四番星 星間エンカウント③
『二人とも!』
カァの声にはっとして、上空を見上げた。
そこにはヴァリマの光。
さっき追い越したそれらがわたしたちを目がけ、降ってきている!
「──ツキハ!!」
名前を呼ばれ、慌ててイルに向き直る。
見ると、イルがわたしに手を伸ばしていた。
「イル!!」
その指先に……手の平に。触れた。届いた。やっと。
……やっと……!
わたしはぎゅっと、イルの手を握りしめた。
「ツキハ、当をそちら側へ!」
「う、うん!」
力いっぱい、イルの手を引っぱる。
その体がわたしのほうに近づくと、イルは傘の空いてる布地部分を掴み、上に飛び移った。
そのイルの体を掠め、ヴァリマは地上に落ちていった。
「イル、大丈夫!?」
後ろに乗ったイルを振り返り、聞く。
近くでよく見ると白い服はあちこち擦り切れてるし、多分まだ、左腕の血も止まってない。
さっきより、服に広がる赤色は大きくなっていた。
「大事ない。それより」
その言葉が耳元で聞こえたかと思うと、イルの手が後ろから伸びて、わたしの手を握った。
思わず心臓が飛び出しそうになる。
どきどき、どきどき。
イルと手が触れ合うなんて、さっきから何度もしている。
なのにイルと近づくと、どきどきが止まらなくなる。……何だろ、これ?
「汝こそ大丈夫か、ツキハ。エィラから手が離れそうになっておったぞ?」
「あ……うん」
イルがわたしの手を取り、エィラの上に乗せてくれた。
……そっか。それを心配したんだ。
ほっとすると同時に、何となくがっかりしたような気になるけど。
「……あの、イル?」
エィラの上に乗せてくれたあとも、イルの手はわたしの手の上に重ねられたままだ。
「少し辛抱してくれるか。……姫上!」
わたしの手の上からエィラに触れているイルが、カァに呼びかける。
「聞こえておるな、姫上。汝はエィラの力を場の……いや。傘の強化に注いでくれ。それと、重力と呼気のコントロールのためのバリアは、展開出来るか?」
『はい。今も呼吸するのに支障がないほどには、行っております』
傘の強化。そういやさっきイルが飛び移ってきたとき、傘がきしんでた。
そしてバリアってのは、高速や上空でも息が出来るよう、空気を何とかしてくれてるって言ってたことだよね。
さっき体が浮き上がりそうになったのは、重力をコントロールしてる余裕がなかったのかな。
「ならば姫上は、傘の強化とバリア展開に力を全て注いで欲しい。バリアは二人の全身をだ」
『それは……可能ですが。そうすると、推進に力を使えなくなりますよ』
「それは当が行う。砕けたとはいえ、当のエィラも多少は力が残っており、ここにはツキハが持つエィラもある。そしてアルズ=アルムからは姫上、汝が力を行使してくれておる。三つのエィラの力を合わせれば、ヴァリマも何とかなろう」
『出来ますか?』
「出来る。いや、して見せる。当を誰と心得ておる?」
そう言って、イルはにっと笑った。
「当はアルズ=アルムの第一王子。イルヴァイタスなるぞ!」
「……イル、バイタス……?」
それが、イルの本当の名前?
