八番星 アルズ=アルムという星②
「とにかく、母としての務めは許可されておらぬ。だが親はなくとも子は育つものだ。まして当らには、教育係が多くいるからの。母である女王とも、年に数回程度しか顔は合わさぬが、どのように育っておるかは逐一報告されておる。なので、不都合を感じたことはないぞ」
「年に数回って……同じ家、ううん。お城に住んでるんじゃないの?」
「いいや。女王と当、そして姉上とも居住区は違う。敷地は同じだがな。女王の坐す宮殿と、当と姉上がそれぞれ住まう小宮殿があって、普段は姉上とも月に一度程度しか顔を合わさぬ。なので、な。昨日は久しぶりに長く話せ、その、……嬉しかった」
そう言ってイルは、ちょっと笑った。
近くにいるのに、お姉さんやお母さんと一緒に暮らせないなんて。
イルは……寂しくないのかな。
わたしだったら、と、イルの話がちょっとだけ、自分に重なる。
わたしはママとパパとは一緒に暮らしてるけど、どっちかは仕事でいないときも多い。
けど仕方ない。お仕事だもの。一人になることなんてめったにないし、琥珀もいる。
二人とも大切な仕事なんだから、寂しいなんて言えない。言っちゃいけない。
だって。
──だって、わたしのせいでママは。
「ツキハ? どうかしたのか?」
気が付くと、イルがわたしの顔を覗き込んでいた。
なので、慌ててごまかす。
「ううん、何でもないよ。あ、そういえばイルたちのパパは? やっぱり違う宮殿にいるの?」
「父か。父のことは、その、……知らぬのだ」
「……どういうこと?」
言いにくそうに言ったイルに、率直な疑問を口にする。
知らないってことは……亡くなってるとか?
じゃあ、聞いて悪かったんじゃ。
そう考えてると、イルが困ったような顔をした。
「いや、汝の考えは何となくわかるが……そうではない。多分、生きておる。だが父が誰で、どこで何をしているか。それらは一切、当らは知らされぬのだ」
「……えーっと?」
つまり、イルたちが小さい頃に離婚したとか? でも、名前もわからないとか。
「そのな。地球の、しかも日本に生まれ育ったツキハにとっては、おかしな話なのであろうが……王は婚姻をせぬのだ。王は神の子なので、人の子と結ばれるのはタブーだと。まあ、そういった理由だ。王族以外……貴族や平民などは、普通に婚姻制度はある」
「……よくわかんない。じゃあどうやって、王家は続いてるの?」
「そこだ。神の子であるから、人とは婚姻出来ぬ。だが、神の血筋を絶やすわけにはいかぬ。だから、神から子を授かったということにするのだ。血を入れる相手は、それなりの家系の者が選ばれる。そこには王本人の意思も介在……いや、重要とされるが。して子を生すのだが、相手が誰かは一切明かされぬ。無論、子である当らにもだ。何しろ神から授かった、という体だからの。知っておるのは王本人とその相手、そして宰相くらいのものだ」
「……何それ。お父さんのことも知らされないなんて! そんなの……!」
間違ってる、と言いかけ……言葉が止まる。
悲しそうな顔の、イルを見てしまったから。
そして、ああ。そっか、と考える。
間違ってるなんて言ったら、そうやって生まれたイルたちのことも、否定してしまうのかも知れない。
それは出来ないしイヤだ。
イルたちを……イルを否定するのだけは、絶対イヤだ。
「ごめんね。大きい声出して」
謝ると、イルはまた少し笑ってくれた。
「いや。当らのことを思い、怒ってくれたのだろう。感謝する。ツキハ」
「感謝なんて……」
何か言いたかったけど、何を言っていいかわからない。
イルが納得してるなら、わたしが何か言うのこそ、違うと思う。
思うんだけど……でも。
イルを見る。イルは笑っている。
笑っているけど……どこか寂しそうに見えてしまう。
それは、わたしの思い込みなのかも知れない。
勝手に寂しそうに見て、勝手に同情しているだけなのかも知れない。
だけど、と思う。
だけどわたしは、イルに心から笑って欲しい。
でも、そんなことを言ったら……イルを困らせるんだろうか。
「実際、おかしな話なのだろう。だがそこに身を置いている者は、その状況の異様さに気づかぬものだ。当も幼少の頃は王家という美しい虚像に惑わされ、それが通常だと思っておった。他の立場、他の視点を経験せねばな」
「……他の?」
イルの言葉の続きを聞きたくて、ひとまず、自分の考えを押し込める。
「五つのときの話だ。その頃はまだ小宮殿で、姉上と共に過ごしておった。だがそのとき初めて、姉上が発作を起こしてな。静養と病の究明のため、一年ほど王宮を離れて郊外で過ごしていた時期があるのだ。姉上だけでなく、当もな。急なことだったから離宮など建築する時間もなく、レイトらの父の邸宅に身を寄せた。その者も以前は王家に仕えていたが、そのときには既に職を退いておってな。だが〝忠誠〟という意味の姓を、王家から与えられた家系の者だ。よって王からの信頼は篤い。そこで当らはその者の家に、親戚の子という名目で預けられた。王家の者としてではなく、な。そのとき初めて平民の……普通の人々と交流を持ったのだ」
「それが他の立場や、他の視点?」
「うむ。最初は戸惑った。何しろ当らとは常識や風習、教育など、何もかも違っていたのだからな。だがあるときレイトの父、ヴェルヒゥンに言われたのだ。人が十人いれば十人それぞれの普通があり、幸せがあると。大多数の者が幸福になれる国を作るのが、為政者としての務めである。だが真の王とは、何かしらの規範から外れ、少数者と称される者も生きやすい社会を作る者だと。そのためにはまず他者と自己の差異を認め、自分ではなく、その者にとって何が大切であるか。常にそのことを考えられるよう、広い視野を持てと。そう……教わった。それ以来当は、出来る限り相対した者と交流し、相手が何を考え何を求めておるか。その者の立場となって考えられるよう、努めておるつもりだ。……まだまだであるが、な」
ああ、そっか。
イルの言葉にわたしは一人、納得する。
初めて来た星の、初めて出会った女の子を、命がけで助けてくれたイル。
もちろん、イルが優しいってこともあるんだろうけど、それだけじゃなくて。
──この手を差し出してくれたではないか。
あのときイルはそう言った。
わたしは大した考えもなく、ただイルと友達になりたいって、それだけだった。
けど……イルはきっと、わたしがどんな考えで手を差し出したか、そこまで考えたんだ。
その上でわたしたちを逃がすのが一番良いと思って、守ろうとしてくれたんだ。
そう言ってイルは笑う。
大変なことも辛いこともいっぱいあるはずなのに……イルは笑ってくれる。
わたしはぎゅっと、自分の左手のブレスレットのエィラを握りしめた。
そんなあなたの力に、わたしはなれたのかな。
小さな頃からずっと頑張っているあなたに。
じっとイルを見る。
するとイルは、ちょっと戸惑ったような顔をしたけど……すぐにわたしを気づかうような顔になった。
こういう人だから、とわたしは胸の内でつぶやく。
こういう人だから、わたしはあなたの力になりたいって思って。
こういう人だから、本気であなたのことを思ってくれる人がいて。
だから……それは、本当に。
「……安心した」




