八番星 アルズ=アルムという星④
「ね、イル。それでどうなの? 好きな女の子」
顔を覗き込むと、イルはそっぽを向いた。
そして、素っ気なく言う。
「おらん」
「……本当に?」
「本当、である。当はまだまだ学ばねばならぬ身であるし、それに」
イルは一度切ってから、言葉を選ぶかのようにゆっくり続けた。
「それに、当は王を目指しておる。叶った暁には、婚姻など出来ぬのだ。好いた女子がいたとして、ただ子を生して貰うだけ。そのような者がこ、ここ、恋、とか。出来ようか!」
「イルは、王室の間違っていることを正したいんじゃないの? そういう、結婚の制度とかも変えたいのかと思ってた」
「明らかに間違っていることならばな。だが市井の者と話し、皆、その制度に不都合や不満を感じておらぬことに気づいた。むしろ民らは神の子の庇護の元にあると信じ、平穏な日々を享受しておる。ならば王の婚姻など、大した問題ではないのだ。平民でも様々な事情で、愛する者と結ばれぬ者はおるだろう。けれどもその不幸を飲み込み、生きておる。王たる者が婚姻が不可という理由だけで、民の安寧を壊すことこそ間違っておるのではないのか。当はな。必要な犠牲というのは確かにあると……そう、思うのだ」
「必要な……犠牲」
多分、イルの言うことは正しいんだ。
わたしは日本で生まれ育って、結婚とかが当たり前の環境にいるから間違っている気がしてるだけ。
海外では同性同士でも結婚出来るっていうし、その人たちから見れば、日本こそ間違っているのかも。
──人それぞれの普通があり、幸せがある。
さっき聞いた、イルがレイトさんのお父さんに言われたという言葉を思い出す。
イルの幸せは、アルズ=アルムの人たちの幸せなんだろう。
そのためなら、自分は犠牲になってもいいんだろうか。
それが、イルにとっての幸せ?
わたしもイルには幸せでいて欲しい。
なら、イルがしたいことを応援すればいいんだろうか。……本当に?
わたしの考えは、それでだな、というイルの言葉で中断された。
「本題に戻る。当が願うは、アルズ=アルムの安寧のみだ。そして星の発展のためにはエィラ……要するに、ヴァリマが必要なのだ。だが近年、そのヴァリマの力に陰りが見える。というよりな。──足りぬのだ」
「足りないって……?」
声を潜めたイルにつられ、わたしも小声になる。
「そうであるな。まず、ヴァリマの説明からだが。ヴァリマはの、宮殿と渡り廊下で繋がれた聖堂、そこの奥深くに封印を施したうえで安置されており、大ヴァリマと呼ばれておる。当星は宗教国家と言ったが、その崇めるべき神とは、大ヴァリマのことなのだ」
「ヴァリマが神様? 大って言うからには、大きいんだろうけど……でも、ヴァリマって元々隕石だよね? その隕石を、神様扱いしてるの?」
「ナノマシンの知識によると、地球にも物神崇拝はあるようではないか。さほど珍しいことではないぞ。実際、他星にも物質を神として崇める宗教はある」
そうなんだ。
物が神様って考えは知らなかったけど、ヴァリマは願いを叶えるエィラの元となるものなんだし、神様扱いされるのもおかしくない気はする。
わたしが納得したことを感じ取ったのか、イルは説明を続ける。
「で、封印の話だが。それを解くのはエィラとして精製する際や、儀式時のみ。方法は女王、宰相、大司教といった、直接ヴァリマに触れることが出来る三名によって行われるのだ。三名もそれぞれ、己のエィラを所持しておってな。三名全てがが己のエィラに同時に祈りを捧げ、それによってようやく、封印は解かれる。つまり、エィラが三つ揃わぬと封印は解けぬのだ」
「……そんな大事なこと、わたしに話していいの?」
「問題ない。これはアルズ=アルムの者なら、幼子でも知っておる。当星と親交のある星の者もな。重要なことだからこそ喧伝、いや、触れ回る必要があるのだ。ともかく、大ヴァリマとはそこまで重要で、崇められる神。……なのだが、ツキハ。ここからは当の判断で、汝に打ち明けたい。だがそうすることで、汝は傷つくかも知れぬ。それでも……聞きたいと思うか?」
わたしが、傷つく。
……イルが話を始めたのは何でママと会いたいのかと、わたしが聞いたからだ。
ならこれからイルが話すのは、ママに関係があることなんだろう。
わたしは頷いた。
「──話して。イル」
イルはわたしを見て、ちょっと笑った。
「やはり汝は強いの。ツキハ」
そんなことはない。
ないけど……ママからも、傷つけるかも知れないと言いながら、わたしに真剣に向き合ってくれているイルからも、逃げるわけにはいかない。
「ヴァリマが足りないってのは、よくわからないけど……つまりそのことに、わたしのママが関わってるって、そう思ってるんだよね? イルは」
「つくづく察しがよいの、汝は。だがまあ……その通りだ」
イルは頷き、続ける。
「ヴァリマが足りぬとは、質量のことだ。元が巨大ゆえ、見た目ではわからぬ。だがヴァリマを儀式に使い、その力を熟知しておる女王には、わかるのだ。質量……いわば、力が足りぬと。そのことを儀式の前に女王から聞き、ずっと理由を考え……ある、一つの仮説を立てたのだ。大ヴァリマを直接削ぎ落とし、力を……質量を減らした者がおるのではないかという仮説を」
質量を減らした人?
……それって、まさか。
「ま、待ってよ! いくらわたしがエィラを持ってたからって、それでママを疑っているの? それにアルズ=アルムにもどうやって行くの? 確かにここしばらくママは仕事でいなかったけど、ずっと地球にいたんだよ!? 見てたわけじゃないけど、何度も電話したし! それでも疑うならママの職場のタイムカードでも調べてみればいいよ! 出勤しないでアルズ=アルムになんか行ってたら問題になって、家に連絡があるはずでしょ? そんなのなかったよ!」
思わず、イルの羽織ってるボレロを掴む。
イルは慌てることなく、ゆっくり説明し始めた。
「星間転移……ワープとはの、瞬時に完了するものだ。職務をこなしていようが、休日くらいあるだろう。白光装置があれば何日も要らぬ。ほんの少しの時間……数分程度で可能だ」
「で、でも、どこにそんなのあるの!? そんな──」
大層な装置、と言うと、イルはわたしの手をボレロから離させて、ズボンのポケットに手を入れた。
そして白い手の平サイズの、丸型のスマホのようなものを取り出し、見せてきた。
「これが白光装置だ。見ての通り小型で、持ち運びは容易である。大層な装置ではない」
「だ、だけど! どこで白光装置なんて手に入れるの? 手に入ったとして、ヴァリマを削ぎ落して何になるの。それにイルのお母さんたち、エィラを持った三人が揃わないとヴァリマの封印は解けないんでしょ? どうやって──」
「ツキハ」
イルが真剣な顔で、わたしの言葉を遮る。
それでわたしは、……何も言えなくなった。




