八番星 アルズ=アルムという星①
「イル。さっきの電話、どういうこと?」
そう、問いただしたけど、当の本人は聞いてなかった。
アトリエ中に飾られた、パパの写真に夢中になっている。
しょうがないので、イルが見終わるのを待つことにした。
幸いわたしの熱は、食後に薬を飲んでまた少し眠ったら、すっかり下がったことだし。
その代わりってわけでもないけど、わたしと入れ違いにパパは少し仮眠する、と言って休んでしまった。
よく考えたら徹夜で撮影をして、それからわたしの看病や買い出し、イルの相手にご飯の支度までしてくれたんだし、疲れていて当然だよね。
そしてパパは寝室に行く前に、良かったら見てって、と言って、アトリエを開けてくれた。
パパの仕事部屋であるアトリエにはパパが特に気に入ってる写真が、何点もある。
イルは入るなり夢中になって、じっくり一つ一つの写真を見ていた。
わたしはパパの椅子に座って、その様子をぼんやりと見つめる。
ついて来た琥珀も、イルの後ろでしっぽを振っていた。
めったに入れないアトリエに入れて貰ったのが嬉しいのか、イルと一緒にいることが嬉しいのかは、わからないけど。
「いや、すごい! 地球にはこれほど多彩な現象や場所があって、その美しい一瞬を切り取り写真とやらに収めるとは……! アキラ先生は実に大した御仁だの! ツキハ!!」
写真を見終わったイルは、興奮した様子で報告にきた。目がきらきらしてる。
よっぽど感激したのか、写真にクレジットされてるパパの名前を知ったら、アキラ先生、と呼び始めたし。
そんなイルいわく、特に気に入ったのは御神渡りや樹氷、ダイヤモンドダストなどらしい。
アルズ=アルムにはない現象なんだ。
イルは色白だから、寒い星の出身なのかと勝手に思ってたけど、それは体質なのかな。
……まあ、それは置いておいて。
さっきの質問をもう一度繰り返すと、ああとか、まあとか。
はっきりしない口調で、イルは答えをはぐらかしている。
「すべきことって、ママに会うこと、だよね。何で?」
イルはちょっと考えるような素振りをしながら、床にあぐらをかいた。
わたしも隣に行って横に座ると、琥珀はイルの足元に丸まる。
その頭を撫でながら、イルは話し始めた。
「……やはり、汝には話さなくてはならんか。了承した。そうだな……当が地球に来たのは、ヴァリマを捕らえるため。それが成人の儀式だというのは話したな?」
聞いたけど、それがママと関係あるんだろうか。それに、他にも疑問がわいてくる。
「えっと。アルズ=アルムは十二歳で成人なの?」
「いや、十六だ。元々儀式は、成人の数年前に行うもの。早めに次の王の姿を民に見せる必要があるのだ。他にもすべきことは多いし、事務的な手続きは公表するものではない。だから、民にはわかりやすいパフォーマンスが必要でな。それに当らには王位継承の問題があるしの。故に儀式も、少しだけ早めでな。他の代は、一年から三年前が多かったらしいが」
「そっか……ってあれ? じゃあカァは? 同い年なら、同じ年に儀式をするの?」
イルの左手の薬指で光る、傷ついたエィラを見て、カァのことが頭に浮かんだ。
「さすがに同時にはせぬであろうが、通常はそうであろうな。だが、姉……姫上は体が弱く、多星に赴くなど出来ぬのだ」
「……え? そう、なの?」
カァとの会話を思い返す。顔こそ見られなかったけど口調や喋り方もしっかりしていたし、とてもそうは思えなかった。
「まあ、声だけではわからぬであろうよ。それにあのときは姫上も気を張っていたのだろう。普段よりも強い口調であった。だが発作が出たら、それどころではなかったはず。……全く。当などより、自分の体を労わるべきであろうに」
イルがあのとき、カァに似たようなことを言ってたのを思い出した。
そっか。罰とかもあるけど、イルはただカァの体が心配だったんだ。
