八番星 アルズ=アルムという星③
「安心した、とはなんのことだ?」
いつの間にか口にしていたらしい。
聞かれて、慌てて説明する。
「あ、えっと。イルは、王位継承を巡ってイルとカァを争わせたい人たちがいるって言ってたから。でもそういう人だけじゃなく、イルが心から信頼出来る人もいて。それにレイトさんのお父さんみたいに、王子様にも正しいことをはっきり教えてくれる人がいたってことを知ったら、安心したっていうか……ううん、違う。ただ……嬉しいなって。そう、思ったんだ」
「そっ……」
イルがちょっと横を向いて、そうであるか、と言った。
なんだろ、この反応。
照れてるのはわかるけど、照れるようなこと言ったかな?
考えていると、イルが少し赤い顔でわたしを見ているのに気づいた。
「イル?」
「ああ、何でもないぞ! だが、まあ」
こほん、と咳払いをするイル。
「信頼出来る相手がおるのは、当だけではないがの。姉上にも、さっき言ったノセが侍女として仕えておってな。ノセも兄同様、有能な人物だ。……多少、クセはあるが。要するに遠慮がないというか……姉上や当にもずけずけ物を言う。もっとも姉上は、ノセのそういうところを信頼しておるのだろう。周りは、媚びへつらってくる連中ばかりだからの」
あのしっかりしたカァに、そんな風に接するなんて……ノセさんってどんな人なんだろう。
レイトさんもだけど、ノセさんにも会ってみたい。
……ムリなのはわかっているけど。イルはもうすぐ、帰っちゃうんだし。
その思いを吹き飛ばすよう、わたしはわざと明るく言った。
「でもそんな人たちがいるなら、カァも安心だね。ひどいことはされないよね?」
「うむ。王族であり、病弱な姫を表立って非難など中々出来ぬであろうよ。そんな心無い言動をすれば、した当人こそ非難されかねん。禁を破ったのだから、全ての者に隠し立ては出来ぬが……当であれば、よほどの地位の者にしか知らせぬ。そして他に知らせぬよう箝口令、いや口止めをするな。なれば事が明るみになったとして誰が漏らしたかの特定は容易い。よって、そ奴らは地位を守るため、口外せぬであろう。姉上のしでかしたことは、そ奴らへの牽制にもなるはずだ。して、姉上への罰は短期間の幽閉……といったところが落とし所かの」
「……えーと。つまり偉い人だけに知らせて、他の人にはナイショと。それでカァは幽閉って……閉じ込めるってこと、だっけ?」
多分、わかりやすくは言ってくれてるんだろう。
何とか理解は出来たような。
「うむ。あくまで推測というか、予想だが。幽閉と言っても姉上の体のこともあるし、自室に閉じ込めるといったところかと思うが……それは、当の願望であろうな。レイトならどうにか減刑まで持っていくはずだが……あやつも敵が多い身だ。若年ながら、当に重用されているということでな。全く、下らん理由だが」
「若年、……そっか。従者さんっていうから、映画に出てくるような執事のおじいさんとか、そんな感じの人を想像してた。イケメンって言ってたし、イルたちの乳兄弟なんだからそんなに年は離れてないんだね。いくつなの?」
そう聞くと、……何だろう。
イルが複雑そうな顔でわたしを見ていた。
「……レイトに興味があるのか?」
「え? それはまあ、あるけど」
イルが一番信頼してる人だし。
そう言おうとするとイルはますます、見たこともないような表情をした。
……それ、どういう感情?
「ツキハ。言っておくが、レイトはその、ダメだぞ」
「え?」
「いや確かにイケメンだし、女性にも人気がある。だが、基本的に女性は袖にするわ、融通の利かんとこはあるわ、たまに口も悪いわ、結構短気だわ。信頼出来る男ではある。あるのだがその、……好意を抱いてもムダだと思うぞ」
「え、……は? はい!?」
思わず大きな声が出た。
つまりイルは、そういう意味でわたしがレイトさんに興味を持ったと思っている?
否定しようとしたとき、それにな、とイルが続けた。
「もし好意を抱いたとしても、結局は他星の者なのだ。違う星で生まれ育った者が、結ばれた事例は確かにある。だが、乗り越えねばならぬものが多すぎるのだよ。……当はな、ツキハにそんな苦労はして欲しくはない」
「……苦労」
イルの言葉を繰り返す。
本当にそうなんだろうか。
確かに今は他星の王子様であるイルと、こうして普通に話せている。
けれどこうなるまで、色々あった。
あったけど……それが苦労だなんて思ってない。
……イルは思ってるんだろうか?
ちらりと、イルの顔を覗き見る。
ちょっとだけ厳しい顔をしている。
でも、さっきよりはイルの感情がわかるような。
「イルはわたしに苦労……というか、迷惑をかけてるって思っているんだ?」
感じたことを言うと、イルは少し驚いたような顔をした。
「……何故わかる」
「何故と言われても……何となく」
「何となくって……ツキハ。その、何の根拠もなく言うのはどうかと」
「根拠なんて知らないよ。わたしはイルみたいに鋭くもないし」
イルの左手をぎゅっと握った。
イルがちょっと、体を硬くする。
「それにイルと違って、出会った人の気持ちをわかろうとしたことなんてないし、出来る気もしない。でも、イルのことは……イルの気持ちはわかりたいって。そう、思うよ」
握った手に力を入れると、イルの体が緊張しているのがわかった。
けれど、手は解かないでいてくれてる。
だから、そのまま続ける。
「あとね、苦労なんかしてないよ。イルの力になりたいのは、わたしの本当の気持ちだもん。それから」
握りしめたイルの手に、ちょっとだけ爪を立てた。
「ちょっ、ツキハ、痛い……のだが」
「ちょっとおしおき。イルがまるでわたしがレイトさんのことを好きみたいに言うんだもん。そんなわけないでしょ? 会ったこともないのに」
「そ、それは失礼した。謝るのでその、手を離してくれると助かるのだが」
ちょっとだけ睨んでから、手を離す。
するとイルはバツが悪そうな、困ったような顔で頬をかいていた。
……そういうイルこそ、どうなんだろう。
じっと見ていると、こっちを見たイルと目が合った。
なので、その疑問をぶつけてみることにした。
「イルこそいないの? 好きな女の子」
「……は? ツ、ツキ、きゅ、なっ……!?」
何だか慌てた様子で言うイルだけど、言葉になっていない。
いつの間にかイルのあぐらに頭を乗せていた琥珀も、不思議そうな様子でイルを見ていた。
「落ち着いてイル。深呼吸。……そう、ゆっくり。それより、さっき何て言おうとしたの」
深呼吸をすると、イルも少し落ち着いたらしい。
わたしの質問に答えてくれた。
「……ツキハ、急に、何を、と言うところだったのだ」
「ああ、なるほど。でもそんな、慌てながら言うことじゃないような」
「いや、ツキハが急に妙なことを聞くからであろう! 当に、す、……好きな女子、とか!」
「先にそういうこと言ったのは、イルじゃない」
「そ、それはそうだが!」
赤い顔で、イルが食って掛かる。
その様子に、ちょっと笑ってしまった。
「……何だ、その笑みは」
「ううん。何かイル、かわいいなって」
「か、かわ……? と、当は汝より年上なのだぞ!?」
「うん。でも今のイルは、年下っぽくてかわいい」
しっかりしてて、色々と背負ってるイルだけど、こういうところは小さな男の子みたいで、本当にかわいい。
そして、そんなとこを見せてくれるのは……うん。何か嬉しい。




