十番星 再会前夜①
「明さん、月花! よく来たわね。月花はまあ、大きくなって!」
「いらっしゃい、みんな。ああ、それと……その子が?」
山梨県にある、ママの実家の大月家に着いたわたしたちは、玄関前でおばあちゃんとおじいちゃんに出迎えられた。
おばあちゃんはわたしを抱きしめ、おじいちゃんはパパに向かって、そう聞いている。
そして、その子、というのはもちろん。
「初めてお目にかかります。ツキハ嬢の御祖父様、御祖母様。既にお聞き及びでしょうが……手前はイル・ヴァイタスと申します。どうぞ、イルとお呼び下さいませ」
呼ばれた本人は、いつかのように胸に手を当てておじぎをした。
やっぱり、さっきの男の人と似ている。
と言っても、さっきの人が手を当ててたのはお腹辺りなので、その辺はちょっと違うけど。
わん! とパパの足元で、琥珀も挨拶をする。
その琥珀の頭を撫でてから、おじいちゃんがイルに向き合った。
「これはご丁寧に、イルくん。君のことは燈子……いや、娘から聞いていたよ」
「……そうですか。手前のことは、どのように?」
「どのようにも何も、研究者仲間の息子さんだってくらいだな。自分が戻って来るまで、ウチで預かって欲しいって」
おばあちゃんに抱きしめられたままイルを見ると、目が合い、頷かれた。
おじいちゃんたちは何も知らないんだ。
詳しいことを知っているのはママだけ?
パパにもイルのことは、自分の友人の息子だって話をしていたって言うし。
「ええ。以前、手前の両親がミズ・トウコに大変お世話になりましてね。偶然ツキハ嬢と知り合ったのですが、トウコ様の御令嬢だと聞き及びまして。それで御母堂様……いえ、ツキハ嬢の母君に一度会いたいと思い、ツキハ嬢を介して機会を設けていただいたのですよ」
イルがすらすらと並びたてる。
本当にこういうごまかしは上手いよね、イルは。
感心半分、呆れ半分で聞いているとおばあちゃんがわたしを離し、家に上がるよう促してきた。
「立ち話も何だし、あとは中で、ね。それと……イルくん? 顔色が悪いけど、大丈夫?」
「あ。そうだイル、車酔いは? さっきまでは、その……死にそうだったよね?」
普通にぺらぺら話してるもんだから、忘れていた。言われてみると、確かに顔が青い。
「大事ない。当は……っ!」
いつの間にかイルの後ろに回っていたパパが、両手でイルの口を塞いだ。
「はい、ストップ。つくづく意地っ張りだねえ、君は。お義母さん、すみませんが布団を用意してくれませんか? 彼はずっと車酔いがひどくて、実はこうしてるのもやっとなんですよ」
んー! とイルが首を振る。否定しているのか、離して欲しいのか。
多分、両方なんだろうけど……確かにイルを休ませるためには、こうするのが一番早い気はする。
「あら。それは大変! じゃあ明さん、イルくんをお願い。私は客間を用意するから」
「じゃあ俺は、琥珀を繋いできてやろうか。おいで、琥珀」
おばあちゃんはぱたぱたと奥に走っていき、おじいちゃんは琥珀を連れて庭に向かう。パパもイルから手を離したかと思うと、すかさず自分の脇の下に抱え込んだ。
「あ、アキラ先生! お離し下さい!」
「具合が悪い子は静かにするもんだよ? まして君は、子供なんだし」
「先生から見ればそうでありましょうが、手前は──」
「それにね」
パパはその言葉を遮り、じっとイルの目を見る。
「君が常に、自分を律しているのはわかる。君の生い立ちも育ちも全然知らないけど……その年でそういう生き方を選ばざるを得ない立場だってのも、何となく。それに関して僕は、何も言う気はないよ。今までの君を否定することになるし」
「……アキラ先生」
「ただ、一つだけ言うとしたらね。たまには大人に甘えなさい。それとも……僕はそんなに、頼りない大人かな?」
「そんな……ことは」
小さな声で呟くと、イルはわたしを見てきた。
「あ! じゃあわたしは、車から荷物を下ろしておくね!」
そう言って、玄関を出る。
イルは多分、甘えるところなんて見られたくないんだと思うし。
……わたしがいなければ、甘えられるのかはわからないけど。
そう考えて車の方に向かおうとしたとき、玄関のほうから二人の声が聞こえてきた。
「頼りないなどと思っておりません。あなたは信頼出来る大人の方です。当……いえ、手前は人を見る目はあるのです。それに何より、ツキハのパパ君ですし」
「それは光栄だね。ああ。それと今さらだけど、当でいいよ? それが君の、普段の口調なんだろうし」
「……では、そのように。それと、その……ありがとうございます。アキラ先生」
思わず足を止めて聞き耳を立てていた会話をあとに、車に向かう。
そしてちょっとだけ、パパを羨ましく思いながら呟く。
「──ああやって、わたしにも甘えてくれたらいいのに。イルは」
犬小屋に琥珀を繋いできたおじいちゃんと一緒に車の荷物を降ろしていると、パパが来た。
イルは寝かせたとのことなので、とりあえず安心して、みんなで荷物を家の中に運び込む。
運び終わってからお仏壇に手を合わせて、ご先祖様にやって来たことを報告する。
それからイルが寝ているという客間を覗くと、中央に敷かれた布団に横になっていた。
枕元には洗面器やら、お盆に乗ったコップやらがある。
……大丈夫なんだろうか。
そっと中に入り、音がしないようゆっくり畳を踏みしめ、イルに近づいていく。
見下ろすと、イルは青白い顔で目を閉じていた。
心配になってそっと布団の横に座り、顔を見下ろす。
するとそのイルが目を開け、わたしを見た。
「ご、ごめん。起こしちゃった? その、具合どうかなって」
「いや。眠ってはおらん。ただ少し、体を休ませておったのだ。手伝えずにすまぬな」
「ううん。まだ顔色も悪いし、もう少し休んでいて。それに王子様が、手伝えなくてすまん、なんて平民に言うとか、聞いたことないよ」
言いながら自分でも笑ってしまう。
もっとも、イル以外の王子様と話したことはないけど。
「そう……なのだろうが、今の当は汝らに世話になっておるただの童である。しかもここまで良くして貰いながら、礼が出来るかもわからぬ。何せ、公式的に地球に来訪しているわけではないからの。よって、なるべく他星の者との接触は控えるべきなのだろうが……これほど世話になったのだ。なので、少しでも力になりたかったのだが……不甲斐ない」
「力になってくれるって言うなら、今はムリしないでいてくれるのが一番かな。パパや琥珀だけじゃなく、おじいちゃんやおばあちゃんも心配してたよ。だから元気になってね? イル」
イルを覗き込んで言うと、ちょっとその顔が赤くなった気がした。
「大丈夫? 今度は顔が赤いような。車酔いで熱は出ないよね?」
「へ、平気である! 大体ツキハ、男子にむやみと触れるべきではないぞ!?」
熱を測ろうと伸ばした手は、布団を被ったイルに拒まれてしまった。
「あ、ごめん。つい……イルが心配で」




