四番星 星間エンカウント⑤
そして。
「よし! これで五つ! 全て落としたぞ、ツキハ!」
五つ……全て?
何だろう、ヘンな感じがする。エィラから感じる力は消えてない。
……違う。これはエィラの力じゃない。ヴァリマの力だ。
何故かわからないけど、わたしにはわかる。
目を開けて、辺り一面の星空を見渡す。
……どこにもいない。
「ツキハ?」
イルが不思議そうな顔で、わたしを覗き込んできた。
「イル」
ヴァリマが、と言おうとして……口を噤む。いる。すぐ近く!
感じる力は。そう。
「後ろ!」
「なっ……!?」
振り返るわたしに続いて、イルも後ろも向いた。
わたし達のほんの少し先。
一メートルもないくらいの距離に、まっすぐ飛んでくるヴァリマの姿がある!
避けられない──!?
そう思ったとたん、頭を押さえられ、
『下降します!』
叫ぶように言う、カァの声が耳に届いた。
がくん、と急降下する! 息が出来ない! 傘がばきばきと音を立て、たわんでいく!
壊れる、と思って一気に血の気が引いた。壊れたら死ぬ……死ぬの!?
頭を押さえていたものが、わたしのポンチョの裾で口元を覆ってくれた。
少し呼吸しやすくなり、心も落ち着きを取り戻してくる。
……これはイルの手だ。また、守られてるんだ。
でも、とわたしは思う。
イヤだ。守られてばっかりじゃ、イヤだ。
地上がどんどん近づいてくる。後ろからはヴァリマの力を感じる。
追ってきてる。このままじゃ地面にぶつかるか、ヴァリマにぶつかるか。……決まってる。
どっちも、イヤ!!
──ばきん!!
傘の真ん中が折れた!
後ろに乗ってるイルが、折れた傘と一緒に落ちていきそうになる!
「落ちる……ものかあ!!」
イルがわたしの腰にしがみついた!
「すまぬツキハ! 女子に取りつくなど王子として如何かと思うが!」
「そんなこと言ってる場合じゃない! しっかりしがみついてて! イル!!」
わたしもイルの左手を握りしめ、落ちないよう目一杯の力で引っ張るけど、半分になった傘は二人分の体重を受け、重いほう……イルのいる後方へ、傾いていく。
「あ……っ!」
ほぼ垂直になる傘。体がふわって浮く感覚。
思わず握っていたエィラを手放してしまった。エィラは傘が垂直になったせいで、ブレスレットごと持ち手の先端に滑っていき、そして。
──宙に投げたされた!
エィラ。
願いを叶える石。
だったら願いは。
わたしの願いは。
「戻ってきて、エィラ! わたしにイルを守らせて!」
イルの左手……その薬指にはめてある指輪ごと、イルのエィラを手の中に握りしめ、叫ぶ。
「お願い!!」
エィラは一瞬、その場で動きを止めて。
──しゃらん!
