十二番星 それぞれの思い④
「宰相様を引き取りに来た官吏から預かった物でございます。バイクの収納ボックスに入れ、なるべく衝撃を加えぬよう持ち帰ってきましたが……形が多少崩れてしまいました。どうか、ご容赦を。殿下」
ケーキのお皿を食卓に置くと、イルはくっくっと笑い出した。
「馬鹿者。当にそのような嘘が通じると思ったか。そうなったとして、汝がこの程度の崩れを直せぬわけがなかろうが。直さぬのは、それが臣下として度を越えた行いだからであろう? ……確かにこれは、陛下の作ったものであろうな。あの方が何かを作ろうとすれば、こうなるであろうよ。こういうことにかけては、不器用極まりないからの。陛下……いや」
フォークでケーキの上に乗ったイチゴに似た果物をちょんと突き、
「……母上は」
そう言って、優しい顔でイルは笑った。
「確かにそれは、レィアの作ったケーキね。あの子は頭はいいけど、色々不器用だったもの。むしろ、よく作れたなって感心したわ」
ママもくすくす笑いながらそう言うと、今度は真面目な声になってイルに言った。
「イルくん。私も、レィアが王政自体を廃止するつもりかはわからない。けれど、あなたたちを苦境に立たせることは、決してしないと思うわ。……昔ね、レィアに聞いたのよ。アルズ=アルムの制度で自分は結婚は出来ないし……子供が生まれたとしても、世の親のように愛情をかけてあげられないって。けど、ほんの少し……ほんの一度。一生に一度だけでもいい。母親らしいことをしてあげたいって。多分アルズ=アルムでは、王は自分の子に、こんなささやかなお祝いすら出来ないのでしょ? だからこそ、アルズ=アルムから遥かに遠い……気が遠くなるほど離れたこの地で、やっと母親らしいことが出来た。そのケーキは本当の意味であなたとレィアが母子としてエンカウント出来た証だと……私には、そう思えてならないわ」
「そう……ですね」
イルがママを見て、小さく頷く。
「本当のところは、母上と話してみなければわかりませんが……ミズ・トウコ。あなたと母上は、大切な友人同士であられるのですよね?」
「ええ。小部屋に隠れてるとき、二十五年ぶりに話したけど……とてもそんな時間が経ったなんて思えないほど、おしゃべりが尽きなかったわ。今でも私にとってレィアは一番大切な友達で、レィアにとっての私もそうだと確信出来る。本当に……本当に、大切な友達だから」
ママはどこか遠くを見てるような目でそう言った。
見ているのは多分、出会ったころのママと、イルのお母さんで……そして、今は遠い遠いアルズ=アルムにいる、レィアさんだ。
「ママ」
つい、呼びかけてしまった。ママがこちらを見る。
その目はちゃんと、わたしを見ていた。
──遠い星の友達じゃなく、今、ここにいるわたしを。
そんなママにほっとして……そして、もっとママの声が聞きたくて、わたしは口を開く。
「……ママが天文のお仕事をしたいって思ったのは、レィアさんとまた会いたかったから?」
「そうね。レィアとヴェルさんがアルズ=アルムに帰るとき、約束したの。また会おうって。それから私は猛勉強して博士号も取り、何とか宇宙に関われる仕事に就けたわ。年度更新で、期間限定の嘱託職員とはいえ、ね」
「でも!」
思わず大きな声が出てしまった。
みんなが驚いたように、わたしを見る。
イルも、パパも、おじいちゃん、おばあちゃんも。
……もちろん、ママも。
わたしだけを見てくれているママに対し、今まで堪えてたものが溢れ出す。
「でも本当は、ママはNASAの職員さんになるはずだったんでしょ? ……わたし、知ってるんだよ? 六才の頃、ママの本を借りようとして書斎に入ったとき、タンスの上の物入れを落としちゃって……その物入れの中に、NASAからの合格通知が入っていたのを」
「ナサ、……アメリカ航空宇宙局か。そしてこの地球のどこより、宇宙に近いと言われておるところだな。そのような場所では、職員になるのもさぞ狭き門であろう。それに合格するとは本当にミズ・トウコは、大した才媛だの。しかしならば何故、そこへ行かなかったのだ?」
イルが、純粋な疑問をぶつけてくる。何故?
