明けの明星、あるいは……④
だから、わたしはただ頷いて……二人の肩に回した手に、力を込めた。
そのうちイルがこほん、と咳払いした。よく見ると、顔が少し赤い。
そうだ。照れ屋なイルのことだから、女子に抱きつかれるなんて王子としてどうの、とか思ってそう。
わたしは二人から手を放し、ちょっと距離を置く。
近くにいると嬉しくて、また抱きついちゃいそうだし。
「ツキハ様」
そんなことを考えていると、レイトさんがわたしの前に進み出て、左手はお腹に当てて右手は後ろに、といった、いつものきれいなおじぎを披露してくれた。
「お久しぶりでございます。自分は王女殿下の護衛のため、殿下は妹のノセに任せておりましたが……何か、失礼はございませんでしたか」
失礼という言葉に、イルの頬を引っぱっていたノセちゃんの姿が思い浮かんだ。
けどそれを言うと、さすがにノセちゃんが怒られるよね。
それにイルもそのことに対しては、本気では怒ってなかった気がするし。
「いえ、その、わたしには特に。……あ、そうだ。ノセちゃんとは友達になったんですよ!」
とりあえずイルとノセちゃんのことは言わず、わたしとノセちゃんのことだけを報告する。
友達になれて嬉しかったのは、本当のことなんだし。
「それはそれは。ノセに地球での出来事を話したら、あなたに興味を抱き、会いたいと言っておりましたので、友人になれたとは本人もさぞや喜んだことでしょう。ふつつかな妹ですが、これからも宜しくお願い致します。ツキハ様」
はい、と返事をすると、琥珀が足元でレイトさんに飛びつきたそうにしていた。
それを見たカァはこちらに手を伸ばし、リードを渡すよう、促してきた。
「ツキハ。実は私もコハクと遊びたかったのです。いいでしょう? あなたたちにはまだまだ積もる話がありそうですし……私はノセと一緒に、その辺を散歩していますから」
「……うん。じゃあ、お願い」
リードを渡すと、琥珀は素直にカァとノセちゃんに足取りを合わせて、歩き始めた。
イルの双子のお姉さんだけあって、琥珀もすっかり、カァに懐いてるらしい。心配はいらなそうだ。
わたしは二人と一匹の背中を見送ってから、さっきのレイトさんの言葉で疑問に思ったことを聞いてみることにした。
「ところでレイトさん。これからもってことは……しばらくみんな、地球にいるんですか?」
「おや。すでに殿下からお聞き及びのことかと。殿下、再会を祝するのも結構ですが、ツキハ様の疑問にはお答えしないといけないと思いますが?」
「わ、わかっておるわ。色々と説明はしたが、まだ言い足りてないだけだ。……何せ、ツキハと話すのは……久方振りなのだからな」
その言葉にレイトさんは少し微笑むと……では自分が説明を、とイルに頭を下げた。
そうしてから、わたしに向き直る。
「殿下からですと、色々と話が尽きないようなので、まずは自分が説明させていただきます。そのほうが、余計な主観も入らないと思いますので。では、ツキハ様。御質問は?」
「え? えーと……」
その言葉に頭をフル回転させる。
アルズ=アルムの様子は何となくわかったし、イルがお隣に越して来たってことも。
でも、ノセちゃんと二人ではないって言ってた。
……ってことは。
「その、引っ越してきたって……ひょっとして、四人でお隣に住むとか?」
「はい。殿下と王女殿下は留学という形で、しばらく地球に滞在することになりました。自分とノセは御二人の護衛と、世話役でございます。そして女王陛下のことも心配はございません。陛下には御自身が一番信頼する者が、仕えすることと相成りましたので」
女王様……イルのお母さんが一番信頼する人って、ひょっとして。
「ヴェルヒゥンさん……レイトさんたちの、お義父さんですか?」
「ええ。義父は臣下としては、一度は身を引いたこともありまして、再びお仕えしてよいものか迷ったそうですが……陛下から是非にとの御要望もありまして。そして陛下の御身の安全を考え、ひとまず混乱が治まるまでの間は、従者の座に復帰すると決めたそうです」
「そう……ですか。じゃあ女王様は、大丈夫なんですね?」
