑張れるようになった。
だったら、それが。
「──運命じゃなくてもいいよ。だってイルとわたし、そしてカァがエンカウントしたのは、事実だし。それに……運命でも、運命じゃなくても! わたしが二人のことを大好きなのは、変わらないもん!!」
「だっ!? ただ、大っ……!?」
イルが真っ赤になって、フードを被ってしまった。
何だろ。ヘンなこと言ったかな?
だってわたしがイルとカァのことが大好きなのは、本当のことなんだし。
レイトさんが、イルを肘で小突く。
するとイルはわかっておるわ、と言って、しっしっ、とレイトさんを追い払ってしまった。
……わたしと、イルだけになる。
二人きりになると、イルは何か言いたそうに、もじもじし始めた。
どこかから、視線を感じる。
多分、カァたちだ。
こっちの様子が気になっているんだろう。
だけどわたしは、イルだけを見て、イルの言葉を待つ。
だって、それは。
──わたしが待っていた、答えかも知れないから。
「その。儀式の際、当は他星の者と必要以上に接触をしてはならんと思っておったし、いずれアルズ=アルムに帰る当が言っていいものなのか迷っていたのだが……地球人とコミュニケーションを取るのも、王としての資質だというし、言って良いと思い──」
そこまで一気に言うと、イルはフードを引き下ろし、わたしと目を合わせた。顔は真っ赤になっている。けれど、すう、と深呼吸をしながらも、続ける。
「……いや。違う、か。それは関係ない。これは王子としてでなく、イルヴァイタスという、一個人としての望みである」
そしてイルは、わたしから目をそらさず、右手をこちらに差し出してきた。
あの夜。わたしがしたのと、同じように。
「当……いいや、──僕と! 友達になって欲しい。ツキハ!!」
わたしはイルの手を取った。
あの夜イルが、そうしてくれたのと同じように。
「──うん! わたしもあなたと友達になりたい! イル!!」
その言葉に、イルは一瞬だけ目を丸くすると……改めて、わたしと握手してくれた。
「ああ! 宜しく頼む。ツキハ!!」
「こちらこそ宜しくね! イル!!」
そう言って、わたしたちは手を握り合い……二人で笑い合った。
「……やっと言えたのですね、イルヴァイタス。その一言を口にするのにどれくらいかかったのかしら。本当に……仕方のない子」
「全くですよぉ。聞いててイライラしちゃいましたねー。大体にして王子がヘタレだから、ノセにも姫様にも、先を越されちゃってましたし~」
いつの間にか、琥珀を連れたカァとノセちゃんが、近くに来ていた。
二人は顔を見合わせ、呆れたように、ねー! と言い合ってる。
その後ろに、レイトさんも控えていた。
「なっ……! な、汝ら……聞いておったのか!?」
「近くにいると言ったでしょう。その辺を一回りして、戻って来たところです」
「そうそう。別に聞き耳立ててたわけじゃないですよぉ。たまたまです、たまたま」
二人の言葉に琥珀はきゅうん、と不服げな声を漏らす。
うん。わたしも絶対ウソだと思う。
レイトさんはと見ると、ちょっと笑って、頭を下げてきた。
それは話を聞いたことに対する、お詫びなのかな。
それとも、イルが〝僕〟って言ったことに対する、喜びなのかも。
もちろんわたしも、イルが本当の自分を見せてくれたことは嬉しい。
すごく。すっごく!!
──不意に。また、風が巻き起こった。
そして桜が吹雪になって、わたしたちを包む。




