十二番星 それぞれの思い③
「べ、別に教えたわけじゃないわよ! ただ、そのころから口癖だったのは確かだから、地球人の一般的な口調と勘違いしてナノマシンに入力したんじゃないのかしら。……でも、人口に膾炙するとまではいかなくても、ナノマシンを入れている人全員に私の口癖が知れ渡っているのかと思うと、それこそスーパー恥ずかしいわね……」
そう言って、ママは食卓に突っ伏してしまった。
けどわたしは、ママの知識がナノマシンに入ってると聞いて、色々なことに納得した。
イルのスーパー何とか、という言葉も、ママからだったんだ。
それと、甲斐犬のことを知っていたのもママの知識からかな。
ママは昔から犬が好きだったけど、おばあちゃんのアレルギーもあって、家では飼えなかったらしい。
でも近所に甲斐犬を飼ってるお家があって、たまに遊ばせて貰ってたことがあるって聞いていたし。
「あ。でも、いただきますとかのデータは入ってなかったよね。何でだろ?」
わたしの疑問に、イルが答えてくれる。
「ナノマシンに入力するデータは、他星の基本情報がほとんどだが、アルズ=アルムの習慣を変えてしまうようなものは除外されるのだ。入力したとして、ナノマシンのデータをチェックする管理局によって、削除されることもある。何しろ複数の生活習慣が入ってくると、混乱の元になりかねんからの」
なるほど。個人の口癖ならそこまで生活に影響しないから削除されなかったのかな。
でも、とわたしはまた、疑問に思う。
ママの口癖を言ってるのは、イルだけだよね。
わたしの聞いた範囲ではカァやレイトさん、ディーさんも口にしてなかったと思うけど。
それに、教えられた張本人の女王様だって、言ってなかったような。
「ナノマシンからの情報をどう使うかは、当人の自由ですからね。現に自分にとっては一個人の口癖よりも、バイクの操縦法や、地球の料理の知識のほうに魅力を感じます」
洗い物を片付け終わったのか、レイトさんが戻って来た。
そういえば確かに、レイトさんは初めて見たはずのバイクもすぐに運転出来たって言うし、作ってくれた料理だって地球のものだ。
レイトさんが帰って来たとき、買い込んできた食材はバイクに大量に積んでいたけど……料理の本はなかったはず。
調理中も、何も見ずに作っていたし。
「そういえばさっき食べた料理。二人が国に帰るんでお別れ会を開いたとき、母さんが作った料理だったんじゃないか……?」
おじいちゃんの言葉に、おばあちゃんも頷く。
「ああ、そんなこともありましたね。でもあなた、よく料理の種類まで覚えていましたねぇ。レィアちゃんたちの名前は忘れていたのに」
「それはまあその、……優先度の違いだ。二十五年も前に数日泊めた二人の名より、母さんが頑張って作ってくれた料理のほうが覚えてるものだろう。普通」
「あら。ありがとうございます」
くすくすとおばあちゃんが笑いながら答え、おじいちゃんは照れくさそうにしてた。
相変わらずこの二人も仲が良いな。
そんな二人を横目に、ママはレイトさんにお礼を言っていた。
「そう……だったわね。ありがとう、レイトくん。美味しかったわ」
「いえ、御祖母様にはとても敵いません。ですが喜んでいただけたのなら、何よりです」
お腹に手を当てきれいな姿勢でおじぎするレイトさんに、わたしたちも慌ててごちそうさまでした、と頭を下げる。
その言葉にレイトさんはいいえ、と言って、にっこり笑ってくれた。
そういえばイルが、レイトさんは女性にモテるって言ってたけど、確かにそうだろうなあ。
顔もきれいだし、料理を始め色々出来るし……何より、物腰が柔らかいし。
……確かにイルに対しては、丁寧ではあるけど、あまり遠慮がない気はするけど。
そんなことを考えていると、食卓前で正座をしたレイトさんに、ママが改めて質問をした。
「ねえレイトくん。宰相様を官吏に引き渡したとき、アルズ=アルムの様子は聞かなかった? その、混乱に陥っているとか……」
「そう……ですね。市井は混乱というより、陛下の御言葉自体が理解出来なかった者が大多数だったようで、目立った混乱や暴動などは起きてないとのことでした。ですが説明を求める声は多く、陛下も改めて今後のアルズ=アルムの方針について、近く声明を出されるようです。それよりも現在は、王宮のほうが混乱しているようで。民主制を理解しておる者は政治の有り様が変わることによって、自分の地位が脅かされるのではないかと戦々恐々のようですよ」
「……レィアはどうなの? 民主制になって、今の立場がどうにかなるとか……」
「ご心配には及びません。民主制に移行するとは言っても、今日明日に出来ることではありませんし、陛下の座はしばらくそのままですよ。もっとも、今まで甘い汁を啜ってきたどこぞの貴族が、陛下に危害を加える恐れがないとは言えませんが」
「危害って……大変じゃないか! 大丈夫なのかい⁉」
「王宮には根回し済みの、民主制に賛同される方も多少なりといらっしゃいます。それに憚りながら、陛下には自分の妹のノセを始め、腕の立つ護衛も多数おりますので心配はないかと」
「根回し済み……母、いや陛下は二十五年前もから、この日のために動いておったのか。……知らなかったのは当だけか? レイトよ」
レイトさんに対するイルの声が、寂しそうに聞こえた。
確かに、お母さんからそんな大切なことを話して貰えなかったのなら寂しいし、……悲しいと思う。
「いいえ。カァミッカ王女殿下も、存じておられなかったはずです。自分も、此度の革命……と言っていいかはわかりませんが、とにかく陛下から計画の全容を聞いたのは、殿下の儀式が始まる半年前でございます。それからはアンビツィオ様に取り入れるよう、色々奔走しましたが。……決して、殿下を信じてないから黙っていたわけではないと、自分は思っております。ただ儀式前で神経質になっていた殿下や、その殿下を案じる王女殿下に、要らぬ心配を掛けたくはなかったのではないでしょうか」
「要らぬ……? アルズ=アルムの大事が、王子である当にとって要らぬことと申すのか?」
「陛下の御考えなど、一介の従者である自分には理解出来るわけもございません。ですが」
そこまで言うとレイトさんは立ち上がり、台所から何かを持ってきた。
「これは……何だ? レイトよ」
レイトさんが手にしているもの。それは、一ピースのショートケーキだった。
レイトさんの手作り? それにしては形が不格好というか、すごいぐちゃぐちゃな気が。カットされた断面はきれいだけど。
そしてよく見ると、一つだけ乗ったイチゴのような物はイチゴじゃなくて、別の果物? だ。
初めて見る物なので、どんな食べ物かまではわからないけど。
「はい。こちらはケーキと言う名で、地球では祝い事をする際に食する物とのことです。そうですよね? ミズ・トウコ」
「そう……だけど。でも、私たちのお別れ会では食べなかったわよ? レィアに誕生日の風習については、話したことはあったと思うけど」
「ええ。このケーキだけは、二十五年前の再現ではありません」
レイトさんはフォークとケーキを乗せたお皿をイルに手渡すと、片膝を立て、お腹に手を当てて頭を下げた。
「改めまして、イルヴァイタス王子殿下。無事儀式を終えられましたことを、慶び申し上げます。殿下付きの臣下としては、何も力添え出来なかったことを歯痒く……そして、申し訳なく思います。ですが殿下。このケーキは自分が作ったものではなく、女王陛下が手ずから御作りあそばせた物でございます。儀式の成功を祝いたいと、御自らおっしゃって」
「……! 陛下が!?」
イルが手にしたケーキを、まじまじ見つめる。




