五番星 始まりの合図、そして終わりの③
そう返事はしたけど、半分も理解出来てない。
とにかく力を抜いて、ここだってとこで打ち返せばいいんだろう。
イルとカァはわたしより年上だし、王族……が関係あるのかわからないけど、とにかく、わたしよりずっと頭が良い。
その二人が言うんだったら、信じる。
そう考えてから、違うか、と思い直した。
頭が良いからとか、そういうんじゃなくて。イルとカァが言うから。
エンカウントしたばかりの、王子様と王女様。
だけどわたしを信じてくれる……わたしが信じてる、二人が言うからだ。
これで最後。ヴァリマを打ち砕いたら二人に。
──友達になって欲しいって。もう一度、そう言いたい。
「うむ。ではツキハ、そのまま力を抜いておれ。もう少し……もう少しだ」
かざした傘に掛かる力が増していき、またブーツが、少しずつ地面にめり込んでいく。
『どこへ打ち返しても良いわけではありません。下手な場所へ飛ばし、民家に被害を及ぼしたら一大事です。傘の角度を下に向けていって下さい。……ゆっくり、ゆっくりです』
カァの言葉に従い、ヴァリマの力を受けながら、少しずつ傘を下に向けていく。
「こ、琥珀。ちょっとだけ後ろに下がってて」
目をつむったまま、足元で丸まっている琥珀に声を掛ける。すると、琥珀の感触が消えた。
素直に従ってくれたらしいことに、ほっとする。
自分の足元に打つわけじゃないけど、琥珀に破片が飛んだら大変だし。
けど安心したのも束の間、みしみしと傘のきしむ音が聞こえてきた。
「イル!」
「うむ、ここらが限界かの。……いくぞ。姫上。ツキハ」
『はい。私も最大までエィラの力を開放します。ツキハ』
「うん。みんなでヴァリマを落とそう。イル! カァ!」
イルと一緒に持っていた傘、それをぎゅっと握りしめる。
するとイルがわたしの左手、ブレスレットと指輪のエィラに触れてきた。
まぶしくて、イルの姿は見えないけど……触れられているところから、温かい力が溢れてくるのがわかる。
祈るような気持ちをエィラに込め……傘をしならせ、ヴァリマの力を利用し──、
「落ち、ろ……」
三人で声を重ね、下側、地面に向かって思い切り傘を振り下ろす!
「────ヴァリマ!!」
熱。風。光。
地面にめり込んでゆくヴァリマが放つ、それら全てがものすごい勢いで、わたしたちに吹きつけてきた!
「コハク! ツキハ!!」
掲げていた傘が強風に負けて手から離れ、二つとも飛んでいった。
あっと思う前に、肩を押さえられ地面に膝をつく。
琥珀のきゅう、という声が耳元で聞こえた。
膝下から振動が響く。閉じたまぶたに感じる光が、ふいに和らいだ。
頭を何かで覆われている。その上に、人の気配も感じる。
まだ目は開けられない。まだ光は収まらない。まだ? まだ?
わたしたちをかばってくれている、この手の感覚。イルだ。
わたしと琥珀を自分のローブで包み、その上から覆い被さってくれているんだ。
「イル!!」
「もう少し……辛抱しておれ」
ローブの上から、頭を撫でられた。
「当は大丈夫だ。だから……心配するな」
その言葉に手だけをローブから出して、イルの手に重ねた。
「……うん。イル」
きゅっと、イルが手を握り返してくれた。強い力に、少しだけ安心する。
そして、そのまま。何秒か、何十秒か……何分か、経って。
『イルヴァイタス。ツキハ。大丈夫ですか?』
カァの呼びかけに顔を上げ、そっとまぶたを開いた。
まだ目の前はちかちかしてるけど、頭から被せられたローブの中に、琥珀がいるのは確認することが出来た。
ローブ越しからまぶたを強く照りつけていた光も、今は感じられない。
「……終わったみたいだよ。琥珀」
琥珀の頭を軽く撫で、ローブを引き下ろした。
見上げると体全体で覆い被さるようにして、わたしたちをかばってくれてるイルと目が合う。
その瞳は、金色に光っていた。
「イル、ケガは!?」
「大事ない。エィラのかけらの力、それがまだ残っていたのでな。もっとも」
すうっと、目から金の光が消えていき、きれいな青い瞳に戻る。
「これで終いだ。当のエィラも汝のエィラも、ほぼ力は残っておらん。ここにまたヴァリマが飛来してきたら、お手上げであるな」
わたしは自分のブレスレットと、イルから借りた指輪を見た。
イルが言うように、どちらも光は消えかけている。
「でも、あれが最後なんだよね? カァ」
『そ……はず……ですが』
エィラから聞こえるカァの声が、途切れ途切れで聞こえる。思わず、イルを見た。
「力が残っておらんと言ったであろう。当のナノマシンが不具合を起こしている以上、姫上との交信はエィラの力でのみ。その力が尽きれば、交信も不能になる」
「そう……なんだ」
まだちゃんと、カァとは話してないのに。顔も知らないのに。
「……残念だな」
思わずそう呟いてしまった。
……残念なのは、カァのことだけじゃない。イルのこともだ。
ヴァリマが片づいたら、イルは帰っちゃうんだろう。
あれを何とかするために、来たんだし。
今夜だけのわたしの冒険。
それももう終わり。
……まだどっちとも友達になってないのに。
「……ツキハ。まだ猶予はある。さっき決めた、あれを言おうではないか」
『そう……です。終わり……、合図……』
「あ。そういえば」
作戦前の会話を思い出した。最後にみんなで言うはずの、終わりの合図。
「そのまま言えば良いのか?」
「えーっとね。手をこうして、お互いに叩くようにするの。それで」
イルの問いに両手を上げ、ジェステャーで伝えようとすると。
──からん。
ヴァリマが落ちた場所から、何か音がした。
「イル!」
慌てて立ち上がろうとしたわたしを目がけ、何かが飛んでくる!
「ツキハ!」
自分を盾にイルがわたしをかばおうとしたそのとき。
ローブの下から、琥珀が飛び出した!
──ぱしん!
飛び上がった琥珀はフリスビーのようにヴァリマを空中でキャッチした!
そしてヴァリマを地面に落とし、──わん! と得意げに大きな声で、鳴いてみせた。
「……あは」
「はは……」
『ふ、ふふ』
それぞれ、漏れた笑いを堪え切れず、
「あはははははっ!!」
声を合わせ、三人で笑いあった。
琥珀も嬉しそうに、しっぽをぶんぶん振っている。
『もう……ヴァリマ……感じませ、ん……あれが……最後……』
「うむ! 最後はコハクが持っていったか。汝は本当に、スーパー賢いの!」
イルがわしゃわしゃと、琥珀を撫で回す。
「うん。イルとカァと琥珀と、みんなで。みんなでやったんだよ!」
『ええ……そし、て……』
「ツキハ! 汝もであるぞ!」
イルが、にっと笑ってくれた。
「──うん! じゃあイル、手を出して。カァもアルズ=アルムで手を上げててね」
わたしはイルと向い合せになって、両手を上げた。
イルが同じポーズを取ると琥珀も立ち上がり、わたしたちの腰に片っぽずつ前足をつく。
「いくよ。イル、カァ、コハク。い~……!」
溜めて。溜めて。溜めて、から。
「ぃ、えーい!!」
ぱぁんと手を打ち鳴らす音に、みんなの声が重なった。