でもわざわざ、姫上とか言わないでいいのに。
「イル。わたしの前ではカァのこと、姉上でいいよ?」
そう言うとイルはきょとんとした顔をして……それから、頬をかいた。
「あ、うむ。つい……な。ツキハの前で、そんな必要はないのは承知しておるのだが」
「ん。わかってる。でもいつか……わたしにじゃなく、本人に向かってそう呼べるといいね」
「そう……だな」
そう言って頷くと、イルはどこか遠くを見てるような顔になった。
……ううん。どこかじゃなくて、きっとアルズ=アルム。
そして、そこにいるカァだ。
「……まだ、カァとは交信出来ないんだよね?」
ああ、とイルが指輪のエィラをかざしてみせた。まだ、ヒビは入ったままだ。
「エィラの修復も、まだ時間がかかるだろう。だいぶヒビ自体は塞がっておるが、零れ落ちたかけらは戻らぬしの。エィラの傷が癒えたとして密度が違う。アルズ=アルムにて修理を施すまでは、あのときと同じように交信出来るかどうか、わからぬな」
「罰……ひどくないといいね」
「うむ。だがその辺りは、レイトが上手く取り成してくれていると思う。なので、そこまでの心配はしておらぬが」
「レイト?」
「当の従者でな。レイトと言って、地球に同行する予定だった男だ」
そういえば、一人だけ従者さんを連れてこれるって言ってたっけ。その人のことか。
「どんな人なの?」
「そうであるな。文武両道、眉目秀麗……いや、イケメンとかいうのか。とにかく顔が良い。何事もそつなくこなすし、出来ぬことが思いつかん。何より、当の一番の味方で、理解者だ。まあ多少口が悪く、説教が多いところが玉に傷だが」
一番の味方で、理解者。すごく信頼してるんだ。
でも……そのレイトさんを表す、イケメンという言葉には、小さな疑問を抱く。
それは、地球特有の言葉だと思うけど……イルは頭に触れてなかった。
「ねえイル。地球の言葉とかを検索するのに、頭のナノマシンの場所を触らなくていいの?」
「ああ、あれは癖のようなものだ。地球人だって何かを考えるときは顎に触れたり、腕を組んだりするであろう? 当はつい、やってしまうのだが、せずとも検索は出来る」
癖だったんだ。そういえばマタドールのことを喋ってたときは、頭を触るどころじゃなかったっけ。
納得し、レイトさんがどんな人かについても、もう少し聞いてみることにした。
「そうだの……レイトにはノセという妹がおり、実はそのノセと、当らは乳兄弟でもある」
「ちきょうだい?」
「ノセたちの母から、当らも乳を貰って育った。乳母といえばわかるか?」
「あ、うん。名作劇場とかの本で読んだことがあるよ。じゃあレイトさん本人も同じお乳なんだから、乳兄弟になるのかな。というより、イルたちはお母さんからお乳貰わなかったの? お母さんも体が弱いとか?」
「弱くはない。現に初乳は当らも貰っておる。だがそれ以降は他者の乳で育てるよう、定められておるのだ。これはアルズ=アルムのではなく王家特有の習わしでな。前にも言ったが、王たるものは神声を聞く神の代弁者で神子。つまり神の子なのだ。誰かの親ではなくの。それは当らの母である、現女王も例外ではない。だから母としての行為は一切禁じられておるのだ。初乳を与えるのは母親としての行為ではなく、儀式の一端である。神の子である王からの授けものを賜ることで、その子らも神の子になると、な」
「え? じゃあご飯とか……は、従者さんとかが作るのかな」
「うむ。日常の雑事は、それに秀でた従者が受け持っておる。レイトはまあ、何でも出来るので一部の座学、武術全般、礼儀作法の指導も担当しておるが。だが彼奴は礼儀担当のくせに、当への礼儀はどうかと思うときはあるな……」
ちょっと嫌そうに呟くイル。
……ホントにどんな人なんだろう。レイトさんって。