軽い金属音を立て、わたしの左手首に巻き戻ってきた。
月明りを受け、手元のエィラがきらりと光る。
「……お帰り。ありがとう、エィラ」
きゅっと、わたしはわたしのエィラを握りしめた。
「そこまでの……力が」
イルがわたしにつがみついたまま、ぼそりと呟いた。
「あ! そうだエィラ、イルも!」
『場を固定します!』
エィラから、カァの声が響いた。ぎゅん、と傘がまっすぐ、平行に戻る。
『すみません、交信が途絶えてしまいました。イルヴァイタス、無事ですか!?』
「大事……ない……」
イルは体勢を整えながら傘の上に腰を下ろし、息をつきながら言う。
イルが腰を掛けていた部分は地表に落ちてしまって、傘の長さは半分になっている。
ちょっと……いや、結構狭い。
わたしはなるべく前のほうに体を移動すると、イルもちょっとだけ前にきて、さっきよりも互いの距離が近い位置で落ち着いた。
「それに、その言葉はそっくり返す。とっさに場の強化とバリアを解き、全て下降する力へと転じたのであろう? ……そのような使いかたでは、エィラの使用者への負担も大きいはず。体に不調はないか? 姫上」
カァを気づかうイル。その声は優しい。
やっぱり、この二人の仲が悪いなんて思えない。
『……ええ。ありがとう。イルヴァイタス』
カァも嬉しそうな声で、そう答えた。
「……ならば良い。ツキハ」
そう言うと、イルは後ろから手を伸ばしてきた。
顔を向けて、それを確認すると。
「イル、それって……」
「当のエィラだ」
言葉通り、イルの手の平にはエィラの付いた指輪が乗っていた。
「当が持つより、汝が持っていたほうが良かろう。ツキハ、汝なら使いこなせる」
頷いて指輪を受け取り、
「わかった。借りるね、イル!」
自分の左手の薬指……は緩かったので、中指にはめた。
「あ。でもいいの? 飛ぶのには、イルがエィラを使ってなきゃいけないんじゃ」
「問題ない。汝にエィラを渡しても、こうしてずっと動いておるだろう?」
そういえば。
周りを見渡す。ヴァリマはわたしたちを追って、ずっとついてきてる。
それをかわすために下に行ったり上に行ったり。ジグザグに進んだり。
そうやってずっと、傘は飛び続けていた。
「何で?」
イルが自分の、左手の平……それをわたしの目線まで持ってきた。
その手をじっと見ると、手の平……ううん、左手全体がうっすら光っていた。
「当のエィラのかけらだ。先ほどよりヒビから零れ落ちる量が多くなってきており、当の手にもこれだけのかけらが残った。傘の操作には十分な量である。だが、これほどのエィラが当の手元にあるということはだ、ツキハ。汝へと渡したエィラの量も減っておるのだ。……あまり長くは持たぬぞ」
「うん」
わたしはイルの肩越しに、ついてくるヴァリマを見た。
それは傘の動きと同じように、上下左右、自由に動き回っている。
そうしながら、ついてきている。
「……イル。あれ、何なの? エィラが元々はヴァリマだってのは聞いたけど……それじゃ、ヴァリマは? 今まではただ、落ちてくるのをかわせば良かった。だから、ヴァリマはただの隕石なんだと思ってた。でも最後のあれは、隕石の動きじゃないよね? それにただの隕石がほとんど音も立てず、落ちるわけないよね? 白光装置とはだいぶ距離がある、この上空で」
「それは」
言いかけて……イルは口を噤んだ。
「……すまぬ。言えぬのだ」
『これほど助力いただきながら未だ隠し立てとは、無作法は重々承知の上。ですが、それだけは申し上げられません。我が星の最高機密に位置する事柄なのです』
二人は、申し訳なさそうな声で答えた。
カァの言葉なんかは、ほとんどわかんなかったけど……ダメってことは、口ぶりでわかる。
「そっか。じゃあ聞かない」
『良いのですか?』
「カァ、言葉使いが難しくなってるよ? 今までは、わたしに合わせて喋ってくれていたんだよね? そんなことを忘れるくらい、困っちゃったんでしょ? だから、聞かない。嘘ついてごまかすことも出来たはずなのに、そうしないで答えてくれた」
そうだ。さっき、自分で言ったことを思い出す。
──イルもカァも、嘘だけはつかないって信じてるから。
わたしの言った通りだ。だから。
「だから、カァとイルを信じるよ」
『……ありがとうございます。ツキハ』
「当からも礼を言う。感謝する、ツキハ」
「お礼なんて……」
そのあとは、上手く言葉にならない。
それは、わたしが言わなきゃいけないことなんだ。
何の取り柄もないただの女の子のわたしに、ちゃんと向き合ってくれてありがとうって。
初エンカウントの相手がわたしで良かったって、そう言ってくれた。
そのことにも、お礼が言いたい。
でも、それは。
「ヴァリマを何とかしてから、かな」
呟いて、後方のヴァリマを確認する。
近い。互いの距離は十メートルくらい? さっきまでは数十メートルくらいあったような。
ここへきて、スピードを上げた?




