四番星 星間エンカウント⑥
……上げる? ヴァリマが? 自分で?
まさか、とは思うけど……それが正しいような気がする。
だって、あのヴァリマは他の物とは違う。
確かに、今までのはただの隕石だったのかも知れない。
けれど最後のあれは、確かに意思を持って追ってきてる。
……意思? 誰の?
ちらりと後ろのイルを確認する。
けどイルは、わたしを見ていなかった。
うつむいたまま、ときどき何かを呟いてる。
そのたび傘が、飛んでるコースを変える。イルがコントロールしてるんだ。
必死な姿を見ていたら、何でもいいか、という気がしてきた。
イルもカァもあれの正体を知っている。けど教えられない。何か事情があるって言ってた。
なら聞かない。
わたしは、わたしに出来ることをやらないと。
わたしに出来ることは? 何があるんだろう。考えること?
……そうだ。考えろ。考えるんだ。
ヴァリマの正体は不明。じゃあ、目的は?
あれに意思があるとして考えると、ここにきてスピードを上げたのには理由があるはず。
理由……こっちがあまり持たないって、知ってるから?
だから、距離をつめた。
エィラに引き寄せられたんじゃなく、わたしたちを狙って。
なら目的はエィラじゃなく、わたしたち。
だからどこまでもついてくる。こっちがどんなにスピードを上げても、コースを変えても。
──コース?
そこまで考えて、
「そうだ!」
一つ思いつき、声を上げてしまった。
「どうしたのだ。急に大声を出したりして」
「あ、ごめん。あのね」
頷いて、わたしは左手を後ろに伸ばした。
指先がイルのローブにかかる。
そのローブを思い切り引っぱって反動をつけ、くるんとおしりを百八十度回転させた。
「ちょっ、な、何の真似だ、ツキハ!?」
イルの焦ったような声がすぐ近く、耳元辺りで聞こえた。
……耳元?
不思議に思って、音のした耳元辺りを見ると。
「あ」
イルと向かい合ったわたしの顔のすぐ近く。
もうちょっとでぶつかりそうなくらいの距離。
そこに。
「……こんな高所で、急に動くものではない。危ないであろうが」
赤くなりながらそう言う、イルの顔があった。
「ご、ごめん!」
思わず後ずさりすると、がくん、とおしりが傘からずり落ちそうになった。
けれどローブを掴んでいた手がイルに引っぱられ、落ちずに済む。
「だから、動くなというに。腰を掛けられる面積は半分になっているのだぞ。落ちるだろう、全く。汝は度胸はあるが、もう少し自身を労わるべきであるな」
「う、うん。ありがと。イル」
そう答えて、落ちないように……イルに近づきすぎないように、ちょうどいい位置を探る。
そして、そこに腰を落ち着かせた。
それでもイルの顔は数十センチ先にあって、どきどきするのは変わらないけど。
「で、ツキハ。なんで後ろを向いたのだ」
今度は呆れたような顔で、イルが聞いてくる。
それでやっと、目的を思い出した。
「その。振り返って確認するだけじゃ、ヴァリマがどこにいるか正確にわかんないと思って」
「わかってどうする」
「逃げているだけじゃダメなんでしょ? あのヴァリマはどこまでもついてくるし、エィラも長く持たないって言ってたじゃない。あれを落とさないと」
「それは……そうだが。しかしどうやって。何か、考えでもあるのか?」
うん、と言ってから、わたしはエィラに話し掛けた。
「聞こえてる? カァ」
『はい。ツキハ』
「カァは今、傘の強化とバリアとかに力を使ってるんだよね?」
『そうです。強化を解けば半分になった傘など、二人分の重量に耐えられません。再びさっきのように折れ、あなたがたは地上に真っ逆さまです』
その言葉にさっきカァがバリアを解いたとき、力を下降するために使ってたのを思い出す。
「でもそうすれば、他のことに力を使えるんだよね?」
『ツキハ。それはつまり』
「うん。解いて。カァ」
それは、と言ってからカァは、
『……ダメです』
と、絞り出すように答えた。
わたしたちが落ちることを心配しているのかな。
でも。
「大丈夫だよ、カァ。わたしたちが傘から落ちて、ケガしたり死んじゃったりするかもって、心配してるんでしょ? だったら」
「落ちても支障のない高度で解けばいい、か? 汝の考えが読めたぞ、ツキハ」
イルはちょっと笑いながら、そう言ってくれた。
わたしの考えが、イルには伝わったみたい。
だったらカァへの説明は、イルに任せよう。
カァに声が届きやすいよう、左手のエィラをイルの口元近くに持っていく。
「盲点であったな。確かに上空でヴァリマを打破する必要など、どこにもなかったのだ。彼奴はどこまでも追尾してくるのだし、好きな場所で迎え撃てば良い。全く……当としたことが、そのようなことにも気づかんとは。のう? 姫上」
『……上空で打破する必要がない。確かにそうでした。恥ずかしながら、私もそこまで考えが及びませんでした』
カァの声が明るくなった。
「うむ。当らは次々押し寄せるヴァリマの撃破にだけ目を向け、そのことに気づかなかった。思考が硬直しておったな。地上でどうにかしたとして、丘の上、白光装置の影響下ならば差し支えあるまい。ならば地表ギリギリまでヴァリマを引きつけ」
「カァが傘の強化を解く!」
『そして私とツキハの持つエィラ、その全ての力で』
わたしとイルとカァ、それぞれがすう、と息を吸う音が聞こえた。
それを合図にしたかのように、三人で声を合わせ、宣言した。
「ヴァリマを打ち壊す!!」




