十三番星 さようなら、遠い星から来た王子様②
「うむ。これもレイトに聞いたことだが、二十五年前の流星群の夜、研究所の屋上で天体観測なるイベントを行っておっての。だがミズ・トウコは一人、遅れてきたらしい。何でも、人と接しようと決意するに時間が掛かったとか。着いたときには皆、解散したあとでな。落胆し、帰る前に流れ星だけでも見ておこうと丘に登ったところ、母上とヴェルヒゥンに出会った……もとい、エンカウントしたのだとか」
「へえ……」
そういえばエンカウントってのは、ゲームで覚えた言葉だって、ママが夕食のときに教えてくれた。
イルがよく言う地球の言葉も、ママからのものが多いみたいだし。
そしてそれをナノマシンに入力したのは、イルのお母さんなんだ。
二人はよっぽど、仲が良かったんだろうな。
「そこで」
考えていると、イルがパジャマのポケットから何かを取り出した。
手のひらサイズの、丸い端末。白光装置だ。
「明日天文研究所の丘に行き、この白光装置を起動させ、アルズ=アルムの座標を入力する。正しい座標が入力されればワープ機能が作動し、当らはアルズ=アルムに帰還と相成るのだ」
「……そっか」
「……うむ」
イルが白光装置をしまうと、また沈黙が、わたしたちを包む。
今度の沈黙は……ちょっと、イヤだ。
わたしは何とか、別の話題を口にする。
「あ。レイトさんのバイクはどうするの? 持って帰るとか? でもガソリンとか、アルズ=アルムにはあるのかな」
「ガソリンという物質はないな。あのバイクは明日……いや今日の朝、業者に下取りして貰うよう、連絡をつけたと言っておった。まあ地球の貨幣を貰っても、無用の長物ではあるがな。かと言って、御祖父母様のお宅に置いておくわけにもいかんしの」
お金が無用の長物、という言葉に、ふと疑問に思う。
そういえばレイトさん、あのバイクをどうやって買ったんだろ。
食材だって、レイトさんが買ってきてくれた。
パパたちは少しでもお金を出そうとしたけど、殿下がお世話になったお礼ゆえ、代金など結構です、とか言って、受け取ってくれなかったとか。
地球のお金は、どこから出したんだろ。
「無用の長物っていうけど、レイトさんのお金はどうしたの? イルはともかく、レイトさんは持ってたよね?」
「ああ。地球の貨幣は流通こそしとらんが、アルズ=アルムに嫁入りやら、婿入りしたものがおると言ったであろう? よって地球の貨幣は、その者らが持ち込んだ物だ。他にも出身を隠し、地球で調査員として働いている者もおるしの。その者らの当座の生活のため、地球の貨幣を渡すことがあるのだ。レイトには、母上が持たせたのであろうよ」
「そうなんだ。でも誰かが使うのなら、無用の長物じゃないんじゃ?」
「そう……だの。当らにとって、という意味で、その言葉を使ってしまった。当らはまた地球に来れるか……わからんからの」
また体が……心が、重い。
そんなわたしの様子に気づいたのか、イルはわたしに向き直り、明るい声で言う。
「それよりツキハ。母君や父君と和解……というのも変であるか。とにかく、全て吐き出せて良かったの。何よりも汝のことを思ってくれる、良き御両親と、御祖父母ではないか。大切にするのだぞ」
そういうイルの顔は、王子様らしい気品と、大人びた空気を纏わせていて……確かにイルはわたしより年上で、……アルズ=アルムの王子様なんだってことを実感させる。
「……うん。イルも……カァやお母さんと、仲良くね」
「努力する。まあ汝らと違い、当らの親子関係というのは、獅子が子を千尋の谷に突き落とすようなものだが。だがそれも、互いに承知の上だ。しかし、ツキハに怖い思いをさせたことについては、母上に文句を言わんと気が済まぬがの」
最後のヴァリマのことかな。
確かにお母さんが息子対してすることにしては、ちょっとやり過ぎな気はするけど。
でも、イルたちは承知の上だったって言うし。
それより……あんな厳しい儀式をさせなきゃいけなかった女王様のほうが、心が痛かったんじゃないのかな。
