十三番星 さようなら、遠い星から来た王子様③
「じゃ、ヴェルヒゥンさん、レイトさんたちのお父さんがイルたちのお父さんでもあるの!?」
つい大きな声を出してしまい、イルが唇に指を立てた。
よくあるポーズだけど、レイトさんがやっていたポーズに、面影が重なる。
それにレイトさんはイルに対しては丁寧だけど、どこか砕けた態度だったと思う。
それは……イルとレイトさんの間に、血の繋がりがあるから?
わたしは声を潜め、思ったことを聞いてみることにした。
「イルたちとレイトさんとノセさんのお父さんが同じ、ってことは……兄弟なの?」
「いや。レイトらはヴェルヒゥンの養子、血縁的には伯父と甥姪の関係だと言ったろう」
「あ、そういえば。えーっと……じゃあ、イルたちとレイトさんたちは……」
考えていると、イルがあっさり答えを口にした。
「従兄妹だ。あくまで、ヴェルヒゥンが当らの父と仮定した場合の話であるが。……証拠は、何もないのだしの」
証拠。イルがそう言うからには、確かにないんだろう。
でもレイトさんとイルを見てると、王子様と従者さんっていうより、もっと近い関係に思えた。
それは、従兄妹同士だから?
……ってことは。レイトさんは、イルとの関係を知ってるんだろうか。
「ねえ、イル。レイトさんや、ノセさんはその……」
知っているの? と聞くと、イルはかぶりを振った。
「わからぬ。レイトの性格は、当が物心ついたときからあんな感じであったしの。もし当らが従兄妹だということが事実で、それを知ったとして、態度を変えるような男ではなかろうよ。彼奴は慇懃無礼だが、主人である当に敬意を払っているのだ。あれでもな」
もしレイトさんがそのことを知っているなら、一番の理解者ってのもよくわかる。
けどイルに敬意を払っているというのも、その通りだと思う。
お互いに口に出来たのなら、今以上に、もっと仲良くなれると思うのに。
考え込んでいると、イルがちょっと笑った。
「全ては当の憶測であって、王宮内の噂話と大して変わらぬよ。結局のところは、母上とその相手である父上、そしてアンビツィオにしかわからんことであるしな。それに……当の希望も入っておるやも知れぬ。ヴェルヒゥンが父であったらいいという、な」
「……イルは……ヴェルヒゥンさんのこと、好きなんだね」
「前にも言ったと思うが、当の考えを変えたのはヴェルヒゥンなのだしな。良き王になろうと思ったのも、彼奴の言葉があったからである。もっとも、今は……良き王以前に、王政自体がどうなるかわからなくなったが」
良い王様になることは、イルの夢だった。
わたしもイルなら良い王様になれると思ったし、素直に応援していた。
カァとは王位を巡って争わなきゃいけないのかも、と心配だったけど。
でもその夢は叶わなくなっちゃったんだろうか。
他の誰でもなく、大好きなお母さんの手で。
「イルはその、……怒ってないの? お母さんが、王政をやめるって言ったこと」
そう聞くとイルは自分の気持ちを確認するかのように、ゆっくりと、思いを口にし始めた。
「怒っては……おらん。ただそれは王政を廃すると宣言したのが母上だから、なのだろうか。例えば民主制への梶切りを口にしたのがアンビツィオならば、怒っておったであろうな。だが本当に、母上への怒りは湧いてこぬのだ。……結局のところ当は、親子の情だけで怒りを収めているのかも知れぬ。王子が情に流されるなど、良いこととは思えんが。いや、直に王子じゃなくなるのかも知れんがの。とにかく急なことだったので、まだ頭が混乱しておるというのが今の当の、……率直な気持ちだ」
それは間違いなくイルの本心なんだろう。
イルは、お母さんを恨んだり出来るような人じゃない。
でもイルの中では、お母さんが何も相談してくれなかったことや、自分の夢を諦めなきゃいけないかもってことが、イルの心を押し潰すように、のしかかっているんだろうか。
わたしはイルの力になりたい。
けど、どうすればいいのか、わからない。
だけど……だから。
わたしはただ、イルのもう一つの本心が聞きたくて、口を開く。
