明けの明星、あるいは……③
「一応な。母上は王政を廃すると宣言はしたが、まだ三月半しか経っておらんのだぞ。ほぼ毎日議会は開かれておるが、まだまだ決めねばならんことが多すぎてな。まず大ヴァリマだが。大ヴァリマはアルズ=アルムの神であり、根幹を成すものであった。人の心から、神への信心を取り去ることなど出来んよ。なのでその扱いは慎重を極め、ほとんど何も決まっておらん。政治体制については、平民から成る党を設立することは決定されたが……王族の処遇をどうするかは、まだ未知数だな。今まで当たり前にあった、王という存在を無くすことに反対する民は思った以上に多くてな。母である陛下の人柄も、民に愛されておることだし。なので恐らくだが、王室という存在自体は残るのではなかろうかの。ただし権力を持たぬ……星の代表、といったところが落とし所か」
「えっと……ヴァリマはとりあえず置いくとして、民主制にはなるけど、イルたちはそのままってこと?」
「王家という名は、なくなるかも知れんがの。とにかく、ツキハが心配するようなひどい事態にはならんだろうよ。楽天的な見方と言われれば、否定は出来んが」
「──そっか。良かった……」
そう言って、ふと思い返す。
イルの夢は王様になって、王宮内にいる甘い汁を啜ってるとかいう人たちを追い出して、それから少数者、と言われる人たちも、生きやすい世界を作ることだったんじゃ。
それは……王政がなくなって、民主制になることで叶うんだろうか?
そうだとしたら、イルの夢はお母さんである女王様の手で奪われた……というのは言い過ぎかも知れないけど、なくなってしまったんだろうか。
ちらりとイルを見ると、目が合った。
するとイルはちょっと頭をかき、言葉を選ぶかのように、ゆっくりと、話し始めた。
「あー……、その、だな。ツキハが言わんとすることは何となくわかるが……当は自分の夢が潰えたなどとは考えておらんし、母上に夢を奪われたとも思っておらぬよ。アルズ=アルムがより良き星になるのなら、それは当の手でなくとも良いのかも知れんと、今は思い始めておる。なので、ツキハが気に病むことはない。王族の権力を無にしろという声もあるが、王が今までアルズ=アルムを率いてきたのは確かなので、一議員として政治に参加させるべきだという声もあってな。今後、王族がどうなるかはわからんが……当としては今まで通り、多くの人々と触れ合って様々なことを学び、見聞を広げるべきだという考えに変わりはないのだ」
「そう……なんだ」
アルズ=アルムのこれからの在り方とか、政治の話とかは難しすぎて……わたしにはあまりわからない。
けれどイルが口にする言葉や考え方は、ものすごくイルらしいと思う。
──だったら。
わたしはイルの右手を取り、思ったことを素直に口にする。
「イルがアルズ=アルムのためにと思って、色んなことを勉強するのなら、その知識はきっとイルのために……そしてアルズ=アルムのためになるって。わたし、そう思うよ」
そう。この王子様はものすごく照れ屋だし、何でも自分で背負おうとするような、ちょっと困った人だけど……それは誰よりも、アルズ=アルムのことを思っている証だから。
わたしは握ったイルの手を両手で包むようにして、ぎゅっと力を入れた。
「だから応援するよ! イル!!」
「そっ……!」
うであるか、と呟いて、空いてるほうの手でフードを深く被り、顔を隠すイル。
……何だろう。前にもこんなことあったような。
まあ今は怒ったりしてるんじゃなく、ただ照れているだけだって、わかっているけど。
「はいはーい。そこまで~」
イルから手を引き剥がされると体も引っぱられ、ノセちゃんに耳元で、小声で囁かれた。
「ダメだよぉ、ツキハちゃん。王子は女の子から手を握ってもらっても、気の利いたことすら言えないような、ヘタレなんだからぁ」
「ヘタレ……そんなことないよ。イルは確かに照れ屋だけど、本当はすごく優しいもん」
つられてわたしも、小声になる。
ノセちゃんはため息をつき、まあ、それはねぇ、と頷いた。
「でも優しいからって、それだけでいいわけじゃないでしょ? ツキハちゃんだって、王子に言ってもらいたいこととか、あるんじゃないの~?」
──言って、もらいたいこと。
その言葉に、お別れのとき、言いたいことを全部言ったのを思い出した。
そのあとイルも、何か言ってくれたけど……途中でイルたちは消えて、その言葉はわたしに届かなかった。
……あのときイルは、何て言ったんだろう。
イルを見るとまた座り込んで、琥珀に抱きつきながら何やらぶつぶつ呟いている。
……聞いてもいいんだろうか。
拗ねているというか、何だか落ち込んでいるような雰囲気だけど。
「イ──」
ル、と呼びかけたわたしの声を、
「あ! お兄様ぁ!」
ノセちゃんの大きな声が、遮った。
お兄様って……レイトさん?
