十二番星 それぞれの思い⑤
「そうね。私は小さい頃から、人付き合いが得意じゃなかったけど……中学生になると、それがますますひどくなっていった。何よりも人に嫌われるのが怖くて、決して誰からも嫌われずにいられる、ゲームの世界に逃げ込んでいた。……父さんと母さんには、散々心配かけたわ。ごめんなさい。でも私は、今も、あの頃も。父さんと母さんが大好きなのは変わってないわ」
ママはおじいちゃんとおばあちゃんにそう言うと、わたしの頭を撫でてくれた。
「まあ、今でもあまり、人付き合いは得意じゃないけどね。でもレィアたちと出会って、自分が地球のすみっこで生きてる、ほんのちっぽけな存在だってことに気づいたのよ。そんな人間が誰に好かれようが、嫌われようが、大したことじゃないってね。あ。もちろん、倫理に悖るような行動をとった上で嫌われるのは別だけどね。とにかく、レィアたちとエンカウントしたことで、私の人生は変わったわ。だってレィアたちとの出会いがなければ、明くんとも出会えなかったかも知れない。そうすると必然的に、月花が生まれることもなかった。だからレィアには感謝してるのよ。本当に。月花に、エンカウントさせてくれたんだもの」
パパもぽんぽん、とわたしの頭を撫でてくれる。
「…………ママ! パパぁ……っ……!!」
わたしを抱きしめてくれている、二人の背中に手を回す。
泣かないって決めていたのに、涙が溢れてくる。
ママは優しく、涙を拭ってくれた。パパはそっと、ハンカチを渡してくれる。
ひとしきり泣いたわたしは、ハンカチで涙を拭いて二人から手を離し、イルに向き直った。
「ごめんね、イル。せっかくのイルのお祝いなのに、泣いたりなんてして」
やっと自然に、笑顔が作れた。
そんなわたしを見て、イルも笑顔を返してくれる。
「いや。ツキハの長年のわだかまりが解け、笑えるようになったのなら……何よりである」
そう言ってから、ところで、とイルがママに顔を向けた。
「ミズ・トウコ。母との出会いがなければ、アキラ先生と出会ってなかったというのは、どういうことですか?」
ああ、とパパとママが顔を見合わせて、ちょっと照れくさそうにする。
「大したことじゃないの。明くんに出会う前も、私はこの町の天文研究所に勤めていたのよ。NASAの試験を受けるには学力も知識も全然足りなかったし、それまでの繋ぎと思ってね」
「そのころ僕は大学生だったんだけど写真家志望でね。この町が流星群の絶好の観測スポットと知って、少しの間、休学してこの町に来たんだ。実績を作りたくてね。そこで、天文研究員として流星群のツアーガイドをしていた、燈子さんに出会ったってわけ」
「さっきも言ったように、私が天文学の道へ進んだのはレィアと約束があったからよ。だから明くんと出会えたのは、レィアのおかげってことになるでしょう?」
「……なるほど」
今まで黙って聞いていたレイトさんが、大きく頷いた。
「陛下とトウコ様の出会いがあり、時を経て御二人の御子様らが邂逅……いえ、エンカウントしたわけですか。……ところでトウコ様。陛下からいただいたエィラは、所持されてた二十五年間の中で、光ることはありましたか?」
「そうね、月花に渡したのは五年前だから、私が知ってる限りでは二十年の間ってことになるけど……実は、何度かあったわ。本当に弱々しい光で、すぐ消えちゃっていたけど。月花は? イルくんと出会う前、光ったことがあった?」
「えっと……二、三回くらい。でもわたしが見たときも、すぐ消えちゃったけど」
「それは、流星群の夜でしたか?」
わたしとママは顔を見合わせて、頷く。その通りだ。
光ったのは確かに、どれも星が降る夜のことだった。
その中でも、イルと出会ったあの夜が一番強く、光を放っていたけど。
「ママ。わたしのエィラは、女王様……レィアさんに貰ったものなんだよね? それに……実は精製前の不完全な物で、しかも壊れた状態だったって」
そう。確かにディーさんは、そう言っていた。
なのにどうして、このエィラはヴァリマじゃなくて、エィラとしての力を持っているんだろう。
わたしの質問に、ママは黙ってしまった。
