十二番星 それぞれの思い②
「さすがにもう、お腹いっぱいで入らないわよ。みんなは?」
ママの言葉にみんなで頷く。
確かに全部美味しかったけど、お腹はもう、ぱんぱんだ。
「左様でございますか。では、自分は片付けに入りますので、皆様はご歓談をお続け下さい。……ああ。ツキハ様は、自分と義父のことを聞きたかったのでは?」
「え?」
確かに聞きたかったけど……口には出してなかったよね。そんなに顔に出てたんだろうか。
それとも、と思って、食卓の上を片し始めたレイトさんを見る。
それとも……おばあちゃんが言いかけたことを、言わせたくなかったんだろうか。
「ああ、言っておらなんだか。レイトとノセはの、ヴェルヒゥンの養子なのだ」
養子? イルがレイトさんを見た。
すると視線を送られた本人は頷き、お皿を持って台所のほうに行ってしまった。
手伝いたいけど、これは……イルに話を任せたってことだよね。
なので、わたしはイルに向き直り、話の先を促した。
「養子って……じゃあ、そのヴェルヒゥンさんと、レイトさんたちは血が繋がってないの?」
「いや。ピスティス家の血のことは、アンビツィオも言っておったであろう? レイトとノセはヴェルヒゥンの養子でもあるが、血の繋がりから言うと伯父と甥、姪の関係なのだ」
「おじさんと甥って……えっと、レイトさんたちのお母さんが、ヴェルヒゥンさんのお姉さんか妹ってこと?」
「うむ。レイトたちの母はヴェルヒゥンの妹だ。だがレイトとノセが幼いころ、両親ともに、事故で亡くなってな。それで伯父であるヴェルヒゥンの籍に入ったのだ。ヴェルヒゥンは当時も今も独り身ではあるが……アルズ=アルムでは、問題なく養子がとれるのでな。犯罪歴などがあれば別だがの。まあ、この日本ではどうかは、ナノマシンのデータにはないが」
「事故……」
ディーさんがピスティスという名に向けていた敵意を思い出す。
そのピスティス家の人と、その旦那さんが事故でいっぺんに亡くなった。
……それは、本当に事故だったんだろうか。
「ツキハ」
イルの声で、我に返る。
「何となく汝の考えは予想がつくが……レイトらの両親は確かに事故で身罷ったと、当はそう思っておる。アンビツィオは野心家ではあるが、決して邪悪な男ではなかった。そういう彼奴が、当は嫌いではなかったしの。……それに何より、事故死を装うのならばヴェルヒゥン本人を狙うほうが手っ取り早いであろう。そもそも事故に遭ったころ、レイトらの母は結婚し、既にピスティスの籍から出ておったのだしな」
「あ……うん。ごめん……」
怖い人だったからつい疑っちゃったけど……わたしは、ディーさんのことはほとんど何も知らない。
そんなわたしが、ディーさんのことを人殺しさえやりかねないなんて、決めつけちゃダメだった。
それにそんなことをする人なら、本物と信じ込んでいたエィラで願いを叶えようとしたとき……真っ先に、イルの死を願ったんじゃないだろうか。
口封じって意味では、それが一番手っ取り早いってことは、わたしにもわかるし。
「ツキハが謝ることではない。それに奴が、汝に暴力を振るったというのは聞いたしの。それは許せん。当星の者がしでかしたことは、当にも責任がある。すまぬ。ツキハ」
深々と頭を下げたイルの肩を押して、顔を上げさせる。
「そんな、イルのせいじゃないよ! 大体──」
「そうだね。僕も大切な娘を突き飛ばされたことをあの場で知っていれば、思わず彼を殴っていたかも知れない」
パパがわたしの言葉を遮り、少し怒った顔で言った。
……パパのこんな顔、初めて見る。
「けどそれは、あくまであのアンビツィオという男に対してだ。イルくんにじゃない。いくら君が王子様で、背負わなきゃいけないものが多くても、背負わなくていいものはあるはずだ」
そこまで言うと、パパはいつもの柔らかい顔をして、
「もっとも、君は責任感が強いからなぁ。言っても、聞かないかも知れないけど」
それから、ちょっとだけ笑った。
いつもの見慣れた、大好きなパパの笑顔だ。
でも……何でだろう。
さっき、わたしのために怒ってくれたパパの顔も、決してイヤじゃなかった。
ううん。むしろ、嬉しかった。
──そんなの、パパには言えないけど。
「ところで」
わたしの左隣に座ってるママが、話に加わる。
「アルズ=アルムは大丈夫かしら。宰相様や大司教様は取り調べのあと、最終的には国家転覆……クーデターを目論んだ罪で裁判に掛けられるだろうけど、レィアのしたことも、市民にはかなり衝撃を与えたはずよ。革命のようなものだしね。民主制に移行することを宣言しても、どのような政治形態になるか。それがまず、一般市民はわからないでしょうし」
「民主制がわからないの?」
わたしも政治なんてのは社会の授業で習っただけだし、あまりピンときてないけど……でも選挙制とかは、さすがに知っている。
「そうであるな。ツキハは知ってるだろうが、当らにはアルルミッテレという極小のナノマシンが脳に埋め込まれておる。だがそれは王族や、王宮に出入り出来る身分の者だけなのだ」
「へえ……国民全員じゃないんだ。でもそれが、民主制に関係あるの? ひょっとして、ナノマシンが入ってる人たちなら、民主制を理解できるとか?」
「然り。我らのナノマシンは手動でデータを入力し、情報を更新していくものだということは前にも話したな? 更に言うとそのナノマシンは全て、一つのネットワークで結ばれておる。簡単に言えばナノマシンを入れておる者は、入力された情報をみな一様に共有しておるのだ。他星の政治形態である、民主制の知識も、ナノマシンから得たものである。アルズ=アルムは建国時から一貫して、王政以外の政治体制をとったことはないからの。であるからして、ナノマシンが入っておらぬ庶民には、民主制という発想自体がないのだ」
頭を必死で働かせ、イルの言葉を理解しようと努める。
情報を共有……ってことは。
「……ナノマシンが入ってる人は、入力された情報をみんな同じように持っている……?」
「そういうことね。私が二十五年前に初めてレィアと出会ったときにも、そう説明されたわ。そして私がレィアに教えた地球の情報や、私の話、ゲームの話なんかも自ら入力するとレィアは言ってた。見聞を広めることも、王になるためには必要だからって。だから私は、知ってる限りの地球の成り立ちを教えたの。中でも地球は国によって言語や人種が異なり、生活や政治が違っているという話にレィアは驚いていたわ。当然よね。アルズ=アルムは、星そのものが一つの国であり……言語や人種、宗教すら唯一つなのだもの。だから、民主制を初めにナノマシンに入力したのはレィアのはずよ。その後、他の星と交流して、他にも民主制の星があると知ったのかもだけど。イルくんもさっき、他星の政治形態、とか言ってたしね」」
女王様が民主制にすると宣言したとき、ママは二十五年越しの夢が叶ったと言ってた。
夢。
ママから聞いた話がきっかけで、女王様はそんな夢を抱いた。
そしてナノマシンに、ママから聞いた情報を入力し、その知識はナノマシンで共有されてイルたちの知識に……。
そこまで考え、あ! とパパと顔を見合わせた。
「ひょっとして……燈子さん」
「スーパーって言葉も、そのときに教えたの……?」