イルがお母さんを大好きなように、イルたちのお母さんだって、イルとカァのことが大好きなんだろうし。
「そんなのいいよ。イルだってわかってるんでしょ? イルのお母さんが、イルをいじめたくてあんなことをしたんじゃないってことに」
「それは……そうだが」
「それにね、わたし思うの。女王様がアルズ=アルムを民主制にしようとしたのは、イルたちのためじゃないかって。あ。もちろん、他にも色んな理由はあるのかも知れないけど」
「……当らのため?」
「その……イル、言ってたでしょ。王族である以上結婚は出来ないし、親として接することも出来ないって」
「確かに言ったが……そんなことのためにか?」
「ただのわたしのカンだよ。でもわたしにとっては、親にもお母さんにもなれないってことが〝そんなこと〟とは、とても思えないよ。……結婚の自由がある日本で育ったわたしだから、そう思うのかも知れないけど。現に女王様だって、好きになったイルのお父さんと、結婚出来なかったんでしょ? それにイル、言ってたじゃない。星のためには必要な犠牲があるって。女王様はイルたちがそんな風に考えたり、犠牲になるとか言って欲しくなかったんだと思う」
するとイルはうつむき、何かを考え込んでるような表情になった。
何を考えてるんだろう。
誰かもわからない、お父さんのことだったりするんだろうか。
……だとしたら、わたしは余計なことを言っちゃったのかな。
イルを困らせたくも、悲しませたくもないのに。
「イル──」
ごめん、と言おうとしたのと同時にツキハ、と声を掛けられた。
イルはわたしを見ていた。
真っ直ぐな目。その顔は困っているようにも、悲しんでいるようにも見えなかった。
ただ……何か、強い意思を感じる。
「……ここだけの話がある。このことは母上や姉上、レイトやノセにも言えぬ。だが、汝だけには打ち明けたいと思う。……思うの、だが。聞いてくれるか? ツキハ」
誰にも言えない話を、わたしだけにしてくれるというイル。
その〝わたしだけ〟は、あの、イルとエンカウントした夜に思った〝わたしだけ〟よりも、ずっと特別で……嬉しかった。
だからわたしは、ただ頷いて、
「話して。イル」
と、先を促した。
「……食事の際、汝の御祖母様が申されたことを覚えているか? その、母上とヴェルヒゥンが……兄妹には見えなかったと」
「え? うん。でも実際、本当の兄妹じゃないんだし、そう見えても不思議はないんじゃ?」
兄妹として振る舞っていたんだとしても、おばあちゃんもカンは良いほうだし……バレてもおかしくないと思う。
「確かに、兄妹ではないしの。そう見えずとも不思議はない。……そして兄妹でないのなら、恋仲になっても、それこそ不思議はないと思わんか?」
「…………え?」
イルの言葉の意味を理解するのに、時間がかかってしまった。
恋仲……イルのお母さんと、従者さんであるヴェルヒゥンさんが?
そんなこと出来るの?
一つの星を治める女王様と、……その従者さんが?
「王が選んだ相手というのは、王宮内で秘匿される。宰相を除いてな。アンビツィオは誰かは言わぬ。彼奴は自分や星の利にならぬことはせんのだ。だが、人の口に戸は立てられん。当らが産まれてすぐ、王宮内には噂が流れ始めた。当らの父は、母上随一の臣下であるヴェルヒゥンだと言う噂が。その噂が大きくなったころ、ヴェルヒゥンは職を辞した。だがヴェルヒゥンはピスティス……即ち、〝忠誠〟の名を王家から与えられた、代々続く従者の家系だ。それを裏切ることは出来ん。よって養子に迎えたレイトとノセを当と姉上にあてがい、忠実な従者になるよう言い含めた。ヴェルヒゥンの望み通り、レイトらは当たちの一番の理解者になった。レイトは敵が多いと言ったことがあったろう。それもこれも女王の相手である、ヴェルヒゥンの血を継ぐ者と目されておるからなのだ。もしヴェルヒゥンが当らの父と明かされたら、その血族であるレイトやノセも、多大な権力を持つかも知れぬと怖れてな。下らん話だ。レイトもノセも、そしてヴェルヒゥンも……王宮内での権力など、何の興味もないというに」