同じ疑問を、ママも考えているんだろう。
「……イルくん。レイトくん」
これは推測なんだけど、と前置きしてから、ママは姿勢を正して二人の方に体を向けた。
「私が貰ったのはレィアが持ってきた、儀式のせいで壊れたエィラだったわ。しかも精製前の状態、つまりヴァリマだったと今日、初めて知った。それから私の手元にあった二十年の間、特別なことは何もしてないわ。したことといえば、常に身に着けていられるよう、アクセサリーとしてブレスレットに加工してもらったくらい。そのヴァリマは儀式の際に傷ついていびつな形だったけど、それ自体は無加工でお願いしたわ。思い出の品に、必要以上に手を加えることは憚られたのよ。なのにヴァリマは、いつの間にかアクセサリーとして相応しいよう丸く、角ばったとこのない形へと姿を変えていた。何年もかけて。……ひょっとしてヴァリマは精製しなくても、持ち主の望むよう姿を変えて……エィラへと変質していくんじゃないの?」
イルとレイトさんは顔を見合わせ……二人とも黙ってしまった。
しばらくそうしていたかと思うと……不意に、イルが口を開いた。
「……ミズ・トウコ。あなたの推測は、少なくとも我が故郷、アルズ=アルムでは当てはまりません。ヴァリマは精製しないと、エィラとして覚醒しない。そして形も然り。長い歴史を紐解いても、それは確かです。ですが……母上があなたに差し上げたヴァリマは、確かにエィラとして存在しております。それはこの地がヴァリマが降り注ぐこの地球だからこそ、成しえた奇跡ではないのかと……当はそう、愚考致します」
ヴァリマが降り注ぐ地球。
流星群の夜にしか光らなかった、元はヴァリマである、エィラ。
ということは……つまり。
「イル。もしかして、地球に降ってくる流れ星って……みんな、ヴァリマなの?」
「いや、全部ではない。現にツキハのエィラが光ったのは流星群の夜だったと、汝らも申したであろう。たった一つの流星にヴァリマが含まれている可能性は非常に低いが、流星群のように母数が多ければそこにヴァリマが含まれている確率が上がるというだけの話だ。光ったときは、その流星の中にヴァリマが含まれていて、それに汝のエィラが反応したのであろうな」
「……ヴァリマって、アルズ=アルムの人たちが降らせてるんじゃないの?」
「それは違います」
黙っていたレイトさんが、きっぱり否定した。
「確かに儀式のため、アルズ=アルムの為政者はヴァリマを利用します。ですがあくまで利用であって、地球を狙って落としているわけではない。どうやら地球にはヴァリマを引き付ける何らかの物質があり──通常、それはヴァリマかエィラなのですが──とにかく、ヴァリマは度々流星群の中に紛れ込み、地球に落下していた。そのヴァリマに目を付けた為政者は、儀式と称してヴァリマを手に入れることにしたのです。ヴァリマをエィラとして精製すれば、願いを叶えて貰う度に、エィラは摩耗していきますからね。ヴァリマが多いにこしたことはない。……とはいってもただ拾ってくるだけでは、民に対し何のパフォーマンスにもなりませんし、成年の儀として相応しいとは思えませんからね。儀式とは王が自らが自身のエィラで、ヴァリマをコントロールし、王子や王女を追い詰めるのです。そして、危機をどうやって乗り越えるのか。それを示すことが、儀式の本当の目的であり……次期王位継承者としての資格を得ることになるのです」
「え……?」
ほとんど音もなく落下し、そして最後のヴァリマはしつこくわたしたちを追い回してきた。
それはまるで、ヴァリマに意思があるようだった。
その意思ってのは、……つまり。
「イルの……お母さんが!?」
イルを見ると、決まり悪そうに頬をかいていた。
「その……まあ、そうだ。無論、当も姫上も知っておった。……本来なれば、部外者には秘匿すべき事柄なのだが……」
イルがちらりと、レイトさんを見た。
その視線を受けたレイトさんは、何の悪びれもなく、にっこりと笑う。
「……こやつの態度から見るに、汝らには明かして良いと陛下から許可されておるのだろう。そうだな? レイトよ」