「はい、そちらは御心配なく。そしてアルズ=アルムの近況ですが……元宰相様や、元大司教様など、クーデターに与していた者は王宮内から一掃され、人事も刷新されることとなりました。また陛下の宣言からも三ヶ月半経ち、アルズ=アルムも平穏を取り戻し始めております。ですが前述したように人事の移動など様々な事由により、王宮内はまだ混乱の中にあります。多数人の思惑が渦巻くその中に、成人前の御二人がいることはあまり宜しくなかろうと陛下はおっしゃり、留学という形で御二人を地球に派遣することをお決めになったのです。……地球でしたら、王女殿下のお体にも悪くなかろうということも、わかりましたし」
「え? そうなんですか?」
そういえば……カァは体が弱くて、地球になんて来れないって言ってたような。
そのカァはと見ると、少し離れたところを、琥珀とノセちゃんと一緒に歩いてた。
そしてカァは笑顔で、ノセちゃんと話したり、ときどき琥珀に話しかけているみたいだった。
……確かに、無理しているようには見えない。
「ツキハ様が殿下に下さった、エィラのお陰ですよ。何せ二十五年も地球にあったことがわかっている唯一のエィラですからね。研究に値する貴重な物なのですよ。学者や研究員が総出で調べたところ、ツキハ様のエィラは確かに人工的に精製したものではなかった。なので本来ならば、精製前のヴァリマであるはずなのです。ですがツキハ様のエィラはヴァリマではなく、確かにエィラと同一の物でした。だとすれば、答えは一つです。この地球は長い年月を経ることで、ヴァリマをエィラへと精製するのと、似たような効果をもたらす環境にあるのだと。それは恐らく、地球の大気中か、地中に含まれている何らかの成分が原因だろうとのことですが……現時点では、そこまでは明らかになっておりません」
「そう……なんですか。でもその成分が、カァの体に良いんですか?」
「王女殿下は出生の折に陛下よりエィラを下賜されて以来、常に御身に付けておられました。現に王女殿下がこの年まで命を繋ぐことが出来たのは、御本人の持つエィラの力によってなのです。エィラはお体を治すということは出来ずとも、体力の回復は出来ますので。そのエィラがなければ、もっと早くに命を落とされていてもおかしくなかったのですよ。王女殿下は」
声を潜め、レイトさんがそう言う。
カァたちとの距離は結構あるけど、万一にでもカァには聞かれたくないんだろう。
そう考えていると、ですが、とレイトさんは続けた。
「そのため、王女殿下のエィラは少しずつ力を失っておりました。エィラというのは力を行使したとて、完全に消失するまでは、少しずつ力が回復していくものなのですが……近年、それも追いつかず、王女殿下は寝込むことが多くなっていたのです。ですがこの地球は、エィラの回復速度がアルズ=アルムよりも早い。なので地球に滞在する限り、エィラからの力の供給が追い付かないということはないであろうというのが、学者や研究者の総意です」
「そう……ですか。良かった……!」
体が良くなるのとは違うのかも知れないけど、カァが元気でいられるのなら、それはすごく良いことだ。
……でもちょっと、レイトさんの言葉には疑問も感じてしまう。
「だけどレイトさん。地球だとエィラの回復が早いといっても、イルのエィラにヒビが入ったときは、中々直りませんでしたよ? 今は、ほら。この通り、直ってますけど」
わたしは服の中からイルの指輪を通したネックレスを取り出し、レイトさんに見せた。
イルも寄ってきて、エィラを確かめる。
「いや、相当回復が早い方だぞ、これは。ヒビなど入ったら普通は数年、直らぬと聞くしな」
「そうなの? 確かにイルたちが帰って、一週間くらいで直りはしたんだけど……でも、カァのエィラにもヒビなんかが入ったりしたら。……そのときは……?」
「そのときはツキハのくれたエィラがある。当が貰い受け、大切にすると誓ったものだが……姉上が必要であれば、……渡しても良いかの?」
イルが左手首の、わたしがあげたエィラを見せながら言った。
それはもちろん、いいに決まってる。
わたしが頷くと、イルは続けた。
「うむ、感謝する。だがなツキハ。本来エィラは、傷などつかぬのだ。アルズ=アルムの物質の中では、一番の硬度を持つものであるしな」
「え? じゃあ何で、イルのエィラにはヒビが入ったの?」
「この地球で一番硬度が高いのは、ダイヤモンドという物質なのだろう? そしてそのダイヤを研磨するには、同じくダイヤを使うと聞く」
「……えっと……つまり?」