でも王様になる前に、平民には名前は教えちゃダメだったんじゃ。
そういえばわたしのことも、いつの間にか名前で呼んでるし。
「ヴァイタスだ。イルヴァイタス。それが当の真の名であるぞ。ツキハ」
「教えていいの? それにわたしのことも、名前で呼んでるし。平民の名前を呼んだら」
「汚れる、か? 確かに当が言ったことであるな。だが」
わたしの言葉を遮って、イルが続ける。
「そんなわけがなかろう。ツキハの名が汚らわしいわけなかろう。のう? 姫上」
『ええ。私も同意見ですよ? ツキハ』
「……イル。カァ……」
二人の言葉に、また涙が浮かんできてしまう。
でもこれは、悲しいんじゃない。悔しいんでもない。嬉しいんだ。
友達になりたい人に、そう言ってもらえたことが嬉しいんだ。
「……えへへ。ありがと」
「何の話だ……って、何故泣く!? 当が何かしたのか? ツキハ!」
「何のって、それだよ? あなたが、わたしの」
わたしは目の辺りに手をやって、ごしごしと涙を拭った。
「わたしの名前を覚えててくれたから。名前を呼んでくれたから。それが嬉しくて、涙が出たの。だから……ありがとう! イル!!」
わたしは涙が止まった瞳で、イルに笑ってみせた。
「そっ……、れは」
何よりである、と小さくイルが呟いた。
顔もちょっと伏せて、そっぽを向いている。
どうしたんだろう。怒っちゃったのかな。
そう思ってこっそり様子を窺うと、月の光に照らされたイルの顔が、ちょっとだけ赤いことに気づいた。
……ひょっとして。これは照れてる、のかな?
何だろう。この気持ち。どきどきが強くなる。
イルの、そんな表情を見られたのは嬉しい。すっごく嬉しい。
年上で王子様だけど、その表情はまるで、年下の男の子みたい。
そういえばさっきも、こんな顔を見た。
男子として、年下の女の子を守るのは当然みたいに言ったとき。
あのときもちょっと、恥ずかしそうにしてた。
あれも結局、照れていた……んだよね?
優しくて一生懸命で、ちょっと恥ずかしいことも平気で言うのに、変なところで、照れ屋。
イルはそんな男の子。
そんな──普通の、男の子。
「うん! だからね、イル。わたしはあなたに会えて良かったって、そう思ってるよ!」
イルはまだ少しうつむいたままだったけど、口を開いた。
「それはその、……当もである。初の星間転移で、初エンカウントの相手がツキハ。……汝で良かったと、そう思っておる」
「えんかうんと?」
『エンカウント。出くわすとか遭遇とか、そういった意味ですね。イルヴァイタス。思うに、あなたの地球語は少し怪しいかと。日本語と外国語、二つ以上の言語を混ぜて使うなどの域に達しておりません。ツキハも困惑してるでしょう』
「う。そ、そうであるか」
イルはちょっと、決まり悪そうにした。
確かにカァに比べたら、イルの言葉遣いは難しい。
でもしょぼんとしてるイルは、怒られてるみたいでかわいそうというか、ちょっとかわいいというか。
とりあえず前に向き戻り、カァに話しかけた。
「つまり初めて出くわしたのが、わたしってことだよね? カァ」
『ええ。ですがその言い方は、風情がありません。……そうですね。巡り合った、とでも言い換えましょうか。そのほうがロマンティックでしょう? ツキハ』
「巡り合い……そっか。星と星の間で、巡り合ったんだ。わたしたち。だから、イルだけじゃなく、カァに巡り合えたのもすっごく嬉しいよ。カァ!」
『私もですツキハ。この身がその場にあれば、なお喜ばしかったのですが……このカァミッカには、叶わぬ願いですので』
叶わぬ、という言葉が引っかかった。カァは、ここに来られないんだろうか。
理由を聞こうとしたけど……その前に、さっきのカァが言った言葉も気になった。
「えっとカァ……ミカ? それが、カァの本名なの?」
『ええ。私の真の名はカァミッカ。ですが今まで通り、カァとお呼び下さい。そちらの方が、呼びやすいでしょうし』
「当もイルでよい。汝が呼ぶその響きは、悪くないからの。……しかし、その話はあとにしておこう。見ろ。ツキハ」
イルはもう、いつもの調子に戻っていた。そして上空を指差す。
イルの指の先……そちらに視線を向けると、ヴァリマは変わらず光っていた。
けれどいつの間にか雲が晴れ、隠れていたヴァリマが全て見渡せる。
だいぶ少ない。両手で数えられそうなくらいだ。