何故って、それは──。
「……わたしが、生まれるから」
そのことを知って以来、わたしの胸の中にだけしまって、カギを掛けていた。
だけど、口にしたことでそのカギは壊れ……しまい込んでいたものが、言葉になって零れ落ちる。
「合格通知の日付は、わたしがママのお腹の中にいるときのものだった。だから、諦めたんでしょう? レィアさんと約束した、大切な夢だったのに……わたしが、ママの夢を奪ったんでしょう!?」
しん、と辺りが静まりかえる。誰も、何も言わない。
言ってしまった。ずっと、一生黙っておくつもりだったことを……言ってしまった。
涙が溢れ出しそうになる。けど泣かない。泣く資格なんかない。
だって、わたしのせいでママは──。
「……馬鹿ね」
ふいに、温かいものに包まれた。その温もりに顔をうずめる。見なくてもわかる。ママだ。
……わかるもの。わたしには。
「ううん。本当に馬鹿なのは私ね。未練がましく、いつまでもあんな通知取っておいて。本当に……馬鹿」
「……そうか。月花が僕たちにわがままを言わない理由が、やっとわかったよ」
パパの声が聞こえると、今度はママごと、パパに抱きしめられた。
「こんな小さな体で……ずっと、我慢していたんだね。自分自身に負い目を感じて、わがままを言わないよう律していたのか。馬鹿なのはパパもだ。気づいてあげられなくて……ごめん」
「……パパ。ママ……」
「確かに、合格通知を受け取ったときは驚いたわ。元々、駄目元のつもりで受けた試験だったし。だから、本当に嬉しかった。でも私はね、自ら辞退したのよ。だって、お腹に月花がいることがわかったあとだったから」
「……迷わなかったの?」
恐る恐る顔を上げて、ママを見る。
するとママは、迷うものですか、ときっぱり言った。
「レィアとの約束は大切よ。でもそれは、NASAに入ったからって達成出来るわけでもないし、だいたい宇宙飛行士じゃなく、ただの一職員としての合格通知だしね。それに比べたら、ずっと待ち望んでいた子供の方が大切に決まってるでしょう。父さんも言ってたけど、優先度が違うのよ。NASAなんかより、月花のほうが私たちにとっては大切で……かけがえのない宝物なのよ。……もちろん今も、ね。じゃなきゃ、大切な友達に貰ったエィラを、託すわけがないでしょう」
ママの言葉に、パパも頷く。
「だいたい、合格通知を取っておいたのは僕のせいだしね。いつか月花は見せたいと思って、取っておくように言ったんだよ。君のママは、こんなにすごい人なんだと知って欲しくてね」
全く、と言って、おばあちゃんがため息をついた。
そして続ける。
「燈子もだけど、明さんもわかってないのね。親がどんなにすごいかなんて、子供には関係ないのよ。子供にとっては立派な親だろうが、ひどい親だろうが関係ない。親になったってだけで、子供を無条件に愛せない親はたくさんいる。子どもを虐待して捕まった親なんて、しょっちゅうニュースで見るでしょう? けれど、子供はそうじゃないわ。子供ってのは、生まれたときから無条件で親が大好きなのよ。そうでしょう? 燈子」
「まあ、子育てを終えた、今の俺らだからこそ言えるセリフだけどな。子育て中はそれだけで精一杯で、子供の本当の気持ちなんて中々わからないもんだ。……俺らも、燈子が人と上手くやっていけないことに、散々悩んだものな」
おじいちゃんも、しみじみと言った。
パパがお恥ずかしい、と言って頭をかき、ママもくすりと笑う。