その声にわたしも、ノセちゃんが大きく手を振ってるほうへと視線をやる。
この宙見の丘に続く遊歩道を、レイトさんらしきスーツ姿の男の人がゆっくり登ってくる。
よく見ると、その少し後ろにもう一人誰かがいて、レイトさんはその人の手を引いて歩いてるらしい。
二人がわたしたちに近づいてくるにつれ、もう一人の姿も、だんだんと見えてくる。女の子だ。
薄いラベンダー色のワンピースを着て、その上にチェック柄のストールを羽織っている。
身長はわたしと同じくらい。髪は長く、腰まである。髪の色は……銀。
その銀髪に太陽の光が当たると、光を反射して、きらきらと輝く。
まるで夜空に流れる、銀河のように。
わたしたちの近くまで来ると、レイトさんは女の子から手を放した。
そして失礼致します、と一礼をして、後ろに下がった。
女の子と目が合う。青い瞳。そして腰まで伸びた、銀の髪。
イルとよく似たきれいな顔立ちの、大人しそうだけど芯の強そうな、同い年くらいの女の子。
その子はわたしを見つめると、優し気な笑顔を浮かべ、口を開いた。
「──ああ。ようやく……ようやくエンカウント出来ましたね。ツキハ」
その優しい声には聞き覚えがある。
忘れるわけがない。
遠いアルズ=アルムから、一生懸命にわたしたちを助けようとしてくれた、その声の持ち主を!
「──カァ!!」
わたしはカァに抱きついた!
カァもわたしを抱きしめ返しながら、はい、と返事した。
「本当に……本当にカァなんだね!? 会いたかった……! 会いたかったよ! カァ!!」
「ええ、カァです。私も……私も本当に会いたかったのですよ? ツキハ!」
嬉しくて涙が溢れそうになる。
カァもちょっとだけ、目の端に涙を溜めていた。
けれど、わたしは泣かない。
だって泣くより先に、言いたいことがあるから。
──それは。
「あのね、カァ。今さらだけど……わたしと友達になってくれる?」
カァの青い瞳が丸くなり……それから、くすくす笑いだした。
「まあ、ツキハったら。私はとっくに、友達のつもりでしたのよ?」
「──うん! そうだね、カァ!!」
「はい、ツキハ!!」
お互いに名前を呼んで、抱きしめ合う。
しばらくそうしたあと……どちらともなく、そっと体を離した。
そしてまた顔を見合わせ……もう一度、二人で笑い合った。
それからカァは周りを見渡し、琥珀に抱きついたままのイルに目を留めた。
「ごめんなさい、イルヴァイタス。あなたたちのお話の、邪魔をしてしまったのかしら?」
「……邪魔などしとらん。大体ツキハは、当よりノセと話が弾んでおったしの」
イルは琥珀の体を放して立ち上がると、フードを引き下ろしてカァに向き直った。
「あら。それで拗ねていたの? 仕方のない子ね」
カァが、くすりと笑う。
「す、拗ねとらんわ! ……全く。ノセといい、姫上といい……」
そこまで言うと……イルはちょっと考えるような顔をして、
「……姉上といい」
そう、……言い直した。
「──イル! カァ!」
その言葉に胸がいっぱいになって……わたしは、二人に抱きついた!
「良かった。もう、王宮の人たちに遠慮して、仲の悪い振りとかしなくていいんだよね?」
「ツ、ツキハ! そのことは──!」
言うなというように、イルが首を振る。そっか。カァには内緒なんだっけ。
でも、とわたしはカァを見る。
そのカァはというとわたしを見て、笑いながらそっと自分の唇に指を当てた。
その仕草に、ああそっか、と合点がいった。
カァはイルの振る舞いの意味や、その裏にある本心も、ずっと知っていたんだ。
その上でイルの気持ちを汲んで、合わせていたんだろう。
……わからないわけがないよね。
だって本当の姉弟で、しかも双子なんだもの。
わたしの言葉なんか必要ないくらい、お互いの気持ちは、わかりあってるんだよね。




