八番星 アルズ=アルムという星⑤
「汝を困惑させるのは、わかっておった。言うべきではなかったのかも知れぬな。だが当は、アルズ=アルムの王子なのだ。ヴァリマを私利私欲のために使う者があったら、見過ごすことは出来ぬ。……だが、ツキハを傷つけたくなかったのも本当だ。だから……すまぬ」
イルは、真剣な頭でわたしの手を握り……それから、頭を下げてきた。
「あ、謝る──!」
くらいなら、と言いかけ……やめた。
わたしに言ったら、こうやって詰め寄られるってイルにはわかっていたはずだ。
それでも話してくれた。わたしに、ウソをつきたくないから?
……どうなんだろう。それもあるんだろうけど、それだけじゃないはず。
わたしの思い込みかも知れないけど、イルは。
「──イルは、いつも正しくあろうとしてるよね」
わたしは感じたことをそのまま口にし、イルの手を握り返した。
するとイルは、
「そう……であるか?」
と、聞いてきた。
「うん。謝るのはわたしのほうだったよ。傷つけるかも知れないって言ってくれて、それでも話してって答えたのはわたしなのに。そんなイルから逃げるわけにはいかないって思ったのに。……ごめんね」
「いや、ツキハこそ謝ることは、その、……ないと思うぞ?」
照れたように言って、イルはわたしの手を離した。
手を握ったことに対して、今頃照れたのかな。
最初に握ってきたのはイルなのに、変なの。
そう考え、ちょっと笑ってしまう。
すると、何だかイルへの不信感というか、苛立った気持ちが消えていくのがわかった。
「じゃ、二人ともおあいこってことで。もう怒ってないよ? ……それより聞かせて。もしも、わたしのママが犯人だったとしたら。イルは、……どうするの?」
イルは一瞬だけ黙り……そのあと、まっすぐわたしの目を見て口を開いた。
「──当は、アルズ=アルムの王子である。治世者に連なる者として、見逃すわけにはいかん。例えそれが恩人の、……ツキハの母だとしてもだ」
「……そう……」
だが、とイルが続ける。
「だがそれは、汝の母が下手人だった場合のことだ。ツキハの言うように、そ奴がどうやって大ヴァリマに辿り着いたか。どうやって封印を解いたか。そして、ヴァリマの力を削いだ動機は何か。全て不明だ。だからまず、可能性がある人物を虱潰しに当たるしかなかろう。ミズ・トウコの潔白を示すためには、直接本人に聞くより他あるまい」
まじまじ、イルの顔を見てしまう。
「イルはママのこと、疑ってるんじゃないの?」
「可能性はあると言ったが、断定はしておらん。対話もせず断定など、愚かなことであろうよ。それにアキラ先生の奥方で、ツキハの母君が賊などとは思えんし、思いたくない気持ちもある。……王子としては、間違っているのかも知れぬがの」
その言葉に、胸があったかくなる。
王子だから、イルはママを疑わなきゃいけない。
だけどイル本人は、ママを信じようとしてくれているんだ。
信じてくれるのは、パパの奥さんだから。わたしのママだから。
……たったそれだけで、会ったこともないママを信じてくれる。
──なら。
イルだけじゃなく、わたしも。
「ありがとう、イル。わたしも、ママを信じるよ」
「礼を言うのは早い。もしかしたら当は、汝に恨まれることをするやも知れぬのだ。ツキハを不安にさせたいわけではないが……その可能性があることは、頭に入れておいて欲しい。それは王子として、当然の責務なのだ」
「うん。イルの考えは理解した……と思う。さっきも言ったけど、イルは正しくあろうとしているだけなんだろうし。でも……それでいいのかな」
「いいのかって、何がだ?」
「何て言えばいいのかな……イルがアルズ=アルムのため、一生懸命なのはわかる。でもそのことばっかり考えて、……言いたくないことも言って。そのせいで、イルが傷ついてるように見えるよ? わたしには」
「……そこまで柔ではない。だとしても、それも王子としての本分であろう」
「それでも」
必死に言葉を探しながら言う。
「わたしは……イヤだよ。イルが傷つくのは。だって、わたしはイルに──」
言いかけたとき、アトリエの扉が開いた。
そしてわたしたちを見ながら、パパが入ってきた。
「ああ。みんなここにいたか。どうだったかな、イルくん? 僕の写真は」
「はい! 感激しました、アキラ先生!! あの写真は、どのように撮ったのです!?」
「先生って……僕はそんな、大したものじゃないよ。まあとにかく、あの写真はね──」
立ち上がって、パパのところへ駆けて行ったイルに、パパは写真を撮ったときの状況などを詳しく説明している。
それを聞きながら、言えなかったな、と思う。
──イルにはいつも、笑っていてほしい、なんて。
琥珀と一緒に二人の会話を聞いていたら、パパはイルに、夕食は何がいいか聞いていた。
「え? イル、まだウチにいるの?」
それは……嬉しいけど。
でも、いいんだろうか。パパは決定済みのように言ってるけど。
「何だ、イルくんから聞いてなかったのかい。月花が昼食後、寝ている間に決まったんだよ。ママとの電話で、しばらくイルくんをウチに泊めてあげて欲しいって言われてね」
「しばらくって……いつまで?」
「月花が冬休みに入ったら、ちょうどママを仕事の契約期間も終わりだし、迎えに行こうって言ってただろう? なのでそのことをママに話したら、イルくんも連れてきて欲しいって言われたんだ。だからそれまで、イルくんはウチで預かるよ」
「え……ええぇ!?」
突然のパパの宣言に混乱していると、イルが片手を上げ、
「……と、いうわけだ。迷惑かも知れぬが、しばらく世話になるぞ。コハク、ツキハ!」
そう言って、にっと笑った。