「イル。わたしには政治とか、一つの星のゆく先とかは全然わかんない。だけどイルはカァもお母さんも好きで……出来れば、家族一緒に過ごしたいって思いもあるんじゃないの?」
イルは答えない。答えたくないのかも知れない。
それとも、アルズ=アルムの王子として、言っちゃいけないと思ってるのかも知れない。
答えたくないならそれでいい。構わず続ける。
「ここからは、わたしの勝手な想像っていうか、そうだったらいいなっていう希望。多分女王様……イルたちのお母さんは、イルとカァが王位をめぐって争うことがイヤだったんじゃないかな。他にも日本みたいな星にしたいとか、王様は結婚出来ないとか、生まれた子に親として接することが出来ないとか、理由は色々あるだろうけど、一番はそのことだと思う。だって、わたしも思ったもの。イルとカァには争ったりせず、仲良く……二人で笑ってて欲しいって」
「……ツキハ」
イルはまっすぐわたしを見て、ちょっと笑った。
「不思議だな。汝がそう言うと、それが正解のような気がしてくる」
「わたしの、勝手な願望だよ?」
「それでも良い。汝が口にする願望は悪くないと……当にもそう、思えたからの」
「……そっか」
「うむ。そうだ」
またお互い言葉がなくなり、足元に目をやる。
片っぽだけのスリッパ乗せている、わたしの両足。
それを枕に、琥珀はくうくう、眠っていた。
今は、三時くらいだろうか。すごく静か。
この辺りは都会と違って外灯も少なくて、見える範囲にある明りといえば、わたしたちを包む三日月だけ。
……そういえば昨夜もイルと月を見た。満月だった出会いの夜や、昨夜とも比べると、月はどんどん細くなっていってる。
月が欠けてゆくまでの間に、色んなことがあった。
多分、わたしが今まで生きて来た十一年の中で一番、色んなことが。
だけどこの細い月が沈んで、お日様が上がったら。
全部、終わりなんだ。
……ううん。終わりじゃない。
わたしもイルも、普通の生活に生活に戻るだけだ。
イルにとっては、王子様としての普通の生活じゃなく、全く新しい日常が待っているのかも知れないけど。
だけどイルは、それがどんなに大変な日々でも弱音なんて吐かないと思う。
だってそれは、お母さんを責めることになるだろうから。
この王子様は、本当に意地っ張りで……そして、誰よりも優しいから。
「イル」
名前を呼ぶ。一番言いたい言葉を、ぐっと飲みこんで。
「きれいだね。お月さま」
「ん? ああ──」
イルも顔を上げ、金色の、自分の髪と同じ色の三日月を見上げる。
そして昨日と同じような言葉を、わたしの心に染み入るような、優しい声で言った。
「──……綺麗だな。ツキハ」
「それでは、お世話になりました。何のお返しも出来ず、心苦しく思います。御祖父母様」
イルは胸の前に手を当て、深々とおじいちゃんとおばあちゃんにおじぎをした。
レイトさんもお腹に手を当て、きっちり頭を下げている。
後ろに回しているほうの手には、大きな紙袋が下がっているけど。
今は朝の十時。
ついさっきバイク屋さんがやってきて、レイトさんのバイクは持って行かれた。
その前にレイトさんは、朝早くからやっているという、洋菓子屋さんに行ってきたらしい。
ノセさんへの、お土産だそうだ。それにしちゃ、大きな袋だけど。
聞いてみると、他にも召し上がりたい方がおられるでしょうから、とのことだった。イルのことだろうな、と思う。それとカァも、その中に入っているのかも知れない。そうだったらいいな、と考える。
イルとカァと、レイトさんとノセさん。
そして、いつか……イルたちのお母さんと、お父さんもそこに入れるようになればいいな、とも。
「じゃあ、出発しようか」
パパの声で我に返った。
ママも支度は済んでるらしく、さっそくパパの車の助手席に乗る。
パパが運転席につくと、後部座席にレイトさんとイルも乗り込む。
イルのバッグに入れてあるヴァリマも既に車に積んである。
わたしもそれに続こうとして……やっぱり、と思い直した。




