十一番星 黒幕登場! そして⑥
「ホントに良かった。心配してたんだよ? カァ」
『ありがとうございます、ツキハ。……アルズ=アルムの問題にあなたがたを巻き込み、申し訳なく思います。ですがもう、首謀者は捕らえましたので』
「そっか。全部……終わったんだね」
「……なるほどな。確かに終わり、か」
ディーさんが、小声で呟く。
「儂と大司教を捕え、貴様らの息がかかった、新しい宰相と大司教を据えるわけだ。……専横政治に、磨きがかかるな」
センオウ……よくわからないけど、女王様たちにとって、都合の良い人を重要な役につけるってことかな。
イルのお母さんがひどい政治をするとは思わないけど……確かに、あまり良くない気はする。
「そうはなりませんよ。宰相様」
言い聞かせるような口調で、ママがディーさんにそう言った。
「何故そう言い切れるのだ。トウコ」
「どうして私が、隠れてあなた方の会話を聞いていたと思うのですか? しかも月花のエィラを持って。あなた方の企みを知っているレィアに聞かせるためだけに、わざわざ娘を危険な目に晒すとでも?」
その言葉に、ディーさんは少し考えるような顔をして、
「────まさか!?」
と、大声で叫んだ。
『ええ。恐らくあなたの考え通り。今、この場の会話はツキハのエィラを介し、アルズ=アルムにまで届いています。そしてその会話をわたくしとカァミッカ、そして既にすり替えていた大司教のエィラ。その三つを同時に使い……大ヴァリマを経由させた上で、アルズ=アルム全域に伝播させている。私はレイトに命じ、あなた自らエィラを使うよう、一芝居打って貰いました。それは王宮の問題を余すことなく、民に知っていただくことに他なりません』
「なっ……! 王宮内の悶着を民に聞かせただと!? 何を考えておる! 王とは神の子、神秘の存在であるのだぞ!? その神子が身内の問題を民に漏らすなど、王家の求心力を落とすことに他ならぬであろうが!!」
『そうですね。ですがアンビツィオ、それこそがあなたの望むところでしょう。血族統治による限界を感じ、より良い政を目指したからこそ、自分が王になろうとしたのでは?』
ディーさんは答えない。何か、考えているような顔だ。
『正直、あなたのやり方に賛同は出来ませんが……わたくしはこれを、好機だと考えました。長年の悲願を達成するのは、この機をおいて他ならないと』
「……悲願とは……何だ……?」
『アルズ=アルムを血族統治でなく、日本のように民主制にすること。貴族や庶民の別なく、選挙によって民の代表者を選び、国を治める。……代々、王家や為政者の血族だけが国政に携わってきた。でも、それもおしまい。民そのものが国を良くするために議論し、一人一人が治世に責任を持つ。そんな星に生まれ変わることを……私はずっと、願っていました』
女王様がすう、と息を吸う音が、エィラから聞こえた。
『わたくしは今、宣言します! アルズ=アルムは今このときを以って、生まれ変わると! 王は神の子ではない。みな本当は、そのことに気づいてるのでしょう? だけど、見ないふりをしてきた。楽だから。自ら何かを決断するのではなく、神から与えられたことだけを享受するのは、とても楽だから。ですがそれでは、他星の……自らの力で人類史を創ってきた方々とは対等になれません。友になれません。わたくしは大切な友人のいる地球……その中の、日本のような国を目指したい。それが叶ったときこそわたくしは……わたくしたちは、他の星の人々と、真の意味で友人となれるのです。そんな日を夢見て……ただ、エィラや大ヴァリマに祈るだけではない星を目指し、全ての民が日々に希望を抱くことの出来る、アルズ=アルムを創り上げて行きましょう! アルズ=アルムの全国民よ!!』
しいん、とこの場にいるみんなが押し黙り……やがて、ぱちぱちと拍手する音が聞こえた。
拍手をしているのは、ママだった。
そして、小声で呟く声がわたしの耳に届く。
「おめでとう、レィア。二十五年越しの夢が……やっと、叶ったわね」
夢……アルズ=アルムを、日本みたいにすることが?
でも、そしたら……王様になりたいっていう、イルの夢はどうなるんだろう。
そう思って、イルを見たとき。
──わん!
琥珀が大声で鳴いた。
わたしたちが通ってきた方の通路を見て、しっぽを振っている。
そこから現れたのは、パパだった。
順番にわたしとママ、次にイル、琥珀の顔を見渡している。
それからレイトさんと、彼によって縛られてるディーさんを見て首を傾げた。
何が起こってるか、理解出来ないんだろう。わたしだって全部はわかってないし。
とにかくパパに、どうしてここにいるか聞くことにした。
わたしに任せてくれるみたいなことを、言ってたはずだけど。
「いや……月花を信じて任せるつもりだったんだけど。君が飛び出したあと、イルくんは血相を変えて琥珀を連れて行っちゃったし……我慢してたけど、やっぱり気になって来ちゃった」
ごめん、とパパが謝る。
「ううん! 信じるって言ってくれて、ありがとう。パパ!!」
「そう言ってくれるのは良かった、けど。……えっと。これ、どういう状況?」
「色々あったのですよ。アキラ先生」
わたしのエィラに、イルが自分の指輪のエィラをこんとぶつけると、光が収まった。
アルズ=アルムとの交信を切ったんだろう。
イルのエィラも、それくらい出来るほどには、力が回復していたらしい。
「そうね。けど、積もる話は家に帰ってからかしら。そろそろ、他の職員も起きるころよね? レイトくん」
その言葉に、レイトさんはスーツのポケットから懐中時計を出し、時間を確認した。
「ええ。もうすぐ八時です。それくらいには片が付いていると予測し、八時に目覚めるよう、睡眠薬の量を調節しましたから」
「じゃあ、私は引き継ぎがあるから、みんなは先に帰ってて。明くん。みんなをお願い」
「あ……うん。その、よくわからないけど……そこの人たちも?」
パパはレイトさんとディーさんを見て、そう聞いた。
「いや。アンビツィオは直にやってくるであろう、官吏の者に任せますよ」
パパに答えたあと、イルはレイトさんを見る。
「汝のことだから、その手配もしておるのだろう? レイトよ」
「さすがは殿下。察しの宜しいことで」
「何年の付き合いになると思っとる。汝の考えなど、手に取るようにわかるわ。アンビツィオを引き渡したら、汝もツキハの御祖父母様の宅に来ると良い。場所は知っておるのだろう?」
もちろん、とレイトさんが答えた。
本当に何でも出来るというか……抜け目のない人なんだなあ。
と、そこまで考えて……もしかして、と思い到る。
もしかして……レイトさんに助けられて、エィラを拾って貰ったあのとき。
あのときすでに、偽物とすり替えてたんじゃ。
だって他に、すり替えるチャンスなんてなかったし。
ちらりとレイトさんを見ると、目が合った。
レイトさんは自分の唇に人差し指を当て、ウィンクをした。
……多分、ナイショにしてってことだよね。
わたしも笑って、小さく頷いた。
確かにこの人には、イルも敵わないかも。
そしてパパはというと、殿下って? とイルに聞いていた。
ああ、それも説明しないと。
一件落着とはいえ、まだまだやることはあるみたい。
「まあ、それも追々と。行きましょう、アキラ先生。コハクも」
そしてわたしを見て、
「また助けられたの。再び、汝にも感謝を。ツキハ」
そう言って、笑ってくれた。
イルの笑顔を見ると、やっと終わったという、実感が湧いてきた。
「──ううん。こっちこそ、来てくれてありがとう! イル!!」
わたしもそう言って、イルに笑顔を返した。




